【連載】データの隠ぺい、映像に魂を奪われた法廷の人々(梶山天)

第13回 犯人は女性、法医学者2人が鑑定検証結果をISFだけに語る

梶山天

ISF独立言論フォーラム副編集長の私は今月、筑波大法医学教室の本田克也元教授と、徳島県警科捜研出身で、徳島文理大大学院人間生活学研究科の藤田義彦元教授(リモート出演)を東京都文京区湯島の同フォーラム編集部に招いて対談を行った。

テーマは、2005年12月2日に前日の小学校下校時から行方不明になっていた女児が隣県の山中で他殺体で見つかった今市事件の一審法廷で宇都宮地検側が犯人追及ができないと説明した布製粘着テープ(幅約)のDNA型鑑定結果についてであった。

法医学者2人の検証で犯人とみられる女性のDNA型が検出されているのが確認された問題の布製の粘着テープ

 

この粘着テープは、遺体の検視の際に女児の頭部から見つかったもので幅約5㌢、長さ約5.5㌢の四角状。解剖の結果、鼻あたりから頭までぐるぐる巻きにされていて、遺体を山林に捨てる際に明かりがなく真っ暗闇の中で剥がし損じたらしい。2人の法医学者は、粘着テープの解析データなど資料の検証を昨年9月からこれまで入念に行ってきた。

対談では、栃木県警科捜研によるDNA型鑑定結果で隠されていた犯人とみられる被害者以外の女性の存在を確認したことを明らかにし、「被害者と異なる女性のDNA型が検出されているのは確実で、事件解決の答えは出ている」と捜査機関の鑑定事実隠ぺいと冤罪を示唆した。その映像を13日、ネットで流した。

一審の裁判員裁判では、これいった決定的な証拠がない中、唯一犯人が自らの手で接触し、犯人特定に期待が注がれた粘着テープだった。ところが、法廷で検察側は、科捜研技官2人によって被害者遺体発見後の①05年12月7日から(仁平裕久技官)、②13年8月20日から(圓城寺仁技官)、③翌14年3月11日から(同)の計3回の鑑定が行われたという。

その結果、最初の1回目は被害女児だけ。2、3回目はいずれも被害者女児と鑑定に従事した科捜研技官2人の汚染(コンタミネーション)だったと説明した。

一審で無期懲役になった勝又拓哉受刑者のDNA型鑑定は、彼が偽ブランド品を販売目的で所持していた商標法違反の現行犯で逮捕されてから11日目に当たる14年2月10日から木村康生技官によって勝又受刑者のFTAカード1枚を資料に鑑定が行われており、仁平、圓城寺両技官が行った3回の鑑定では検出されなかった。検証した法医学者2人によれば、この粘着テープの鑑定は実際には数十回行われており、それでも勝又受刑者のDNA型はなかった。

この結果こそが、無罪証拠だったのだ。しかし、宇都宮地裁(松原里美裁判長、水上周裁判官、横山寛裁判官)は、検察側が法廷で説明した科捜研技官の汚染で犯人追及ができないとの説明を解析データなどで確認もせずに呑みにして審理から外し、犯人特定の芽を葬ってしまった。地裁の裁判官たちは見事にだまされた。「いや、疑うだけの裁判官としての能力とすべを持っていなかった」と見えたと、法廷に出廷した本田元教授はそう語った。

検証をした法医学者2人が今思うのは、DNA型鑑定独占だからこそできる無罪証拠をドローにするための隠ぺい工作だった可能性が高いという。女児の遺体を解剖した本田元教授に勝又受刑者を殺人容疑で逮捕するまで警察、検察は一度も解剖結果を詳しく聞きに来ることはなく、どうやって犯人像を描いたのか。

かつて同県警は足利事件において、直感頼みで冤罪を作り上げた失態がある。今市事件も捜査の方法は一緒で、何が異なるかといえば、全国にたくさんいた法医学者、いわば監視役がいなくなり、鑑定を独占したことにある。

警察庁の予算削減を口実にこれまで司法解剖時に法医学者たちが必ず行っていたDNA型鑑定を通常の検査項目から除外し、その鑑定を都道府県警の科捜研が担うようにしたからだ。独占状態だから、隠ぺいでも改ざんでも何でもできる状態が今の現実なのだという。法医学者にとって司法解剖時のDNA型鑑定こそが、自分たちの鑑定技術を磨き実践であるがゆえに冤罪を暴く手段でもあったのだ。

この司法解剖検査においてはDNA鑑定は特別な理由がある場合に県警の承諾が得て行う必要があったが、そのような事例はほとんどない。全ての事例でDNA型鑑定ができなくなったのは大きかった。このため、すでにDNA型鑑定ができる法医学者はわずか1桁の数人になってしまっているのだ。

勝又受刑者の刑が最高裁で確定するまで、検察側から頼まれたとはいえ、今市事件の法廷に証人としてどれだけの人々が出廷しては有罪作りに加担したことか。

事実を知ることになる市民で構成する裁判員の人たちの心中を察するとたまらない。「裁判員裁判崩壊」という言葉が漏れる。そして勝又受刑者から見えた法廷は、この連載のタイトルでもある「絶望裁判」。証言するする人々の声が無実の人を刑務所に送る悪魔のささやきに聞こえただろう。「こんなことが、許されるはずがない」。対談が終わり、編集部を出ていく2人の法医学者の背中が震えていた。

私は、女児を解剖した本田元教授が勝又受刑者の自白調書にあるような下半身の性犯罪の痕跡がまったくなく、せっかんに近い顔や首の爪痕の傷から犯人は女ではないか、という言葉にピンときた。何かがおかしい。

ならばどうしてDNA鑑定で被害者以外に女性が出てこないのか。捜査陣が犯人像を描くために必ず行う被害者の解剖結果の説明も受けずに勝又受刑者の身柄を確保した。そしてDNA型鑑定はいわば独占ときている。

私がこの十数年間、DNA鑑定についてとくと学んだことは、決してDNAは嘘をつかない。嘘をつくのはそのDNA鑑定に携わる人のすることだ。今市事件の粘着テープは、DNA鑑定結果が細工されている可能性もぬぐえないので、検証する必要があると思い、粘着テープの鑑定についての解析データ(エレクトロフェログラム)など内部資料をとことん集めた。

法医学者による検証は解析データだけでなく、実験記録や鑑定書などありとあらゆるものを見た。

 

すると3回だった鑑定がなんと数十回に及んでいた。それだけではなかった。目からうろこというのは、こういう時こそ使いたい。男女の区別をするアメロゲニン検査や男性のDNAをみるYファイラー検査まで行っていた。内心「しめたっ!」と声を出さずには、いられなかった。

そこで対談を行った2人に昨年9月、検証を依頼して託したのだ。特に公平さを担保するために、科捜研出身の藤田元教授を選んだ。彼は捜査機関の内情に精通しており、どんな結果を出すかも興味深かった。そんなわけで彼らが入念にチェックして出した結論は、とんでもなく恐ろしい事実が判明したのである。DNA型鑑定が独占されたらこうなるという見本そのものの結果だった。

 

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梶山天 梶山天

独立言論フォーラム(ISF)副編集長(国内問題担当)。1956年、長崎県五島市生まれ。1978年朝日新聞社入社。西部本社報道センター次長、鹿児島総局長、東京本社特別報道部長代理などを経て2021年に退職。鹿児島総局長時代の「鹿児島県警による03年県議選公職選挙法違反『でっちあげ事件』をめぐるスクープと一連のキャンペーン」で鹿児島総局が2007年11月に石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞などを受賞。著書に『「違法」捜査 志布志事件「でっちあげ」の真実』(角川学芸出版)などがある。

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