放射線育種米交配種「あきたこまちR」が開く 食と農業の悲劇的な最終幕

小林蓮実

「あきたこまちR」という名前を聞いたことがあるだろうか。今後の食の安全と農業を変えてしまうかもしれないといわれているのが、この「あきたこまちR」が内包する問題だ。

秋田県は2025年より、県産米の主力品種「あきたこまち」を、放射線育種米「コシヒカリ環1号」をもとに生み出された新品種「あきたこまちR」に全面的に切り替える方針を打ち出している。

今回、秋田県でこの問題を訴える方から情報や資料提供もあったため、これを機に調べ上げ、改めて説明したい。

実は「あきたこまちR」の問題の根幹には「紙の爆弾」2022年2・3月号で筆者が採り上げた北海道新幹線延伸に伴う有害掘削土処分や、2021年10月号の首都圏最大級の産業廃棄物処分場ともつながる、産業や経済を優先してきた結果、地方が被ることになった被害だという事実がある。

国も企業も責任逃れを続けた鉱山開発によるカドミウム汚染
 そもそも、そこかしこの山などで地中から土を掘り出せば、高濃度の重金属が含有されていることもある。それが体内に入れば毒となり、体を壊す。鉱物資源が採掘されて産業に利用されるうち、その周辺は有害物質によって汚染されてきた。

「あきたこまちR」問題の発端も、鉱山開発などによってカドミウムが地中から掘り出されてきたことにある。カドミウム濃度の高い食品を長期にわたって摂取すると、腎臓に障害が発生し、骨軟化症が引き起こされる。そして骨折を重ね、全身の激しい痛みに襲われるのがイタイイタイ病だ。

厚生労働省によれば、「FAO/WHO合同食品添加物専門家会議(JECFA)では、カドミウムは腎臓に蓄積し、また、体内での半減期が長いことから、腎皮質のカドミウムが定常濃度になるのに40年以上かかるとしています」という。しかし、国や企業が鉱山開発などによるカドミウム汚染の責任を認めたことはない。

実際、土壌汚染対策が必要とされる農用地も全国に点在する。食品衛生法において設定されているカドミウムの基準値は、1970年以降、米(玄米)で1.0㎎/㎏未満とされてきた。ただし、0.4㎎/㎏を超える地域はカドミウムによる環境汚染があると考えられていたため、国は0.4㎎/㎏から1.0㎎/㎏未満の米を買い上げてきたのだ。その後、国際基準として精米で0.4㎎/㎏とされていることから、2011年以降は、米(玄米および精米)で0.4㎎/㎏以下という基準が設定されている。

ところが、農林水産省による農産物中のカドミウム濃度の実態調査によれば、1997、8年には0.4㎎/㎏を超える米が0.3%あったが、2009、10年にはそのような米が存在しなかった。

しかも、カドミウムの吸収を抑制するための対策は存在する。イタイイタイ病の対策地域になった農地は、客土の技術を用いた復元工事によって、カドミウム濃度の基準値を大きく下回るようになったそうだ。農水省によれば、「出穂期の前後3週間にわたって水田を湛水状態(水を湛えた状態)に保つことで、土壌中のカドミウムを水に溶けにくい化学的状態に変化させ、水稲が根からカドミウムを吸収することを抑制する」という技術もある。ほかにも、植物にカドミウムを吸収させる「植物浄化」、塩化第2鉄を用いた「化学洗浄法」などもあるようだ。

これらの対策が存在するにもかかわらず、なぜ秋田県の「あきたこまち」は全量、「あきたこまちR」へと転換されることになったのか。その経緯を見ていく。

 

「放射線育種米」開発の背景
 2004年以降、国はカドミウムが0.4㎎/㎏~1.0㎎/㎏含まれる米を直接、買い上げることを中止する方向へと転換。その後、国の助成はあっても、地方自治体が対策の費用を負担することになった。

ここでようやく、秋田県の話に移る。秋田県における農用地土壌汚染対策の未実施地域は3%、カドミウム含有米の発生する割合は2021年度で0.4~0.5%程度だ。今年度の県のカドミウム対策予算の財源のうち6%は国庫補助金だが、他のほとんどは一般財源を用いている。2003年以降の秋田米の生産流通を確保するための土壌環境総合対策事業の財源をみると、国庫690万円、一般1億7907万円となっているのだ。

ただし、対策が必要とされるのは農用地土壌汚染対策の未実施地域である3%程度。つまり、97%は対策が不要だ。

ところが秋田県では負担を減らすためもあり、放射線育種の「低カドミウム米」をもとに生み出された新品種を採用することを選択してしまう。育種とは、生物のもつ遺伝的形質を利用して品種を育成・改良し、「有益」な品種を育成することを指す。

放射線照射によって一部の遺伝子を破壊することで突然変異を起こす放射線育種は1920年代以降、行なわれてきた。原子力研究やその技術開発が進んだ1950年代からは、日本を含め世界的に放射線生物学の研究だけでなく実用化にも取り組まれている。ガンマ線照射により、米では1966年に「レイメイ」が、1988年には「キヌヒカリ」が開発された。現在、放射線育種により1800種が開発され、2200種を超える品種が人工的に起こされた突然変異によって生み出されて、食料や観賞用植物として使われている。

2005年、IAEA(国際原子力機関)がノーベル平和賞を受賞し、「副賞を途上国の原子力平和利用、特に健康向上と食料生産工場に向けた基金とする」と述べた。IAEAはFAO(国際連合食糧農業機関)とともに、平和利用のシンボルとして放射線育種を推進。同様の趣旨で、FNCA(アジア原子力協力フォーラム)も設立された。

そして国内では、イオンビーム照射によって、低カドミウム吸収米「コシヒカリ環1号」が開発された。「あきたこまちR」は、この国が育成した品種を交配し、得られた個体をもとに、「あきたこまち」の特性に近づけた品種だ。

イオンビーム照射で「DNA修復ミス」のリスク
「国の農業と食品産業の発展のため、基礎から応用まで幅広い分野で研究開発を行う」とうたう農研機構(国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構)は2008年、独立行政法人日本原子力研究開発機構高崎量子応用研究所(現・国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構高崎量子応用研究所)のイオン照射研究施設(TIARA)において、加速した炭素イオンをコシヒカリの種子に照射し、DNAに変化を引き起こした。

同年、農環研(農業環境技術研究所。現・農業環境変動研究センター)などにおいて、これを栽培。結果、玄米カドミウム濃度の低い個体、つまりカドミウム極低変異体を得た。

2010~11年に調査や試験を重ね、翌年には、東北から九州にかけての試験地でも試験を実施。最終的に、形態や遺伝子がコシヒカリと共通の祖先に由来する系統を選抜し、「コシヒカリ環1号」と命名、2015年に品種登録した。これは、OsNRAMP5遺伝子に生じた1塩基欠損に起因する機能の欠失を利用したものと説明されている。

よく自然放射線が引き合いに出され、放射線育種米の安全性が強調される。しかし、分子生物学者の河田昌東氏によれば、自然放射能や紫外線によって細胞のDNAが1日2万カ所壊れていても、ほとんどはDNAの1本鎖(2重らせん構造の片方)が切断されるにとどまるという。そのためにDNA修復酵素がほとんどを修復するが、まれに“修復ミス”が起こると、これが突然変異として現れる。従来の品種改良では、この現象を利用してきたそうだ。

一方、放射線育種のイオンビーム照射の場合、ゲノム編集同様、DNAの2本鎖を切断する。しかも、イオンビーム照射はガンマ線照射よりも破壊力が大きい。結果、DNA修復ミスによる問題が多く、変異が大きくなる。ところが、多数の変異株から選択・交配して品種改良を進めるガンマ線照射よりもイオンビーム照射のほうが効率がよいため、経済性が向上し、産業化に向くと判断されているそうだ。

また、遺伝子は複数の役割を担っており、前出のOsNRAMP5遺伝子はカドミウムだけでなくマンガンを吸収する機能もある。人体においてマンガンが不足すると、骨格・脂質代謝・皮膚代謝の異常、糖質の代謝障害、生殖機能の低下などが起こる可能性があるとされる。つまり、「低カドミウム米」の常食が、マンガン不足を招く可能性も考えられるのだ。

「風評被害」を口実にした全面切り替えと品種名非表示
 遺伝子の破壊による影響は未知数だ。ところが放射線育種に関し、国家行政組織法上の「特別の機関」として設置されている農林水産技術会議は、「放射線育種は、自然でも起こりうる突然変異を活用する手法」「『コシヒカリ環1号』は、放射線を1度だけ照射した『コシヒカリ』からカドミウム低吸収の性質を持つ個体を選抜し、放射線を照射した世代から少なくとも6世代以上、栽培、選抜を進めて育成した品種」「同品種の栽培の過程や販売される米に放射線を照射することはありませんし、米から人体に有害な放射線が発することもありません」「食べても人体に放射線の影響が出る懸念はなく、従来の手法で育成された品種と同様に安全に食べられます」と説明する。

しかし、先出の河田氏も、「生命現象については、まだ不明のことが多い」と語っているのだ。「あきたこまちR」が安全だと断言できるまで、最低でも数十年を要するのではないだろうか。

地元紙・秋田魁新報では、「カドミウム汚染対策の負担軽減や風評被害への懸念が背景にあるが、カドミウム対策が本来不要な農家にも影響する全面切り替えについては疑問の声も上がっている」と報じている。しかし、秋田県や一部の外部有識者と称する人物は、必要な個所のみで「あきたこまちR」を栽培すると風評被害になるため、「あきたこまち」を全面的に切り替えると主張しているのだ。

さらに農林水産省では2011年に「コメ中のカドミウム低減のための実施指針」を策定し、2018年に改訂している。そこで主要な対策として「カドミウム低吸収性イネの利用」を筆頭に掲げ、「コシヒカリ環1号」について説明。「既に(国研)農研機構や各地方自治体において100種類以上のカドミウム低吸収性イネ品種・有望系統の育成・開発が進んでいる」とも記す。つまり、放射線育種米を全国に広げようというわけだ。

しかも、放射線育種米であることは表示されない。「あきたこまちR」の場合、この品種名でなく、すべてが「あきたこまち」として流通・販売されることになる。すると、放射線育種米との区別がつかないことから消費者は放射線育種米でないものを選択することができないため、「あきたこまち」全体の不買が進む可能性もあるだろう。

低カドミウム米であることを理由に購入するという消費者は想定しにくく、可能性としては「あきたこまち」が安く買いたたかれるようになり、飲食店などの「あきたこまち」とすら表示されない場でのみ扱われるなど、ブランドが毀損される未来しか予想できなくなってしまう。その上、「低カドミウム米」や放射線育種米が全国に広がれば、日本米自体が国内外で忌避されることにもなりかねない。

しかも「コシヒカリ環1号」は15年に品種登録がなされており、自家採種も不可能なため、農家は毎年、種籾を購入しなければならない。改正種苗法に関し、農水省は「在来種(地域の伝統品種)を含め、農業者が今まで利用していた一般品種は今後とも許諾も許諾料も必要ない」「現在利用されているほとんどの品種は一般品種であり、許諾も許諾料も必要ない」などと説明してきたが、根幹からくつがえされる話になっている。

経済活動か、安全か?
 全面切り替えの予定が2025年に迫るなか、「あきたこまち」の2024年の種籾が採種できることには一縷の望みがある。これを栽培したものを流通業者や消費者が買い支えることを提案する専門家も存在するのだ。

本来は、再び土壌汚染の影響を受けた米を国が直接買い取り、土壌汚染対策の指定区域を中心に他の現実的な解決策を施せばよい。また、国が汚染させないための徹底したルールづくりを進めるとともに、国と企業とが過去・現在・未来の責任を負う必要がある。

ある講演では、「外資が米の破壊を狙っているのではないか」という質問が出ていた。これに対し、専門家は、「産業化が大きな狙いではないか。生命が経済成長に結びつくという流れの一環」との旨を回答。あわせて、正確な安全審査、明確な表示制度の必要性を訴えた。その際、10年以上前、北海道で自分たちの地域を“日本の食糧基地”と判断して条例を制定した事例も挙げていた。

北海道では無作為に30人ほどの住民を委員として選び、遺伝子組換えに対する推進派・反対派・中立派それぞれの主張を聞く。マスメディアは海外の例について取材する。専門家が質問にも答え、一般市民も経緯を傍聴できるようにしたそうだ。結果、「北海道遺伝子組換え作物の栽培等による交雑等の防止に関する条例」がつくられ、遺伝子組換えの栽培にあたっては知事の許可が必要となった。このような民主的な決定法が重要であること、またパブリック・コメント制度や閣議決定の問題についても専門家は語った。

ところが自民党は、サイトで「秋田県では、カドミウム吸収性が低く、安全性がさらに高まることによって、海外のより厳しい基準にも十分に対応できる『あきたこまちR』への全面切り替えを進め、国内はもとより、海外への販路拡大も図りたい考えです」とアピールし、責任転嫁に恥も外聞もない。

また報道によると、岡山大学の馬建鋒教授らのグループはインドで3千年前から栽培されている在来品種のカドミウム低集積性について研究を進めた。この遺伝子をコシヒカリに導入したところ収量と食味に影響せず、カドミウム集積が大きく低下したイネを完成させたという。これも大きな希望といえるかもしれない。

とある団体が放射線育種した品種の全リストについて農水省に情報公開請求を行なったところ、ほぼ黒塗りだったという情報もある。「農家が、その種籾が放射線育種かどうか知る術を農水省は提供しないということ」という。

また、放射線育種米の有機認証が認められる可能性もある。そうなれば、国内の有機米が、海外に輸出されることもなくなるだろう。

秋田だけの問題ではない。「あきたこまちR」への転換をストップさせることができなければ、リスクの高い放射線育種米は全国に拡大し、安全な米とそれを育む農業とが全国から消え去ることになるだろう。ただし、今ならまだ引き返せる。そのために、声を上げたり有機農業を拡大するなど、できることがあるのだ。

(月刊「紙の爆弾」2023年12月号より)

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小林蓮実 小林蓮実

フリーライター。沖縄については「紙の爆弾」2021年6月号に米軍北部訓練場跡地問題、11月号に県外からの機動隊派遣問題、12月号に森林伐採問題などを寄稿。 『現代用語の基礎知識』『週刊金曜日』『NONUKESvoice(現・季節)』『情況』『現代の理論』『都市問題』等に寄稿してきた。自然農の田畑を手がけ、稲の多年草化に挑戦。

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