〈海峡両岸論〉軸足をBRICSに移す中国外交 グローバルサウスと経済協力強化

岡田充

(写真 ヨハネスブルグで8月22日開幕した第15回サミットに勢ぞろいした5カ国代表 SummitHP)

 

中国の習近平政権は、国際秩序が多極化する中で2024年から加盟国が11カ国に拡大する「BRICS」に外交と経済協力の軸足を移しつつある。米一極支配が崩れ、主要先進7カ国(G7)の役割が減衰する一方、新興・途上国のグローバルサウス(GS)の影響力増大に対応する動きであり、中国とBRICSとの関係を展望する。

イラン、サウジなど6カ国加盟

BRICSとは、米金融大手「ゴールドマン・サックス」の経済学者ジム・オニール氏が、今世紀に入り著しい発展を遂げたBrazil, Russia, India, China, South Africa5カ国の英語頭文字をとった総称。オニール氏が2001年11月に発表したリポート[i]で初めて言及し広まった。

5カ国のうち南アフリカを除く4か国は2009年、非公式首脳会議を開催。ロシアは米欧主導の世界秩序への対抗軸の構築を提唱した。2011年からは南アが首脳会議に参加し、BRICSと総称されるようになった。
2023年の第15回首脳会議は、南アが議長国になりヨハネスブルクで8月22~24日に開催。シリル・ラマポーザ南ア大統領は24日、成果報告でアルゼンチン、エジプト、エチオピア、イラン、サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)6カ国が、2024年1月1日からBRICSに新規加盟すると発表した。

拡大後も「BRICS」の名称は変わらないが、「BRICS11」「拡大BRICS」「BRICSプラス」など、5カ国時代と区別する新通称で呼ばれることになろう。

​「習近平の勝利」とNYタイムズ

今回のサミットでは、中国とロシアがBRICS加盟国の拡大・強化を強く主張。その一方、インドとブラジルは消極的と伝えられたが、ふたを開ければ5カ国が一致して「拡大BRICS」が決まった。

加盟国拡大について習近平・中国国家主席は「歴史的」と称賛「BRICS諸国はいずれも重要な影響力を持っており、世界の発展に対して重要な責任を担う」と述べた。拡大BRICSを、国際政治・経済の枠組みとして重視する姿勢を強調したもので、米ニューヨークタイムズ紙(NYタイムズ紙)は「習近平の勝利」[ii]とコメントした。

拡大BRICSの経済規模について、ブラジルのルーラ・ダ・シルバ大統領[iii]は、「GDPは世界の37%、世界人口では46%まで増える」と指摘。2022年段階のBRICS5カ国のGDP総額は26兆ドルと、米GDPの約25兆ドルをわずかに上回ったが、加盟国拡大によって世界経済での比重が高まるのは間違いない。

首脳会議では、6か国のほかキューバ、インドネシア、コモロ、カザフスタン、ボリビアなど40カ国超が加盟を希望[iv]した。BRICS5カ国首脳は、BRICSパートナー候補国のリストを、次回首脳会議までに整備するよう自国外相に指示したとされ、次回第16回サミット(24年10月 ロシア・カザン)以降も加盟国拡大は必至だろう。

「米国際秩序への挑戦」

今回のサミットで西側に最も衝撃を与えたのは、原油埋蔵量世界1のサウジと第2位のイランの同時加盟だった。イスラム教内で対立するスンニ派とシーア派を代表する両国は2023年3月10日、中国の仲介で関係正常化し、米欧諸国を驚かせた。

米軍のアフガニスタン完全撤退(2021年)に象徴される米国の「中東離れ」の副作用が、これほど早く、しかもBRICSサミットで表れるとはだれが想像しただろう。

NYタイムズ紙はムハンマド・ジャムシディ・イラン副大統領が、イランの加盟を「歴史的偉業であり戦略的勝利」と誇ったと紹介、イラン加盟を「BRICSと西側の地政学上の緊張を高める」とコメント[v]した。米国の安全保障面でのマイナスの影響についても同紙は、米同盟国のサウジと安保の後ろ盾であるUAEの加盟は「米が支配する国際秩序へのBRICS挑戦の重みが試される」と表現した。米既得権益が浸食されたという認識が滲む。

欧米が「グローバルサウス」(GS)の存在を強く意識し始めたのは、ロシアのウクライナ侵攻に対する対ロシア制裁に、GS諸国の多くが同調しなかったことが契機だった。ウクライナ戦争開始以来、「欧米vs中ロ」の対立軸から国際政治をとらえてきた西側陣営は、GS諸国の取り込みを急ぐのである。インドをめぐる「綱引き」がその典型であろう。

しかしG7の凋落と反比例するようなBRICS拡大を見ると、世界秩序で、米一極支配が崩れ多極化する実相が浮かびあがる。「G7こそが世界を主導し、専制主義の中ロを孤立させている」と見なす欧米や日本政府のフィルターを通してみる世界が、いかに実相を歪ませているか、国際政治に対するリテラシー(読解能力)が毎日試されている。

写真 8月23日の首脳会議で演説する習氏 中国外交部HP

中国の位置づけ
中国はBRICSをどのように認識し位置付けているのだろう、BRICSサミットでの習演説から探ってみよう。BRICSは中国語では「レンガ」や「金の延べ板(インゴット)」を意味する「金砖(磚)」という単語に「国家」をつけ、「金砖国家」ないし「金砖国家集団」と呼ぶ。

習は8月23日のスピーチで、「世界は混乱と変化の新時代に入り、不確実で不安定で予測不可能な要因が増加している」と現状を論じ、BRICSの役割について①国際的な風景を形作る重要な力②独立した外交政策の提唱者で実践者③外圧に屈せず他国の属国でなない―と強調した。これが総論だ。

次いでBRICSの役割について習は①経済、貿易、金融協力の深化・開発はあらゆる国の不可侵の権利であり、少数国の「特許」ではない②デカップリング(切り離し)とサプライチェーン(供給網)分断および経済的威圧に反対③政治・安全保障協力を拡大し平和・安定を維持④BRICS外相会合や安保上級代表会合を活用し、核心的利益や主要な国際・地域課題での連携強化⑤AI研究グループの立ち上げ―を挙げた。これが各論だ。

結論で習は「BRICS諸国は真の多国間主義を実践し、国連を中核とする国際システムを守り、WTOを中核とする多角的貿易体制を支持・強化、『スモールグループ』の設立に反対する」と、多極化秩序の下で、欧米が進める同盟関係の強化に反対する姿勢を強調。

「多くの国がBRICSファミリーに加わり、より公正で合理的な方向でグローバルガバナンスの発展を促進すべき」と、新たなグローバルガバナンスを促進する場としてBRICS拡大を主張[vi]するのである。

こうしてみると、中ロと中央アジアの5カ国から始まった国際協議体、「上海協力機構(SCO)」を想起する人もいるに違いない。しかし「旧上海5」がソ連崩壊に伴う国境再画定の必要や、イスラム過激派のテロ対策という緊急の政治課題に取り組む必要から組織されたのに対し、拡大BRICSは欧米中心の国際秩序への対抗軸を意識しながら、より包括的で地域的広がりを持つ課題に取り組む存在になる可能性をひめる。

​「ペトロダラー体制」の変革
拡大BRICSにサウジとイラン、UAEの主要産油国が加わったことは、ロシアの存在と併せ、今後のBRICSを展望する上で意味があると思う。

第1にウクライナ戦争に伴うエネルギー供給のひっ迫の中で、原油取引を米ドルで決済する「ペトロダラー体制」の変革につながる可能性。ロシア、ブラジル、アルゼンチンをはじめ、拡大BRICS加盟国は対外貿易の決済を人民元および自国通貨に切り替える動きを加速しており、これらの国では「脱米ドル化」が進みつつある。

「ペトロダラー体制」の変革の展望について経済専門家[vii]は、「多極化した世界へと10年かけて進んでいくこと」になり、「恐らくドルとユーロ、中国人民元がそれぞれ米州と欧州、アジアで支配的な通貨となる世界」が到来する、と予想している。

第2にインドを除く大半の加盟国が中国の「一帯一路」協力国であり、不動産不況やデフレ経済入りの危険性に直面する中国経済にとり、新たな需要喚起というメリットになる。
そして第3に、米国が仕掛ける経済デカップリングの中で、半導体や畜電池生産に欠かせない鉱物資源に恵まれたアフリカ・中南米諸国との協力によって、中・長期的には中国が半導体の自国生産を進める態勢づくりや、EV競争に欠かせない蓄電池生産でもプラスになる可能性もある。

ここで強調したいのは、中国は拡大BRICSを欧米中心の国際秩序への対抗軸として意識しつつも、米国中心の現行経済システムの崩壊は望んでおらず、現行経済システムの中でさらに高い地位を占めようとしている点だ。この点こそ、欧米との新冷戦を意識して「東西両陣営」作りに向かうロシアとの違いだ。
中国は「アメリカン・スタンダード」を「チャイニーズ・スタンダード」に変えようとしているわけではない。米中戦略争いを「覇権争い」ととらえるのは誤りだ。

習のG20欠席の意味
メディアは9月10日ニューデリーで開かれた「20カ国・地域首脳会議(G20サミット)」に習が欠席した理由探しを続けている。その答えは9月17,18の両日、地中海の島国マルタで、王毅共産党政治局員兼外相とサリバン米大統領補佐官(国家安全保障問題担当)による、12時間の長時間会談が雄弁に物語っている。

G20で首脳会談を開いても、双方が会談目的として重視する「衝突回避」につながる具体的成果は期待できないというのが欠席の理由だ。ましてG20にはG7とGS加盟国が混在し、ウクライナ問題を含めなんの有効な決定ができない。敢えて議長国インドの顔を立てる必要もない、という判断もあっただろう。

米中は次期首脳会談の準備のため、12時間もかけて協議したのだ。王・サリバン会談で、ようやく11月のアジア太平洋経済協力首脳会合(APEC)サンフランシスコ・サミットの場での、米中首脳会談が実現する基盤(手打ち)が出来た、と言うべきだろう。 ​

写真 フリードリッヒ・ニーチェ Wikipediaから

ルサンチマンが共通項
GS諸国の影響力増大について、「彼らに共通の主張があるわけではない」という「上から目線」の評価があちこちから聞こえる。だが英フィナンシャルタイムズのジャナン・ガネッシュ記者[viii]は、共通項は「恨み(ルサンチマン)」だと次のように読み解く

「会議に参加した国の顔ぶれは民主主義国(インド)、独裁国家(中国)、政教分離を徹底した世俗国家(ブラジル)、政教一致国家(サウジアラビア)、豊かな国(アラブ首長国連邦=UAE)、貧しい国(エチオピア)、旧帝国(ロシア)、旧植民地(アルジェリア)と多様。多様なBRICSの国を結びつけている共通点があるとすれば、それは『恨み』だ」

国際政治を動かすモチベーションが、ネガティブな意味合いが強い「恨み」とすることに驚いてはならない。拡大BRICS加盟国のすべてが、欧米日など列強の植民地支配と侵略の被害体験を共有する。「反植民地主義」は決して古い主張ではない。GS諸国を団結させ先進国への経済的依存を低減させる大きな効果すらある。
ガネッシュは続ける。

「政治と人生を突き動かす力として、恨みはあまりにも過小評価されている」「哲学者のニーチェはルサンチマンが世界を動かしていると論じた」「ソ連時代から縮小した帝国となりルサンチマンを抱えていることを知らずして、現代ロシアは理解できない」
深く同意する。
(了)

注)本稿は東洋経済ONLINE所収の拙稿「拡大BRICSに世界戦略の軸足を移行する中国外交 グローバルサウスとの経済協力を推進」[i]を大幅に加筆・修正した内容である。

 

[i] 拡大BRICSに世界戦略の軸足を移行する中国外交 グローバルサウスとの経済協力を推進 | 中国・台湾 | 東洋経済オンライン (toyokeizai.net)

[i] Goldman Sachs | Archives – Building Better Global Economic BRICs

[ii] BRICS Invites More Countries to Join. Here’s What to Know. – The New York Times (nytimes.com)

[iii] BRICS拡大、6カ国の新規加盟に合意(インド、中国、アルゼンチン、ブラジル、ロシア、アラブ首長国連邦、イラン、サウジアラビア、エジプト、エチオピア、南アフリカ共和国) | ビジネス短信 ―ジェトロの海外ニュース – ジェトロ (jetro.go.jp)

[iv] What is BRICS, which countries want to join and why? | Reuters

[v] BRICS Invites More Countries to Join. Here’s What to Know. – The New York Times (nytimes.com)

[vi] 第15回BRICS首脳会議における習近平の演説(全文)中華人民共和国外交_Ministry (mfa.gov.cn)

[vii] 「ペトロダラー体制」に変化あるのか-中東の米同盟国が中ロに接近 – Bloomberg

[viii] [FT]BRICS、「恨み」が共通軸 権威に憧れや承認欲求も – 日本経済新聞 (nikkei.com) ​

 

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岡田充の海峡両岸論 第155号 2023・10・1発行 からの転載です。

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岡田充 岡田充

共同通信客員論説委員。1972年共同通信社入社、香港、モスクワ、台北各支局長、編集委員などを経て、拓殖大客員教授、桜美林大非常勤講師などを歴任。専門は東アジア国際政治。著書に「中国と台湾 対立と共存の両岸関係」「尖閣諸島問題 領土ナショナリズムの魔力」「米中冷戦の落とし穴」など。「21世紀中国総研」で「海峡両岸論」http://www.21ccs.jp/ryougan_okada/index.html を連載中。

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