矢ヶ﨑克馬:第129回原発事故避難者通信―汚染水海洋投棄―主権者の「視点」は?(下) (2023/9/8)
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4 ALPS処理汚染水の海洋放出を差し止めるための訴訟が本日具体化しました。ご紹介申し上げます。
ALPS処理汚染水の海洋放出を差し止めるための訴訟
9月8日午後1時30分に、福島地裁にALPS処理汚染水の海洋放出を差し止めるための訴訟を提起します。
海渡 雄一(ALPS処理汚染水差止弁護団)
この訴訟の準備中の訴状の内容の解説をポストします。
放出は福島原発事故で被害を受けた人々への二重の加害
24日、ついにALPS処理汚染水の海洋放出が始まりました。この海洋放出はなんと30年続けると政府は言っています。ついに漁民と漁業関係者が、国のすさまじい圧力の中で、ALPS処理汚染水を放出させないために立ち上がりました。
9月8日(金)13時30分に福島地方裁判所へ提訴する予定です。第二次提訴は、10月末までに準備します。原告は福島と、宮城、茨城、岩手、千葉、東京の漁業関係者と市民です。原告は、福島原発事故で直接的な被害を受けた人たちで、福島からの避難者の方も含みます。
それ以外の地域の方々や海外在住の皆さんは、支援する会を立ち上げますので、支援する会に参加してください。
弁護団の代表はいわきの広田次男、河合弘之さんと私です。すでに、19人の弁護士が弁護団に加入してくださいました。
被告は、東電と国です。東電に対しては放出の差し止め、国に対してはALPS処理水の海洋放出時の運用等に係る実施計画の変更の認可等の取消を求める行政訴訟を提起します。
ALPS処理汚染水が海洋放出されることで、原告らが漁獲し、原告らが生産している漁業生産物の販売が著しく困難となることは明らかです。東電と国は事故・重大な過失によって、大量の放射性物質を発生させ、環境に拡散させました。そして、汚染水が、かくも大量のものとなったのは、早期に遮水壁の建設がなされなかったためです。汚染者負担の原則により、汚染物質の発生者が最後まで環境から隔離して管理すべきです。にもかかわらず、東電と国は、故意に汚染を拡大しようとしています。東京電力と国には二重の加害責任があるのです。
海洋放出の安全性は確認されていない
過去に放射性廃棄物を故意に海に放出した例はありません。仮に、薄めても放射性物質の総量は変わりません。
ALPS処理汚染水にはトリチウムだけでなく、セシウム134,137、ストロンチウム90、ヨウ素129、炭素14等が含まれています。
これらの放射性物質は生物の中に濃縮される性質があることが多くの研究で確認されています。薄めて放出したとしても、生体濃縮も考慮した海洋環境、ひいては人間の生命への健康への影響はどこでも評価されていません。放出の安全性は確認されていないのです。
漁業関係者の権利と市民の権利と海洋放出の違法性
漁民である原告は、漁業行使権だけでなく、自由漁業の権利、許可漁業の権利にも基づいて差し止め請求ができることは上関原発について漁業者たちが提起した海洋調査差し止め仮処分の決定に示されています(山口地方裁判所岩国支部1995年10月11日決定)。
人格権は生命身体の安全を中核とするが、人の生業が成り立たなくなるような施策による生業の破壊は、生存の基礎を破壊するものであり、人格権侵害です。政府は、これらの損害については、補償するとしているが、この放出が故意の加害行為であり 、補償しなければならない事態を招き寄せる「災害」であることを認めているのです。福島のある漁民は、週刊女性の紙面で「消費者が”おいしい”と喜ぶ顔が見たいから魚を捕るんだ。税金をドブに捨てるような使い方はやめてもらいたい!」と語っています。人の生業は、その人間の生の喜びと結びついており、売れない魚を国が買い取るスキームをつくり損害補償をつづけることは、漁業を生業とする者にとって、その精神を破壊し、人格権を侵害するものです。
一般住民である原告との関係では、この海洋放出行為は、これらの漁業生産物を摂取することで、将来健康被害を受ける可能性があるという不安をもたらし、その平穏生活権を侵害します。
行政訴訟においては、処分の適法性は被告の立証責任とされており、国は、その安全性を評価し、万が一にも住民の健康・生命に被害を与えないことを立証しなければなりません。
汚染処理水の放出は東電自らが原告を含む関係者に行った約束に反する
2011年4月、東京電力は汚染水1万トンを「緊急時のやむをえない措置Jとして放出。この時、漁業者との協議はなく、全漁連は東電に対して強く抗議。2013年には、原発構内の高濃度の汚染水が流出し続けていることを、東電は後から発表しました。このため、2015年、福島県漁連が地下水バイパスやサブドレンの水を海洋放出することを了承せざるを得なかったとき、タンクにためられているALPS処理汚染水に関しては、東電は福島県漁連に対して、「関係者の理解なしに、いかなる処分も行わない」と約束しました。そして、福島県漁連は、あくまで海洋放出に反対する姿勢を堅持しています。東京電力が汚染処理水を海洋放出するとなれば、この約束を反故にすることになります。より環境に負荷をかけない代替策を採用すべき義務が、汚染源である東京電力と、事故責任を負う国には課せられているのです。
放出は国際環境条約に違反する
放射性廃棄物の海洋への投棄は、ロンドン条約96年議定書によって全面的に禁止されています。ところが、日本政府は同議定書によって制限されているのは、船舶からの投棄であり、今回はそうではないので、海洋放出は同議定書の範囲外だと主張しています。しかし、議定書は「プラットフォームその他の人工海洋構築物から海洋へ故意に処分すること」も禁止しています。海底トンネルをつくるため、福島の沖合には巨大な構築物が組み上げられましだが、現在はこの設備は破壊撤去されています。
海洋放出が、「人工海洋構築物から海洋へ故意に処分すること」に当たるか、毎年開催される条約の締約国会議では、日本政府による抵抗のため、意見が一致していません。条約の文言や制定の趣旨からして96年議定書の適用を求めることには正当性があると思います。さらに国連海洋法条約についても争点として行きたいと思います。
放出の必要性はなく、他の有力な選択肢がまともに検討されていない
タンクがいっぱいで、タンクを立てる場所もない、デブリ取り出しのための土地もない、と国と東電は主張します。しかし、敷地内や敷地の近くに、7,8号機の建設予定地などタンクを新たに建てることのできる場所はたくさんあります。デブリの取り出しは、30年以上も先のことです。福島復興のための海洋放出という説明はまやかしなのです。
汚染水については、まず汚染水のこれ以上の発生を食い止める抜本的な措置として、遮水壁の建造などを取ることが強く求められています。すでに発生している汚染水については、長期陸上保管を行い、放射能の減衰を待ち、また、モルタル固化など、より環境負荷の軽い処分方法を真摯に検討し、更にその間に、除去装置では除去できていない放射性物質を取り除くためのさらなる技術を開発し、これらを適用するべきです。
このような有力な選択肢があるにもかかわらず、国もIAEAもこのような評価を実施していません。
緊急の必要性もないのに、汚染者自らが環境汚染を拡大することは、環境基本法などの環境法規やロンドン海洋投棄条約や国連海洋法条約などの環境条約に定められた予防原則にも反しています。
国際社会の強い反対を押し切って、海洋放出を強行することは日本の国益を損なう
2023年1月31日国連人権理事会の作業部会において、日本の人権状況についての普遍的定期審査が実施され、汚染処理水の海洋放出については、多くの国連加盟国から、中止、延期を求める意見が相次いでいました。
包括的な環境影響評価を含む国連海洋法条約を順守すること(158.171サモア)、太平洋諸島フォーラムの独立した評価により許容されるまで(158.172マーシャル諸島)、あるいは同フォーラムとの対話の継続(158. 173 フィジー)や求め、また、科学的に検証可能なデータを公開させ、全ての関係諸国がこの問題を検討するまで(東チモール)停止するよう勧告が出されている。その他にも安全性に対する納得のいく科学的証拠の提供なしに放出をしないとの勧告(158.177パヌアツ)や全てのデータの開示(158.174フィジー)や人間や生態系を保護するために海洋放出に代替する措置の開発及び実施を求める(158. 179マーシヤル諸島)勧告が出されています。
これらの勧告は、予防原則の立場に立てば、当然の要求であり、これらの要求に真摯に対応することなく、海洋放出を強行することは、原発事故を引き起こし、太平洋を中心に取り返しのつかない海洋汚染を引き起こした事故当事国の政策として、極めて異常で、挑戦的なものと言わなければなりません。
すでに福島で水揚げされた魚の価格の下落が始まっています。消費者の買い控えは、安全性の確認されていない措置を政府と東電が強行したことに対する、自衛反応であり、風評被害などというべきではありません。
中国から日本産の海産物の全面輸入禁止の措置が公表されました。海は世界でつながっているのですから、多くの太平洋諸国や世界の海洋国の反発は避けられません。国連の場で、反対や代替措置の実施を求める意見が相次いでいます。
IAEA包括報告書は、海洋放出を正当化する理由とならない
福島第一原発にたまる処理水を薄めて海に放出する計画について、7月にIAEA=国際原子力機関は「国際的な安全基準に合致している」とする報告書を公表しました。政府と東電はお墨付きを得たと喧伝していますが、それは事実ではありません。
包括報告書は、被告東電の海洋放出計画は「国際的な安全基準に合致」、海洋放出で放射線が人や環境に与える影響は「無視できるほどごくわずか」と評価したものです。
まず、最初に確認しなければならないことは、これは、影響評価のみであり、海洋放出の政策にお墨付きを与えたものではないことを確認する必要がある。報告書では「正当化」のセクションで次のように記述している。
「放射線リスクをもたらす施設や活動は、全体として利益をもたらすものでなければならない。正当化は、放射線防護の国際基準の基本原則である。」
「日本政府からIAEAに対し、ALPS処理水の海洋放出に関連する国際安全基準の適用を審査するよう要請があったのは、日本政府の決定後であった。したがって、今回のIAEAの安全審査の範囲には、日本政府がたどった正当化プロセスの詳細に関する評価は含まれていない。」
「ALPS処理水の放出の正当化の問題は、本質的に福島第一原子力発電所で行われている廃止措置活動の全体的な正当化の問題と関連しており、したがって、より広範で複雑な検討事項の影響を受けることは明らかである。正当化に関する決定は、利益と不利益に関連しうるすべての考慮事項が考慮されうるよう、十分に高い政府レベルで行われるべきである。」
国と東京電力は、排出後も、海洋を継続的にモニタリングして、汚染レベルが上昇していないかどうかをチェックするとしている。そのためのIAEAの監視メカニズムを創るとも説明しています。しかし、もともと、福島原発事故由来の放射性物質の大半は太平洋に放出され、すでに環境を汚染してしまっていることを忘れてはなりません。
福島原発事故起源で、大規模な汚染をもたらし、この汚染そのものが、生態系に与える影響そのものが未知数なのです。
そのうえで、汚染処理水の排出後のデータを計測し、モニターして、既存の汚染値があまり増加していないことが確認されたとしても、そのことは、安全が確認されたことを意味しません。
何としても勝ちたい訴訟です。皆さんの物心両面のご支援をお願いします。
【支援等の連絡先】
ALPS処理汚染水差止訴訟原告団事務局
〒970-8045 福島県いわき市郷ケ丘4丁目13-5
電話番号090-7797-4673
FAX0246-68-6930
担当 丹 治 杉 江
メールアドレス ran1953@sea.plala.or.jp
http://www.labornetjp.org/news/2023/0821teiso
(2023年9月8日・矢ヶ﨑克馬文責)
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○ISF主催公開シンポジウム:差し迫る食料危機~日本の飢餓は回避できるのか?
○ISF主催トーク茶話会:藤田幸久さんを囲んでのトーク茶話会のご案内
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1943年出生、長野県松本育ち。祖国復帰運動に感銘を受け「教育研究の基盤整備で協力できるかもしれない」と琉球大学に職を求めた(1974年)。専門は物性物理学。連れ合いの沖本八重美は広島原爆の「胎内被爆者」であり、「一人一人が大切にされる社会」を目指して生涯奮闘したが、「NO MORE被爆者」が原点。沖本の生き様に共鳴し2003年以来「原爆症認定集団訴訟」支援等の放射線被曝分野の調査研究に当る。著書に「放射線被曝の隠蔽と科学」(緑風出版、2021)等。