【連載】知られざる地政学(塩原俊彦)

「知られざる地政学」連載(13) 小粒な政治家が多すぎる世界の政治(上)

塩原俊彦

 

 

下に示した写真を見てほしい。愛想笑いをしているのは、欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長である。その奥に写っているシャルル・ミシェル欧州理事会議長も同じだ。だれに愛想笑いしているかといえば、ジョー・バイデン米大統領である。2023年10月20日、ホワイトハウスでの一コマだ。

この時点で二人が示したかったのは、ウクライナ戦争とパレスチナ・イスラエル紛争に対する米国との統一的なアプローチであった。ウクライナ戦争でも、パレスチナ・イスラエル紛争でも、もはやヨーロッパは覇権国アメリカに擦り寄るしか手立てがないということをこの二人の写真はよく示している。私には、二人が矜持を捨てた最低の政治家に映る。

2023年10月20日に米ホワイトハウスで開催されたEUと米国の首脳会談で、ジョー・バイデン大統領に愛想笑いするウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長とシャルル・ミシェル欧州理事会議長
(出所)https://www.kommersant.ru/doc/6294911

「支援」を「投資」と考える視線
ここから、「小粒になった政治家」という話に入りたい。まず、「支援」を「投資」と考える政治家がいるとすれば、そうした人物は政治家として認識不足ではないかと論じたい。「投資」は「利益を得る目的で事業などに資金を投下すること」を意味している。これに対して、「支援」は「力を貸して助けること」を意味する。

こうした一般的な理解からすると、サミットの前日、10月19日にハドソン研究所でライエン委員長が行った講演は耳を疑いたくなる内容を含んでいた。彼女はつぎのようにのべた。
「ウクライナの勝利を望むなら、ウクライナがこの戦争の灰の中から立ち上がることを望むなら、私たちはウクライナの未来に投資しなければならない。今日から。そして欧州は今後4年間に費やされる、ウクライナへの500億米ドル以上の投資ですでにリードしている。」

EUはどうやら、ウクライナに対して投資という「利益」を得るための資金投下をしているらしい。「支援」ではなく「投資」という言葉遣いに注意すべきだ。だからこそ、この発言のあとに、彼女は、「ウクライナが再建、近代化、そしてこの戦争に勝利するために必要な確実性を与えるため、官民を問わず他の国際的な投資家にも協力を求めている」とのべている。少なくとも、今後ウクライナにとって必要なのは、「支援」ではなく「投資」ということらしい(日本国民は、今後、岸田文雄首相がウクライナへの支援に関連して「投資」という言葉を使うようになるかに注目してほしい)。

真っ当な政治家であれば、ウクライナへの復興支援はあくまで「支援」であって、「投資」とは考えないはずだ。すべての政府活動について投下資金のコストとその便益を熟慮するのは悪いことではない。だが、安全保障や復興にかかわる問題まで、「投資」という計算づくの物差しを当てはめて考えるのは「器が小さすぎる」のではないか。

バイデン大統領も計算づく
こんな想いでいると、EU米首脳会議の前夜に当たる10月20日、バイデン大統領はアメリカ国民に向けた演説で、同じく気になる発言をした。「明日(10月21日)にイスラエルやウクライナを含む重要なパートナーを支援するための緊急予算要求を議会に提出する」とのべた直後に、「これは、何世代にもわたってアメリカの安全保障に配当金をもたらす賢明な投資であり、アメリカ軍を危険から遠ざけ、我々の子供や孫たちのために、より安全で平和で豊かな世界を築く助けとなる」と語ったのである。

バイデン大統領もまた、ライエン委員長と同じく、ウクライナへの支援を「投資」とみなしているのだ。彼がいう「何世代にもわたってアメリカの安全保障に配当金」とは具体的にどのくらいの金額をいっているのだろうか。バイデン大統領はヒトの命を含めて計算し、米国民の利益のために計算づくの「投資」を行い、儲かるからという理由で、ウクライナに武器を渡しているのか。もしそうであるならば、ある意味で「大したものだ」が、逆に、儲けのために武器供与しているのであれば、そんな戦争支援に「大義」はあるのだろうかと尋ねたい。「自由と民主主義のため」の支援はいったい、どこに消えてしまったのか。戦争支援で金儲けするというのは、「道義上、人間として、あるいは政治家として、最低である」と指摘せざるをえない。

イスラエル危機へのEUの対応で露呈した限界
つぎに、ライエン委員長のような欧州の政治家のダメさ加減についても語りたい。その前に、もう一つライエン委員長の決定的な「不適格さ」を紹介しておきたい。それは、拙著『ウクライナ戦争をどうみるか』にも書いておいた。

2022年11月30日、ライエン委員長は、2万人以上の民間人と10万人のウクライナ兵士が死亡したと語る動画を流した。しかし、その動画は、本当のことをしゃべりすぎたのか、あるいは、何の疑問もなくこんな数字を明らかにしたことを反省したのか、すぐに削除された。まともな政治家であれば、死者数をもてあそぶような発言は決してしないだろう。彼女はそんな基本中の基本すら身につけていない最低の政治家なのである。

こんな政治家が欧州委員会のトップにいるからなのか、EUは10月7日以降のパレスチナ・イスラエル間の危機への対応で大混乱に陥った。10月9日、欧州委員会のオリベール・ヴァルヘイ欧州委員会近隣・拡大担当委員は、「すべての支払いはただちに停止される。すべてのプロジェクトが見直される」などとツイートした。これは、ハマスによるイスラエル攻撃の結果としてパレスチナ人に対するEUの開発援助の支払いをすべて停止するという意味であったが、スペイン、アイルランド、ルクセンブルクは反対を表明し、EUがすべてのパレスチナ人を罰していると非難した。

このツイートから5、6時間たって、欧州委員会はパレスチナに対する資金援助の緊急見直しを発表した。欧州委員会は「本日、EUのパレスチナ支援の緊急見直しに着手することを発表する」というものだ。いかなるテロ組織にもイスラエルに対する攻撃を間接的に可能にするようなEUの資金提供がないようにするという。「今回の見直しは、欧州市民保護人道援助活動(ECHO)の下で提供される人道支援には関係しない」ことも表明された。つまり、パレスチナへのEU支援をめぐって、まさに「朝令暮改」が起きたのである。

ライエン女史のイスラエル訪問
ライエン委員長は10月13日にイスラエルを訪問した。実は、イスラエルはEUからたくさんの優遇を得てきた。イスラエルの科学者たちはEUの資金援助制度の恩恵を受けており、イスラエルのサッカーチームはヨーロッパの大会に出場し、その歌い手たちはユーロビジョン・ソング・コンテストに参加している。そんな国を訪問して、彼女はつぎのようにのべた(EUの発表を参照)。

「ヨーロッパはイスラエルとともにある。イスラエルには自らを守る権利がある。実際、イスラエルには自国民を守る義務がある。そして私たちは、ハマスによる残虐行為をその名で呼ばなければならない。これはテロ行為だ。これは戦争行為だ。ハマスのしたことを正当化することはできない。今こそ、イスラエルとその国民と連帯する時だ。そのために私はここにいる。」

まるで、彼女はバイデン大統領と同じようなことを平然と語ったのである。だが、EU加盟の各国政府のなかには、彼女がイスラエル側のいかなる対応も国際法の枠内に収まる必要があるとの懸念を強調しなかったことに激怒するところもあった。まったく大局観のない政治家がその本性を露わにしたといえるだろう。
彼女の理屈でいえば、侵略されたウクライナと連帯するのは当然であり、ウクライナの主権を守るためであれば、ロシアの市民も子どもも犠牲になってもかまわないということになる。

つける薬のない「アホ」に率いられている欧州委員会は、今度は、10月14日になって、ガザに対する人道支援を現在の3倍の7500万ユーロ(7880万ドル)に増額し、援助を必要としている人々に確実に届くよう国連機関と協力すると発表する。これは、「不適格」な委員長への批判をかわすためのパフォーマンスにすぎない。どうにも場当たり的な恥ずべき外交をライエン委員長は展開しているといえるだろう。

ライエン女史の母国であるドイツをはじめ、欧州にはイスラエルに本能的に同調し、自衛権を強調する国もある。しかし、スペインやアイルランドのように、パレスチナ人の苦境に寄り添い、差し迫った人道的災害を警告する国もある。こうしたEUの現実を熟慮したうえでどう対応すべきなのかを決めるのが欧州委員会委員長の役割だろう。残念ながら、彼女のとった行動はその任にまったくそぐわない対応であったと指摘しなければならない。

「知られざる地政学」連載(13) 小粒な政治家が多すぎる世界の政治の(下)に続く

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。 著書:(2023年9~10月に社会評論社から『知られざる地政学』(上下巻)を刊行する) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。

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