【連載】知られざる地政学(塩原俊彦)

「知られざる地政学」連載(16) 「米国内への投資」を「ウクライナ支援」と呼ぶバイデン政権:ウクライナの人命よりも大統領選の勝利に賭ける「悪辣さ」を批判せよ(上)

塩原俊彦

 

 

今回はウクライナ情勢にかかわる米国主導によるウクライナ支援について解説したい。ジョー・バイデン米大統領によるウクライナへの追加支援を含む補正予算が米国議会で成立するかどうかが危ぶまれるなかで、ウクライナ支援について、その「からくり」を明らかにしたい。これを知れば、ウクライナ支援がいかに不可思議なものであるかがわかるだろう。

「ウクライナ支援」=米国内の軍需産業のためか
米戦略国際問題研究センターのマーク・カンシアン上級顧問は、2023年10月3日、「「ウクライナへの援助」のほとんどは米国内で使われている」という記事を公表した。それによると、これまで議会が承認した1130億ドルの配分のうち、「約680億ドル(60%)が米国内で使われ、軍と米国産業に利益をもたらしている」と指摘されている(下図1)。これは、下図の青、オレンジ、斜線の三つの部分を合わせたものということになる(「備考」を参照)。バイデン政権は、自らの政府機関への資金提供、米軍への資金提供の大部分、軍備の補填とウクライナの装備購入の大部分、人道支援の一部について、ウクライナへの「支援」や「援助」という名目で行っているのであり、その資金は米国内にとどまる。ゆえに、カンシアンは、「ウクライナ援助」(Aid to Ukraine)という言葉は「誤用(misnomer)である」と指摘している。

図1 米国議会承認済みのウクライナ支援の配分(単位:10億ドル)
(出所)https://breakingdefense.com/2023/10/most-aid-to-ukraine-is-spent-in-the-us-a-total-shutdown-would-be-irresponsible/

(備考)青とオレンジはウクライナへの軍事援助で、青は対外援助法に基づいて大統領が軍事援助を提供するために大統領権限を行使してなされる物品などのウクライナへの移転(ドローダウン)を指し、オレンジは大規模訓練や役務の提供を指す。青色斜線(「軍事-米国」)は、国防総省が受け取る東欧での軍事活動の強化や軍需品生産の加速のための資金で、その大半は米陸軍に支払われ、米海軍と米空軍に支払われる金額は少ない。黄色は人道援助、水色はウクライナ政府が通常の政府活動を継続するための資金、緑色(「米政府と国内」)は核不拡散活動など、戦争に関連する活動のために米政府の他の部署が受け取る資金を示している。

米軍装備の提供
米国には、国防総省が保有する防衛品や役務を外国や国際機関に迅速に提供するために、対外援助法(FAA)第506条(a)(1)に基づいて、軍事援助を提供するために大統領引き出し権限(Presidential Drawdown Authority, PDA)を行使して国務長官に「ドローダウン」にあたらせる制度がある。これは、憲法と1961年対外援助法(FAA)第621条を含む合衆国法によって大統領として大統領に与えられた権限により、大統領がFAA第506(a)(1)に基づいて、軍事援助を提供するために国防総省の防衛品および役務、ならびに軍事教育および訓練向けに一定限度額の引き出しを指示する権限を国務長官に与えるというものだ。要するに、米国の軍事在庫を必要とする国などに供与する制度ということになる。

上図でいえば、青色とオレンジ色で示された部分を意味している。2023年11月20日付の情報によると、「2021年8月以降、国防総省から44件の防衛品と役務の引き下げを指示した」という。同年10月2日付のWSJによれば、2022年2月24日以降、米国がウクライナに軍事援助として割り当てた437億ドルの残りとして52億ドルの財源を残していたという。つまり、PDAの下で、米国は186台のブラッドレーBMP、31台のエイブラムス戦車、45台のT-72B戦車(チェコ共和国から購入)、300台のM113装甲兵員輸送車と250台のM1117装甲車、500台のMRAP装甲車、2,000台のハンヴィー車両、270台の榴弾砲やその他の兵器を、議会の承認なしに385億ドルの範囲内で供与したことになる。

これらはウクライナ政府に資金を渡すものではない。現物を供与するのである。問題は、その物品と役務の評価にかかっている。在庫評価を低く見積もれば、たくさんの軍事装備品をウクライナに送ることができる。このため、2023年8月14日、国防総省は以前に認可されたPDA権限を利用したいくつかのパッケージの最初のものを発表し、同省がその執行を定期的に監督していた際、ウクライナに承認された以前のPDAの武器や装備を誤って過大評価していたことが判明したと言い出す。国防総省はその後、適切な会計方法を用いて見直しを行い、ウクライナの緊急の安全保障上の必要性を満たすために、議会が承認した武器・装備の提供権限で使用できる62億ドルを回復した。こんな「打ち出の小づち」のようなことが現に行われているのだ。

ウクライナ安全保障支援イニシアティブ(USAI)
ほかにも、「ウクライナ安全保障支援イニシアティブ」(USAI)を通じてウクライナへの軍事支援が行われている。これは、国防総省主導でウクライナ軍の防衛能力の向上を目的として、ウクライナが米国の防衛産業と契約を結び、たとえばM142 高機動ロケット砲システム(HIMARS)や歩兵携行式多目的ミサイル(ジャベリン)などの武器や弾薬を購入することを可能にするものだ。「イニシアティブ基金」(2022年8月、30億ドルでスタート)から支払いが行われる。この場合、契約後、品目の製造がおこなわれるため、在庫があるわけではない。このため、ウクライナに契約された軍備品が届くのは2~3年後になることもある。

USAIは、後方支援、ウクライナ軍への給与や俸給、外国製装備品の購入、ウクライナへの情報支援にも資金を提供している。これらは即座に戦場に影響を与えるもので、資金はほぼなくなり、6億ドルしか残っていない(10月のカンシアンの記事を参照)。ただ、カンシアンはUSAIが図のどこに配分されているかについてのべていない。

なお、「人道支援」は米国際開発庁(USAID)を経由し、多くの救援非政府組織(NGO)に流れる。食糧援助は農務省のさまざまなプログラムを通じて行われる。多額の資金が、米国にやってきたウクライナ難民の定住を助けている。「ウクライナ政府支援」は、もっとも純粋な意味での「ウクライナ支援」だ。戦争によってウクライナ政府は徴税能力を失い、それによって通常の政府サービスを提供する能力も失われている。この失われた税収を補うのが外部資金、すなわち「ウクライナ支援」であり、そうすることで、ウクライナの社会崩壊を防ぎ、最低限のサービスを維持することで、労働者や軍人は家族の生存ではなく、戦争に集中することができるというわけだ。米議会はこのような支援として273億ドルを成立させ、政権はそのほとんどを拠出済みだとしている。

WPの言い分
このカンシアンの記事を紹介しながら、2023年11月29日付の「ワシントン・ポスト」は奇怪な見方を紹介している。まず、「少なくとも31の州と71の都市で、ウクライナ向けの主要兵器システムをアメリカ人労働者が製造している117の製造ラインを確認した」と書き、カンシアンの主張を裏づけている。

ほかにも、米国は、NATO同盟国に対して、米国製やソ連時代の古い兵器システムをウクライナに寄贈するインセンティブを与え、それに代わるより新しく近代的な米国製システムの販売を許可している事実を指摘している。つまり、欧州諸国に古くなった武器をウクライナに供与させ、米国から新型の武器を欧州諸国に輸出して、米国内の軍需産業を潤うようにさせているというわけだ。

たとえば、ポーランドは旧式のソ連製とドイツ製の戦車250両をウクライナに送り、オハイオ州リマの工場で生産されるM1A2エイブラムスの後継戦車250両を購入する47億5000万ドルの契約を2022年4月に結んだ。ポーランドはその後、14億ドルの追加契約を結んだ。ポーランドはまた、ソ連製のMi-24攻撃ヘリコプターをウクライナに送り、その後、アリゾナ州メサで製造されるアパッチ・ヘリコプター96機を購入する120億ドルの契約を結んだ。
WPの記事が奇妙なのは、この記事の結論部分で、以下のようにのべている点である。

「ウクライナへの軍事援助は、アメリカ全土の製造業を活性化させ、国内で良質な雇用を創出し、国防のための兵器生産能力を回復させている。ウクライナを支援することは、米国の国家安全保障にとって正しいことだ。また、米国の労働者にとっても正しいことである。」

どうやら、下院の混乱でなかなかウクライナ支援を含む補正予算が成立しないため、「ウクライナ支援」が実は「米国内への投資」である事実を明確化し、何とか「ウクライナ支援」の補正予算を成立させようとしているらしいのだ。11月27日付のThe Economistによれば、バイデン大統領は1060億ドルの補正予算を要求しており、そのうちの610億ドルはウクライナ向けで、残りはイスラエルやその他の国家安全保障優先事項向けだ(正確には614億ドルか)。共和党はウクライナへの援助を、メキシコとの国境を越える移民を抑制するための厳しい措置と結びつけている。関係者によれば、両者の溝はまだ深い。ゆえに、「ウクライナ支援」=「国内への投資」であることを喧伝しようとしているのである。

バイデンも「投資」発言
バイデン大統領自身、「投資」という言葉を使っている。この連載13の「小粒な政治家が多すぎる世界の政治」(上)において紹介したように、彼が緊急予算要求について「何世代にもわたってアメリカの安全保障に配当金をもたらす賢明な投資」と呼んでいる。それだけではない。国防総省のサイトにおいて2023年11月3日に公表された「バイデン政権、ウクライナへの新たな安全保障支援を発表」のなかにも、「ウクライナへの安全保障支援は、わが国の安全保障に対する賢明な投資である」(Security assistance for Ukraine is a smart investment in our national security)と書かれている。

このようにみてくると、バイデン政権が「ウクライナ支援」をつづけたがっている本当の理由が理解できる。率直に記せば、「ウクライナ戦争をつづけることで、米国の軍需産業への投資をウクライナ支援の名目で増やし、米国内の雇用を増やし、バイデン再選につなげようとしている」のである。ここには、ウクライナの自由と民主主義を守るとか、ウクライナ市民の生命や人権を守るといった発想は微塵も感じられない。

「投資」のためにウクライナ和平を二度潰したバイデン政権
だからこそ、バイデン政権は過去に二度、ウクライナ和平の契機を潰したと考えられることも紹介しておこう。米国内への投資のためにウクライナを援助する以上、ウクライナ戦争を停止するわけにはゆかないというのがバイデン政権の論理構成なのだ。

第一の和平の契機は、2022年3月から4月であった。ウクライナとロシアとの第1回協議は2022年2月28日にベラルーシで行われ、第2回協議は3月29日にイスタンブールで行われた。ここで課題となったのは、①ウクライナの非同盟化、将来的に中立をどう保つのか、②ウクライナの非軍事化、軍隊の縮小化、③右派政治グループの排除という政治構造改革、④ウクライナの国境問題とドンバスの取り扱い――である。第2回会合の後、双方が交渉の進展について話し、とくにウクライナは外部からの保証を条件に非同盟・非核の地位を確認することに合意した。たしかに和平に向けた話し合いが一歩進んだのである(なお、プーチン大統領は2023年6月17日、アフリカ7カ国の代表に18条からなる「ウクライナの永世中立と安全保障に関する条約」と呼ばれる文書を見せた。TASSによれば、文書のタイトルページには、2022年4月15日時点の草案であることが記されていた。保証国のリストは条約の前文に記載されており、そのなかには英国、中国、ロシア、米国、フランスが含まれていた。つまり、相当進展した条約が準備されていたことになる)。

しかし、2022年4月9日、ボリス・ジョンソン英首相(当時)がキーウを訪れ、ゼレンスキー大統領と会談、英首相はウクライナに対し、120台の装甲車と対艦システムという形での軍事援助と、世界銀行からの5億ドルの追加融資保証を約束し、「ともかく戦おう」と戦争継続を促した。この情報は、ウクライナ側の代表を務めたウクライナ議会の「人民の奉仕者」派のダヴィド・アラハミヤ党首が、2023年11月になって1+1TVチャンネルのインタビューで明らかにしたものだ。もちろん、ジョンソンの意向はバイデン大統領の意向であり、米英はウクライナ戦争継続で利害が一致していた。

それは、ゼレンスキー大統領も同じである。戦争がつづくかぎり、大統領という権力は安泰であり、2024年3月に予定されていた選挙も延期できる。だが、戦争継続は多くの市民の流血を意味する。そこで、和平協定をあえて結ばないようにするためには、理由が必要であった。

 

「知られざる地政学」連載(16) 「米国内への投資」を「ウクライナ支援」と呼ぶバイデン政権:ウクライナの人命よりも大統領選の勝利に賭ける「悪辣さ」を批判せよ(下)に続く

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。 著書:(2023年9~10月に社会評論社から『知られざる地政学』(上下巻)を刊行する) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。

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