改めて検証するウクライナ問題の本質 :Ⅶ 忍び寄る戦術核兵器の脅威(その1)
国際米『ニューヨーク・タイムズ』(電子版)紙3月23日付によると、ホワイトハウス内に「タイガー・チーム」と呼ばれる国家安全保障に関する秘密の機関が設置されたという。
その任務は、「もし ロシアが、ウクライナを支援するために武器を運んでいる輸送部隊を攻撃するためNATO(北大西洋条約機構)加盟国の領土内に入ったら、どう対応するかを検討」するのみならず、「貯蔵している化学・生物・核兵器を使用」した場合の対応の「シナリオ作成」も含まれているとされる。(注1)
特に後者は、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領が2月27日、「国防大臣と軍総参謀長に対し、核抑止力を『戦闘任務の特別体制』に置くよう命じ、欧米との間で劇的に緊張がエスカレートした」(注2)と報じられて以降、繰り返し主流派メディアが報じている「ロシアの核使用」の可能性への対応の一つだ。
そこでは、「米国やNATOの諜報機関とも、ロシアが核兵器の使用を準備している兆候を示すいかなる軍の動きも見出していない」という事実を認めながらも、一方で「ロシアは通常兵器と核兵器の区別を壊しているので、核兵器を使うという事態はあり得る」(注3)と示唆している。
英BBCもプーチン大統領の発言について「米諜報機関はロシアが欧米にこれ以上介入するなと説いているだけで、核戦争を計画している兆候とは見なしていない」とする一方で、「ロシアは条件によっては、ウクライナでより小型の戦術核を使用する誘惑にかられることは起こり得る」(注4)と付け加えている。つまり米国やNATOは、現状はともかく将来的にロシアが戦術核を投入する事態もあり得ると警戒しているようだ。
米国の核兵器に関する代表的な専門家の一人であるハンス・クリステンセンは、ロシアが保有する「非戦略核」(戦術核兵器)は1912発」と推計している。かつ「その多くが通常兵器に転換可能(dual-capable)で、すべてが核兵器としてだけの任務を与えられているのではない」(注5)にせよ、NATO が欧州内に配備する推定100~200発の戦闘機投下用の戦術核爆弾と比べ量的に圧倒しているのは間違いない。
ロシアの戦術核
これについて米国は、「ロシアは核兵器生産能力と非戦略核で、米国と同盟諸国に対する圧倒的な優越性を確保している。ロシアは核・非核両用の大量かつ多様で、近代的な非戦略核を生産している。……ロシアは非戦略核が、(米国やNATOに対する)優越性をさらに高める有効な選択肢をもたらすと信じているのだ」(注6)と警戒心を隠さない。
だが、以下のような事実からも米国にロシアの「優越性」を批判がましく懸念する資格があるかどうか疑わしい。
「ロシアは相対的に限定的な国力しかなく、NATOとの長期的かつ通常兵器が主となる大陸規模の戦争にはまず勝てそうもない。それゆえロシアの軍事ドクトリンは、戦術核兵器を抑止力としてのみならず、相互の全面戦争において対抗する手段として見なしている」(注7)
ロシアのGDP(国内総生産)は韓国を少し上回る程度で、イタリアやカナダの下位に位置し、軍事費も651億ドルとNATO加盟国の総額1兆40億ドルの約15分の1程度に過ぎない(2019年度時点)。現段階でNATOの現役総兵力は336万6000人で、ロシアは85万人でしかない。航空機(戦闘機、輸送機、給油機等)は2万723機対4173機、戦車・装甲車は13万537輛対4万2542輛、輸送艦や給油艦を除いた軍艦は2049隻対605隻と大差がついている。(注8)
こうした国力と通常兵力の圧倒的な差が、ロシアにとって戦術核に依存せねばならない状況をもたらしている。のみならずロシアにしてみれば、東方拡大に象徴されるNATOの存在は、この軍事機構が自己宣伝する「防衛的性格」とは程遠い。
NATOは「防衛的」なのか
米国務省は2022年1月20日、「事実とフィクション:ウクライナに関するロシアの偽情報」という文書を発表した。その中で「NATOは冷戦終結後、ロシアに対して陰謀を企て、軍事力で包囲し、東方に拡大しないという約束を破った」というロシア側の主張について、「NATOは防衛的同盟で、その目的は加盟国を守ることにあって、拡大はロシアを狙ったものではない」と弁明している。また、「NATOは新たな加盟国を認めないなどという約束は、していない」という。(注9)
これに対してロシア側は反論を試みており、「防衛的」という規定と東方拡大について次のように主張している。
「NATOはその(防衛的という)評価について、国際法に反した行動によって信ぴょう性を失わせている。NATO加盟国によるユーゴスラビアへの攻撃や、イラク・アフガニスタンへの侵攻のことだ。さらに、リビアに対する野蛮な破壊もそうだ。この政策は、『防衛』とは関係ない」。
「この20年以上、NATOの兵力は(ロシア西部の)欧州東部方面に集中してきた。NATOのロシア国境に向けた進行は軍事施設の新設・増設や、巨大な軍事部隊の迅速な移動に向けたサプライチェーンの発展、そしてルーマニアでのミサイル防衛とミサイル攻撃の両方を兼ねた基地の配備を同時的に伴っていた。……大規模な軍事装備の格納庫も東欧のNATO加盟諸国内に建設中だ。NATOは恒常的にロシア国境付近で軍事演習を実施している。昨年だけで120回にのぼり、攻撃的なシナリオが採用され、ロシアは仮想敵国として想定された」(注10)。
どう考えても、東方拡大がロシアを「狙った」ものではなく、NATOも「防衛的」だという米国の主張が、「事実とフィクション」のどちらであるのかの自明ではないのか。
劣勢に立たされているロシア
さらにロシア側は「約束」についても、「1990年2月9日、(当時の)ソ連のエドゥアルド・シュワルナゼ外相との会談で、米国務省のジェームス・ベーカーが『「NATOの東方への拡大は1インチたりともしないだろう』という強い保証の言葉を述べた」(注11)という事実を指摘している。この会談記録は国務省が公開した公文書のアーカイブにも収められており(注12)、これほど明白な「約束」の存在を公然と否定する点に、米国という国家の本質が示されていよう。
つまり米国は、NATOと対峙せざるを得ないロシアが圧倒的に国力・兵力の上で劣勢にある事情を承知で、東方拡大と国境周辺での軍事力強化及び軍事演習の頻繁化で脅威を与え続けてきた。
その結果としてウクライナでの戦争が引き起こされると、次に停戦への働きかけではなく、ジョー・バイデン大統領による連邦議会への330億ドル追加予算要求(4月28日)に象徴される莫大な対ウクライナ軍事支援を強化。戦況によっては、ロシアがその脆弱性ゆえに安全保障で少なからぬ比重を置いている戦術核を投入しかねない可能性が皆無でなくなると、「侵略国」の危険性を宣伝する新たな話題として、「小型の戦術核を使用する誘惑」を取り上げだしたのではないか。
だが本来、ウクライナでの戦争のみならず、ロシアの戦術核兵器保持は、NATOの東方拡大に象徴されるその攻勢的姿勢と無縁であるはずがない。ならばロシアの戦術核兵器行使という事態を真に懸念するのであれば、米国やNATO自身の軌道修正こそ喫緊の課題とされるべきだろう。だが、そうした展望は期待薄のようだ。
1953年7月生まれ。中央大学大学院法学研究科修士課程修了。政党機紙記者を経て、パリでジャーナリスト活動。帰国後、経済誌の副編集長等を歴任。著書に『統一協会の犯罪』(八月書館)、『ミッテランとロカール』(社会新報ブックレット)、『9・11の謎』(金曜日)、『オバマの危険』(同)など。共著に『見えざる日本の支配者フリーメーソン』(徳間書店)、『終わらない占領』(法律文化社)、『日本会議と神社本庁』(同)など多数。