なぜ「ただちに火葬」されたのか? 創価学会・池田大作という「虚像」を暴く

大山友樹

ついに訪れた「Xデー」

「ナセルが死んだな。いろいろの人が死ぬが、私が生きていればそれでいいよ」
1970年9月29日、箱根の高級旅館「松野茶屋」に創価学会の外郭企業の社長を集めた「社長会」の席上、当時42歳だった池田大作会長は、エジプトのガマル・アブドゥル・ナセル大統領の死を引き合いにこう豪語した。

しかし何人といえども自然の摂理に逆らうことは不可能。
発言から53年を経た2023年11月15日、池田氏は95歳で鬼籍に入った。
その池田氏の死は3日後、創価学会の創立記念日でもある同18日に長男である池田博正主任副会長によって発表された。
それによれば池田氏は、15日夜半に東京都新宿区内の「居宅」で「老衰」のため死去。
17日に原田稔会長の導師で家族葬を行ない、18日午前には荼毘に付したとのこと。

創価学会としては11月23日に戸田城聖2代会長の死去時以来、65年ぶりの会員対象の「創価学会葬」を行なった。
2024年1月末に、部外者を招いた「お別れの会」も開く予定だという。
公称世帯数827万の巨大教団に君臨し、政権与党・公明党の創立者として政界にも大きな影響力を発揮していた池田氏。
その死去が発表されるや岸田文雄首相が、自身のX(旧ツイッター)に早速、「池田大作氏の御逝去の報に接し、深い悲しみにたえません。

池田氏は、国内外で、平和、文化、教育の推進などに尽力し、重要な役割を果たされ、歴史に大きな足跡を残されました。
ここに謹んで御冥福をお祈りするとともに、御遺族の方々および御関係の方々に対し衷心より哀悼の意を表します。
内閣総理大臣岸田文雄」と投稿し、翌日夜には自民党総裁として弔問のために創価学会本部別館を訪問。
時の総理大臣が一宗教法人にすぎない創価学会の原田会長と池田博正主任副会長と面会したのは、池田氏の存在感の大きさを示して余りある。
だが、その池田氏の遺体はわずか3日で火葬された。

10年5月以来、公の場から姿を消して13年余。脳梗塞などの重病説が取り沙汰され、数年に一度は死亡説が流れるなど、池田氏の「Xデー」には政界・マスコミ界の注目が集まっていただけに、準備は万端だったことを窺わせる迅速さだ。
あるいは火葬後の「創価学会葬」や「お別れの会」を速やかに開くために急いだのかもしれない。

それにしても、かつて創価学会は、自らの宗教的正当性の根拠として、学会員が亡くなった時に「成仏の相」と言って死に顔の美醜を重要視してきただけに、さっさと火葬してしまったことは不自然といえば不自然でもある。というのも戸田会長の葬儀の場合、1958年4月2日に死去した後、すぐに火葬はせずに、4月7日・8日に東京・池袋の日蓮正宗寺院・常在寺で通夜・告別式を行ない、12万人もの学会員に遺徳を偲ばせた後に荼毘に付しているからだ。

火葬後の4月20日には青山葬儀所で30万人もの学会員が参列した「創価学会葬」を営み、これには当時の岸信介首相と安井誠一郎東京都知事も弔問に訪れ焼香している。
池田氏の場合は会員に対しそうした機会を設けなかった。
その理由を、長らく創価学会を取材してきたジャーナリストの段勲氏は次のように指摘する。
「1991年の日蓮正宗による破門以降、創価学会は日蓮正宗を“葬式仏教”と非難し、僧侶が介在する葬式を否定して幹部が読経する『友人葬』『学会葬』を繰り広げてきました。
これは、近年の葬儀を簡素化する時流と相まって定着しています。だから家族葬で火葬することに違和感がなかったのでしょう。

そしてもう1つの理由としては、創価学会が池田氏の健康状態を隠蔽し続けたこととも関連するのですが、創価学会は自らと対立し批判する人物を攻撃する際、相手が病気になったり死亡すると、『仏罰』だとして悪し様に罵り、誹謗中傷してきた事実があります。
それだけに池田氏が病気になっても発表することができなかった。自縄自縛に陥った結果が、速やかな火葬につながったのではないですか」

たとえば、聖教新聞2002年11月20日付掲載の「忘恩の極悪坊主・河辺の末路」と題する首脳幹部による座談会記事にはこんなくだりがある。
〈正木(正明・東京長=その後理事長) あの日顕(注・日蓮正宗法主)直系の謀略坊主・河辺慈篤が、今月10日に死んだそうだな。
青木(亨・副理事長=その後理事長) もともと糖尿病だったうえ、合併症で肝臓や心臓など身体中がボロボロだった。それで、しょっちゅう入退院を繰り返していたということだ。

弓谷(照彦・東京男子部長=その後全国男子部長) 死相、とにかく悲惨だったようだ。でっぷりしていた身体は見る影もなく痩せ細り、ドス黒い顔に、落ち込んだ目など見られた相ではなかった。そういう話だな。
高柳(洋子・婦人部長) 恐ろしい! まさに『堕地獄』の姿そのものですね。〉
公益法人たる宗教団体、また宗教者とはとても思えない下品な物言いだが、恰幅の良かった池田氏が、高齢や闘病の結果、枯れて「痩せ細」っていた可能性は否定できない。
もちろん、それは決して非難されるものでもないが、野卑な言動をしてきた結果が、会員とのお別れの機会を設けることなく遺体を火葬せざるを得なかった要因である可能性は高い。

〝死〞の政治利用

その65年ぶりの「創価学会葬」は11月23日、東京・巣鴨の東京戸田記念講堂をメイン会場に、全国一千会館をオンラインで結んで催された。挨拶した原田会長は「社会には“学会が勢いを失うのでは”と高をくくる、心ない声が囁かれているのも事実」だが、戸田会長死去後の創価学会が空中分解するといわれながら、池田氏が「巌窟王の精神」(いわれなき非難を打ち破り復讐する意)で障魔を振り払い拡大の道を歩んだように、「今、私ども池田門下がなすべきことも、『巌窟王』となって、勝って、池田先生の正しさを、社会に世界に示しきる」として、「世界広宣流布の成就」を誓っている。

原田発言の意図は、創価学会の求心力の要である「池田大作」というカリスマの消滅を危機バネとして組織を引き締め、組織の維持・延命を図ることにあるのは明らかであろう。
たしかに当面は選挙における「弔い合戦」のように、池田氏の死を組織の引き締めや活性化に利用することは可能だろう。
しかし中長期的には求心力の低下が組織の衰退を加速化することは必至だ。「創価学会葬」を取材したマスコミ関係者もこう感想を漏らす。

「JR巣鴨駅から戸田講堂まで、喪服姿の学会員の長蛇の列が続いたものの、年齢層はおしなべて高い。創価学会は24年を『世界青年学会開幕の年』と位置づけていますが、むしろ見る限りは『老年学会』。終わりが近いことを印象付けました」
地元の会館での「創価学会葬」に参列した創価大学OBからも、そうした創価学会の実態を窺うことができる。

「師匠である池田先生と人生を歩んできたという思いで学会活動にも勤しんできた。池田先生を偲んで追悼したことで、自分の学会人生にもピリオドを打とうと思っている。
原田会長は『巌窟王』だとか『在々諸仏土、常与師倶生(あらゆる国土に師とともに生まれるとの意)』などと言っているが、原田会長に言われてもね。静かにエスケープするつもりだ」
同じく創価大学のある八王子市の地域幹部もこう語る。

「池田先生の死を、次の衆院選の勝利のために利用するつもりだろうが、現場の学会員は疲れ切っている。いい加減にしてほしい。
戸田先生は政界浄化を目指す創価学会の政治参加は参院と地方議員に限ると言われているのだから、衆院からは撤退すべきだろう」
いま政界やマスコミでは池田氏亡き後の創価学会のあり方について、さまざまな見方がなされている。そのポイントは政治、とりわけ政局への影響、そしてポスト池田体制、さらには現在82歳の原田会長の後継がどうなるかなどに注目が集まっている。

これについては「紙の爆弾」2023年11月号「旧統一教会解散命令請求で揺らぐ創価学会」で詳述したとおり。
そこでは「抜本的な世代交代もできず、反戦・平和の宗教的・政治的理念の失墜に晒されるままに会員数や組織力を減少させている創価学会の将来は暗い」と結論付け、「宗教的・政治的に漂流する創価学会が、池田氏の死去とともに衰退への道をたどることは火をみるよりも明らか」と書いたが、実際に池田氏が死去した今も考えは同じである。
さらに言うならば、高度経済成長を背景に膨張した創価学会バブルが、池田氏の死とともに終焉する、すなわち「池田創価学会」という昭和に花開いた徒花が萎んで姿を消すことになるということだろうか。

池田氏の罪過

では、「池田創価学会」という徒花とはいかなるものだったのか。
簡単にその歩みをトレースしてみよう。
1960年に32歳で創価学会の3代会長に就いた池田氏は、高度経済成長の波に乗って創価学会の勢力拡大を成し遂げ、戸田会長死去時の75万世帯から(あくまで公称だが)827万世帯へと発展させた。

爆発的な勢力拡大を背景に、池田氏は公明党を結党し衆議院に進出。さらには創価学園(幼・小中高)、創価大学・民主音楽協会などを次々に設立し、宗教分野のみならず広く政治・教育・文化と各種分野に触手を伸ばした。
また1991年に破門されるまで所属していた日蓮正宗の信徒代表(法華講総講頭)として宗教的権威を手中に収めるとともに、1965年には総本山・大石寺に正本堂という日蓮遺命の戒壇堂を建立することを名目に、“貧乏人と病人の集まり”と揶揄されていた学会員から3日間で355億円という巨額の浄財を集めたことで、経済界・政界・マスコミ界の度肝を抜いた。

この集金力と集票力をバックに、池田氏は「天下獲り」を夢想した。
もともと池田氏は若い時分から「天下を獲ろう」を口癖にしており、池田氏と香峯子夫人との婚約を報じる聖教新聞(1952年3月10日付)にも「同君は常に言う『天下を取ろう』と。大志努力の人池田大作君御目出度う」とある。巨大なマンパワーを操ることが可能な創価学会会長というポストを手にしたことで、自らの野望実現に向けて血道を上げたのである。

その一例が、池田氏と昵懇のジャーナリスト・高瀬広居氏が1965年に書いた『人間革命をめざす池田大作その思想と生き方』に現れている。
〈池田会長は、モダンな本部応接室のアームチェアにアグラをかき直すと、煙草を一服し、静かに、そして激しい語気でいった。
『私は、日本の国主であり、大統領であり、精神界の王者であり、思想文化一切の指導者・最高権力者である』。同席の大幹部数人は深く肯き、息をのんだ。(中略)37歳の創価学会会長は、自らを全世界の指導者、日本の国王たる気概と現実的意思のもとに、数100万世帯の人々を背景に、舎衛の3億(公明党単独政権の意)の目標に向かっているのである。〉

当時の池田氏の野望は、創価学会の勢力拡大を背景に公明党単独政権を樹立し、自らがその首班となることだったと多くの元創価学会幹部や公明党国会議員OBらが証言している。
だが、この屈折した野望は、1969年に発覚した「言論出版妨害事件」で頓挫する。創価学会・公明党が、明治大学教授で人気政治評論家・藤原弘達が書いた『創価学会を斬る』に不当な言論出版妨害を仕掛け、これに当時の自民党の田中角栄幹事長が加担していたことが明らかとなったのだ。

創価学会・公明党は国会での池田証人喚問要求をはじめとする厳しい追及を受け、翌年の創価学会本部総会で、池田氏は事実を認めて謝罪するとともに、政教一体だった創価学会と公明党の組織・制度上の分離を宣言。池田氏が政権の首班に就く夢は儚く消え去ることとなった。

この後、言論出版妨害事件をもっとも厳しく追及した共産党の「宮本顕治委員長宅盗聴事件」や、池田氏の女性スキャンダルが取り沙汰された「月刊ペン事件」、山崎正友顧問弁護士をはじめとする側近幹部らの造反、
暴力団・後藤組との関係、ルノワール疑惑や株式の損失補填に1億7千万円金庫事件などなど、金がらみのスキャンダルも相次いで噴出。創価学会の反社会的体質が広く社会に知れ渡ることとなり、勢力拡大は頭打ちとなって減少へと転じる。

このうち度重なる金権スキャンダルが発覚後の1990年から92年にかけて創価学会は、東京国税局の大規模な税務調査を受けることになる。
これに驚愕した創価学会、とりわけ池田氏が、税務調査の妨害を公明党に指示したことを、矢野絢也元公明党委員長が著書『乱脈経理』に詳細に暴露している。
その際、創価学会がもっとも重要視したのが、池田氏による創価学会マネーの私物化に手を入れさせないことであり、矢野氏は竹下登元首相などに助力を依頼し、結果的に税務調査を骨抜きにしたという。

これを受けて政治路線を単独政権から連立政権へと変更し、細川護熙非自民連立政権への参画や新進党での政権奪取などを企てていた創価学会は、1999年に池田氏の了承のもと自公連立政権成立へと舵を切った。
その結果、2009年の民主党政権には参画せず、その後の安倍・菅・岸田政権の悪政を支え続けている。
矢野氏や公明党の陰の指南役などと呼ばれた平野貞夫元参院議員は、自公連立政権成立の要因を、①池田大作国会喚問阻止②税務調査の阻止③不良債権処理での談合の隠蔽④暴力団との関係の隠蔽、などだと指摘している。

「私が死んだら創価学会はもう終わり」

2023年の安倍晋三銃撃事件以来、自民党と世界平和統一家庭連合(統一教会)の関係に象徴される宗教と政治の癒着が取り沙汰されて久しい。
しかし、自公連立政権の成立動機が創価学会と池田氏の保身に主眼が置かれていること、そして自公の選挙協力による議会占有による議会軽視が、日本の議会政治・民主政治の危機を招いていることは明らかである。
紙数の関係で挙証できないが、創価学会の宗教的・政治的行為によって、多くの学会員が人生を狂わせてもいる。

その被害者数は昨今の宗教2世問題で採り上げられる統一教会やエホバの証人など遠く及ばない。宗教法人の公益性という観点から、こうした事実についても見直す必要があるのではないか。
毎日新聞11月19日付に掲載された小川一客員編集委員のコラムは、池田氏の人生を肯定的に描くものの、その末尾に1994年9月に行なわれた最後のマスコミ懇談会での池田氏のこんな注目すべき発言を紹介している。

「私が死んだら、創価学会はもう終わりです」
そう、「池田創価学会」はもう終わったのである。当然、今後はその罪過を検証し、日本の政治と宗教の関係の正常化を図る必要がある。だが岸田首相や野党党首の忖度発言やマスコミ各社の死亡記事を見る限り、検証と清算がなされる可能性はいまだ低いと言わざるを得ない。

(月刊「紙の爆弾」2024年1月号より。最新号の情報はこちら→https://kaminobakudan.com/

 

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大山友樹 大山友樹

ジャーナリスト。世界の宗教に精通し、政治とカルト問題にも踏み込む。

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