【連載】改めて検証するウクライナ問題の本質(成澤宗男)

集団的西側の「いわれなき(unprovoked)戦争」というナラティブ ―NATO事務総長のストルテンベルグが明かした「ウクライナ戦争の本質」―

成澤宗男

写真:7月にリトアニアで開催されたNATO首脳会議で、参加者と一緒に写真に納まるストルテンブルグ(前列中央)この9月、ロシアが「NATOが自国の国境に近づくのを阻止するために戦争に踏み切った」と自ら認めた。

 

ウクライナ軍が6月に開始した「反転攻勢」の頓挫挫により、秋の雨季を前に戦場で悲壮感を募らせている中、これまでウクライナ戦争に関し流布している集団的西側のナラティブ(narrative)を覆す発言が飛び出した。
9月7日に開かれた欧州議会外交委員会と安全保障・国防小委員会の合同会議において、NATO 事務総長イェンス・ストルテンベルグは次のように述べている。

「最後にスウェーデンについて。まず、フィンランドが同盟の一員となったことは歴史的なことだ。その背景を忘れてはならない。その背景とは、プーチン大統領が2021年秋にこれ以上のNATO拡大をさせないと宣言し、実際にNATOに署名を求める条約案を送ったことがある。それが、彼が私たちに送ってきたものであった。そして、それが(ロシアが)ウクライナに侵攻しないための前提条件だった。もちろん、我々はそれに署名しなかった」

「だから彼は、NATOが自国の国境に近づくのを阻止するために戦争に踏み切った。(So he went to war to prevent NATO, more NATO, close to his borders. 傍線引用者。以下同)しかし、彼は正反対のことをやってのけた。……プーチン大統領がNATOの拡大を阻止するために欧州の国に侵攻したとき、彼が得たものは(スウェーデンとフィンランドの加盟という)まったく逆であったことを示している」(注1)

ロシアが戦争目的についてそのように主張していたのは事実であり、しかもウクライナのNATO加盟が「レッドライン」であるという警告は、この十数年にわたりロシアによって繰り返されてきた。だが、こうしたストルテンベルグの発言は本来、NATOのみならず集団的西側がウクライナ戦争の原因に関して唱えてきた言説と明らかに齟齬をきたす。

ストルテンベルグはロシア軍がウクライナに侵攻した昨年2月24日当日に、「数え切れないほどの民間人の命を危険にさらしているロシアのウクライナに対する無謀でいわれのない攻撃(unprovoked attack)を、強く非難する。繰り返しになるが、我々の度重なる警告とたゆまぬ外交努力を続けてきたにもかかわらず、ロシアは主権独立国家に対する侵略の道を選択した」(注2)とのコメントを発表している。

NATOが戦争前及び戦争勃発後ですら「たゆまぬ外交努力」を続けた形跡は極度に乏しいが、この「いわれのない」というナラティブがストルテンベルグのみならず開戦以降、欧米各国政府や主流派メディアの言説に洪水のごとく登場している。5月19日に広島市で発表された主要7ヵ国(G7)首脳声明でも、「ロシアの違法、不当、いわれないウクライナ侵略戦争に団結して立ち向かう決意」なる文言が冒頭に盛り込まれた。

だが、ストルテンベルグが9月の時点でロシアの軍事行動を「NATOが自国の国境に近づくのを阻止するため」であると認識するのであれば、第三者からみても正当性を必ずしも否定できないロシアなりの言い分があり、そこにはウクライナのNATO加盟さえ見送れば「侵攻」という大惨事が回避できるとのメッセージが込められているのを読み取っていたはずだ。ならば、「いわれのない」と決めつけるストルテンベルグ自身が論理的矛盾をきたしてはいまいか。

何がウクライナ戦争を引き起こしたのか

しかもストルテンベルグが述べたロシアの戦争目的については、米国の最も著名な経済学者の一人で、ウクライナ戦争に関して米国政府やNATOに批判的な知識人の筆頭であるジェフリー・サックスも認識を共有する。サックスは「この戦争とロシアの侵攻は、米国の外交官たちが何十年も前から警告していたが、NATOの拡大という問題によって引き起こされた」(注3)と指摘しているからだ。つまり「ウクライナ支援」という名目で戦争を推進している軍事機構の文官トップと、それを批判する立場の学者が、ロシアの戦争目的に限っては同じ見解を有しているということになる。しかもロシア政府のそれとも同一だが、そうすると「いわれのない」戦争や「いわれのない」侵攻などというナラティブが疑わしくなってこざるをえない。

サックスによれば、開戦以降今年6月まで「『ニューヨーク・タイムズ』だけでもロシアの侵攻を“unprovoked”と表現した社説、オピニオン・コラム、論説が26本ある」(注4)という。他の『ワシントン・ポスト』やCNN、『タイムズ』、『ファイナンシャル・タイムズ』、BBC等々の欧米の主流派メディア(MSM)も押しなべて同じ傾向にある。ところがそれらは今回のストルテンベルグの発言について、一斉に無視を決め込んでいる。言うまでもなく、彼らが定着させるのに絶大に貢献した「いわれのない」というナラティブのおかしさが露呈するからに違いない。

しかも滑稽なことに、これまでウクライナ戦争をNATO拡大と結びつけるストルテンベルグの発言と同じ内容を口にすると、「プーチンの擁護者」とか「親露派」、さらには「陰謀論者」などというレッテルがMSMのみならず、とりわけ「左派」や「リベラル」によって貼られるケースが往々にしてある。すると現NATO事務総長は、「プーチンの擁護者」で「親露派」なのだろうか。むしろサックスが指摘しているように、ストルテンベルグは「失言を犯し、事実を口にしてしまった」(注5)というのが真相だろう。

この「いわれのない」については、哲学者のノーム・チョムスキーも例のように皮肉を込めて次のように酷評している。
「今や、あなたがそれなりのジャーナリストで、マスメディアで執筆をしたいと願うなら、そしてロシアのウクライナ侵攻について論じるのであれば、それを“いわれのない”ロシアのウクライナ侵攻と呼ばねばならない。……なぜかというと、(政府やMSMは)それが絶対的に挑発されたものである(it absolutely was provoked)ということを良く知っているからである」(注6)

つまり、こういうことだ。ロシアとウクライナという当事国以外でこの戦争の経過を最も知悉しているだろう米国やストルテンベルグ以下のNATOの「トップ」にとって、本音ではNATOの拡大、とりわけウクライナのNATO加盟という「挑発」がロシアの侵攻を引き起こしたのは自明の理でしかない。換言すればロシアの侵攻を引き起こすためにこそ「挑発」を続行けてきたが、それを認めてしまえば「戦争は回避できた、あるいは早期に止めることができたという事実を暴露することになる」(注7)。

そうなれば、ウクライナを支援するNATO加盟国を始めとした欧米各国政府(及びその宣伝機関としてのMSM)の欺瞞と作為が批判を免れなくなる。だからこそ彼らは事実がどうあれ、あたかもロシアが理性を欠いた常識外れの「いわれのない戦争」に手を出したというプロパガンダにしがみつくしかない。彼らが振りまくロシア=悪、ウクライナ=善という二項対立の図式を維持するためにも、今さらロシアが「NATOが自国の国境に近づくのを阻止するために戦争に踏み切った」のだと認めるわけにはいかないのだ。

 

10月に、旧ユーゴスラビアのコソボに進駐したNATOの派兵部隊。米国のベーカー国務長官は1990年2月に当時のソ連のゴルバチョフ書記長に対し、「NATO軍は1インチも東に拡大しない」と口頭で約束。その後米国はこれを破り、ロシアを包囲する形で旧東欧圏をNATOに次々に加盟させた。

 

無視されたNATO拡大の中止を求める声

ウクライナ戦争を引き起こした米国やNATOの「大規模な挑発行為」についてはこれまで論じてきたが(注8)、それとの関連でこの「いわれのない」というプロパガンダが虚言でしかない主な理由は以下となる。

① 米国内ではロシアがNATO拡大を自国の安全保障の観点から懸念するのは正当であり、それを考慮せず拡大を進めれば戦争の火種になりかねないと警告する声が出ていたが、無視された。

その先駆けが、1997年6月26日に当時のクリントン政権に提出された50人の外交政策専門家によるNATO拡大反対を訴えた公開書簡であったろう。そこではケネディ政権の国防長官であったロバート・マクナマラや旧ソ連との中距離核戦力(INF)全廃条約交渉の米国代表であったポール・ニッツェ、1970年代に旧ソ連とのデタント路線を覆したCIAの分析班「チームB」座長のリチャード・パイプスらタカ派も含む冷戦時代の著名なエキスパートらが勢ぞろいして「ロシアは現在、西側の隣国に脅威を与えておらず、中・東欧諸国も危険にさらされていない。……我々は NATO 拡大は必要でも望ましくもなく、この不適切な政策は保留できるし、保留すべきであると信じている」(注9)と訴えている。
こうした警告は少なくなかったが、その一部の例を次に記す。

●冷戦の設計者として知られ、戦後の外交官として最も重きを置かれたジョージ・ケナンは『ニューヨーク・タイムズ』1998年5月2日付のインタビュー記事で、NATO拡大は「新たな冷戦の始まりだ」と指摘し、「ロシア人は徐々に非常に不快な反応を示し、それが彼らの政策に影響を与えるだろう。それは、悲劇的な間違いだと思う」(注10)と警告した。

●クリントン政権で1994年2月から1997年1月まで国防長官を務めたウィリアム・ペリーは、英紙『ガーディアン』2016年3月9日付のインタビュー記事で「我々を本当に悪い方向に導いた最初の行動は、NATOを拡大し始め、東ヨーロッパ諸国を取り込み、その中にはロシアと国境を接する国々もあった。……彼らはNATOが国境のすぐ近くにあることに非常に不快感を抱き、強い態度をとった」(注11)と回想。こうしたロシアの批判は、政権内で無視されたと証言している。

●WikiLeaksが暴露した、現CIA長官のウィリアム・バーンズが駐ロシア大使だった2008年に本国に送った機密指定の公電で、「ウクライナとジョージアのNATO加盟の願望は、ロシアの生々しい神経を刺激するだけでなく、地域の安定への影響について深刻な懸念を引き起こしている。ロシアは包囲網やこの地域におけるロシアの影響力を弱体化させようとする取り組みとして認識しているだけでなく、ロシアの安全保障上の利益に深刻な影響を与える予測不能で制御不能な結果を懸念している」(注12)と報告。当時から、正しくウクライナのNATO加盟の危険性を指摘していた。

では、こうした声がなぜ反映されなかったのか。一つにはサックスが指摘するように、以前から「米国は他国の正当な安全保障の懸念に耳を貸さない」(注13)という本質的特性があるのは論をまたないが、この場合あえて「懸念」させ、挑発し、ロシアを戦争に至らせるのが長年の米国の目的であったという解釈が成り立つ。

米国で数少ないリベラル系のシンクタンクであるCATO Institute の研究員であるテッド・カーペンターによると「歴史は、ソ連崩壊後の数十年間におけるワシントンのロシアに対する扱いが、 壮大な政策的失敗であったことを示すだろう」と指摘し、ウクライナ戦争がその「政策的失敗」として帰結したのだとする。なぜなら「現実主義と自制を重視する米国の外交政策を信奉するアナリストらは、史上最も強力な軍事同盟を他の大国に向けて拡大し続けることは良い結末にはならないと四半世紀以上にわたって警告してきた」(注14)にもかかわらず、それを無視したからだとするが、こうした見解に依るならばNATOの拡大こそ「いわれのない」という用語がふさわしいかもしれない。

だが、ウクライナ戦争の勃発自体を「失敗」と見なすのは「歴史」の誤読だ。現実の「米国の外交政策」は、決してカーペンターが言うような意味での「現実主義と自制を重視」はしない。世界の一極支配のためならいかなる手段も辞さず、国際法や国際機関、人権の国際基準をはじめとしたどのような外的制約も考慮しない行動原理に貫かれている。ウクライナ戦争とはその行動原理に従って引き起こされたのであって、それは「失敗」ではなく、むしろ成功として軍産複合体の内部では認識されていよう。繰り返すように戦争の「自制」ではなく、ロシアを大規模な武力紛争に駆り立てるよう誘導するのがこれまでの米国中枢の戦略であったからだ。

ピッツバーグ大学の名誉教授で、米国の非主流派の国際政治学者としては傑出した存在であるマイケル・ブルナーは、米国のウクライナ戦争の「狙い」について「ロシア軍に屈辱的な敗北をもたらすか、少なくともプーチン政権の足元を切り崩すような大損害を与える」点にあったと分析する。その「狙い」は「米国の覇権に対するライバルと目される中国との差し迫った大きな対決における重要なステップ」として位置付けられており、中国の「強固な後ろ盾」であるロシアをまず「世界大国として完全に無力化」し、「分割して従属させる」(注15)という意味もあると見なしている。だからこそ、ウクライナ戦争が必要とされたのだ。

昨年3月にポーランドで実施された、同国軍と米軍の合同演習。NATO拡大に比例し、米軍とNATOはロシア西部国境付近や黒海、バルト海といったロシアの近海で軍事演習を繰り返し、ロシア側を警戒させてウクライナのNATO加盟への拒否感を高めた。

 

交渉とは無縁な米国とNATOの姿勢

② 米国は交渉による戦争の阻止や停戦にまったく関心を示さず、最初からロシアを戦争に引きずりこむことしか考慮しなかった。

米国大統領のジョン・バイデンは開戦当日の昨年2月24日、ロシアを「不必要な紛争を避け、人的苦痛を回避するために、対話を通じて相互の安全保障上の懸念に対処するために米国と同盟国およびパートナーが行ったあらゆる誠意ある努力を拒否した」(注16)などと、ストルテンベルグ同様にありもしない虚言に徹している。実際は逆だ。典型は、ロシアが開戦前の2021年12月17日に提出した米国に安全保障を求める条約案への対応であり、その骨子は以下のように表現されていた。

「第4条
アメリカ合衆国は、北大西洋条約機構のさらなる東方への拡大を阻止し、旧ソビエト社会主義共和国連邦諸国の同盟への加盟を拒否することを約束する。アメリカ合衆国は、北大西洋条約機構の加盟国ではない旧ソビエト社会主義共和国連邦の諸国の領土内に軍事基地を設置し、そのインフラをいかなる軍事活動にも使用し、又はそれらとの二国間軍事協力を展開してはならない。

第5条
締約国は、国際機関、軍事同盟、連合の枠組みを含め、他方の締約国が自国の安全保障に対する脅威と認識する可能性のある地域に自国の軍隊および兵器を配備することを差し控えるものとする。(略)

第6条
締約国は、他方締約国の領土内の目標を攻撃する可能性のある地上発射型の中距離および短距離ミサイルを、自国の領土外および自国の領土の領域に配備しないことを約束する」(注17)
つまり独ソ戦でヒトラーの軍隊の主要な侵攻ルートになり、自国と2200㎞の国境を接するウクライナをNATOに加盟させずに以前のように中立性を保たせ、かつ加盟の可否にかかわらずウクライナに米軍を駐留させたり、ミサイルや兵器を配備させたりするな――というのがロシアの諸要求における最優先事項であった。前述した米国の元軍人や元外交官ら識者が示していた見解と照合しても、こうしたロシアの要求は決して無理筋ではなかったはずだ。

しかもロシアは当時、「本気度を強調するためと、キエフがドンバスの分離独立派に対して計画していた攻勢(注=2月16日に大規模に実施された)に対抗するためと思われるが、ウクライナとの国境沿いに軍隊を集結させていた」(注18)以上、交渉は常ならぬ重要性と緊急性があったはずだ。ところが米国は翌年の1月26日になって、事実上の交渉拒否の態度に出る。

米国務省の参事官であるデレク・チョレットは2022年4月13日、軍事問題専門ウェッブサイトWar on the Rockのポッドキャストでのインタビューに登場し、ロシアとの交渉で「ウクライナのNATO加盟は侵攻前に交渉の議題に載っていなかったのか」という質問に対し、「問題にはならなかった(non-issue)」(注19)と回答している。つまり米国は、ロシアが最も懸念し、自国の存亡に関わる死活的問題であると考えていたウクライナのNATO加盟について、交渉の対象にすることすら拒否した。

これについて、ジェフェリー・サックスは次のように指摘する。
「プーチンは2021年末に最後の外交を試み、米国の戦争を回避するための米・NATO安全保障協定案を提出した。協定案の核心は、NATOの拡大とロシア近辺の米軍ミサイルの撤去であった。ロシアの安全保障上の懸念は妥当であり、交渉の基礎となるものだった。しかしバイデンは傲慢さとタカ派気質、そして重大な誤算から、交渉をきっぱりと拒否した。NATOは、NATOの拡大に関してロシアとは交渉しないという立場を維持し、事実上、NATOの拡大はロシアには関係ないとしていた」(注20)

ただ、サックスの言うように「誤算」はなかったはずだ。「米国政府は(ウクライナのNATO加盟中止要求の)拒否が、ロシアの軍事的反発を招くことを知っていた。実際、ワシントンはそうなることを公然と予測していた」(注21)はずで、交渉拒否は計算の上であった。ロシアを開戦に踏み切らせるため、ウクライナのNATO加盟問題を故意に議題にしようとしなかったのは疑いない。

つまり、ロシアは「交渉ができない場合に、脅威を取り除くために戦争を準備する必要があったが……ワシントンはそのことを知っていた」のであり、米国はそれでも交渉を拒否することで「戦争が起きるリスクを受け入れるという明確な決定」(注22)を下した。ストルテンベルグの言葉を借りれば、米国やNATOはロシアが「ウクライナに侵攻しないための前提条件」を知っていながら、あえて無視したのだ。

6月にモスクワで開催された軍事専門家との記者会見における、プーチン。ウクライナのNATO加盟を阻止するため、プーチンは2021年に米国とNATOにロシアの安全保障を明記する条約の調印に賭けたが、結局交渉を拒否された。

 

実現寸前で米英に妨害された停戦

③ 米国は開戦間もなく妥結が確実となっていたロシアとウクライナの停戦合意を英国と共に故意に妨害し、戦争終結の最大の機会を葬った。

ウクライナ戦争は勃発初期の段階で、短期間に終息していた可能性が極めて高い。なぜならウクライナ大統領のウォロディミル・ゼレンスキーは開戦当日の演説で、「今日、私たちはモスクワから、彼らがまだ話し合いを望んでいることを聞いた。彼らはウクライナの中立状態について話したいと考えている」と強調。「我々はロシアと話すことを恐れていない。我々は国家の安全の保証についてすべてを言うことを恐れない。我々は、中立の立場について話すのを恐れない。……我々はこの侵略の終わりについて話し合う必要がある。停戦について話し合う必要がある」(注23)と演説していた。

ここでは中立を求めるロシアの要求を考慮したうえで、交渉に臨むという意図が明確に語られている。事実、戦火がキエフに及びながらもゼレンスキーは停戦に向けて動き、交渉は以下のような経過をたどった。

「(当時のイスラエル首相の)ナフタリ・ベネットが仲介した交渉中に、ゼレンスキーはNATOへの加盟を断念した。……早くも2022年4月に、イスタンブールでロシアとウクライナの交渉担当者によって開始された暫定合意には、『ウクライナはNATO加盟を求めないことを約束する』という内容が含まれていた」

「2023年6月13日、プーチン大統領は 『イスタンブールで合意に達した」』と認めた。(この合意は)『ウクライナの永世中立性及び安全保障に関する条約』と題され、『永世中立』をウクライナ憲法の特徴とするものであった」
(注24)

その際の合意内容は「ロシアがドンバス地域の一部とクリミア全土を支配した2月23日以前のロシアの陣地に撤退することと引き換えに、ウクライナがNATO加盟を求めず、その代わりに多くの国から安全保障を受けることを約束する」(注25)というもので、ロシアの新たな領土要求は何も含まれてはいなかった。(注26)

つまりウクライナ戦争は開戦2ヵ月を待たずして、停戦が実現していた可能性が極めて高い。だが周知のように、当時の英国首相ボリス・ジョンソンの4月9日の突然のキエフ訪問によってすべては水泡に帰してしまう。
「(ジョンソンはゼレンスキーに対し)プーチンに会わないよう促したと伝えられている。……たとえウクライナが戦争を終わらせる準備ができていたとしても、NATOには戦争を終わらせる準備ができていなかった。ゼレンスキーが提案していたプーチンとの会談はその後中止された」(注27)。

以降、今日までの戦闘激化に伴う両国のおびただしい人的・物的損失を考慮するなら、停戦のチャンスが失われたことの悲劇的意味の重さを感じずにはおれない。それでもロシアを戦争に引きずり込むことしか考えていなかった米英は、戦争になってからも決して停戦や和平を許容しなかった。

事実、ベネットは今年2月にyoutubeで公開されたインタビューで西側諸国が停戦を「ブロックしたのか」と問われ、特定国を名指しせずに「彼らはそれをブロックした」と発言(注28)。仲介の場を提供したトルコの与党「公正発展党」の副議長ヌマン・クルトゥルムスも昨年11月18日、「米国と欧州の一部の国はウクライナを支援し、この戦争を延長するプロセスを開始している。我々が望んでいるのは、この戦争を終わらせることだ。戦争を終わらせないように努めている人もいる。米国は戦争の長期化を利益とみなしている」(注29)と非難した。
もはや、すべては自明だろう。「いわれのない戦争」とロシアだけを悪玉に祭り上げながら、米国やNATOはその「戦争」を誘導しこそすれ、食い止める意図など毛頭なかったし現在も同様なのだ。

結語

戦争を終結させるための方策を考える上で不可欠なのは、まずその戦争が起きた原因は何かを正確に特定する作業だ。だが、湾岸戦争も経験した米陸軍大佐出身の優れた軍事アナリストのダニエル・デイビスによれば、バイデン政権はイラクやリビア、ソマリア等への軍事介入と同様、ウクライナでも「戦争を終わらせる方法を考えずに、やみくもに戦争を続けるというこの60年来の傾向を続けている」(注30)と警告する。

米国やNATOはウクライナの「反転攻勢」でロシアに対する軍事的成果を上げさせた後に、ロシアと何らかの交渉の機会を探ろうとした形跡がある。それが夢と消え、もはや外交を途絶してひたすら「戦争を続ける」だけしか関心はなくなった現在、最終的に戦争の原因など考慮の対象外になったのだろう。ストルテンベルグがロシアは「NATOの拡大を阻止するために欧州の国に侵攻した」とうっかり「失言」してしまったのも、ある意味ではそれだけ現状況の破局的な様相を象徴しているのかもしれない。

 

(注1) September 7, 2023「Opening remarks by NATO Secretary General Jens Stoltenberg at the joint meeting of the European Parliament’s Committee on Foreign Affairs (AFET) and the Subcommittee on Security and Defence (SEDE) followed by an exchange of views with Members of the European Parliament」
(注2) February 24, 2022「NATO Secretary General statement on Russia’s unprovoked attack on Ukraine」
(注3)June 2, 2023「The war in Ukraine was not ‘unprovoked’」
(注4)(注3)と同。
(注5)September 20, 2023「NATO admits that Ukraine war is a war of NATO expansion」
(注6)August 26, 2022「Noam Chomsky: We’re Repeating Afghanistan in Ukraine」
(注7)(注3)と同。
(注8) 成澤「改めて検証するウクライナ問題の本質:Ⅱ 米国によるウクライナの全面支援表明」「改めて検証するウクライナ問題の本質:Ⅲ 追い詰められたロシアの「最後通牒」等を参照。
(注9)「Opposition to NATO Expansion」
(注10)「Foreign Affairs; Now a Word From X 」
(注11) March 9, 2016「Russian hostility ‘partly caused by west’, claims former US defence head」
(注12)February 1, 2008「NYET MEANS NYET: RUSSIA’S NATO ENLARGEMENT REDLINES」
(注13)September 21, 2023「NATO Expansion & Ukraine’s Destruction」
(注14)February 24, 2022「Ignored Warnings: How NATO Expansion Led to the Current Ukraine Tragedy」
(注15)September 21, 2023「US Can’t Deal with Defeat」
(注16)FEBRUARY 24, 2022「Remarks by President Biden on Russia’s Unprovoked and Unjustified Attack on Ukraine」
(注17)December 17, 2021 「Treaty between The United States of America and the Russian Federation on security guarantees」
(注18)October 6, 2023 「The Many Lessons of Ukraine War」
(注19)April 13, 2022「A CONVERSATION WITH THE COUNSELOR: DEREK CHOLLET ON NAVIGATING THE WORLD COUNSELOR DEREK CHOLLET AND RYAN EVANS」
(注20)September 20, 2023「NATO Chief Admits NATO Expansion Was Key to Russian Invasion of Ukraine」
(注21)(注18)と同。
(注22)(注18)と同。
(注23) February 25 , 2022「Address by the President to Ukrainians at the end of the first day of Russia’s attacks」
(注24)October 2, 2023「The Key to Peace in Ukraine? The Other Broken NATO Promise.」
(注25)(注18)と同。
(注26)この点で、アイルランド国立大学の名誉教授(歴史学)で欧州有数のロシア研究者であるジェフェリー・ロバーツが、「ウクライナ戦争をロシアのエリート層がソビエト又はロシア帝国を復興する全体計画の一環としてウクライナの独立を潰そうとしている帝国戦争である」とする、「左派」を筆頭に根付いている見方を「プロパガンダ作戦を通じて放出されたニセ情報」と一笑に付しているのは興味深い。August 2, 2023「The trouble with telling history as it happens」
(注27)(注18)と同。
(注28)(https://www.youtube.com/watch?v=qK9tLDeWBzs
(注29)「Numan Kurtulmuş CNN TÜRK’te: (Rusya-Ukrayna) Birileri savaşı bitirmemek için çabalıyor」
(注30)September 26, 2023「How The Russia-Ukraine Conflict Could Be America’s Next ‘Forever-War’」

 

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成澤宗男 成澤宗男

1953年7月生まれ。中央大学大学院法学研究科修士課程修了。政党機紙記者を経て、パリでジャーナリスト活動。帰国後、経済誌の副編集長等を歴任。著書に『統一協会の犯罪』(八月書館)、『ミッテランとロカール』(社会新報ブックレット)、『9・11の謎』(金曜日)、『オバマの危険』(同)など。共著に『見えざる日本の支配者フリーメーソン』(徳間書店)、『終わらない占領』(法律文化社)、『日本会議と神社本庁』(同)など多数。

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