メールマガジン第144号:「慰霊の日」と沖縄人の声
ノーモア沖縄戦 命どぅ宝の会メルマガ琉球・沖縄通信メルマガで2回にわたり、「慰霊の日」を前に地元紙に寄せられた「声」を紹介した。なによりも県民の「声」に戦争を憎み平和を希求する真実があると思ったからだ。まだ伝え足りない。追加報告しようと考えている。琉球新報、「金口木舌」によると「沖縄戦の単語を含む本紙記事は2022年1年間で1546本。うち233本が6月1日~24日の掲載」。確かに「慰霊の日」のある6月に多いが「平均の2倍弱程度。7月のサイパン陥落、10・10空襲、4月1日の米軍上陸など、6月以外にも節目が多い」という。沖縄戦の記憶は年月、世代を超えて沖縄人の心に深く刻まれ、一年を通して県民の「声」が紙面を埋めている。
24万人の「声なき声」
「慰霊の日」に摩文仁の平和祈念公園でノーモア沖縄戦の会の活動を行った。「平和の礎」を訪ねる度に、命を絶たれた24万人余の「声なき声」に圧し潰されるような気持ちに襲われる。私の3人の祖父母も居る。10数万の沖縄人だけでなく都道府県のこれほど多くの戦没者の名前。米国、英国、台湾、朝鮮民主主義人民共和国、大韓民国の人々。その「声なき声」、「不在」に圧倒される。
戦没した都道府県人、米英人は圧倒的に男性が多い。戦争に動員された軍人たちだ。女性の名前はまれだ。これほど多くの軍人が沖縄戦に動員され命を失った。帰るべき家に多くの女性、子どもたちが残された。帰る家もなくなり、頼る親が命を奪われた子どもたちは戦争孤児となった。沖縄人の碑には男女の名前が並ぶ。沖縄が戦場だったからだ。「〇〇〇〇の長男」といった続柄での刻銘もある。激しい地上戦で戸籍が焼失したこと、名前が付けられる前に亡くなったことなどがその理由だ。さまざまな思いに駆られ、その「不在」を考える。新聞の「声」は、失われた命を悼み、失われた「声」に耳を傾ける営みだと思う。かくも長き失われた命の「不在」を沖縄の人々は決して忘れない。
しまくとぅばの「平和宣言」
玉城デニー知事は全戦没者追悼式の「平和宣言」に、「しまくとぅば(島言葉)」を盛り込んだ。そのことについて知事は、「本来は生きるべきであった方々の奪われた命に対する哀悼の意」、「しまくうばしか話せない世代の多くの県民も犠牲になった」と語った(沖縄タイムス)。私は目からうろこが落ちる思いがした。「しまくうばしか話せない」沖縄戦没者を悼む言葉は、「しまくとぅば」でなければならない。同時に、失われた人々の思い、二度と「語られない声」は、しまくとぅばでなければ言い表せるはずがない。
そのように思いを巡らすと、「慰霊の日」に地元紙を埋める県民の「声」は、単に死者への追悼だけでなく、死者たちが無念の中から今を生きる私たちウチナーンチュに語りかける「二度と沖縄を戦場にしてはいけない」という訴えを代弁する言葉だと気付かされる。
つながれた命
当然のことながら新聞投稿者の多くは、沖縄戦を生き残った人々、その子孫たちである。その「声」には、亡くなった人々の無念の思いが込められている。生き残ったことを悔いる声すらある。戦没者の「声なき声」を受け止め、「二度と戦争を起こさない、沖縄を戦場にしない」という責任を担う決意が込められている。6月26日沖縄タイムス「声」の欄に、読谷村の中学三年生が投稿した「悲惨な戦争 後世に伝えたい」が載った。「私は戦争を経験していません。だからこそ戦争を学ぶだけでなくて、後世に伝えていくことが、つながれた命の義務なのだと思います」と書いていた。「艦砲のクウェーヌクサー(喰い残し)」の「つながれた命」である私たちは、世代を超えて「二度と沖縄を戦場にしない」という決意、責任を引き継いでいる。
物足りない「平和宣言」
玉城知事の「平和宣言」はうちなーぐちで「不戦」の誓いを述べた。佐藤学沖国大教授は「敵基地に向けて自衛隊ミサイル基地が建設される宮古、石垣、与那国の島嶼」だが、「玉城知事の平和宣言に具体的な言及がない」と批判した。もとより岸田首相もあいさつで言及することはなかった。佐藤氏は「沖縄の喫緊の問題は対中軍事衝突の最前線に立たされる具体的な危機である」、「首相が触れない中、知事は島々へのミサイル配備に反対を明言すべきであった」というのだ。知事は「二度と沖縄を戦場にしない決意を新たにする」と述べている。それでも「言葉が足りない」というのが佐藤氏の指摘だろう。
岸田政権は沖縄列島をミサイル要塞化する「戦争準備」を情け容赦なく進めている。戦没者追悼式を美辞麗句のセレモニーとせず、玉城知事は正面切って「ミサイル配備反対」を主張し、首相に突き付けるべきだったという指摘だ。全くその通りだと思う。
今年の「慰霊の日」は例年とは異なる。復帰50年を迎えた昨年末に岸田政権は「防衛3文書」を発表し、沖縄を敵基地攻撃ミサイルを大量配備する中国との戦争の最前線に位置づけた。今年の「慰霊の日」の特別な意味合いを地元2紙も社説に書いていた。玉城知事、県民は「喫緊の問題」(佐藤氏)である「ミサイル配備」に対し、悠長に構えるべきではない。躊躇なくあらゆる手立てで「ミサイル配備反対」を打ち出す時にきている。
シール投票
ノーモア沖縄戦の会は、戦没者追悼式典会場の平和祈念公園で「ミサイル配備 賛成・反対」シール投票を行なった。共同代表の遺骨収取ボランティア、具志堅隆松さんが「目前に迫る戦争準備、ミサイル要塞化への反対を打ち出すべきだ」と提起した。具志堅さんは「沖縄戦戦没者の遺骨収集も終わらぬ今、第二沖縄戦の新たな戦争犠牲者を出すわけにはいかない」と訴える。
ミサイル配備「反対」724、「賛成」4
シール投票の結果は、「ミサイル要塞化に反対」が724。「賛成」4。圧倒的多数が「ミサイル要塞化」に反対した。少人数の取り組みで、通り過ぎる人も多かったが、「沖縄のミサイル配備。賛成ですか反対ですか」の呼びかけへの反応は良かった。県民はほぼ100%、「反対」を意思表示した。「賛成4」の3人は本土の方で、1人は沖縄人の少年だった。反対の方々は、車いすの高齢者(戦争体験者)を連れるご家族、小中学生の家族連れ、ベビーカーを推す女性、中学、高校、大学生のグループも、そろって「反対」シールを貼ってくれた。「賛成、反対どちらですか」の声掛けに「当たり前、反対」「絶対反対」の声も相次いだ。「お疲れ様」「頑張って」と活動を支援する声も多かった。
素通りする方々が多かったことも事実だが、「反対」ボードに列ができ、「ミサイル配備反対」を積極的に意思表示しようとする県民の多さを実感した。「724対4」の大差で「ミサイル配備反対」が県民の大多数の意見であることを確認した意義は大きい。ミサイル配備に反対する県民の声を大きな力にしていく取り組みが問われている。
新垣邦雄(当会発起人)
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