「参院徳島・高知」「衆院長崎4区」 衆参2補選が象徴する岸田政権の凋落

横田一

岸田首相の不人気で自民党議席減
 岸田文雄政権の命運を左右すると注目された衆参2補選が10月22日に投開票された。

自民党にとっては「現有議席維持の2連勝が必須」とされたが、結果は1勝1敗で議席減となった。「岸田首相では総選挙は戦えない」として年内解散の可能性がほぼ消滅しただけにとどまらず、岸田降ろしがいつ始まっても不思議ではない状況だ。

しかも岸田政権(首相)はこうした死に体状態を回避すべく“全力投球”で選挙に挑んでいた。10月5日の参院徳島・高知補選告示日には、今回の内閣改造で「選挙の顔」として抜擢した小渕優子選挙対策委員長が徳島、留任した茂木敏充幹事長は高知に入り、5日後の10日の衆院長崎4区補選告示日にも茂木幹事長と盛山正仁文科大臣が佐世保でマイクを握った。岸田首相自身も投開票1週間前(14日と15日)に高知・徳島・長崎に入る力の入れようだったのだ。

その首相と入れ違うように、ラストサンデーの15日に長崎4区入りをした木原稔防衛大臣は、「自民党候補への応援が自衛隊に報いることになる」と個人演説会で支持を訴えるも、公務員(大臣も含む)の地位利用を禁ずる公職選挙法違反であると同時に、自衛隊の政治的中立を損ねる問題発言だった。翌16日に立民の安住淳・国対委員長が「罷免に値する」と批判したのはこのためで、岸田政権は結局、「法律違反をしても勝てば官軍」と言わんばかりの何でもありの総力戦を展開したのに、衆参補選で現有2議席を維持できなかったのだ。

不人気な岸田首相を象徴する場面にも出くわした。秘書暴行事件を起こした高野光二郎参院議員(自民党)の引責辞職に伴う参院徳島・高知選挙区は、立民前衆院議員の広田一候補が自民公認の前県議・西内健候補に告示前からやや先行していた。そこで岸田首相はラストサタデーの14日にJR徳島駅近くで公明党の山口那津男代表とそろい踏み街宣を行ない、「同じ舞台でマイクを持つのは極めてまれ」「綿密な打ち合わせをして、ネクタイの色は山口代表が赤、私はかぶらないように青」というエピソードを紹介して自公の関係修復をアピールしつつ、逆転勝利を狙ったのである。

 

しかし岸田首相がマイクを握ったとたん、「増税メガネ!」というヤジが聴衆の男性から飛んだ。防衛費大幅増額などで増税必至とみられることからついた異名である。そんな国民の怒りを男性はぶつけたわけだが、すぐに警備員に取り囲まれて会場から立ち去ることを余儀なくされた。

すぐ隣脇の報道関係者エリアでヤジを耳にした私は街宣後、聴衆とのグータッチを終えた岸田首相に「『増税メガネ』という声が出ていましたよ。ガソリン減税、やらないのか。選挙が終わったら増税するのですか」と大声を張り上げた。しかし岸田首相はこちらに視線を向けることもなく、そのまま車に乗り込んで走り去った。囲み取材も設定されず、ヤジの受け止めを記者団に語ることなく選挙区を後にしたのだ。

対照的に人気抜群だったのが泉房穂・前明石市長だ。岸田街宣の3時間前の12時半、広田候補の応援に駆けつけ、力強い“泉節”が徳島駅前に響き渡っていた。

「今回の補選は与野党対決ではなく、これ以上の国民負担を許すのかが争点。徳島・高知だけではなく、全国の問題で、国民の生活がかかっている。今回の選挙で広田さんが勝てば岸田さんは国民負担増を止めるに違いない!」

何度も拍手が沸き起こり、演説後は握手を求める聴衆が列をなした。

著書へのサインや写真撮影にも応じていた泉氏は、囲み取材も街宣と同じようなマシンガントーク。補選の争点や岸田首相批判などについて十分以上にわたって述べていた。まず私が「補選の構図は与野党対決ではないと(応援演説で言っていた)」と切り出すと、泉氏は「マスコミは楽をしすぎている。何でもかんでも『与野党対決』にするが、今回は違う」と強調、こう続けた。

「広田さんは前回の衆院選も無所属やったし、今回はまさにおっしゃっているように『県民党』なのだから『県民の生活を大事にする。徳島県民や高知県民の声を聞く』という構図。与野党対決は一面にすぎなくて、これ以上の国民負担を続け、増税に行くかどうか。『国民負担増か否か』が争点と思っている。今回、(広田候補が)勝ったら、さすがの総理も立ち止まると思う。財務省とか経団連とかは頭が固いままだから、国民から税金を取ったり保険料を上げようとするが、楽な政治を続けた結果、結局、国民はお金を使えないから経済が回らないんやんか。国民がお金を使えるような政治に変えたら、経済が回って結果的に経済成長をするのだから、そこの転換でしょうね。これは全国民の戦いだ」

続いて広田候補が公約に掲げていたトリガー条項発動(特別措置によるガソリン減税)について聞くと、これにも泉氏は即答した。

「ガソリンが高いのは、ガソリンそのものではなくて税金が高い。ガソリン税や石油税や消費税とトリプルだから。トリガー条項が決まっているのだから、やったらいいのに、こんな時だけ平気で法律無視している。トリガー条項を適用して、ガソリン税の部分の負担軽減をしたら一番シンプル。その方が(業界に物価高対策費を出すより)安い。トリガー条項適用は透明性が高いから業界対策にならない。業界を通すからバックマージン的な部分とか政治献金とかで政治家が潤うのであって、国民のための政治をやっていない」

最後に「岸田総理と対決するような同日の応援演説になったが」と聞くと、泉氏は「対決するような人ではない。言葉悪いけど」と格下扱いにして、記者団から笑いが起きた。

結局、「増税メガネ」の岸田首相と、「日本政治の希望の星」のような存在になりつつある泉氏という勢いの差が、そのまま選挙結果に現れたのだ。

 

公選法違反濃厚の発言など何でもありの金子陣営
 北村誠吾・元地方創生大臣の死去に伴う長崎4区補選も、岸田政権にとって厳しい状況に陥っていた。小沢一郎氏の元秘書で、県議を経て衆院議員となった末次精一前衆院議員(社民推薦)に対して、自民公認・公明推薦の元日興証券社員の金子氏は政治経験ゼロでも、父親の金子原二郎・前参院議員(元長崎県知事・元農相)の地盤・看板・カバンを引き継ぐ形で立候補し、「叩き上げvs世襲」の構図にもなっていたからだ。

ちなみに金子氏の祖父・岩三氏も、科技庁長官や農水大臣を務め、60年以上前の1962年に「石木ダム計画」(事業費538億円。後述)の予算化に尽力したことでも知られる。通常なら北村氏の弔い合戦として自民公認の金子候補が圧倒的に有利のはずだが、接戦を物語る世論調査結果が告示前から出ていた。

岸田政権の閣僚や自民党幹部が続々と応援に駆けつけていたのに、なぜ金子候補は末次候補を引き離すことができなかったのか。その主要因らしき地元の事情を10月11日付の読売新聞はこう報じた。〈(長崎4区補選に)北村氏が後継指名した地元県議も候補に名乗りを上げたが、党本部の決定で、金子候補が公認を勝ち取り、北村氏の支援者には反発が広がった。〉〈同党関係者は『北村氏の遺志が尊重されず、弔い合戦とは言えない。茶番にしか聞こえない』と突き放すなど、しこりを残したままだ。〉

長崎4区補選は「弔い合戦」と報じられても、北村氏の支持者は、金子家3代目による“世襲候補割り込み選挙”のように捉えていたというのだ。実際、「今回の補選は、左手で『末次』と書く。金子候補を落選させる弔い合戦だ。それが、山下博史県議を後継指名した北村先生の遺志に応えることです」と話す北村氏の支持者もいた。たしかに街頭演説や決起集会で自民党大物議員がマイクを握る場面には何度も遭遇したが、故・北村元大臣の遺族や山下県議が金子候補への支持表明をする姿は1度も目にしなかった。

そんな事態と符合する噂話も耳にした。「根本匠・岸田派事務総長が地元関係者に『北村家のご遺族に、候補と一緒に支持者周りや集会参加をしてもらえないか』と要請している」との情報が地元で流れたというのだ。

そんな中で飛び出したのが木原防衛大臣の自衛隊政治利用発言だった。岸田首相の応援演説と同日、木原大臣は18時半スタートの金子候補の個人演説会に出席すると、こう発言したのだ。

「(選挙区の)佐世保は、自衛官であったり家族であったり、そういう方たちが誇りを持ってすごしている街だと思う。昨年、安保3文書の改訂ができまして、5年間で43兆円。今までのGDP比1%が2%にまで倍増できる。防衛装備品なども買うが、自衛官の処遇の改善であったり、たとえば、駐屯地の古い施設はもう一度整備をし直すといった様々な福利厚生を含めて処遇の改善をしていく。だが、そういう防衛予算にも野党は残念ながら反対する。IRにも反対。私はそういう方に佐世保の代表になってほしくない」

「金子さんをしっかりと応援していただくことが自衛隊ならびにご家族に対して、そのご苦労に報いることになるし、佐世保の発展にもつながると私は確信をしている」

翌16日に海上自衛隊佐世保基地視察を予定していた木原氏は応援演説後、記者団に「誤解を生む」として発言を撤回したものの、自衛隊の政治利用や地位利用を禁ずる公選法違反は否定、「自衛官とその家族への敬意と感謝というものを申し上げた」と釈明した。共産党の小池晃書記局長が「誤解ではなく、どこから見ても自衛隊の政治利用だ」と批判すると、立民の岡田克也幹事長も「なぜ補選が行なわれている時に自衛隊の基地がある佐世保に大臣が行ったのか。結局、選挙の応援に行ったとしか思えない」と問題視。「防衛大臣を辞めるのは当然」と辞任も求めた。

岡田氏はさらに、岸田首相が前回参院選で愛知・3重の自動車や半導体工場を訪問した合間に街宣を行なったことも、「総理の権力を笠に着て民間企業に選挙協力の圧力をかけていると言われても仕方がないと思う」と指摘。岸田首相も木原氏も、公選法違反をしてでも選挙に勝つという共通点があるように見えるのだ。

実際、木原大臣は、長崎4区の有権者である自衛隊員や家族に対して“ニンジン”(駐屯地の施設再整備など利益誘導)をチラつかせ、自公支援候補への応援を呼びかけた。これは、自民党お得意の土建選挙と同じ手法といえる。

長崎に横たわる「石木ダム問題」
 長崎4区補選は、保守分裂となった2022年2月の長崎県知事選も、しこりとして影響した。10月11日付の夕刊フジでは政治ジャーナリストの安積明子氏が、今回の補選に絡んで大石賢吾氏が勝利した県知事選を次のように振り返っていた。

「谷川弥1衆院議員や、元県知事で衆参議員を務めた金子原2郎氏ら有力者が大石氏の支持に回る一方で、北村氏らは中村氏を支援した。長崎県政は混乱した。大石知事には当選直後、公選法違反疑惑が浮上した。大石陣営の出納責任者と、選挙コンサルティング会社社長が、買収容疑で長崎地検に刑事告発されたのだ」

ここに登場する「選挙コンサルティング会社社長」こそ、私に暴力的取材妨害を行なった大濱崎卓真氏で、その様子は「紙の爆弾」2022年4月号で報告したとおり。保守分裂となった背景には石木ダム強行(強制代執行)に慎重な当時の中村知事に対して、県政実力者コンビ(金子原二郎氏と谷川弥一氏)が新人の大石氏を擁立・支援する構図があった。県政事情通は「強制代執行が可能となっても反対派住民13世帯は水没予定地に住み続けており、力づくで追い出すのに中村知事(当時)は躊躇。それで早期の工事着工を望む金子谷川コンビが大石氏を担ぎ出した」と見ており、このことを本誌で紹介したのだ。

そして金子家3代目の容三候補も石木ダム推進派で、政党届出ビラに「国県市連携による石木ダム早期完成」と記載していた。10月1日の集会後に石木ダムについて聞くと、「法廷の方で結論が出ていますので」と答えた。「水需要が右肩下がりになっている。経済合理性がないと思わないのか」とも聞いたが、「経済的合理性だけの話ではないと思う」「県と連携してやっていく」との回答。父親と同じ推進の立場であることを確認できた。

最後に、街宣に同行していた大濱崎氏についても「刑事告発されている人間でも応援を受けるということか」と聞いたが、付き添っていた山本啓介参院議員が「もう撮らないで下さい」と止めに入り、具体的回答はなかった。

同日、事務所開きを終えて囲み取材に臨んだ末次候補にも石木ダムについて聞くと、反対住民が敗訴した最高裁判決が前提と断ったうえで、次のような答えが返ってきた。

「その上で、私自身の考えが変わったのかというと変わっていない。私は、それ(ダム建設)に代替するものはあると思っている」

この回答を受けて「相手候補は世襲で祖父の代から予算をつけてダムを推進していることについてどう考えるのか」とも聞くと、末次氏は「(金子候補は)おそらく賛成でしょうから、それについては明確な違いになると思う」と回答。賛否が両候補で割れたのだ。

また末次氏は岸田政権の物価高対策も批判、広田氏と同様にトリガー条項発動を公約に盛り込み、インボイス制度廃止も求めていた。「増税メガネ」こと岸田首相とは正反対の経済対策を打ち出していたのだ。

岸田政権が現有議席を維持できなかった今回の衆参二補選は、日本の政治の転換点となる可能性がある。その象徴が、初めての国政選挙応援でデビュー戦を飾った泉前明石市長と、国民に見限られた岸田首相の差だ。泉氏は子ども予算を2倍以上にして10年連続の人口増と地域振興を実現した明石市での成功事例を元に、増税や保険料アップなき、国民生活に優しい経済政策を明確に示しているのだ。

市民(国民)が前面に出て政党が後方支援する選挙手法が通用することも参院徳島・高知補選で実証してみせた。これが次期衆院選のモデルケースとなって、一気に政権交代に結びつける道筋が示されたともいえる。しかも国政2補選と同日に行なわれた埼玉県所沢市長選でも、泉氏が応援した無所属の小野塚勝俊候補(元衆院議員)が現職の藤本正人市長(自公推薦)を破って当選。応援候補の連戦連勝が続くことにもなった。

選挙戦最終日にも応援に駆け付けた泉氏に「所沢の夜明けは近いですか」と聞くと、「所沢の夜明けは日本の夜明けや」という答えが返ってきた。企業団体に媚びを売る既存の政治から、市民(国民)を向いた新しい政治が始まる転換点になるというのである。

さらに同日投開票の宮城県議選でも立民は候補者10人が全員当選を果たし、公明・共産は現有維持。維新も初の議席を獲得した一方、自民党は4議席減だった。2議席を争った10月15日の東京都議補選でも自民党は惨敗。衆参補選を含み、自民党は勝てるとされた10月の“5大選挙”で1勝4敗。無惨な結果となったのだ。

“岸田ノー”の国民の声を野党がどう活かすのか。そして泉房穂氏とどう連携していくのか。動向が注目される。

(月刊「紙の爆弾」2023年12月号より)

– – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – –

● ISF主催公開シンポジウム:WHOパンデミック条約の狙いと背景~差し迫る人類的危機~

● ISF主催トーク茶話会:小林興起さんを囲んでのトーク茶話会のご案内

※ISF会員登録およびご支援のお願いのチラシ作成しました。ダウンロードはこちらまで。
ISF会員登録のご案内

「独立言論フォーラム(ISF)ご支援のお願い」

 

横田一 横田一

1957年山口県生まれ。選挙取材に定評をもつ。著書に『亡国の首相安倍晋三』(七つ森書館)他。最新刊『岸田政権の正体』(緑風出版)。

ご支援ください。

ISFは市民による独立メディアです。広告に頼らずにすべて市民からの寄付金によって運営されています。皆さまからのご支援をよろしくお願いします!

Most Popular

Recommend

Recommend Movie

columnist

執筆者

一覧へ