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ロシアにウクライナへの賠償をさせるための方法
ユリヤ・ジスキナ、フィリップ・ゼリコウらによって執筆され、2023年6月に公表された論文「多国間資産移転:ウクライナへの賠償を確実にするための提案」は、ロシアによるウクライナ賠償のための方法について真正面から論じている。
2022年11月14日、国連総会で採択された決議には、①ロシア連邦は、国際連合憲章に違反する侵略行為、国際人道法および国際人権法の違反を含む、ウクライナにおける、またはウクライナに対する国際法違反の責任を負わなければならず、そのような行為によって引き起こされた損害を含むあらゆる損害に対する賠償を含め、その国際的に不当な行為のすべての法的結果を負わなければならない、②ウクライナとの協力の下、ウクライナにおける、あるいはウクライナに対するロシア連邦の国際的に不当な行為に起因する損害、損失、傷害に対する賠償のための国際的メカニズムの設立の必要性、③加盟国がウクライナと協力し、ウクライナ国内またはウクライナに対するロシア連邦の国際的な不法行為によって引き起こされた、すべての自然人および法人関係者、ならびにウクライナ国に対する損害、損失、傷害に関する証拠および請求情報を文書形式で記録し、証拠収集を促進・調整するための国際損害登録簿を作成する――といった内容が書かれている。
論文「多国間資産移転」では、各国が自国の管轄内にあるすべてのロシア国家資産を特定し、中央銀行のエスクロー口座(一時預託口座)、信託、または類似の取り決めに移管し、国際協定に従ってその後処分するよう推奨されている。ロシア国家資産がエスクロー口座に保管されている間、最終的な配分規則と手続きは、2022年11月の同決議の目標に従い、多国間協定に従って、可能な限り透明性の高い方法で公布されなければならないという。資産を保有し分配するためのグローバルファンドが(国際的な仕組みや合意に従って)設立されれば、各国はグローバルファンドに資産を移転することで資産を統合することができる。
ロシアへの対抗措置
一般に国家は、他国による国際的に不当な行為に対して対抗措置を講じることができる。この対抗措置は、侵略国がその法的義務(不当な行為に対する賠償など)を自発的または非自発的に遵守するよう誘導することを目的としている。この場合の対抗措置は、ロシアの資産に主権免責を与える協定や慣習的国際規範の履行を停止するものである。ロシアが侵略戦争を停止し、損害を受けた国に対して金銭的補償を含む賠償を行う法的義務を果たせば、主権免責の遵守を再開することができる。
この対抗措置は、国際司法裁判所(ICJ)やその他の法廷に持ち込まれることもある二国間裁判とは異なり、請求や裁定を処理するための標準的な司法や仲裁のプロセスは存在しない。どのような国の法制度においても、対抗措置は本来、非司法的なものであり、その国の行政府の行動を可能にする国内法的権限の下で制定される。その意味で、各国がロシアへの対抗措置という「国家行為」をどのように決めるかが問題となる。ゆえに、「G7メンバー国やその他の特別な影響を受ける国は、ロシアに侵略をやめさせる対抗措置として、ロシアの政府資産を差し押さえることができる」といった主張が存在するのである(2023年12月16日付の「フィナンシャル・タイムズ」を参照)。
2024年1月4日には、ノーベル経済学賞受賞者、ジョセフ・E・スティグリッツとアンドリュー・コーセンコ(マリスト大学経営学部経済学准教授)は共著「ロシアの凍結資産押収は正しい行動だ」を公表した。「現実には、ウクライナはいますぐ資金を必要としており、資金は欧米の管理下にある。ウクライナがこの戦争に勝利し、再建するのを助けるために資金を使わないのは、非良心的(unconscionable)なことだ」と書いている。しかし、ウクライナ和平交渉を頓挫させて戦争を継続させつづけている米国主導の北大西洋条約機構(NATO)の側に良心があるかどうかは不問に伏している(詳しくは拙稿「「米国内への投資」を「ウクライナ支援」と呼ぶバイデン政権」上、下を参照してほしい[12月18日公表の読売新聞の社説や12月19日付の毎日新聞の社説はウクライナ支援の実態をまったく知らない無知蒙昧が書いた恥ずべき社説であると指摘しておきたい。日本の言論機関の低能ぶりは非難に値する])。
なお、論文「多国間資産移転」には、ロシアが外貨準備の所在に関する詳細な情報を最後に公表した2021年6月時点でのロシアの外貨準備について、380億ドルの資産が米国に、710億ドルがフランス、580億ドルがドイツ、550億ドルが日本、260億ドルが英国に保有されていたと紹介されている。2023年5月現在、EUは、EU加盟国だけで2150億ドル相当のロシア中央銀行の資産が凍結されていることを確認した。
2023年12月20日付の「フィナンシャル・タイムズ」(FT)によると、ロシア中銀資産のうち約2600億ユーロが2022年、G7諸国、EU、オーストラリアで凍結された。その大部分(約2100億ユーロ)はEUで保有されており、ユーロやドルなどの通貨建ての現金や国債が含まれている。米国が凍結したロシアの国家資産はわずか50億ドル(46億ユーロ)にすぎないという。欧州では、資産の大部分(約1910億ユーロ)はベルギーに本部を置く中央証券保管機関ユーロクリアに保管されている。フランス財務省によれば、フランスは2番目に多い約190億ユーロを固定化している。スイスは78億ユーロだ。
現実問題としての賠償
実際には、ロシアが、ウクライナやその他の国々に対して、ロシアの侵略がもたらした損害の完全な賠償に応じるとは考えにくい。したがって、国家や政府間機関は、ロシアの同意がない場合でも、ウクライナやその国民、その他の被害を受けた当事者が完全な賠償を受けられるようにするための措置を講じる必要がある。
もっとも適用可能な対抗措置の判例として論文「多国間資産移転」が紹介しているのは、1992年の湾岸戦争におけるイラクの国家資金の移転である。1990年にイラクがクウェートに侵攻した後、ジョージ・ブッシュ大統領は1992年10月、イラクの国家資金を保有するすべての米国の銀行に対し、その侵略の犠牲者への補償を求める国連決議に従って、その資金をニューヨーク連邦準備銀行に移転するよう「指示し、強制する」大統領令を出した。この大統領令は、ニューヨーク連邦準備銀行がこれらの資金を受け取り、国連決議の目的を果たすために「保有、投資、移転」することを「許可し、指示し、強制した」のである。米国のエスクロー口座の資金はその後、国連事務総長が管理する別のエスクロー口座に移され、他の国際協定で定められた取り決めに基づき、イラクに対する請求に充てられた。イラクはいかなる時点でも、国有金融資産や国有石油製品が通常享受している主権免責の停止に同意していない。なお、現在までのところ、イランは特定イラン資産事件において、主権免責に基づき米国の国家資産凍結に異議を唱える具体的な法的主張を行った唯一の国家である。だが、国際司法裁判所は免責に関する主張を管轄権の欠如を理由に棄却している。その結果、国際司法裁判所は、外国の国家資産に対する免責の否定が対抗措置として正当化される可能性を明確に排除したことはないといえる。
対抗措置の可逆性と比例性
問題は、多くの専門家が、対抗措置が可逆的であるという要件を強調している点にある。対抗措置に必要な「可逆性」は、国家責任規約第49条3項、「対抗措置は、可能な限り、問題となっている義務の履行の再開を可能にするような方法で講じられなければならない」に由来する。ここで、問題となっている義務の履行とは、外国の資産の免責の遵守に関するものである。対抗措置は資産の国家免責に適用されるものであり、資産そのものに適用されるものではない。したがって、「可逆性」は資産そのものに適用されるのではなく、免責の一時停止に適用されるのである――というのが論文「多国間資産移転」の主張である。こう考えれば、ロシア中央銀行の外貨準備のウクライナ復興向け移転も可能となる。
対抗措置法の背後にある意図は、遵守を誘導し、賠償を達成することであり、他方で、国家が義務の遵守を再開した後に加害国にさらなる損害を課すことを防止することである。この見方は、対抗措置が引き起こされた損害に比例したものでなければならないという条件に反映されている。ロシアの場合で考えれば、ロシアの国家資産をドル単位で比例的に移転させることが、対抗措置法を支える比例性と可逆性の原則と相容れないと主張するのは難しい、と論文「多国間資産移転」は指摘する。
ロシアの出方
この論文によれば、ロシアの主権免除が一時停止されると、「ロシアの国有資産をエスクロー口座に移管することは、国際法上、ロシアの財産の合法的な収用とみなされる可能性がある」。だが、ロシアはそのような財産の収用に対して補償を求める権利をもつ。
ただし、この収用が国際法の厳重な規範に自ら重大な違反を犯したことに対する対抗措置として行われた場合、「ロシアは移転国から補償を受ける権利はない」と論文「多国間資産移転」は書いている。国家は、対抗措置が比例的であること、損害に見合ったものであること、単なる懲罰的なものではないこと、ロシアの外交官、大使館、領事館の特権を侵害するものではないことを示す必要がある。また、譲渡国はロシアの国家資産を自分たちの公的利用のために取得するわけではない。資産を国内、そして国際的なエスクロー口座に移すことで、実際の受益者は補償を受ける権利を持つ国家やその他の団体となる。「ロシアは、これらの請求が不合理または不当であることを示す可能性は低いし、示そうともしないだろう」というのである。
こうした論文「多国間資産移転」が実際に通用するかどうかは未知数だ。重要なことは、国際法が覇権国アメリカ主導でアメリカの都合で恣意的に解釈されかねない点にある。金融資産価値の実証的分析で2013年にノーベル賞を受賞したエール大学の経済学者、ロバート・シラーは「ロシアの資金を没収してウクライナに渡すのは危険だ。ドルシステムに大混乱を引き起こすだろう」と主張している(イタリア紙「ラ・レプブリカ」[2023年12月24日付]を参照)。ロシアのように貯蓄をドルに換え、「アンクルサムの安全な手に預ける」ことの危険な賭けに多くの国が気づき、ドル売りの急増やドル建て国債の暴落といった事態さえ予想できるというのだ。
そもそも、つい最近まで、ジャネット・イエレン財務長官は、議会による措置がなければ、資金の押収ないし没収は「米国では法的に許されることではない」と主張していた。ただ、米議会が年内のウクライナへの新たな軍事支援策(1067億ドルの追加資金を要請し、そのうち614億ドルはウクライナ支援に、143億ドルはイスラエルの防衛強化に充てられる)に合意できなかったため、ロシア中銀資産の活用を模索する動きが広がったのだ。
どうにも覇権国アメリカのご都合主義が際立っている。せめて、カナダのような没収のための包括的法整備がなければ、主権国家ロシアの公的資産を没収することは認められないはずだ。せめてこの程度の議論は日本の国会でも行われなければなるまい。国会議員はもっと勉強してほしい。
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1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。一連のウクライナ関連書籍によって2024年度「岡倉天心記念賞」を受賞。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。