【特集】ウクライナ危機の本質と背景

ウクライナ 忘れられている死者たちは誰か(中)

乗松聡子

・欧州安全保障協力機構(OSCE)「補完的ヒューマン・ディメンション会議」

同時期の調査として欧州安全保障協力機構(OSCE)のサイトにある「OSCE 補完的ヒューマン・ディメンション会議 16年4月 ウクライナの武装勢力と治安部隊の戦争犯罪:拷問と非人道的な扱い 第2報」は、ウクライナ側の戦争犯罪に特化している。

非政府組織の「民主主義研究財団」と「ロシア国際協力・外交評議会」が、「ロシア平和財団」と「ウクライナ南西部の住民の公的支援委員会」のメンバーたちの助力によって作ったという、14年8月25日から15年1月20日にかけてウクライナ側から解放された200人の被拘束者に、民主主義研究財団の専門家たちが聞き取りをしたという。これらはロシア系の団体のように見えるのでそれは留意して読む必要があるが、この報告書の内容は非常に具体的で深刻である。

報告書は、「・・・ウクライナ保安庁(SBU)、ウクライナ軍、国家警備隊、内務省内のその他の組織、およびライト・セクターのような違法武装集団による拷問や非人道的な扱いは、継続的に行われているだけでなく、規模が拡大し、組織化されている」と結論づけている。

その拷問の内容は、感電、金属棒での殴打、切りつけ、水攻め、窒息、「バンデリスト・ガローテ」と言われる残酷な絞首椅子、性暴力、地雷原に行かされる、車両に轢かれる、氷点下での放置、火傷、向精神薬投与、模擬銃殺、家族への強姦や殺害の脅迫・・・やはりアゾフ、エイダー、ライト・セクターという暴力の主体は頻出する。

多くの拷問の被害者はドネツクやルガンスクの自衛部隊の隊員ではなく民間人であるとのこと。逮捕の「理由」は、マイダン反対デモに出ていた、ロシアのテレビに参加した、ネットで意見を言った、住民投票に参加した、ロシア人ジャーナリストの電話番号を持っていた、というような、あり得ないような理由だらけだ。

・国連ウクライナ人権監視団(HRMMU)

次は国連である。国連では、14年に「国連ウクライナ人権監視団」(HRMMU)が設置されている。この8年戦争の大半の期間をカバーしている「東ウクライナの武力紛争の文脈における恣意的拘束、拷問、虐待 2014-2021」の報告書が国連人権高等弁務官事務所のページにある。

この機関の「パートナー機関」と「出資機関」をスライドで見てほしいが、これらはロシアを敵対視している国や機関ばかりで、紛争の当事者であるウクライナ当局が入っており、かつ国連加盟国であるロシアが参加していないことは留意しながら読む必要があるが、それでもロシアだけを一方的に悪者視しウクライナ側の犯罪は一切語らない西側メディアや政府よりはバランスの取れた報告をしているように見える。ただ、この報告書ではウクライナ当局側を「Government actors」(政府関係者)と呼んでいるがこれらも立派な「武装集団」であるということは付け加えておきたい。

この報告書は軍民両方を対象にしており、1300 の紛争に関係した拘束行為を調べたということだ。OHCHRの予測では、14年から21年の7年間に7900から8700の拘束事件(男性85%、女性15%)が確認され、うち3600-4000がウクライナ「政府関係者」によるもので、4300-4700がドネツク、ルガンスク「自称『共和国』」の武装集団などによるものとのことだ。

6割は最初の2年間に集中しその後は減少した。「自称『共和国』」と言っているのは、2014年2月のマイダンクーデター後、ドネツクとルガンスク両州は「人民共和国」設立を宣言、同年5月11日の住民投票では両地域で投票率は7-8割、投票者の9割ほどの承認を得ている。しかしこれをウクライナ政府も「国際社会」も承認しておらず、ウクライナ政府は「反テロリスト作戦」として戦闘行為を行ったこと[ⅲ]などを踏まえ、HRMMUは「自称『共和国』」と呼んでいると見られる。

HRMMUの報告では、ウクライナ政府側による7年間の拘束事件の6割は恣意的、違法であり人権侵害があった。場所はクラマトルスク、マリウポリ、ハリコフなどのウクライナ保安庁(SBU)の施設や、マリウポリやクラマトルスクの空港の軍事拠点などだった。ドネツク、ルガンスク自称共和国側は当初はどう見てもいかなる法的手続きもなさそうだったが、15年以降「行政逮捕」や「予防拘禁」といった形態を取るようになる。文書化された532件のうち大部分が恣意的拘禁であった。

2014-15、いろいろな武装集団が50以上の即席拘禁所を持ったが、徐々に減少。ドネツクやルガンスクの「国家安全保障省」の施設(先述のMGBと思われる)や「イゾリアツィア」拘束所で組織的な拷問や虐待が行われていた。1300の拘禁事件を分析したところ、政府側に拘禁されたうち74%, 武装集団側にされたうち 82.7%(ドネツク)、85.7% (ルガンスク)に拷問や虐待があった。

7年間のうち双方で拷問や虐待があったのは約4000件で、うち1500が政府側、2500が自称共和国側。被害者は4000件のうち3400人が男性、600人が女性、推定では340件ほどの性暴力があり、うち190-230人は男性、120-140人が女性の被害者とある。双方側で、拷問や虐待や性暴力の目的は、自白の強要、情報提供、懲罰、辱め、強奪であった。

「接触線の両側における拷問と虐待の方法は、殴打、乾湿両式の窒息、感電、男女に対する性的暴力(レイプ、裸体の強制、性器への暴力など)、体位的拷問、水・食物・睡眠・トイレの剥奪、隔離、模擬処刑、長期の手錠使用、頭部覆う、死やさらなる拷問・性的暴力、家族への危害などの脅し」ということで、先に紹介した数々の報告書と同様の残酷な拷問の有様が記録されている。

このスライドには、双方の加害者が誰だったかの記述があるので見ていただきたい。この報告書では、全体的に政府側より、ドネツク、ルガンスク両「共和国」が支配する地域での武装集団や他の関係者による拘束数のほうが多いと記されている。ちなみに最近はアゾフを「内務省系の軍事組織」と呼んでいる報道が多くこれは印象操作ではないかと思う。

「内務省」が管轄する国家警備隊に編入されたからといってネオナチがネオナチでなくなるわけではない。この報告書でも、「ウクライナ軍、国家警備隊、国家警察への正式編入前後のボランティア大隊」が加害を行っていることが明記されているし、そもそもSBU、ウクライナ軍、国家警備隊、国家警察が全部加害者として挙げられているのだからネオナチ部隊がそれらの組織に「編入」したからといってその極端なイデオロギーや暴力性が洗浄されることなどあり得ないのである。

逆に、米国の『ザ・ネイション』誌が2019年に指摘したように、「ウクライナは世界で唯一、軍隊にネオナチの編成を持つ国である」というそのままの理解をすべきである。

元国連大量破壊兵器査察官のスコット・リッター氏は5月8日のインタビューで「ネオナチを軍隊に編入するということは米国で喩えればクー・クラックス・クラン(KKK)を米軍に正式に編入することと一緒だ」と言っていた。武器を持ったレイシスト軍団(アゾフ)は、その者たちが存在価値はないと思っている集団の人たち(ロシア系の人々)にとってどれだけ恐ろしい存在であろうか。それが今西側メディアでは、アゾフは防衛の戦士として半ば英雄化されてしまっているのである。

・2014-21ドンバス戦争の死者は1万4000人以上:国連人権高等弁務官事務所

以上は、恣意的な拘束や拷問についての報告であり、ドキュメンタリー映画「ドンバス」に記録されているような連日にわたる市民や民間施設への砲撃による死傷者についてはカウントされていないと思う。

国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)が22年1月27日に出した「ウクライナにおける紛争が原因の民間人死傷者」によると、14年4月14日から21年12月31日まで、OHCHRが記録した民間人死者は3106人。

うち、大人は1852人が男性、1072人が女性、性別がわからない人が30人。子どもは男102人、女50人。マレーシア航空墜落事故で亡くなった298人を加えると合計3404人。負傷した民間人は約7000人とのことである。同時期の紛争関連の総死者数は14200-14400人。

うち民間人は3404人、ウクライナ軍側が4400人、「共和国」武装集団側が6500人だとのことである。負傷者数については、37000-39000人、うち7000-9000人が民間人、13800-14200人がウクライナ軍側、15800-16200人が「共和国」武装集団側だということだ。

 

多くの死傷者は最初の2年間に集中しているということは確かだろうが、少ないとは言っても、たとえば20年は149人、21年は110人の民間人が死傷している。その主な原因は砲撃、小型武器による殺害、無人機から落とされる爆発物などの戦闘行為によるもの、一番多いのが地雷とERW(爆発性戦争残存物)によるものだ。ボネル監督が「ドンバス」で示した暴力がその後もずっと続いていたということは本当だ。

西側の評論家や平和活動家は、このドンバスでの8年間の殺りくについて全く無視する人が多く、それは知らない場合もあるだろうが、知る機会があっても知ろうとしなかったり、知っても否定したがったり、ひどいのは「プーチンのプロパガンダだ」とか言う人が、平和憲法を守ろうという側の人たちの中にもいることである。私がいままで示した報告書の数々は全部ロシアのプロパガンダだとでもいうのだろうか。

プーチン大統領が事実に言及したからといって事実が事実でなくなるわけではない。たとえば、プーチン大統領が「広島と長崎に原爆が落とされた」と言ったら原爆投下の史実が信用できないプロパガンダになるのか?そんなはずはない。今の西側の論調はそこまで堕落していると私は感じる。

皆さんが飽きてしまうかもしれないのを承知で私が次々と報告書を紹介したのは、メディアの報道や、それこそ「ロシアのプロパガンダ」的な思考停止をやめて、自分で少しでも客観性の高そうな情報をなるべくたくさん集めて自分の頭で考えることの大事さを示したかったからだ。ドンバス8年戦争についてこれらの戦争犯罪や戦争死者の報告書を見ていると、ひとつ確実に、誰の異論の余地もなく言えることは双方に戦争犯罪があるということである。

現在のウクライナ戦争でのネオナチの暴力を否定する人たちは、8年間これだけの膨大な戦争犯罪や残虐行為を犯してきたウクライナ当局(SBU、軍、国家警備隊、アゾフなどネオナチ部隊の数々)が2月24日以降全員、急に品行方正になって違法行為や市民の殺傷は全くしないピュアな抵抗の闘士になったとでもいうのか(もちろんそれはドンバスの武装集団についても言えることだろう)。

ロシア侵攻後の戦闘行為においても、日本を含む西側報道ではほぼ100%、ロシアが戦争犯罪を犯した、ロシアが市民を殺した、ロシアが民間施設を破壊したというような報道しか流れていない。それ一つだけを取っても、見ている人は、西側の報道が偏向しており事実を伝えていないのではないかと、疑問に思わないのだろうか。立ち止まって、一緒に考えてほしいと思う。

【脚注】

[i] 米国の退役軍人平和活動家のブルース・ギャグノン氏は3月2日のオンライン講演で、SBUのキエフ本部にはウクライナ国旗と米国国旗が並んで掲げられている写真を見せて「ウクライナは米国の植民地とされた」と言った。

[ii] ウクライナ政権は3月19日に左派、革新、社会主義政党など11政党の活動を禁止しているが、極右政党は禁止していない。共産党はすでに15年の時点で禁止している。今回の戦争が始まる前からもすでにロシアメディアの全面禁止、政府の見解に反するTVチャネルの禁止は行われていたが、テレビチャネルも国営の一局に集中させる「統一ニュース」の方針が取られている。

[ⅲ]United Nations Human Rights Office of High Commissioner, Arbitrary Detention, Torture and Ill-treatment in the Context of Armed Conflict in Eastern Ukraine, 2014-2021, 6.

※「ウクライナ 忘れられている死者たちは誰か(下)」は5月18日に掲載します。

〇「ウクライナ 忘れられている死者たちは誰か(上)」

https://isfweb.org/post-2995/

〇「ウクライナ 忘れられている死者たちは誰か(下)」

https://isfweb.org/post-3107/

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乗松聡子 乗松聡子

東京出身、1997年以来カナダ・バンクーバー在住。戦争記憶・歴史的正義・脱植 民地化・反レイシズム等の分野で執筆・講演・教育活動をする「ピース・フィロ ソフィーセンター」(peacephilosophy.com)主宰。「アジア太平洋ジャーナル :ジャパンフォーカス」(apjjf.com)エディター、「平和のための博物館国際ネッ トワーク」(museumsforpeace.org)共同代表。編著書は『沖縄は孤立していない  世界から沖縄への声、声、声』(金曜日、2018年)、Resistant Islands: Okinawa Confronts Japan and the United States (Rowman & Littlefield, 2012/2018)など。

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