【連載】ウクライナ問題の正体(寺島隆吉)

第37回 ロシア軍の新しい「部分的動員」が意味するもの②

寺島隆吉

では、このような「割に合わない勝利」に、なぜウクライナ軍は乗りだしたのでしょうか。

この間の事情をボー氏は先述の論文「ハリコフ撤退と新しい動員」で次のように鋭く分析しています。

 

ウクライナ側では、戦場で何らかの成功を収めなければならないというプレッシャーがあった。ウォロディミル・ゼレンスキー大統領は、戦争への西側市民の倦怠感と西側からの支援停止を恐れていたからだ。

そのため、アメリカとイギリスはゼレンスキー大統領にヘルソン方面での攻勢を行うよう圧力をかけた。これらの攻勢は無秩序におこなわれ、不釣り合いな犠牲者を出し、成功しなかったため、ゼレンスキー大統領と彼の軍人の間に緊張が走った。

数週間前から、西側の専門家はハリコフ地区でのロシア軍の存在理由に疑問を呈してきた。

ロシア軍は明らかにこの都市で戦闘する意図がなかったからだ。

実際、 ロシア軍のハリコフ駐留は、ウクライナ軍がドンバスに行かないように、 ウクライナ
軍を足止めすることだけを目的としていた。

この時点で、ウクライナ軍はヘルソン地区で慌ただしく何度も攻撃を仕掛け、 その結果、8月以降、何度も挫折し大きな損失を出していた。

他方、 米国情報部は、ロシア軍がハリコフ地区から離脱することを察知し、 ウクライナ側の作戦成功の好機と見て、その情報を流した。

こうしてウクライナは、すでにロシア軍がほとんどいなくなったハリコフ地区への攻撃を急遽決定した。

vector sketch of aerial bombing of Kharkiv by russian military aircraft.

 

このように、ロシア軍のハリコフ駐留は、ウクライナ軍がドンバスに行かないように、ウクライナ軍を足止めすることだけを目的としていたのです。

ですから、その目的は、ドンバス地方の住民投票が圧倒的多数でロシア編入を決めたことで、見事に達成されたと言うべきでしょう。

他方、キエフの方では、 「これらの攻勢は無秩序におこなわれ、不釣り合いな犠牲者を出し、 成功しなかったため、ゼレンスキー大統領と彼の軍人の間に緊張が走った」のも当然でした。

このことを考えると、 「ゼレンスキー大統領を辞めさせて次の大統領候補を探している」というニュースが欧米メディアの一部から流れ始めたのも、理解できます。

しかしそれにしても、 ロシア軍がハリコフ地区から離脱することを察知し、ウクライナ側の作戦成功の好機と見て、その情報を流したアメリカ情報部の意図は、どこにあったのでしょうか。

ウクライナ側の作戦成功というニュースが流れないかぎり世界の世論は「停戦と和平」の方向に流れる、とバイデン大統領もゼレンスキー大統領も考えたからでしょう。

それでは、ウクライナを道具にしてロシアの弱体化または解体・崩壊を狙っているバイデン大統領としては、大いに困るわけです。

*Ukraine, It Was All Written in the Rand Corp Plan
「いまウクライナで起こっていることは、すべて3年前のランド研究所のプランに書かれていた」( 『翻訳NEWS』2022/03/20)
http://tmmethod.blog.fc2.com/blog-entry-836.html

* How to Destroy Russia. 2019 Rand Corporation Report :“Overextending and Unbalancing Russia”「ロシア解体の方法。ランド研究所報告2019『ロシアを無謀な拡張に向かわせ崩壊させる』 」( 『翻訳NEWS』2022/07/09)
http://tmmethod.blog.fc2.com/blog-entry-972.html

事実、キッシンジャー元国務長官が、 2022年5月23日、スイスで開催中の「ダボス会議」(WEF年次総会)にオンライン出席して、 「キエフは領土を少し譲ってでも和平に向かう努力をすべき」との衝撃的発言をしてから、世論は確実に変わり始めています。

最近では、Tesla and SpaceX のイーロン・マスク(Elon Musk)CEOでさえ、 似たような発言をして欧米側を慌てさせています。

しかもロシアに対する経済制裁が、逆に「ブーメラン効果」をもたらし、EUは物資不足・ガソリン不足に見舞われています。その結果、 一般庶民はこの冬を越せるかどうかと頭を抱えていますから、なおさらのことです。

そこでハリコフ奪還という作戦になったわけですが、この勝利はウクライナ側に誇張された希望を誘発し、停戦と和平の交渉に参加するキエフの意欲を間違いなく減退させることになりました。欧州委員会のウルスラ・フォン・デア・ライエン委員長が、 「今は和平交渉の時ではない」と宣言したのもこのためでしょう。

 

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寺島隆吉 寺島隆吉

国際教育総合文化研究所所長、元岐阜大学教授

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