権力者たちのバトルロイヤル:第53回 米中AI部隊が激突「台湾総統選」

西本頑司

鴻海とTSMC

まともな選挙になるのか……。

3カ月後に迫った台湾総統選(2024年1月13日)のことである。

なぜ「まとも」ではないのか。それは世界初の本格的な「AI介入選挙」になりかねないからなのだ。

事実、6月以降、総統選は明らかに米中の代理戦争の様相を呈してきた。それまでは“独立派”の民進党の勝利が確実視され、2016年から2期に渡って総統を務めている民進党・蔡英文は、依然、台湾の人々からの支持は高く、その後継者となった党主席の頼清徳副総統は、国民党から出馬する元警察官僚の侯友宜・新北市長に対して各種世論調査で圧倒してきたからである。

それが一転するのは、5月末、鴻海精密工業の創業者で前会長のテリー・ゴウ(郭台銘)の出馬宣言に始まる。テリー・ゴウは国民党代表戦で侯友宜に敗北し、いったんは出馬を見送っていた。それが突如、無所属での出馬宣言。これには国民党や、その支持層からも「分裂選挙になって共倒れする」と猛烈な批判を受けたものの、頑なに出馬へと動き出している。

そのため台湾政界では「中国が送り込んだ刺客ではないか」との声が強まっているのだ。テリー・ゴウが創業した鴻海は、シャープの買収や中国の巨大な生産工場「フォックスコン」の成功などで知られ、テリー・ゴウは「世界で最も有名な台湾実業家」。日本でいえば本田宗一郎のような存在で、圧倒的な知名度と人気を誇っている。これまでも民進党政権による独立政策を厳しく批判、中国との協調路線を主張しており、中国にとって都合のいい候補となる。

これをアメリカのバイデン政権が黙って見過ごすことはない。来年11月の大統領選でドナルド・トランプとの激突が予想されるジョー・バイデンは、中国・ロシアなどを排除した新たな西側=民主主義国家連合の構築のために「西側先進国で開発したハイテク技術と高性能半導体」の囲い込みを国家戦略にしてきた。

その中核を担うのが世界一の半導体製造企業となった台湾のTSMCなのだ。TSMCが生産する高性能半導体は、AIを含めてIT技術を支える「産業のコメ」。これを安定供給してほしければアメリカが主導する西側に入ってアメリカに従え、と言い換えてもいい。

TSMC創業者のモリス・チャンは、このバイデン・ドクトリンの重要なパートナーとして積極的に協力してきた。アメリカを後ろ盾にしたTSMCの躍進は凄まじく、2022年度には時価総額世界第9位と、鴻海を抜いて台湾最大企業となり、その絶大な影響力をもって蔡英文政権を支えてきた。

アメリカと組むモリス・チャンのTSMCが支える民進党と独立派。中国と組んで巨大企業となった鴻海のテリー・ゴウと中国融和派勢力。まさに台湾を2分する過去最大の激戦となっていけば、「なんでもあり」の壮絶な両陣営の潰し合いとなる。その果てに「AI介入選挙」が現実味を増してきているのだ。

 

バイデンのAI戦略

とくにアメリカである。台湾総統選で民進党が敗れた場合、バイデン政権1期目の国家戦略が破綻し、大統領選を左右する事態へと陥る。民進党を勝たせるためになりふり構わぬ「介入」を図ったとしても不思議はない。

さて、バイデン1期目はハイテク囲い込み政策とは別に、もう1つの目玉政策がある。AIの普及である。もともとGAFAMと称する米系ビッグテックは民主党に近い。例外は「賢いトランプ」共和党有力候補のロン・デサンティス(フロリダ州知事)の支持を表明したイーロン・マスクぐらいだろう。

事実、チャットGPTを世に送り出したOpenAIも、マイクロソフトが株式49%を取得。創業者のビル・ゲイツが、マイクロソフト社の検索エンジン「Bing」に無料版時代のチャットGPTを「BingAI」として全世界に無料公開させているのも、そのためだ。

その視点に立てば、今年3月14日、チャットGPTが世界初の実用AIとしてリリースされた理由も見えてくる。

月額2000円という安さで瞬く間に2億人のユーザーを獲得したチャットGPT、さらにマイクロソフトが無料版を公開していることもあって、いまや誰もが気軽に生成AIに触れることができる。だが、実際に利用すれば「案外、使えない」とすぐにわかる。AIはユーザーが「何を求めているか」を忖度するほど“賢くない”。ユーザーは使用目的に応じた正確な指示と手法をAIに提示する必要があり、結果、実務作業はAIスキルを持った「プロンプトエンジニア」に丸投げしているのが実情なのだ。

ところが半年経った現在、相応に生成AIを使いこなす人材が出てきた。その証拠にアマゾン写真集部門では、既存アイドルを抑えて、いまや「生成AIアイドル写真集」が上位を席巻している。マニアックな欲望を満たす情熱もあってか、画像生成スキルが1級レベルに達した“一般人”が次々と生まれているのだ。

ここで重要なのは、彼ら(一般人)が得たAIスキルは“エロ”にとどまらないという点である。チャットGPTリリースから2カ月後となる5月、アメリカで「AIテロ動画騒動」が起きた。ペンタゴン(米国防総省ビル)やホワイトハウスとおぼしき建物が爆破炎上する動画や画像がSNSを通じて拡散、これを大手メディアの一部が「ニュース」として扱い、一時期、ダウ平均株価が80ドル近く下落する騒動にまで発展する。また、バイデンがトランスジェンダーに向けて暴言を吐く動画やゼレンスキー大統領がウクライナ軍に向けて「降伏」を呼びかける動画も同時期に拡散している。

即座に政府当局が「AIによるデマ(フェイクニュース)」と報じることで鎮静化したものの、いずれの動画も初見では真偽が判断できないほどよくできており、また「面白い」ために強い関心を引く。しかもSNSなどの書き込みで「現地では大きな騒動となっている」「××ニュースでも報じられた」といった、チャットボットを使った偽の追加情報で追い打ちをかけて思考を強く誘導するために、デマとわかったあとでも「バイデンはトランスジェンダーが嫌いなのか」と刷り込まれてしまいやすい。

先のAI職人たちも、やろうと思えば、すでに同じことができるのだ。リリースからだいたい半年で、人々がAIを使いこなすようになる。つまり、バイデン政権は、来年1月の台湾総統選を狙い“逆算”して、あの時期にリリースしたのではないか。当然、そうして育成した「AI部隊」を使い、台湾世論の誘導を図ることになろう。

では、AIを選挙戦術としてどう活用するのか。チャットGPTやBingAIは、差別的な表現や個人攻撃をする画像、偏見を助長する内容の生成は厳しく規制している。その一方で、たとえば民進党や候補者への批判をAIで“薄く”作り直したり、国民党や中国の問題点を積極的にピックアップしてわかりやすく書き直したり、といったことは簡単にできる。ニュース仕立てで「民進党優勢」といった情報を拡散。甘いマスクで人気の頼清徳の好感度をより高める画像や動画の生成は、チャットGPTが最も得意とするところだ。

こうした手法で、11月以降、アメリカの「AI部隊」による情報操作、世論誘導が強まる可能性は高い。

そして米大統領選へ

一方、中国もAI部隊を総動員するのは間違いあるまい。米スタンフォード大学が発表した「2022AIインデックスレポート」によれば、全世界のAI関連の論文で中国が占めた割合は31%、13%台のアメリカを圧倒したよう、中国はAIのトップランナーといっていい。

2021年には北京など8都市に「国家人工知能創新応用先導区(AI先導区)」というAI研究施設を設置。一方で中国当局はチャットGPTのリリースを受けて、その使用を禁止し、同時に民間におけるAIの開発を一時的にストップさせた。それはAI関連技術を国家最重要技術に位置づけ、国家管理へと移すためだったといわれる。

事実、中国の検索エンジン「百度(バイドゥ)」がチャットGPTリリースに先駆けて発表していた「文心一言(アーニーボット)」は、当局が命じた規制を受け入れて全面的に修正したあと、5月から一般利用が許可となっている。

それだけではない。習近平が国家主席となると肝いりで設置した中央社会工作部の主導のもと、中国では、ネットの使用制限や当局による厳しい「検閲」を行なってきた。中国のネット検閲システム、通称「グレート・ファイアウォール(デジタル万里の長城)」は、それまで膨大な人員を動員してマンパワーでゴリ押ししてきたが、ここにきてチャイナAIの“育成の場”として積極的に導入してきたといわれるようになっている。

AIで余剰となった人員の多くは、ネット工作員「五毛部隊」へと配置転換し、これまで日本や台湾の世論誘導の実務を担ってきた。その精鋭AI部隊を台湾総統選に動員するのは確実だろう。中華圏の台湾では、中国本土の情報を得るため中国版ツイッターのウェイボーやバイドゥの検索エンジンを登録して、日本人のようにグーグル一辺倒ではなく、2つの情報源(ソース)で判断する習慣を持っているからだ。

先の五毛AI部隊は、この中国サイドのネットを主戦場に世論誘導を図ることになろう。チャイナAIは、政府や体制への批判は厳しく検閲し、決して出力しないようにできているが、それ以外の規制は意外に甘いという。つまりチャットGPTでは規制対象となっている「過激な個人映像」のでっち上げが生成可能といわれているのだ。つまり、頼清徳の「不倫写真」や「女性とのベッド写真」などが、チャイナAIならば生成できるらしいのだ。

明らかにデマだとしても興味本位に拡散するであろうし、映像とセットで「悪意」を込めた書き込みを読めば、気付かないうちに思考を誘導されて民進党への信頼は揺らいでいく。もちろん「AI生成の画像や動画」と明記したうえで面白半分に大量に作ってばらまいても、頼清徳のイメージダウンは見込める。日本でも“職人”と呼ばれる一般人が手作業で作成したコラージュ(合成)画像やAA(アスキーアート)の拡散が、ターゲットになった政治家のイメージダウンにつながることが判明しており、意外に効果が高い手法なのだ。

いずれにせよ、1月の投票日まで、アメリカと中国の精鋭AI部隊が相手陣営を潰すために、あらゆる生成技術を駆使し、ありとあらゆるAI戦術を試すことになろう。

そして両陣営のAIは、この総統選をディープラーニング(深度学習)することで「選挙用AI」として育っていく。少なくともバイデン政権と米民主党にすれば、総統選の民進党勝利だけでなく、効果的な選挙戦術を学んだ「選挙用AI」育成を目的の1つにしているはずだ。

実際、「AIチーム」をどう編成するか。また、どんな戦術で、どんな効果が出たのか。その結果、世論はどう動いたか。米民主党のAIチームは、中国精鋭部隊との“実戦”を通じて貴重な経験を得ることとなる。それにより、2月から始まる党代表予備選以降、最終投票まで、AIスキルによって最後まで共和党を圧倒するのではないか。

そして台湾総統選から続く米大統領選を通じて、AI選挙戦術は一通り出揃い、その効果も判明しよう。この選挙戦術をディープラーニングで“学んだ”AIは、より効果が高まる手法を自ら生成し、今後、あらゆる選挙で暗躍していく。

より優秀な「選挙用AI」を準備した陣営が勝利するようになれば、それは果たして民主主義といえるのだろうか。「公平・公正な選挙制度」は、AI時代の到来によって、いま、崩壊の危機を迎えている。

(月刊「紙の爆弾」2023年11月号より)

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西本頑司 西本頑司

1968年、広島県出身。フリージャーナリスト。

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