〝子どもへの性犯罪者〞の情報公開 「日本版DBS」が暗示する未来

足立昌勝

後を絶たないわいせつ・盗撮事案

中学受験塾大手「四谷大塚」の元講師男性(24歳)が教え子を盗撮したとして2023年8月に逮捕された事件の被害女児は合計12人にのぼり、警視庁少年育成課が東京都迷惑防止条例違反などで被告人を追送検し、捜査を終結したという。

この種の幼児・児童・生徒に対するわいせつ・盗撮事案は多々起きている。
2023年に逮捕に至ったケースのうち、いくつかを列挙してみよう。

・東京都練馬区の中学校校長が教え子のわいせつ画像を撮影していただけでなく、別の生徒への準強姦致傷罪などの余罪が露見し、懲戒免職。

・2019年4月から2021年10月までの2年半にわたり、神奈川県横浜市の小学校元教諭が校内に小型カメラを設置し、のべ151人の女子児童を盗撮。

・大阪府高槻市立小学校講師が、授業や給食の際のスマートフォンにより複数の女子児童のスカート内や、水泳の授業前に教室で着替える姿を撮影。

・兵庫県のスイミングスクールのアルバイト男性が6歳女児らにわいせつ行為を行ない、様子を撮影。その動画をアプリで他人へ送っていた。

・千葉県北西部の県立高校で、更衣室に小型カメラを設置して盗撮した30代の男性教師が懲戒免職。

・新潟県佐渡市の県の臨時的任用職員の男が、13歳未満の女児であることを知りながら、市内施設で臀部を触るなどのわいせつ行為をし、スマートフォンで撮影・保存。

・大阪府内の絵画教室元代表が、トイレで通っていた少女らを盗撮。

これらも一部にすぎず、教員・塾講師・スイミングスクールコーチ・保育士など、子どもに関わる専門職によるわいせつ事件や盗撮に関する事件は多発している。
子どもが信頼している大人がその地位を利用し、自己の性的欲求を満たすために、子どもの心を深く傷つけた悪質な犯行だ。

このような事案に直面した子どもたちはどのような気持ちなのであろうか。
また、その親はどう考えるのであろうか。「もうこんな塾やスポーツセンターには行きたくない」「行かせたくない」と思いつつも、「でも塾には通いたい・通わせたい」「習い事もさせたい」と考えるのが通常であろう。

子どもに対する性犯罪や性暴力の対策については、これまで教育現場や保育現場を所管する省庁ごとに進められてきた。
教員については2021年に「教員職員等による児童生徒性暴力等の防止等に関する法律」が成立し、採用の際に、児童・生徒へのわいせつ行為(児童生徒性暴力等)による懲戒免職や教員免許の失効などの経歴(特定免許状失効者)を確認することが義務化されている。

2023年4月には、そのデータベースである「特定免許状失効者管理システム」の運用が開始された。これは、のちに述べるイギリスのDBS(Disclosure and Barring Service=前歴開示・前歴者就業制限機構)とは異なり、文部科学省の公募で応札した企業が作成したもので、その保守・管理業務は、たとえば東京コンピュータサービス株式会社(東京都中央区)のような民間企業にゆだねられている。

また、この法律では、懲戒処分の対象となる「児童生徒性暴力等」の内容が定められ、わいせつ行為は当然のこととして、わいせつ画像の撮影、性的部位への接触、下着等の撮影、生徒・児童に対する性的羞恥心を害する言動が禁止された。

「日本版DBS」とは何か

2021年の法の採決に際しては次のような付帯決議がつけられている。
そこで、成立に向け検討を急ぐとされているのが「日本版DBS制度」である。
それはいかなるものか。

まず、附帯決議の内容を見てみたい。そこでは、

「教育職員等以外の職員、部活動の外部コーチ、ベビーシッター、塾講師、高等専門学校の教育職員、放課後児童クラブの職員等の免許等を要しない職種についても、わいせつ行為を行った者が二度と児童生徒等と接する職種に就くことができないよう、児童生徒等に性的な被害を与えた者に係る照会制度が必要である」

とし、その検討に当たっては、イギリスで採用されている「DBS制度」も参考にして、採用等をする者が公的機関に照会することにより、性犯罪の前科等がないことの証明を求める仕組みの検討を行なうこととされた。

また、2022年には児童福祉法改正の中で、子どもを守る環境整備、すなわち性犯罪歴等の証明を求める仕組み(=日本版DBS)の導入に先駆けた取組強化が図られ、子どもにわいせつ行為をした保育士の資格管理の厳格化が定められるとともに、先の付帯決議と同様の内容が付された。

これらの付帯決議に出てきた「採用等をする者が、公的機関に照会することにより、性犯罪の前科等がないことの証明を求める仕組み」を検討するために、2023年4月に発足したこども家庭庁に「こども関連業務従事者の性犯罪歴等確認の仕組みに関する有識者会議」が設置され、6月に第1回会議が開催。9月5日の第5回会議で報告書がまとめられた。

報告書によれば、①性犯罪・性暴力はこどもの心身に生涯にわたって回復し難い有害な影響②性犯罪再犯率13・9%、性犯罪検挙者再犯者率9・6%は看過できない数値③教育・保育等を提供する事業者は、支配性・継続性・閉鎖性の下にあり、それらの業務に従事する者によるこどもに対する性犯罪・性暴力を防止する責務を負っていること、これらの理由により新たに制度が必要だとした。

ちなみに、ここで出てくる再犯率とは、性犯罪で懲役刑の有罪が確定した者が5年間のうちに再犯した者の割合を指す。
性犯罪とは、強姦・強制わいせつ・わいせつ目的略取誘拐・強盗強姦・迷惑防止条例の痴漢・盗撮等の条例違反を意味しており、この報告書で予定されている性犯罪とはかなり離れた別物であることには留意しておきたい。
学校・塾・幼稚園・保育園等で起こっている性犯罪は、こどもを対象とした強姦や略取誘拐等ではない。

この制度の対象とすべき事業は、「直接義務付けの対象事業者」として「学校、認定こども園、保育所、児童養護施設、障害児入所施設等の児童福祉施設を設置する者等」が挙げられ、「認定制度の対象事業者」として「認可外保育施設の設置者、児童福祉法上の事業の届出事業者、学習塾、予備校、スイミングクラブ、技芸等を身に付けさせる養成所等」が列挙されている。

採用時に確認しなければならない対象としての性犯罪歴は、「性犯罪前科(被害者年齢を限定しない)」とされ、その期間は必要性・合理性を踏まえ一定の上限を設ける必要があるという。
条例違反・起訴猶予・行政処分等については慎重な検討が必要だとした。

そして、具体的仕組みとしては、「個人情報保護法上、犯罪歴は開示請求等の適用除外となっていることを踏まえ、本人の同意等の関与の上、事業者が申請。結果を知る必要がある事業者に回答」するとした。

イギリスのDBS

日本版DBSについて、この説明でそれなりのイメージをつかむことはできるものの、根本的な問題はクリアされていない。
一番の問題は、なぜこのような制度が必要なのかということである。
しかし、先述の①~③のような現況を述べるのみ。

性犯罪歴を登録された者は、対象職業から排除されることになる。
その根拠は、親や社会が持つ“不安感”ということだが、それだけで正当化されるべきなのか。
イギリスとは異なり、民間企業に委託されたデータベースの保守・運用において、情報の管理はどうなるのだろうか。そこには、多くの個人情報が含まれている。
その情報が外部に漏れた場合、計り知れない損害が惹起される。
それについての明確な保障については書かれていない。
担当者や情報の使用者の守秘義務もきっちりと規定する必要があるだろう。

この報告書を検討した自民党「『こども・若者』輝く未来実現会議」(座長・木原稔=現防衛大臣)では、異論・反論が噴出した。ただし、社会からの排除や個人情報保護の懸念等ではなく、「性犯罪は更生が難しいので、確認の対象とする性犯罪歴に期限を設けるべきではない」「わいせつ教員対策法のデータベースのように長期間(40年)にわたり性犯罪歴を確認できる制度にすべき」などの意見が数多く出された(木原みのる公式サイト)。
そして、法案の国会提出は24年に持ち越された。

ここで、付帯決議でも推奨されたイギリスのDBS法を概観しておこう。
前にも触れたとおり、「前歴開示・前歴者就業制限機構」と訳され、犯罪歴の開示を行ない議会に対して直接説明責任を負う。
ただし、省には属さない公的機関で、中立性が保たれている。
イギリスの制度は、登録性犯罪者情報照会制度ともいうべきもので、登録された性犯罪者情報を照会した請求者に開示するものである。
性犯罪者情報を管理・保管するのはDBSではなく、内務省等の別組織によって管理・保管され、DBSはそのデータベースを利用する形だ。

ほかにもDBSは、「子どもや脆弱な大人と接する仕事に就けない者のリスト」の作成(就業禁止決定=Barring)も行なっている。使用者による被用者の犯罪歴の照会は、職種にかかわらず可能(義務ではない)。
その上で、子どもに関わる職種の使用者には、被用者の犯罪歴の照会が義務化されている。
これは、子どもへの性的虐待等の犯罪歴がある者を使用することは犯罪と、もともと法に定められているためである。

その先に見える監視社会

このように、イギリスのDBS法とは、集められた性犯罪者情報を使用者である請求者に開示し、使用者が被用者の採用の是非を決定するために利用するものである。
データベースに保存されたデータは、DBSが紹介した場合にのみ開示されるものであり、一般には公開されていない。

それに対して、アメリカで行なわれている性犯罪者情報公開法=いわゆるメーガン法では、性犯罪で有罪になった者が刑期を終えた後もその情報を登録し、一般に公開する制度が採用されている。
その公開は、当該の州だけではなく、アメリカの全土、さらには全世界のどこからも、その情報にアクセスすることができる。

読者も一度、インターネットで「SEX OFFENDER REGISTRY」を検索してみてほしい。
検索結果としてアメリカの各州の性犯罪者情報が表示される。
それを辿れば、公開されている個人の情報にたどりつく。
その期間は一生涯の場合もあれば、10年の場合もある。州によってまちまちである。

そこには氏名・顔写真・年齢・住所・瞳の色まで掲載されている(写真)。
一度登録された者は、全世界で情報が晒され続ける。
これは、性犯罪で判決が確定して刑罰を受けた者に対しての、その後の人生における差別といえる(二重の危険)。彼らはどこに住めというのか。
この差別を正当化できる根拠はどこにもない。その根底にあるのは「社会の安全を脅かす」という“不安感”である。

このような性犯罪者情報公開制度を行なっているのは、アメリカのほか、イギリスと韓国だけである。社会の安全や安心を促進させるために必要との判断を優先させた場合、その広がりはとめどないものになる。
社会不安の解消のために、あらゆる“前科”が開示される未来も絵空事ではない。
それは、究極の差別・排除だ。

しかし、各種世論調査では日本版DBSについて、8~9割が「賛成」と答えている。
自らは犯罪に関与することなどないと考える人々が、監視・排除強化を求めているということか。

「安心・安全」のポピュリズム政治

民主主義社会では、票に結び付く政策は採用されやすい。
社会が求め、有権者が求めているという前提があるからだ。
ここには、政策そのものの正義は存在しない。ムードに踊らされたポピュリズムだ。
正義のある政治、理念のある政治の下では、排除ではなく、包摂の精神に基づく政策を実行することは可能である。

民族対立の中で、差別や排除ではなく、包摂や受容の政策を採用した1つの例を紹介しよう。
1999年8月30日、東ティモールにおいて、インドネシアの下での自治拡大案の是非をめぐる投票が行なわれ、その結果が9月4日に発表された。
それは、圧倒的多数で自治拡大案を否決し、独立を認めるものだった。
その結果を受け、インドネシア国軍の支援を受けた、東ティモール人である民兵が統合派を名乗り、全土で住民の虐殺・強姦・都市の破壊・放火・略奪・強制移住等を行ない、治安は極度に悪化した。多国籍軍の努力で治安は回復されたが、民兵はインドネシア本土へと逃げて行った。

これに対し、東ティモールの暫定政権は、「東ティモール受容・真実・和解委員会」を設け、逃亡した民兵の帰国を促進するため、真摯に反省した場合には、過去の行為についての責任は問わないとの決定を行ない、それに従い、多くの民兵が帰国した経緯がある。
これは、排除ではなく包摂の道を選んだ典型的な事例であろう。

登録性犯罪者情報照会制度(日本版DBS)は、被害者が幼児・児童・生徒に限定されているとはいえ、その根幹には排除の精神が満ち溢れている。
さらに、性犯罪者そのものへの偏見の問題もある。
かつて、性犯罪は精神病質者の犯罪であり、治すことはできないといわれていた。しかし、研究の進んだ現在は違う。
法務省では保護観察所を通じて、性犯罪再犯防止プログラムを実施している。
それは、認知行動療法に基づく指導や再発防止計画の作成を通じて、性犯罪の再犯を防止しようというものである。

その中で、特定の問題性等を有する者への指導、すなわち共通の指導のみでは対応困難な対象者については、その特性等を踏まえた指導を実施するとし、その中に、「小児に対する性加害を行なった対象者等」が含まれ、性犯罪再犯防止プログラムの対象者とされているのだ。

つまり、法務省は子どもを対象とした性犯罪者であっても、更生可能としているのであり、日本版DBSの考え方とは矛盾している。

登録性犯罪者情報照会制度のような排除を行なう必要がないことは明白である。
どのような属性のある人であっても共存できる社会。排除ではなく、包摂できる社会。
子どもたちの成長を見守ることのできる社会。
そのような社会こそ実現されるべきではないか。

米ミシガン州で開示された性犯罪者情報。別ページでは住所や瞳の色まで掲載

(月刊「紙の爆弾」2024年1月号より。最新号の情報はこちら→https://kaminobakudan.com/

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足立昌勝 足立昌勝

「ブッ飛ばせ!共謀罪」百人委員会代表。救援連絡センター代表。法学者。関東学院大学名誉教授。専攻は近代刑法成立史。

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