【連載】福島第一原発事故とは何であったのか(小出裕章)

第4回 福島原発事故の未来

小出裕章

・100万㌧を超えて溜まってしまった放射能汚染水

放射線管理区域として外界と隔絶されていなければならない原子炉建屋・タービン建屋の地下が地震によって破壊されたため、間断なく地下水が流入してくる。その地下水はデブリを冷却するための水と一体となって、放射能汚染水となる。

東京電力はその放射能汚染水を敷地内に次々とタンクを設置して溜めてきた。そして、例えばALPS(Advanced Liquid Processing System、多核種除去設備)と呼ばれる放射能浄化装置を使って、タンクに溜めた放射能汚染水から放射性核種を取り除こうとしてきた。東電はALPSで処理した水を「処理水」と呼んできた。

しかし、トリチウム(Tritium、三重水素)は水素であり、酸素と結合して水になっている。水処理技術は水の中に含まれている不純物を取り除き、水を綺麗にする技術である。しかし、どんなに水処理技術を駆使して水を綺麗にしても、トリチウムは水そのものであるため取り除くことができない。そして東京電力が「処理水」と呼んできた水の量は今や130万㌧になっている。その上、今でも毎日100㌧を超える地下水が流入してくる。

放射能は危険である。そのため、施設から環境に放出する時には濃度規制を受ける。そして東京電力が「処理水」だと言ってきた水の70%を超える水の中にはトリチウム以外にもまだストロンチウム90、ヨウ素129などの放射性核種が、濃度規制を超えて存在していることが発覚した。

東京電力はその水を、再度ALPSなどを使って浄化すると言っているが、ALPSを含めた浄化装置はトラブルが続き、今後も正常に稼働できるか分からない。

もし、東京電力の思惑通りに浄化装置が動いたとしても、汚染水中のトリチウム濃度はトリチウムについての濃度限度(6万ベクレル/リッター)よりはるかに高い。そして、トリチウムについては、今後も捕捉する手段がない。そのため、国と東京電力はこれ以上持ち堪えられないので、「処理水」を薄めながら海に棄てると言いだした。

放射能は薄めて流したとしても、薄まって拡がるだけで消えるわけではない。さすがに沿岸で流すと言えなくなった国と東京電力は沖合1km迄トンネルを作り、そこで膨大な海水と混ぜて流すと提案している。彼らの案によれば、2023年から放水を始め、毎年22兆ベクレルのトリチウムを流すことになっている。

しかし、フクシマ事故で熔け落ちた炉心の中のトリチウムは、トリチウムの半減期12.6年を考慮しても、22年初めの時点で約1900兆ベクレルある。それを放出し終えるまでには50年以上の歳月が必要である。私は死んでいるし、フクシマ事故に責任のある国や東電の関係者も死んでいる。フクシマ事故被害者たちも多くが死んでしまっているだろう。

The picture of Fukushima Daiichi Nuclear power plant was taken in December 2016 from Namie city coastal part, north from Daiichi. The plant suffered huge damage from the magnitude 9.1 earthquake and tsunami that hit Japan in 2011. The incident permanently damaged several reactors.

 

福島の漁民ももちろん海に流すことに反対しているし、世界中の環境保護団体も反対している。そして海に流さないでも、7,8号機用の敷地に今後もタンクを増設してそこに溜める方法、地下に圧入する方法など、現実的な案がいくつも提案されている。

しかし、日本の国とっては海に流す以外の選択は絶対にとれない。何故なら、日本では、原発からの使用済み燃料は必ず再処理することになっているからである。再処理とは使用済み燃料を高温、高濃度の硝酸に溶かし、燃料中に生成していたプルトニウムを回収する作業である。その工程で、燃料中に含まれていたトリチウムは全量が水相に移ってしまい、捕捉できない。

そのため、再処理工場では使用済燃料に含まれているトリチウムは全量が海に流されることになっている。仮にフクシマ事故が起きなかったとすれば、今問題になっているトリチウムは青森県六ケ所村に建設されている再処理工場に運ばれ、そこで処理されて全量が海に流されるはずだったものなのである。

フクシマ事故で熔けた炉心は約200㌧であるが、青森県六ケ所村の再処理工場では1年ごとに800㌧の使用済み燃料を処理し、それに含まれていたトリチウムは全量海に流す計画だった。そして日本の奥にはそうしても安全だと許可したのである。もし、福島のトリチウムを海に流してはいけないということになれば、日本では再処理ができなくなり、日本の原子力の根本が崩れてしまう。

・困難を極める熔け落ちた炉心の回収

放射能汚染水問題よりもさらに問題なのは熔け落ちた炉心(デブリ)をどうするかである。日本政府は事故直後の半月程度の間に、広島原爆に換算して168発分のセシウム137が大気中に放出されたと認めている。

しかし、もともとの炉心の中には広島原爆7900発に相当するセシウム137が存在していた。そのうちの一部は汚染水の中に溶け出てきたし、その一部はALPSなどで捕捉された。しかし、多くのセシウムはいまだにデブリの中にあるし、セシウムのように水溶性でない放射性核種は大部分がデブリ中にある。それを今後どうできるのか・・・誰にも分からない。

国と東京電力が当初作ったロードマップでは、デブリは原子炉圧力容器の底と、その直下、ペデスタル(原子炉圧力容器の台座、円筒形のコンクリート壁)内部の格納容器の床に饅頭のように堆積していると推定した。そうであれば、いつの時点かで格納容器の上蓋と圧力容器の上蓋を開ければ、上部からデブリを見ることができるし、上方向に掴み出せると期待した。

でも、そのためには、デブリからの放射線を遮蔽しなければならない。そのため、国と東京電力は格納容器内に水を満水にさせようとした。しかし、格納容器はすでに破壊されていて、いくら水を注入しても、その水は原子炉建屋に流れ落ちてしまって格納容器内には溜まらない。

そのため、格納容器内を満水にするためには、今はどこか分からない破損部を探し出し、そこを修理しなければならない。仮に1カ所修理できたとして、水が少し上部まで溜まってもまた他の破損部があれば、そこを探し出して修理しなければならない。

仮にそれがすべてうまくできたとしても、格納容器内はもともと空気か窒素を充填することしか考えておらず、そこに水を満水にすれば、そのことによってまたトラブルが起きる可能性が高い。万一何も起こらずに、格納容器内を満水にできたとしても、格納容器上部からデブリが存在している床までは30mから40mもの距離がある。その水底のデブリを取り出す装置は今は影も形も存在しない。

結局、国と東電が当初作ったロードマップではデブリの取り出しは猛烈に困難である。ところが、もっと困難な事実がすでに分かっている。ペデスタルには、定期検査の時に作業員が出入りするための通路が開いていて、圧力容器からペデスタル内部の床に落ちてきたデブリはその通路を通ってすでにペデスタルから流れ出してしまっていることがわかった。

そうなれば、原子炉容器の上部から覗いてもデブリは見えないし、取り出すこともできない。そのため、国と東京電力は格納容器の土手っぱらに穴をあけ、そこに特殊な装置を設置してデブリを取り出す方法が有力だと言い出した。

もちろん格納容器内に水を張ることも諦めており、そんな作業をすれば、デブリからの放射線で作業員の被曝が膨大になってしまう。その上、穴を開けた方向のデブリは見えるかもしれないが、ペデスタルの反対側のデブリは見えないし、取り出すこともできない。結局、デブリの取り出しは当面諦めるしかない。

 

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小出裕章 小出裕章

1949年生まれで、京都大学原子炉実験所助教を2015年に定年退職。その後、信州松本市に移住。主著書は、『原発のウソ』(扶桑社新書)、『原発はいらない』『この国は原発事故から何を学んだのか』『原発ゼロ』(いずれも幻冬舎ルネッサンス新書)、『騙されたあなたにも責任がある』『脱原発の真実』(幻冬舎)、『原発と戦争を推し進める愚かな国、日本』(毎日新聞出版)、『原発事故は終わっていない』(毎日新聞出版)など多数。

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