【連載】知られざる地政学(塩原俊彦)

「知られざる地政学」連載(14) 「リアルな戦争」について:だまされないための視角(上)

塩原俊彦

 

 

地政学は陸海空とサイバー空間という地理的空間の覇権争奪をめぐる学問である。ゆえに、「戦争の学問」といえなくもない。そこで、今回は「リアルな戦争」について論じてみたい。2023年10月7日からはじまったイスラエルとパレスチナとの「戦争」をめぐる報道が増えるにつれて、どうにも胡散臭い偏向報道が広がっているように思えるからだ。「戦争をリアルに論じる」には、透徹した視角が必要になる。その視線を養うには、戦争そのものを知らなければならないのかもしれない。

3度の「戦争体験」
戦争保険なるものに3度加入して、ロシアのチェチェン共和国に2回、その隣のダゲスタン共和国に1回行ったことがある。いわば、人生のなかで3度も「戦争体験」をしたことになる。遠くに砲撃の音を聞きながら、機関銃をもった兵士2名が両脇を固めてジープに乗り、グロズヌイ近郊の油田地帯にも出向いた。夜は民家に泊まった。ときどき夜の暗闇をつんざくような音、そして銃弾の光が見えた。真夜中にクルマを走らせると、銃撃された。思わず、頭を低くした。「死ぬ」ことを覚悟した瞬間だった。
こんな体験をした者として痛感しているのは、戦争報道の難しさだ。戦争当事者は平然と嘘をつく。あるいは、真実を語らない。どちらか一方の言い分に傾くと、間違える。だからこそ、戦争報道には気をつけなければならない。

ウクライナとパレスチナの「戦争」報道が教えてくれること
拙著『ウクライナ戦争をどうみるか』のなかで、ウクライナ軍が故意に学校や病院を拠点にしていた事実について紹介した。少し長いが、引用してみよう。

「2022年8月4日、世界的な人権団体として有名なアムネスティ・インターナショナル(AI)は「ウクライナ:ウクライナの戦闘戦術は一般市民を危険にさらす」というニュースリリースを公表した。それによると、「2月に始まったロシアの侵攻を撃退したウクライナ軍が、学校や病院を含む人口の多い住宅地に基地を設置し、兵器システムを運用することによって、一般市民を危険にさらしている」としている。

つまり、ウクライナからの映像を何となくみていると、ロシア軍は学校や病院にまでミサイル攻撃していて「血も涙もない冷酷非道な連中だ」という印象をもつだけかもしれない。ところが、ウクライナ軍があえて病院、学校、住宅に兵士を送り込み、そこを基地のように使用していたとすれば、ロシア軍のミサイル攻撃が冷酷非道なものとまでは思わないだろう。むしろ、ロシア軍の攻撃を誘発するかもしれない状況を自らつくり出し、ウクライナの民間人や子どもを危険にさらすことを厭わないウクライナ軍のやり方に大きな疑問をいだくのではないか。
AIの研究者は4月から7月にかけて、数週間にわたり、ハリコフ、ドンバス、ミコライフ地域におけるロシアの空爆を調査した。この組織は、攻撃現場を視察し、生存者、目撃者、攻撃の犠牲者の親族にインタビューを行い、リモートセンシングと武器分析を実施したものだ。これらの調査を通じて、研究者は、ウクライナ軍が地域の一九の町や村で、人口の多い住宅地内から攻撃を開始し、民間の建物に拠点を置いている証拠を発見したという。

兵士が身を寄せたほとんどの住宅地は、前線から何キロも離れていた。民間人を危険にさらすことのない、軍事基地や近くの密林、あるいは住宅地から離れた場所にある他の建造物など、有効な代替手段があったにもかかわらず、あえて住宅地に拠点を置いたのはなぜなのか。AIは、「記録した事例のなかで、住宅地の民間建造物に身を寄せたウクライナ軍が、民間人に近くの建物から避難するよう求めたり支援したりしたことを知らない」とまで書いている。つまり、ウクライナ軍は民間人をあえて危険にさらしてまでして、民間の建物や学校、病院がロシア軍によって攻撃されている情景を流し、ウクライナ人や海外の人々に反ロシア感情を煽り、復讐心を盛り上げようとしてきたのではないかという大いなる疑いが濃厚なのだ。

現に、AIの研究者は、ウクライナ軍が病院を事実上の軍事基地として使っているのを5カ所で目撃した。二つの町では、数十人の兵士が病院で休息し、歩き回り、食事をしていた。別の町では、兵士が病院の近くから発砲していたという。さらに、訪問した29校のうち22校で、AIの研究者は、敷地内で兵士が使用しているのを見つけたか、現在または過去の軍事活動の証拠(軍服、廃棄された軍需品、軍の配給袋、軍用車両の存在など)を発見したという。

国際人道法は、すべての紛争当事者に、人口密集地内またはその近くに軍事目標を設置することを可能な限り避けるよう求めている。その他、攻撃の影響から民間人を保護する義務として、軍事目標付近から民間人を排除することや、民間人に影響を与える可能性のある攻撃について効果的に警告を発することなどがある。」

この報道を知っていれば、ハマスなどの武装組織がガザ地区にある病院に拠点を構えている可能性があることは自明だ。これこそ、「リアルな戦争」なのである。現実の報道をみると、ウクライナ戦争では、ウクライナ軍の国際人道法違反についてはほとんど報道されていない。イスラエル・パレスチナの「戦争」では、イスラエル側の主張が報道されることで、多少なりとも病院の地下要塞のルートがあることくらいは知られるようになっている。いずれにしても、よほど注意しなければ、「リアルな戦争」に近づくことはできない。

極端な主張にも耳を傾けよ!
ここで、極端な主張を紹介しよう。大変に有名な論文「戦争にチャンスを」が『フォーリン・アフェアーズ』に掲載されたのは1999年7/8月号である。

フォーリン・アフェアーズに掲載された「戦争にチャンスを」

著者は、エドワード・ニコライ・ルトワックである。Coup d’État: A Practical Handbookの著者として知られている。この本は、『ルトワックの“クーデター入門”』として日本語にも翻訳されている。地政学上の基本知識を身につけたいと思っている人にとっては必読の書だ。

論文のタイトルが示すように、彼は、「リアルな戦争」を前提に、「停戦は戦争による疲弊を食い止め、交戦国に軍隊の再編成と再軍備を許す傾向がある。停戦が終わると、戦争は激化し、長期化する」から、「すべての当事者にとって、小さな戦争は燃え尽きるのを待つのが最善かもしれない」とのべている。
こんな極端な主張であっても、耳を傾けるだけの誠実さ(integrity)をもっていたい、と私は考える。

「知られざる地政学」連載(14) 「リアルな戦争」について:だまされないための視角(下)に続く

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。

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