第50回 真実を隠そうとする検察・科警研、冤罪はなくならない
メディア批評&事件検証足利事件の再審が開かれるのか、どうか。その行方は、2009年1月下旬から始まった弁護人側と検察側双方の鑑定人が出す再鑑定の結果次第だ。この鑑定が終盤を迎えた同年5月は、鑑定の外でも、捜査側が秘かに弁護側の鑑定結果を葬るための手立てを画策していた。なかでも検察が守りたかったのは、警察庁の科学警察研究所(科警研)が当初鑑定して菅家利和さん逮捕劇の原動力になった被害者松田真実ちゃんの肌着に付着していた精液の鑑定結果だ。その鑑定結果の理由を出させないことが最大の狙いだったのである。
検察側は、再鑑定実施が決まる前の意見書の段階から、「菅家さんのMCT118部位のDNA鑑定だけを行う鑑定は、無意味であるばかりか有害であるとすらいえるので、実施することは反対。また、肌着遺留精液と菅家さん由来の試料の異同識別を行うDNA鑑定についても、実施する必要性はないと考えるものの、この点については、あえて反対しない」としていた。何のことはない。科警研の行った旧鑑定の肌着のDNA型が菅家さんのDNA型と一致するかだけで、ことは終わるのだ。
弁護側から嘱託を受けた筑波大学の本田克也教授は何がなんでもMCT118法の結果だけは確実に出すことだけに集中したといっても過言ではない。
これが国民の命を奪う犯人を許さないとする捜査機関、そして中立の立場で訴訟指揮を司る裁判所の姿勢なのか。ISF独立言論フォーラム副編集長である梶山天(たかし)には「正義」を胸に実際の行動は、真実を追求する本来の姿勢とは裏腹に、冤罪の原因を隠そうとする卑劣な行為にしか見えなかった。これが法を先頭に立って順守する公務員の行為なのか。問いたい!
この月の13日に足利事件の被害者である真実ちゃんの母親に1通の手紙が届いた。なんと東京高検からだった。1991年12月暮れの犯人逮捕の連絡以降、なんの音沙汰もなかった。それが、一体どうゆうこと? 今さら何だというの……。封を切り、母親は手紙に目を通した。
《お嬢様が亡くなった平成2年の事件に関する手続きを担当している者です。すでに報道されているので御存知かもしれませんが、この手続きの一環として、裁判所がDNAの再鑑定を実施したところ、有罪の証拠となったDNAの型と菅家受刑者のDNA型とが一致しないという結論が示されました。つきましては、直接お目にかかって、手続きの現状についてご説明などを申し上げたいと思い、このお手紙を書かせていただきました》
せめて事件の真実だけでも知りたいと願っていた母親は5月21日、宇都宮地検に足を運んだ。地検の一室で椅子を勧められ、母親は軽く腰をおろした。真向かいは高検の検察官だった。検察官は再鑑定の結果と、再審を視野に入れた今後の展開について説明を始めた。
「2人の鑑定人がそれぞれ違う方法でDNA鑑定をしました。結果はどちらも、肌着から検出されたものが菅家氏の型と合っていませんでした。そういう鑑定書が出てきている状況です。これに対してどうするのか、あるいは、この鑑定書をどういうふうに解釈すべきなのか検討しているところなので検察としてもまだ結論が出せる段階ではありません。仮に、今回検出されているものが犯人のものであると考えると、そして、その犯人として出てきたものを分析した結果、菅家氏と合致してないという結論が出たとなると……、検察は正義を実現する立場にあるものですから、犯人でない人を刑務所に入れておくわけにはいかない。そういう大事な見極めをしなければいけないこともありまして」。
だからそれが何だというのだ。分かりきったことじゃないのか。それだけでわざわざ母親を呼び出すはずがない。梶山が仰天したのは、この後からの検察がとった行為だ。それこそが被害者の母親を呼び出した真の理由であり、その行為から検察が何をたくらんだのか、見えてくる。
検察官は母親に現状を説明後、すぐに口腔内粘膜の細胞を取らせてもらえないか、と母親にこう求めた。
「いずれにしても、20年も前の肌着からDNAの型が出てきているということなので。20年の間にいろんな人が触っています。事件と関係のない人の手汗とか、そういうのが、検出されただけなのか、あるいは、肌着から今回出てきたものは、単にお嬢さんのDNAの残り物(当時の技術では検出できなかった、真実ちゃんとは違う人のDNAの型)を新しい技術で掘り当ててしまっただけなのか―再鑑定の結果を受けて、他の人のDNAが混入しているかどうかきちんと調べないといけないと思い、関係者をずっとまわっているところです」。
よくもぬけぬけと、こんなことで母親まで担ぎ出して、旧鑑定の誤鑑定を認めないようにするために自分たちの目的を遂行するなんて、とんでもない「悪魔」の所業としか思えない。無実の人1人の人生と、その家族や親せきの名誉をも奪っておいて、反省するどころか、事実をうやむやにして幕を閉じさせようとする検察の姿勢は、常軌を逸していた。
この時期、東京高検が真実ちゃんの母親を呼び出したほんとの理由は、本田教授の鑑定、特にMCT118法の検査結果を潰すことにあったのだ。というのも一月以上前の4月9日の夕方に鈴木教授が本田教授に電話をかけ、それまで検査をしていないと言い切っていたMCT118部位の検査をやったけれども、「バンドが1本しか出ない時もあり、結果が安定しない。うちでは出方がバラバラで(肌着は)、24は出るけどれども、18は出ない」などと問いかけられた時、本田教授は「この部位は常染色体上にあるから被害者の混同の可能性もゼロではないと説明した。本田教授は自分に再鑑定を嘱託した弁護団にも何一つ教えていない。唯一、鈴木教授にだけに語った言葉だ。それがそのまま、検察に漏れていた。
再鑑定がスタートした時点から連絡もせずにいきなり、自分の鑑定結果を本田教授のところにファックスしたり、とても鑑定人とは思えない行為をしたのは、裏で検察、あるいは懇意にしている科警研の福島弘文所長の指示で本田教授の鑑定内容をチェックするよう指示された可能性もなくはない。
現にそれがあったからこそ、検察は母親に現状説明という嘘で被害者の母親を呼び出し、口腔内粘膜の細胞採取を求めたのだ。この採取は事件直後の基本的な活動だ。採取していなかったのか、それともなくしたのか、処分したのか。
汚染を期待して鑑定結果に疑義を見つけたい検察あるいは警察は、まず、捜査の段階で肌着に触れる機会があった当時の捜査員数十人のDNA鑑定を鈴木教授に嘱託して行ったが、本田教授が出した18‐24型に一致する人物はおそらくいなかったのだろう。次に検察は、この肌着に日常的に接触していた家族の汚染の可能性を期待した。
検察はこの時点で、足利事件被害者のDNA鑑定を行う必要があることに気づいたのだろう。だからこそ、真実ちゃんの母親に接触する必要があった。そして同時に、科警研の鑑定に裁判上の問題があることを把握したはずだ。
母親が「鑑定をはっきりさせるために必要ならば、検体提供に対しては、やぶさかではありません」と応じると、別の部屋で待機していたらしい栃木県警の鑑識係員が現れた。皆が見守る中、母親は口を開いた。作業の終了を待って、検察官は切り出した。
「当時捜査した者から聞いた話では、事件の捜査が終わった段階のお嬢ちゃんの爪であるとか、毛であるとか……」。
「あのう、持っていかれましたよね」。話の途中だったが、意図を察した母親が聞き返した。
検察官:「お返しした、ということはありますか」。
母親:「警察の方にあるかと思います」。
検察官は気まずい口調で、真実ちゃんのへその緒を貸してほしと依頼した。後日、母親はへその緒を大事に抱えて家を出、捜査関係者に手渡した。
検察が被害者の母親から借りた真実ちゃんのへその緒。
こうして初めて、検察は真実ちゃんのDNA型を明らかにすることができた。だが、この鑑定も秘密裏に行われ結果も公表されなかった。何故か。検察としては、本田鑑定が出した18‐24型に重なるバンドがあれば、これは犯人由来ではなく被害者家族の細胞が混合したものであると、本田教授の判定を潰すことができる。また、当時の捜査関係者は、全員男性だったので、彼らのDNAの混合という可能性も含めて、本田鑑定によるY‐STR部位の判定結果を排撃するために追求したはずだ。しかし、意図したことが達せられなかったので、裏でなされた鑑定は表に出すことができなかったのだろう。
本田教授も再鑑定の鑑定書提出後だったが、再審前に真実ちゃんのDNA型を明らかにすることができた。日本テレビの清水潔記者と小林篤ライターらの協力によるものだ。真実ちゃんの母親の同意を得て、彼女の口腔粘膜細胞と真実ちゃんのへその緒が研究室に届けられたのだ。MCT118法を行ったところ、電気泳動のゲル状に「18、30、31」という三つのバンドが確認できた。この結果、真実ちゃんは18‐31型、母親は30‐31型と確認できた。MCT118法は二つの数値の組み合わせで型を表すことから、真実ちゃんの場合は「18」が父親、「31」が母親由来であることが明らかになった。
科警研が123ラダーを用いて判定した肌着から検出したのは16‐26型だった。それをアレリックラダーに置き換えると、18‐30型で、菅家さんの型と一致する―当初、科警研はそう主張した。この18‐30型こそ、犯人由来のDNAではないものの鑑定を行ってしまった可能性が高くなった。
検察官は真実ちゃんの母親に、肌着から今回検出したものは「お嬢さんのDNAの残り物を新しい技術で掘り当ててしまった」かも知れないと説明した。しかし、実は、旧鑑定が検出した型だった可能性が極めて高い。
何とひどい現実。それをひた隠そうとする検察、科警研の現実。国民の皆さん、どう思いますか。これでは、冤罪が増えるばかりで、冤罪防止対策は皆無なのです。
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独立言論フォーラム(ISF)副編集長(国内問題担当)。1956年、長崎県五島市生まれ。1978年朝日新聞社入社。西部本社報道センター次長、鹿児島総局長、東京本社特別報道部長代理などを経て2021年に退職。鹿児島総局長時代の「鹿児島県警による03年県議選公職選挙法違反『でっちあげ事件』をめぐるスクープと一連のキャンペーン」で鹿児島総局が2007年11月に石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞などを受賞。著書に『「違法」捜査 志布志事件「でっちあげ」の真実』(角川学芸出版)などがある。