〈海峡両岸論〉国民党への政権交代の条件は何か 台湾総統選、棄保と若者票が焦点

岡田充

 

2024年1月13日に投開票が行われる台湾の次期総統選挙は、野党の統一候補工作が失敗、民進党の頼清徳副総統、国民党の侯友宜・新北市長、民衆党の柯文哲・前台北市長による「三つ巴」(写真左から、頼、侯、柯の3氏 台湾聯合報HP)の構図になった。各種世論調査では、国民党の侯が民進党の頼を追い上げ「緑藍決戦」の様相を呈す一方、柯は局外にはじき出されつつある。この傾向が続くと、死票を回避するため有権者が投票先を3位候補から2位候補に乗り換える「棄保効果」が出て、民進党と国民党の順位が逆転する可能性も否定できない。最大の焦点である国民党による政権交代の条件を分析する。

米中綱引き

野党が統一候補を出し政権交代を目指す「藍(国民党のシンボルカラー)白(民衆党のシンボルカラー)協議」の経過を振り返っておきたい。協議は、馬英九元総統の「仲介」で11月15日、世論調査結果を基に基づいて藍白どちらかを総統候補にすることで6項目合意にこぎつけ、11月18日にその結果を発表することになった。

しかし柯は「誤差範囲が3ポイント差なら副総統候補になる」との当初の約束を「誤差範囲はプラスマイナス1・5ポイントという意味」と主張し、統一候補選びは難航した。中央選挙委員会が11月20日、立候補受付を開始すると、頼清徳・副総統は蕭美琴・駐米代表(大使に相当)を副総統候補に21日、立候補を届け出た。

協議は、立候補受付終了日の24日なってもまとまらず破局に。国民党の侯友宜は副総統候補にメディア経営者の趙少康氏を、民衆党の柯文哲は財閥「新光集団」の「お嬢様」呉欣盈氏を副総統候補に、それぞれ立候補を届け出た。鴻海集団創業者の郭台銘氏は出馬を取りやめたことで、緑藍白による三つ巴構図が確定した。

日本の全国メディアは、候補者一本化工作の背景として「中国の影」を指摘。11月上旬、馬英九基金会の蕭旭岑事務局長が北京を訪問したことについて、民進党報道官が「蕭氏が北京で指令を受け、馬氏が言いつけ通りに実行した」と述べたと報じ、北京の影響力行使を大きく伝えた。

しかし統一候補選考をめぐっては米国も影響力を行使している。柯は11月16日にテレビ出演した際、米国の代表機関「在台協会」(AIT)から電話があり、「中国政府の介入がなかったか」と聞かれたと暴露した[i]。さらに23年2月以降、ほぼ毎週AITと連絡を取り合っているとも証言している。

バイデン大統領は、サンフランシスコで15日に行われた米中首脳会談で、習近平国家主席に対し台湾総統選に「介入しないよう」警告した。このことは、統一候補問題をめぐって米中が激しい綱引きを演じてきたことを裏付ける。柯は藍白協議で、副総統候補になるのを拒否した理由として「私の支持者がそれを認めなかったため」と述べた。米影響力が柯の判断を左右したかどうかは分からないが、破局は結果的には米国勝利に終わったことを意味する。

緑藍接戦

「3つ巴」決定後の世論調査をみよう。右の表をみていただきたい。台湾有力紙「聯合報」が11月27,28両日に掲載した各種世論調査結果を表にしたものである。

特徴の第1は、今年初めから候補者登録締め切りまでの間、支持率で常にトップを走ってきた民進党の頼が1位を維持し優位を保っているが、これまで3位と出遅れていた国民党が追い上げ、頼との差を縮めたこと。
第2に、これまで2位だった民衆党の柯支持率が急落し、20%台前半まで後退したこと。

総統選挙は投開票日のほぼ1か月前の12月15日に公示。これ以降の世論調査は「アナウンス効果」を生じるとして発表できなくなるため、投票約1か月前から投票日まで「緑藍接戦」の構図が続くかどうか、発表される世論調査を基に判断できなくなる。

政権交代への期待が底流

そこで、もう少し長い射程から3人の支持率推移を振り返る。民意調査の定点観測では最も歴史の古いTVBSの調査結果[ii]を基にした。今年6月16日発表の調査では、柯支持が33%と頼の30%を初めて超え、柯が「ダークホース」として浮上した。この時の候支持率は23%だった。

7月26日発表調査では、頼が33%と首位の座を取り戻しそれ以降11月26日発表調査まで、37~34%の支持率を上下してきた。国民党の侯はこの間、常に20%台と低迷し続けてきたが、11月24日の直近調査で31%に跳ね上がったのである。柯支持率急落の理由は、統一候補協議の破局への失望が含まれると考えていい。

そこで問われるのが、国民党の支持回帰の理由だ。その背景の第1に挙げる8年に及ぶ民進党政権とそれ継承する頼への信頼度の低さである。頼支持率は年初から30%前半と決して高くない。

野党側はそのことから「6割が政権交代を望んでいる」と主張してきた。それを裏付けるのが、美麗島電子報の11月末発表の世論調査である。

民進党の政権継続を望むのは31・6%。国民党による政権交代への期待が22・0、民衆党による政権交代期待が11・5%と続く。2野党を合わせれば33.5%と、「政権継続」を上回る。頼人気が低い底流には、政権交代への期待度が高いことを挙げていい。

蔡独断、腐敗、セクハラ疑惑

民進党の不人気は今始まったわけではない。総統選挙の前哨戦とされる「統一地方選」(2022年11月26日投開票)での民進党惨敗[iii]を振り返る。選挙では台北市を含む21県・市の首長選で国民党が1増の13ポストとしたのに対し、民進党は1減の5ポストに減らし「結党36年来の惨敗」(聯合報)を喫し、蔡は党主席を引責辞任した。

惨敗の理由については、蔡の独断によるトップダウン人選への反発や、中国や野党に対する「ネガティブキャンペーン」に嫌気差した若者たちが、民進党支持に回らなかったことを指摘する声があった。

聨合報(22年11月25日付)[iv]は敗因について、「誤りを認めない蔡氏の独断的姿勢」を挙げ、地方選挙なのに「抗中保台」を強調する政策は、多くの有権者にとって「耳にタコができる」スローガンに過ぎないこと、「民進党に賛成しない者は中国共産党と同じ」という「二分法」の提起などを挙げた。

民進党政権の継続への期待度が低いことに加え、頼への人気も決して高くない。最近では、鳥インフルエンザ発生の影響で供給不足の鶏卵をブラジルから輸入した際、賞味期限切れの表示が偽装されていたことが発覚。農業部長(農水相に相当)が辞任する騒ぎに発展、それも頼不信の理由の一つになった。

さらに、総統選と同時に実施される立法委員(国会議員)の民進党候補者のセクハラ疑惑が表面化し、立候補予定者が出馬を断念したケースもあった。頼個人の対応について美麗島電子報の調査は、民進党支持者の3割強が「不満」と答えている。

「中国問題グローバル研究所」の遠藤誉氏[v]は、国民党支持率上昇の理由として、台湾メディアへの露出度が高い趙少康が副総統候補になったと強調している。これは趙への個人的評価を極大化した「的外れ分析」。ETtodayの12月1日発表調査では、趙への「非好感度」は42・6%と、柯の副総統候補の呉欣盈(44.4%)と並んで「非好感度」が高かったことを挙げておく。

組織力と立法委選との相乗効果

国民党追い上げの第2の理由は、統一候補選び工作の失敗によってこれまで柯支持に分散してきた国民党支持者が、国民党支持に回帰したこと。その意味では野党分裂による「棄保効果」が既に表れたともいえる。

総統選挙と同時に行われる立法委員選挙(定数113 比例区34、選挙区73など)は、伝統的に地方組織が盤石な国民党にとって組織力を発揮し、総統選との相乗効果が期待できる。2019年の結党から4年の柯文哲の民衆党は、地方組織は脆弱で「柯の個人党」の域をでない。

立法委員の現有議席は民進62、国民37、民衆党5など。各種世論調査では単独過半数の57議席をめぐる争いで国民党が有利な戦いを進めている。民衆党の支持率急落で、柯文哲と民衆党の、台湾政治からの「局外化」(中国語 辺緣化)の危機[vi]が迫る。選挙結果によっては政党消滅の危機に直面するかもしれない。統一候補協議を破局させた柯文哲の政治的判断への疑問を指摘する声が台湾メディアに多い。

頼侯の差拡大?

本題の政権交代の条件分析に入る。何度も引用した美麗島電子報の第80波世論調査[vii](下表)は、11月28~30日までに実施された調査結果。

最大の変化は頼支持が前回より5・7ポイント増の37・1%と、侯の30・5%(前回比0・6ポイント下落)を7ポイント近くも引き離したこと。柯支持は17・5%で前回より7.7ポイント下落し「局外化」が一層鮮明になった。今後発表される他の主要世論調査結果を待つ必要があるが、美麗島調査結果から言えるのは①頼支持は底堅い②柯の周辺化-である。ただ頼支持率は、民進党支持層の9割強を固めた結果であり、ほぼ上限に近いとみていい。

一方、ETtodayの12月1日発表の調査によると、頼は2.6ポイント上昇し37・4%と1位は変わりなく、侯は36.3%(3.8ポイント上昇)と1・1ポイント差で追い上げている。柯は19.6%(1・1ポイント下落)で20%を切った。
美麗島調査では、民進党継続を望むのは31・4%(前回31・6%)とほぼ変化はなく、国民党ないし民衆党による政権交代支持率も大きな変化はない。

ここでは美麗島調査結果を基に、国民党による政権交代の絶対必要条件は、侯が7ポイントもの頼と差を埋めそれを越えること。7ポイントは決して簡単な数字ではない。ただし選挙戦には多くの内外変数がある。

 

柯の「局外化」がポイント

選挙戦自身の最大変数は「棄保効果」だ。先に国民党支持率回復の理由の第2として、野党分裂による「棄保効果」が「既に表れたと」書いたが、これは野党分裂に伴う「ボーナス」的意味が強い。今後1か月半の選挙戦で「棄柯保侯」が表れるには、藍白の支持率の差がさらに拡大し、徹底した「局外化」の加速がポイント。

国民党にとり「棄保効果」発揮の最大のウイークポイントは、20~39歳の「Z世代」と「ミレニアル世代」といわれる若年有権者の支持が低いこと。美麗島調査ではZ世代では柯支持が32・9%に対し頼支持30.0%の順で侯支持はわずか22%に過ぎない。

ギャロップ社の世論調査[viii]でも20~29歲の支持率はでは柯が46.87%とトップで,賴34.35%が続き侯はなんと10.20%だった。Z世代は、柯支持率が低いから国民党に投票先を変更するとは考えにくい。

ETtoday調査を見ると、国民党にまだ「棄保効果」風が吹いているように見える。今後「棄保効果」による侯の積み上げは、せいぜい3~4ポイントではないか。有権者は約1950万人。今年20歳になった新有権者は約102万人と、有権者全体の若年層の割合は高いだけに、国民党が支持率を4%積み上げるのは楽ではない。

「信任投票」が争点
次いで総統選の「争点」。日本の全国メディアは、「親中」の国民党かそれとも「現状維持」の民進党か、という「大陸との距離から線引きする」傾向が強い。しかし2000年の総統選挙や香港抗議デモを経た2020年総統選挙はともかく、今回、大陸政策は主要争点ではない。

台湾の経済誌「天下雑誌」[ix]が23年10月発表した世論調査では、40歳未満の関心は1位が経済発展(30%超)、2位が貧富格差(約15%)で、両岸関係は3位(約10%)に過ぎなかった
昨年8月のペロシ訪台に伴う中国の大軍事演習など、中国の軍事的圧力に対しては3候補とも、強弱の差はあっても反対で一致しており争点にはならない。対中関係の改善をめぐっては、国民党の侯が11月27日、総統就任後は中国人留学生の台湾での就業を解禁する方針を表明[x]、交渉が中断している中国との経済協力枠組み協定(ECFA)も再開させる方針を明らかにした。
これに対し頼は29日、「侯の政策は中国にすり寄るもの」との批判声明を出した。両岸経済関係をめぐる中国による外的変数については最後に触れる。

スキャンダルで結果左右

変数の中で支持率に最も影響力を及ぼすのがスキャンダルだ。統一候補協議が破局した後、柯文哲は交渉の過程であるブローカーから「柯が副総統候補になるなら2億ドル(300億円)だす[xi]」との申し出を受けたと暴露した。
スキャンダルの真偽は不明だが、今のところ選挙情勢に影響を及ぼしてはいない。冒頭に書いたように、総統選挙の背後には政権交代をめぐる米中確執がある、今後投票日が近付くにつれ、各陣営による「認知戦」「宣伝戦」が激化、真偽曖昧な「スキャンダル」が形勢を逆転しかねない要因になる。各陣営にとって命取りになるだけに着目したい。

優遇関税の停止は効果あるか

最後は外的変数。11月15日の米中首脳会談以降、台湾をめぐる米中対立は一見、落ち着いているようにみえる。よほどのことがない限り、総統選をめぐって米中が大規模な軍事対応に出る可能性は低いとみていい。

外的要因として最も大きい変数は、中国が投票日前日の1月12日に台湾への優遇関税停止に関する発表を予定していること。中国商務省は、台湾が対中輸入規制を設ける農産品や工業製品など2509品目について、貿易障壁の観点から調査を進めてきた。
国務院台湾事務弁公室トップの宋濤主任は9月、台湾の輸入規制がECFAの規定に違反しているとの見方を示し、調査結果に基づいて「関税優遇の停止や一部停止を検討する」と語った。調査期限は当初10月だったが、商務省は1月12日まで延長した。
発表予定を変更したのは、民進党を揺さぶりをかけ、国民党を支援する狙いが鮮明。ただ、狙い通りに国民党に有利に働くかどうかの保証はない。台湾有権者の反発を買い、逆効果になる恐れもありだ。

次期政権は不安定政権

総統選と同時に行われる立法委員選挙は、国民党が優位を保っている。11月26日発表のTVBS調査では、「比例区」で国民党の支持率は32%とトップで、28%の民進党、18%の民衆党を引き離している。

TVBSの10月調査でもほぼ変わらない結果がでており、総統選挙で民進党が勝っても立法院では少数与党になる可能性がある。台湾憲法の規定で、行政院長(首相に相当)は立法院の同意は不要だが、「立法院で行政院長不信任決議案が可決された時失職」する(憲法増修条文3条2項3号)。

その意味で台湾の次期政権は、緑藍いずれが勝っても権力基盤がぜい弱な不安定政権になるだろう。習近平政権は今、不動産不況など国内経済対策が最優先課題。ただ頼政権が誕生してバイデン政権と二人三脚による対中包囲政策を継続すれば、対蔡政権以上に厳しい締め付け政策を選択するはずだ。(了)

[i] https://udn.com/news/story/6656/7576878

[ii] POLL (tvbs.com.tw)

[iii] https://www.businessinsider.jp/post-262630)

[iv] 蔡鼓吹「挺台灣」的逆風 到底是從何吹起? | 總編News開箱 | 聯合報 (udn.com)

[v] 台湾総統選、国民党支持率急上昇の謎が解けた | 中国問題グローバル研究所 (grici.or.jp)

[vi] 藍綠對決格局成形,柯文哲有邊緣化危機 : 美麗島電子報 (my-formosa.com)

[vii] 美麗島民調:2024年大選追蹤民調第80波 : 美麗島電子報 (my-formosa.com)

[viii] 民調/「侯康配」民調急起直追 差「賴蕭」僅剩0.1% (yahoo.com)

[ix] 。2024總統大選,最大規模民調解密:近半民眾憂開戰、「九二共識」市場萎縮|天下雜誌 (cw.com.tw)

[x] https://news.yahoo.co.jp/articles/671697db5d6db58131c504a3968602a80855caa6

[xi] https://news.ltn.com.tw/news/politics/breakingnews/4503331)

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岡田充の海峡両岸論 第157号 2023・12・04発行からの転載です

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岡田充 岡田充

共同通信客員論説委員。1972年共同通信社入社、香港、モスクワ、台北各支局長、編集委員などを経て、拓殖大客員教授、桜美林大非常勤講師などを歴任。専門は東アジア国際政治。著書に「中国と台湾 対立と共存の両岸関係」「尖閣諸島問題 領土ナショナリズムの魔力」「米中冷戦の落とし穴」など。「21世紀中国総研」で「海峡両岸論」http://www.21ccs.jp/ryougan_okada/index.html を連載中。

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