【連載】ノーモア沖縄戦 命どぅ宝の会 メールマガジン
ノーモア沖縄戦

メールマガジン第105号:荒唐無稽な「敵基地攻撃」論(3)

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「尖閣問題」とは何か
政権の側に軍事化のみを推し進め国民保護、島民保護の視点が根本的に欠落しているのであれば、犠牲を強いられる側は戦場となる最悪事態を避けるために、あらゆる手段を駆使して「戦争回避」の道を探らねばならない。まずは、日中間の緊張を緩和する方向に踏み出さねばならないが、焦点は言うまでもなく尖閣問題である。

そもそも、丸裸で防備困難な尖閣を中国が奪取する軍事的な意味合いがどこにあるのかという問題は別として、改めて尖閣問題とは何かを問い直すならば、それは沖縄が1972年に日本に返還される際に米国が尖閣の主権のありかについて「中立」の立場を打ち出したことに根源がある。つまり、尖閣がどこの国に帰属するのか不明確という立場をとった結果、そこを中国が突いてきているのである。ところが日本政府は、こうした無責任きわまりない米国の立場を変更するように公的な申し入れを行ったことは一度もない。とすれば、事実上その立場を黙認している訳であるから、尖閣の主権のありかについては「棚上げ」をして、中国や台湾などとの間で、危機管理にむけて早急に協議を開始すべきである。

そもそも尖閣が政治問題として先鋭化した契機は、2012年4月に当時の石原東京都知事がワシントンのタカ派のシンクタンクにおける講演で、尖閣諸島を都が「買い上げる」との方針を打ち出したことにあった。本来ならば石原氏は、なぜ米国は尖閣を「日本固有の領土」として認めないのか、なぜ久場島や大正島を米軍管理下に置いたままで日本人の立ち入りを認めないのか、と厳しく抗議すべきであった。しかし彼の矛先は中国に向けられ、米国側も認めたように中国を「挑発」するところに主眼があった。つまり、尖閣をめぐって日中間で「軍事紛争」を引き起こし、そこに米軍が「踏み込んでこざるを得なくなる」ような状況をつくりだすことに大きな狙いがあった。まさに「挑発者」そのものであり、野田政権による「尖閣国有化」を経て日中間の対立が激化するに至った。

冷静に振り返るならば、実は1960年代の末まで日本人の大半は尖閣諸島の存在など全く知らず、ましてや「日本固有の領土」などという認識さえなかった。とすれば、こうした無人島をめぐって戦争するなどという愚をおかさないために、以上の経緯からしても「領土問題」として対処するという方向に踏み切り、危機管理と緊張緩和に向かうべきである。ちなみに、2012年に上梓した拙著『「尖閣問題」とは何か』(岩波現代文庫)は2019年に台湾で翻訳出版されたが、その際のタイトルは『美國主導下的尖閣問題』であり、まさに問題の本質を抉りだすものであった。

ところで、日中関係についてこの間の経緯を振り返るならば、2018年10月には当時の安倍首相が訪中して習近平との間で、先端技術をめぐる協力対話の枠組創設、ガス田開発協議の早期再開、海空連絡メカニズムの防衛当局会合の開催などで基本合意に達し、「競争から協調」への新段階に向かうことが確認された。さらに、2020年の春には習近平が国賓として来日し天皇陛下とも会見するという日程が固められた。結局、コロナの蔓延で来日は延期されたが、当時の安倍政権は習来日に忖度をして中国人観光客の渡航制限を遅らせ、このため日本国内でコロナが拡大する結果を招くこととなった。言うまでもなく、こうした日中関係の改善に向けた動きが展開されていた時期には、すでにウイグルもチベットも香港も台湾も尖閣の問題も深刻さの度合いを深めていた。さらに、習近平に対する「個人崇拝」の動きも加速していた。とすれば、今日においても「協調」の可能性を探ることができるはずである。

 

台湾抜きの「台湾有事」論
それでは、いわゆる台湾問題それ自体をいかに捉えればよいのであろうか。台湾有事を日本有事に直結させる議論が展開されているが、そもそも1972年の田中角栄首相の訪中以来、日本は事実上「台湾は中国の一部である」という立場をとってきた。また米国も同様の立場を維持してきた。この限りにおいて、台湾問題は中国の「内政問題」との中国側の主張を否定できないのである。もちろん、台湾が事実において中国から独立していることは間違いないが、しかし日本は外交的な承認を与えている訳でもないし、ましてや同盟関係にある訳でもない。とすれば、仮に中国と台湾との間で戦争が生じても、それを「内戦」として把握することも可能であろう。

もっとも、在日米軍が安保条約6条の極東条項に基づいて「参戦」する場合には、日本も巻き込まれる恐れがある。しかし、そもそも米国は中国との全面戦争に至る危険性を孕んだ戦争に加担するであろうか。ウクライナ戦争に示されるように、核大国ロシアと直接に戦争状態に入ることを避けている米国の基本路線を見るならば、「台湾有事」でも米国は大規模な兵器の供与は行うであろうが、あくまでも「アジア人同士を戦わせる」という選択を行う可能性が高い。仮に、真に台湾防衛のために中国と対峙する決意があるならば、米国は台湾に米軍基地を設置するべきであろう。

それでは、他ならぬ台湾の世論状況はいかなるものであろうか。先日の地方選挙では国民党が勝利したが、投票日当日(11月26日)にジャーナリストの近藤大介氏の取材を受けた50代男性の大学教授による以下の発言は、問題の本質を鋭く突くものと言える。(『現代ビジネス』11月29日)

「今日は国民党に投票した。今回の選挙でわれわれが重視するのは、バランスだ。いまにも中国と戦争を起こしそうになっている蔡英文総統の背中を、われわれ台湾の有権者が引っ張らないといけないのだ。なぜなら蔡英文政権がいま中国と行っているのは、「不要なケンカ」だからだ。8月に蔡総統がペロシ下院議長を台湾に呼んだ時、「熱烈歓迎:の声ばかりがマスコミに取り上げられたが、多くの台湾人が、冷や汗をかいた。あんなことをすれば、中国が怒るに決まっているではないか。実際、中国は過去にない軍事演習を台湾海峡で行い、台湾危機が起こった。」

「台湾を絶対に「アジアのウクライナ」にしたくない。このことは、2300万台湾人に共通している。ではなぜ、ウクライナ戦争が起こったか?それはゼレンスキー大統領があまりにNATOに近づきすぎて、プーチン大統領を本気で怒らせてしまったからではないか。同様に、台湾にもバランスが必要なのだ。アメリカとの連携は大事だし、武器輸入も必要だ。だが、あまりにアメリカに近づきすぎて中国を怒らせると、「アジアのウクライナ」になってしまう。それだけは避けないといけない」

この教授は米台中の間の緊張関係を「不要なケンカ」と喝破した。もちろん教授の見解にはウクライナ戦争の評価なども含め彼なりのヴァイアスがかかっていることは否定できないであろうが、台湾の多くの人びとが台湾を「アジアのウクライナ」にしたくない、戦場となりたくないと考えていることは間違いないであろう。とすればここで重要なことは、「台湾有事」が喧伝され煽られる際に、実は当事者である台湾人が何を考えいかなる道を選択しようとしているのか、という肝心要の問題への考察が欠落していることである。つまり、台湾抜きの「台湾有事」論が一人歩きしているのである。

“突出”する日本の「有事」論
さらに着目すべきは、実は米国において戦略上の大きな転換が画されようとしていることである。そもそも米国は昨年の中半からウクライナへの兵器の供与、軍事援助を本格化させ、NATOを主導して「ウクライナはNATOに加盟していないが、NATOはウクライナに入っている」とも言われたように戦争への準備体制を整えてきた。この意味において、米国は戦争勃発の“一役”を担った訳である。しかし一度戦争が始まると、エネルギー問題であれ穀物問題であれ、米国企業の利害を越えて、国際的な未曾有の危機状況が生み出されることになった。加えて、弾薬やミサイルなどの膨大な軍需品をウクライナに供与することによって「自国の戦闘能力」を損なう恐れさえ生じてきたのである。

こうした危機的な情勢展開をうけて米国では、安易に戦争にのめり込むことへの警戒感が高まってきた。かくして台湾問題についても、表向きの強硬論とは別に、中国との間で“軟着陸”をはかる動きが歩みを始めた。従って、そもそも日本の中国への「敵基地攻撃」も容認しないであろう。しかしながら他方で、日米安保の枠組において最も御しやすい日本に対しては、ひたすら危機を煽り日米合同の大規模な軍事演習を繰り返し、その上で何よりも高額な兵器の購入を求め続けるのである。以上のように見てくるならば、事実上日本だけが“突出”して「台湾有事」論を煽りたてている、という構図が鮮明に浮かび上がってくる。

もちろん情勢は流動的であって、台湾が独立に動く場合に、習近平が「速戦即決」「一挙制圧」「占領統治」というシナリオを描いているのではないか、といった観測も示されている。なぜなら、戦争を始めるのは容易であっても終結させるのは至難という“教訓”をウクライナ戦争から引き出したからである。仮に戦争が泥沼状態に陥れば習体制は崩壊の危機に瀕すると見通しているのであろう。とはいえ、そもそも習近平がいつ戦争を決断するか、さらにはバイデンや米国側が中国との戦争に踏み出すか、あるいは米中間で何らかの“妥協”が見いだされるか、いずれも不確実そのものであり、おそらく当事者でさえ分かっていないであろう。

豊下楢彦(元関西学院大)

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