【特集】ウクライナ危機の本質と背景

ウクライナ 忘れられている死者たちは誰か(下)

乗松聡子

・ウクライナの「生物研究施設」証言

西側メディアはおしなべて米国NATOの「悪魔のロシアに抵抗するピュアなウクライナと連帯する清いわれら民主主義国家たち」の物語に忠実に沿った報道をしているが、保守系のメディアに意外とジャーナリズムの残存を見るときがある。

自分がFOXニュースを推奨する日が来るとは思わなかったしFOX全体を支持しているわけでもないが、人気キャスターのタッカー・カールソン氏による正直な発信をここのところ目の当たりにしている。

一つの例が、3月9日の同氏の番組「なぜ我々がこれに税金を使っているのか?」(5月11日の時点で約200万回再生されている)である。米国国防省が資金を提供した生物兵器研究所がウクライナ各地にあるという件はロシア政府が指摘しているが、もちろんロシアの言うことは全て嘘だと決めている米国やEUなど各国やそのメディアは「ファクトチェック」としてそれを全否定している(このように西側メディアが「ファクトチェック」と客観性を装いながら気に入らない情報を否定する傾向がある)。

ところが無視できないのは、既述の、米国主導のウクライナ政権転覆の立役者、ビクトリア・ヌランド政治問題担当国務次官が3月8日に上院外交委員会の公聴会で、ルビオ・マルコ上院議員からの「ウクライナは化学兵器や生物兵器を持つのか」[i]という質問に答え、非常に苦しそうに言葉を選びながら「ウクライナには・・・生物・・・研究・・・施設が・・・あります」と答えている。その後持ち直して焦点をずらすかのように「研究物質がロシアの手に渡らないようにしている」と言っている。

要するに施設の存在を認めたのだ。ルビオ議員も「生物研究施設」自体についてもっと突っ込むべきなのにヌランド氏に合わせるかのごとく嫌露方向に舵を切り、「化学・生物攻撃がウクライナであったとしたら100%ロシアが背後にいるのは間違いないか」と言ってヌランド氏は「典型的なロシアのやり方です。自分たちがやろうとしていることを相手のせいにするのです」と言っている。

タッカー・カールソン氏がこれを番組で取り上げたのでバッシングを受けているが、これは上院外交委員会の記録であり公共財産である。カールソン氏が取り上げても取り上げなくても、上院外交委員会での証言というのは、全米国民の前で真実を語ると誓った上で行うものでそこで虚偽を語ったら偽証罪という重大な犯罪となる。だからこそヌランド氏も全くの嘘は言えなかった。このヌランド証言の重要性を私たちは留意する必要がある。

・ロシアに勝つために嘘を流す米国と、それに怒りもしない大衆

保守であれリベラルであれ、誠実なジャーナリストなら、政府が市民に嘘をつくことに怒り、それを暴くのがジャーナリズムの仕事だと思うのであろう。しかし昨今は違うようだ。

4月6日、米国のリベラル系の放送局NBCが複数の米国高官を引用して、「米国は、過去と決別し、ロシアと情報戦を行うために、たとえ情報が強固でない場合でも、情報を利用しようとしている」と報じた。ロシアに勝つために敢えて嘘の機密情報を流しているというのである。

例として、「差し迫った化学兵器攻撃」、「侵攻を正当化するためにウクライナのロシア語話者への偽旗攻撃を組織するロシアの計画」、「側近がプーチン大統領に誤った情報を与えている」、「ロシアが中国からの武器供給を求めている」などだ。これを読んでいるみなさんはきっと「どこかで見たことのある報道だな」と思うだろう。とくに「ロシアがウクライナで化学兵器を使うかもしれない」という類の報道は、忘れたころに繰り返されるかのごとく出てくる。

これについて、3人の米政府関係者はNBCに、「ロシアがウクライナ近くに化学兵器を持ち込んだという証拠はない」と言ったというのである。それを知っていて、プーチン大統領に揺さぶりをかけるためにこのような偽情報を敢えて流しているということだ。

これをNBCが報じたことについて、オーストラリアの独立ジャーナリストのケイトリン・ジョンストン氏は、「この記事の著者の一人(画面の右側に映っている男性)は、『ロス・アンゼルス・タイムズ』に寄稿しながらCIAのスパイとして働いていたことが2014年に明らかになっているケン・ディラニアンである。ディラニアンの名前が署名欄にあったら、米帝国の運営者が読ませたいものを読んでいると考えて間違いないだろう」と指摘している。

ジョンストン氏は、このような、政府が意図的に国民に嘘をついているということをばらし信用を失いかねない情報を敢えて流すのは、「知らせたいからなのだろう」と言っている。このニュースを受け取る側は、政府に嘘をつかれたと怒るのではなく逆であろうと。米国でもこの報道に全米が怒りに包まれたという様子はない。

私はジョンストン氏の記事を急いで日本語に訳して拡散したが、日本語の世界でもあまり注目は浴びなかった。ロシアを倒すためなら嘘でも何でも喜んでつかれます、ということなのだろうか。「民主主義」であるはずの西側の世論はそこまで堕ちてしまったのだろうか。

・最後に

5月6日に国連安全保障理事会でロシアが議長を務めた非公式の「アリア・フォーミュラ」会議が開催された。[ⅱ]ロシアからは、西側の報道の歪みの例として、ロイター通信が、マリウポリのアゾフスタル製鉄所の地下から避難できた女性の声を、ロシアの攻撃による被害者の声として伝えたが、彼女がウクライナ政府に対する怒りを爆発させ、市長は真っ先に逃げたのに市民たちはウクライナ軍により避難を許されなかったと語っているところは伝えなかったという例を挙げた。

その後、先述のフランスのアンヌ=ローレ・ボネル氏をはじめ、イタリア、オランダ、ブルガリアなどのフリージャーナリストたちが次々と、ドンバスで市民たちがアゾフをはじめとするウクライナ側の攻撃を受け、避難を許されず人間の盾として使われたことをたくさんの証言者の映像をまじえて伝えた。

ブルガリアのジャーナリストはこの会議に出たらもう帰国は許されないと脅迫を受けたそうだ。ブリーフィングを受けた加盟国各国のリアクションをみるに、目の当たりにさせられたドンバスの現状には全くコメントもせずにロシアの糾弾ばかりだった米国、英国、ノルウェー、アイルランドなどNATO諸国代表に比べ、ガーナ、ガボン、ケニア、インド、中国、ブラジルなどの代表の理性と中立性が目立った場だった。

故加藤周一氏は「政府はしばしば嘘をつく。戦争になるとさらに嘘をつく。英語を学ぶのは日本語で書いていないことを暴くため」と言っていた。戦時中の日本の大本営発表の嘘を、身をもって知っている人ならではの言葉であろう。その教訓を胸に抱いて、おもに英語のソースを使ってこの記事を書いた。また、耳を傾けてもらうためにも、ほとんど西側のソースを使って書いた。日本の読者の方になにか役に立つ情報と視点を提供できたら幸いである。

【脚注】

[i] FULL COMMITTEE HEARING “Russia’s Invasion of Ukraine: Assessing the U.S. and International Response – Immediately Following the Business Meeting, United States Senate Committee on Foreign Relations, March 8, 2022. 問題の箇所は1時間38分ぐらいからスタートする。

[ⅱ] IWJが、5月6日の国連安全保障会議「アリア・フォーミュラ会議」の詳しい報告をしている。

 

〇「ウクライナ 忘れられている死者たちは誰か(上)」

https://isfweb.org/post-2995/

〇「ウクライナ 忘れられている死者たちは誰か(中)」

https://isfweb.org/post-3084/

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乗松聡子 乗松聡子

東京出身、1997年以来カナダ・バンクーバー在住。戦争記憶・歴史的正義・脱植 民地化・反レイシズム等の分野で執筆・講演・教育活動をする「ピース・フィロ ソフィーセンター」(peacephilosophy.com)主宰。「アジア太平洋ジャーナル :ジャパンフォーカス」(apjjf.com)エディター、「平和のための博物館国際ネッ トワーク」(museumsforpeace.org)共同代表。編著書は『沖縄は孤立していない  世界から沖縄への声、声、声』(金曜日、2018年)、Resistant Islands: Okinawa Confronts Japan and the United States (Rowman & Littlefield, 2012/2018)など。

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