【特集】ウクライナ危機の本質と背景

ウクライナ 忘れられている死者たちは誰か(上)

乗松聡子

・分断を利用し、共存から戦争へ

「ウクライナは非常に分断された国だ」。シカゴ大学のジョン・ミアシャイマー教授は、15年の講演「どうしてウクライナ問題は西側の責任なのか」で強調した。この講演はシカゴ大学のYouTube にアップされており、5月7日の時点で2600万回以上再生されている。大学教授の講演が人気アーティスト並の再生数を得ているのは、人々はやはり主要メディア報道が伝えない、この戦争の背景を学びたいと思っている証なのではないだろうか。YouTubeの字幕自動翻訳機能を使って日本語で観ることもできるのでぜひ視聴してほしい。7年経っても古くなるどころか、今だからこそ学ぶべき内容だ。

ミアシャイマー教授が紹介する「分断」についてだが、ウクライナ語話者は主に西部、ロシア語話者はおもに東部に多い。現在のボロディミル・ゼレンスキー大統領のように、両方話す人も多数いる。

政治的には、04年「オレンジ革命」時も西部が親欧米のユシチェンコ候補、東部が親露ヤヌコビッチ候補、10年の選挙でも西部が親欧米のティモシェンコ候補、東部がヤヌコビッチ候補(10年はヤヌコビッチ候補が勝利)というように東西で傾向が分かれる。15年の都市別の調査で、「ウクライナが一つの経済連合のみに加入するとしたらどこか」という問いに、「EU」と答えたのは西側の都市であるほど多かった。この傾向はNATO加盟についても同様である。

このように多様性をはらむ国で、共存と平和を推進するのであれば、一方がもう一方を支配したり抑圧したりすることは避けなければいけないことは自明であろう。

マイダンクーデターでヤヌコビッチ大統領が失脚した翌日、14年2月23日にウクライナ議会は、12年に定められていた、地域の言語としてロシア語などを認める法律の廃止を投票で決定した。結局これは当時の大統領代行の拒否権行使によって流れたが、マイダンデモがネオナチの投入で暴徒化し多くの犠牲者が出たことにも加え、ロシア語を話す人が多い東部ドンバスやオデッサ、クリミアの住民たちには大きな恐怖を与える結果となった。

私の住むカナダも公用語が英語とフランス語であるが、たとえばアングロサクソン至上主義者が議会を包囲し、議会が今日からフランス語を公用語とはしないといった票決をしたらフランス系の多いケベック州の人たちは恐怖に駆られるだろうし国は大混乱に陥るだろう。ウクライナでは実際それが起こされたのである。そうでなければ共存できていた国が、米国の介入で14年以降、分断が深まり、戦場にされてしまった。

・「マイダン」以来、ウクライナは8年間ロシア語圏を抑圧

マイダンクーデターの後に大統領になったペトロ・ポロシェンコ大統領は2014年10月23日、オデッサでの演説でこう言った。「年金生活者と子どもたちに給付金を与えるが、あの者たちには与えない!我々の子どもたちは学校にも幼稚園にも行くが、あの者たちの子どもは地下室に留める!あの者たちは何もできないからだ。そうすることによってこの戦争に勝つのだ」。「あの者たち」とはドンバス(東部のドネツク、ルガンスク)の人々を指していた。

この場面は、フランス人のアンヌ=ローレ・ボネル監督の16年のドキュメンタリー映画「ドンバス」の冒頭に出てくる、戦慄が走るシーンである。14年12月にこの発言を知ったボネル監督は、年明け、15年の1月に市民たちの声を聞くためにドンバスに行った。そこでは、ポロシェンコ大統領が言った通りのことが起こっていた。

自らの政府によって連日攻撃され、殺され、学校も病院も壊され、地下に隠れて怯えながら暮らす人々の姿が描かれている。ドキュメンタリー「ドンバス」はマキシムさんという人の貴重な翻訳で日本語字幕版がここで見られる。私の記事よりも優先して、これを観てほしい。

今回のロシアによる侵攻が始まって間もない3月1日、ボネル監督はフランスCニュースからインタビューを受けており、その動画も、マタタビさんという人の日本語字幕で見ることができる。

ボネル監督は「この戦争は2014年に始まった」ということを強調した。市民が砲弾やグラート(MLRS)の標的になっており、市民は地下での生活を強いられている。14年以来1万3000人が死んでいる。彼女はその時点では前日までドネツク州のゴルロフカというところにいて、ルガンスク州へ移動中のようだったが、ウクライナ軍の攻撃によって殺された人々の生々しい写真を画面で見せた。

その時点ではロシア軍は国の中心地にいて、彼女がいるところではウクライナ軍による攻撃であるという。彼女はプーチン大統領を擁護はしないし政治的な立場は取らず、ただ民間人の近くにいて事実を記録するだけだという。そのジャーナリスト精神に敬服するしかない[ⅲ]。このドンバスでのウクライナ当局による市民への迫害は、報道もほとんどされず世界から見捨てられた存在だった。今になって、プーチン大統領が全ての悪だと思いたい人々はこの犯罪でさえ「ロシアのプロパガンダだ」と叫んでいる。

ボネル監督と同様、私も、自分の眼の前に見せられた事実を自分の願望に沿って捻じ曲げて解釈し、自分を信じ込ませるようなことはできない。ウクライナ軍に殺された人々も、ロシア軍に殺された人々も、この8年戦争の被害者であり追悼の対象である。冒頭で見せたイラストの、嘆く女性の後ろの死体の山の中には過去8年に殺されてきたドンバスのウクライナ人もたくさんいるのだというのは、そういう意味なのである。

【脚注】

[i] この年表に綴った歴史について詳しくはオリバー・ストーンのドキュメンタリー映画「ウクライナ・オン・ファイア」(2016)で観ることができる。日本語版はここにある。続編「Revealing Ukraine (ウクライナを明らかにする)」はここ。字幕オンで観てください

[ⅱ] Oliver Stone and Peter Kuznick, The Untold History of the United States, Updated Edition, Penguin and Random House, 2019, 214-5.

[ⅲ] ボネル監督は3月22日にフェースブックで、この戦争の背景を説明している。その日本語版はピース・フィロソフィーセンターのサイトに投稿した。

※「ウクライナ 忘れられている死者たちは誰か(中)」は5月17日に掲載します。

〇「ウクライナ 忘れられている死者たちは誰か(中)」

https://isfweb.org/post-3084/

〇「ウクライナ 忘れられている死者たちは誰か(下)」

https://isfweb.org/post-3107/

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乗松聡子 乗松聡子

東京出身、1997年以来カナダ・バンクーバー在住。戦争記憶・歴史的正義・脱植 民地化・反レイシズム等の分野で執筆・講演・教育活動をする「ピース・フィロ ソフィーセンター」(peacephilosophy.com)主宰。「アジア太平洋ジャーナル :ジャパンフォーカス」(apjjf.com)エディター、「平和のための博物館国際ネッ トワーク」(museumsforpeace.org)共同代表。編著書は『沖縄は孤立していない  世界から沖縄への声、声、声』(金曜日、2018年)、Resistant Islands: Okinawa Confronts Japan and the United States (Rowman & Littlefield, 2012/2018)など。

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