すでにバイデンを見限った習近平 「米中対立」の真実と真相
社会・経済国際政治その他バイデンよりも経営者を優先した習近平
新たな1年が始まりましたが、アメリカは、ウクライナ戦争はもとより、イスラエル・ハマス戦争によって、財政的にも安全保障の面でも、アジアにおける対応が難しくなってきました。
特に、経済・軍事両面で影響力を拡大させる中国をなんとか封じ込めようとするものの、バイデン政権はほぼお手上げ状態に陥っています。そのため、日本や韓国、はたまたフィリピンやオーストラリアに肩代わりを働きかけざるを得ない有様です。かつての「超大国アメリカ」は見る影もありません。日本は、そうした国際情勢の変化を冷静に受け止め、中国やアジア諸国との柔軟な関係の構築を模索すべきと思われます。振り返れば昨年11月、APEC(アジア太平洋経済協力)総会に合わせてサンフランシスコで開催された米中首脳会談の舞台裏は驚きの連続でした。
かつては世界的な観光名所であった「金門橋(ゴールデン・ゲート・ブリッジ)」がそびえる町が、いまや犯罪や違法薬物の絶えない「治安最悪の都市」に変貌しています。そのため、中国側からの強い要望を受け、サンフランシスコ市当局は会場周辺や代表団の車列が通る沿道から全てのホームレスを追い払い、その代わりに中国人留学生らを動員し、習近平主席の移動するルート沿いに中国国旗がはためく光景が演出されたものです。
とはいえ、最も驚かされたことは、習主席がバイデン大統領や岸田文雄首相との首脳会談よりも、アメリカの有力な経営者との夕食懇談会に力を注いでいたことです。ハイヤット・リージェンシー・ホテルで開かれた夕食会にはアメリカ経済界を代表する大物がズラリと顔を揃えていました。マイクロソフト・シティグループ・エクソンモービル・アップル・テスラなどのCEOが習主席と親しく歓談。バイデン大統領は習主席との会談後に、「彼は独裁者だ」と首脳会談をぶち壊すような発言を繰り出しましたが、アメリカの大手企業の経営トップは吸い込まれるように習主席に歩み寄っていました。しかも、夕食会の会費は1人4万ドル(約580万円)。それだけの会費を払っても中国との関係を重視していることを直接アピールしようとしたわけです。習主席は終始、笑みを浮かべて大満足の様子でした。
実は、米中首脳会談では軍同士の対話チャンネルの復活などが合意されています。しかし、バイデン大統領が期待したような対イラン制裁などでは成果は全く得られていません。両者の思惑はすれ違いで終わったと言っても過言ではないほど。余談ですが、日中首脳会談における岸田首相の「お願い外交」も空振りに終わりました。
外交の錬金術師 キッシンジャー博士の遺言
アメリカを手玉に取り、日本を無視するような姿勢を見せる習近平政権の思惑を、私たちは冷静に見極める必要があります。その意味では、昨年11月29日、100歳であの世に旅立ったヘンリー・キッシンジャー博士の“遺言”は示唆に富むもの。
同博士はアメリカ外交の表も裏も仕切る前代未聞の存在でした。ニューヨークで開かれた100歳の祝賀パーティで、参列者が「ハッピーバースデー!ディア・ヘンリー」と大合唱で祝意を示すと、用意されたバースデーケーキのろうそくを軽く吹き消し、故ニクソン大統領の真似をして両腕を高々と持ち上げ、感謝の気持ちを明らかにしたものです。
博士は肥満気味ではあっても、亡くなる直前まで頭脳はすこぶる明晰で、講演でも論文執筆でも他の追随を許さず、自らが立ち上げたコンサル会社の経営トップとして君臨。小生はワシントンの「戦略国際問題研究所(CSIS)」にて博士と知己を得ました。
今でも思い出すのは、ドイツ語訛りの英語で噛みしめるように語ってくれた成功と健康長寿の秘訣です。曰く「人生で最も大切なことは、どんなプレッシャーにも負けない強い意思の力を持つことだ。自分にとって何が重要で、譲れないものかを肝に銘じ、他人から批判されても、毒づかれたとしても、謝るな! 自分の人生に自信を持ち、1人で生きる覚悟をせよ!」。そうしたキッシンジャー流の生き方を間近に観察することができたのは幸いでした。
とはいえ、ソ連や中国との関係改善やベトナム戦争の終結など、華々しい表の顔とは別に、メディアで触れられることのない「錬金術師」という裏の顔の持ち主でもありました。
長年、政権の中枢にいたため、その情報や人脈は半端なく、国務長官を退任した後も、自らの名前を冠したコンサル会社を立ち上げて、アメリカに限らずヨーロッパやアジアの企業から多額のコンサル料を受け取っていました。その意味では「アメリカ外交を資金源に変えた天才」とも呼ばれ、アメックス、コカ・コーラからスウェーデンのボルボ、韓国の大宇グループまでコンサル料はバラバラでしたが、最低でも1社年間1億円は下りません。
博士の本領はサウジアラビアとの密約で「ペトロダラー体制」を構築したように、「自らの外交経験と人脈をマネーに変える仕掛けを生み出した」ことに象徴されています。
そんなキッシンジャー博士の口癖は「敵国を潰すにはエネルギーを武器にすべきだが、敵国の国民を潰すには食料を武器にするのがベストだ」。長引くウクライナ戦争の結果、ロシアから穀物や肥料、それらの原料が届かなくなれば、最初はヨーロッパが、そして最終的にはアメリカも音を上げることになるからです。実際、アメリカでは食料不足から食品の値上げが続き、バイデン政権への不満と支持率の急落をもたらしてしまいました。
振り返れば、ほぼ半世紀前の1972年2月21日、ニクソン大統領が北京を訪問。いわゆる「ニクソン・ショック」は、日本の頭越しに米中国交正常化を成し遂げた瞬間でした。“隠密外交”の立役者・キッシンジャー元国務長官の仕業にほかなりません。
博士は生前、周恩来首相(当時)との駆け引きのすさまじさや、日本に悟られないように動いたことを自慢げに語っていました。現下のウクライナの危機的状況についても、アメリカはロシアのみならず、中国とも水面下で極秘交渉を継続中です。「知らぬは日本のみ」という構図は、50年前も今も変わっていません。
そんなキッシンジャー博士が、100歳の誕生日に次のように呟きました。
「ロシアとウクライナの戦争はアメリカが仕掛けた。ウクライナをNATOに引き入れようとしたのだが、大きな失敗だった。こうなった以上、アメリカがウクライナの行動を規制するとプーチンを説得し、一刻も早く戦争を終結させるべきだ。中国が和平案を提示しているが、中国とロシアは最終的には共存できない。アメリカは中国を選ぶべきだ」
この一言からも、博士の独特の思考が感じられます。
バイデンを見限った習近平
さて、米中・日中首脳会談です。バイデン大統領と習主席の会合は、サンフランシスコの南38キロの郊外にある「ウッドサイド」と呼ばれる私有地の中の豪華なファイロリ庭園邸宅で、昼食を入れて4時間超。一方、岸田首相と習主席の会談は中国側代表団が宿泊するホテルで行なわれ、一時間ほどでした。中国にとってはアメリカこそが自分たちと対等の存在だと内外に示しているわけです。
残念ながら、岸田首相からは福島の汚染水処理問題での方針転換を要請するのみで、中国の関心を引くようなウィンウィンの提案はありませんでした。それとは対照的に、アメリカ側の中国への気配りや歓待ぶりは異常なほどで、「中国との関係改善がなければ、バイデン再選も危うい」と受け止めている様子が節々に見られました。
たとえば、庭園の散歩中には、バイデン大統領が習主席に「奥様の誕生日をお祝い申し上げる」とささやきました。バイデン大統領と習主席の彭麗媛夫人は誕生日が同じ11月20日なのです。すると習主席は「仕事が忙しく、妻の誕生日が来週であることをすっかり忘れていた。思い出させてくれてありがとう」と応じたとのこと。
そうした念入りの下準備の成果として、両首脳間のホットラインの復活や軍高官同士の話し合いの再開、中国由来のフェンタニル(麻薬性鎮痛剤)の規制強化、人工知能(AI)に関する専門家対話の推進などが合意されたわけです。
中国側はアメリカ側にある程度の花を持たせる代わりに、中国側の要請を全面的に受け入れることを強く求めました。実は、この会談場に到着した習主席を両手の握手で出迎えたバイデン大統領が最初に行なったのは、自分のスマホから若き日の習主席がサンフランシスコを訪問した時の写真を見せたことです。これは30代前半で河北省正定県の党書記としてアイオワ州の農村を視察し、その帰路、ゴールデン・ゲート・ブリッジの前で撮った写真で、「当時も今もあまり変わりませんね」とリップサービス。これに習主席が見せた反応は「覚えています。38年前の自分です」とクールなもの。一事が万事。バイデン大統領が熱心に習主席を持ち上げるも、習主席は頷き返すのみ、といったパターンが繰り返されたわけです。
どうやら習主席は「バイデン大統領の再選はあり得ない。中国にとって重要なことは、アメリカ経済界の対中投資を繋ぎ止めること」と割り切っているようでした。習主席を空港で出迎えた際には、イエレン財務長官らバイデン政権の幹部が顔を揃えていたものの、習主席が最初に握手をしたのはカルフォルニア州のギャビン・ニューサム知事でした。「ポスト・バイデン」を狙う有力候補で、最近も北京を訪問し、習主席と面談を重ねています。この一例からも、中国側がバイデン大統領を見限っていることは明白です。
「人民解放軍建軍100周年」という節目
習主席はバイデン大統領や岸田首相との会談後の記者会見には姿を見せませんでしたが、アメリカの経済人を前にした演説では、「中国経済は不動産バブル崩壊を乗り越えつつある。アメリカからの投資を歓迎したい」と強調。あくまで経済重視の姿勢を取り、アメリカとの貿易通商関係をさらなる高みに引き上げようとする意志が感じられました。
その背景には、アメリカ企業を中心に外資が今、中国から相次いで撤退する動きを見せていることがあります。昨年第3四半期だけでも中国は118億ドルの外資を失いました。これは中国にとっては過去最悪の事態です。加えて、中国の不動産市場は依然として厳しい状況に直面しています。
日本ではまったく報道されませんでしたが、米中首脳会談において習主席は「近い将来において、中国が台湾への軍事侵攻を企てることはない」と明言。バイデン大統領との首脳会談においては様々なテーマが話し合われたようでも、両国にとって最大かつ最も危険な議題が「台湾」問題であったことは論を俟ちません。
バイデン大統領は「“一つの中国”政策を変える考えはない」と発言しました。しかし、アメリカ国内では軍事専門家を中心に、「27年あるいは35年に中国による軍事侵攻が想定される」との見方が専らです。習主席はこうした観測を全面的に否定しました。
とはいえ、習主席は「中国は台湾との統一を必ず実現する。祖国統一はいかなる勢力も拒むことはできない」とも、くぎを刺しました。もちろん、現在の中国の国内事情から推察すれば、台湾への軍事侵攻はポーズとしては繰り出すものの、国内世論の動向を見極めれば、簡単には踏み込めない領域となっているはずです。
現在、中国は1650発以上の核ミサイルを保有し、中国人はよく「ズボンをはかなくとも核を持つ」と言います。しかも、2025年の時点で中国の軍事的影響力の範囲は西太平洋全体に及ぶ模様。要は、米中の戦力バランスは中国優位に傾くと想定されるわけです。現時点において中国は米軍と比較して7割強の戦力を保有し、米国とほぼ肩を並べています。2027年の人民解放軍建軍100周年までに台湾解放を意図している可能性は否定できません。
そのため、アメリカも警戒心を解くことはしていません。習主席と別れた後の記者会見では、先述のように、バイデン大統領は習主席のことを「独裁者」と表現し、「そうした認識に変化はない」とまで念を押しています。記者からその真意を聞かれ、「我々と全く異なる政治形態に基づく共産主義国家を率いる人物という意味で、彼は独裁者だ」と補足しました。もちろん、こうした部分は中国では放送されていません。バイデン氏自身も、面と向かっては習主席を持ち上げていましたが、それ以外の場では「対中強硬姿勢」が国内の選挙対策上は欠かせないと判断し、微妙に使い分けていたわけです。
この点に関しては、習主席も似たようなものでした。国内の景気浮揚にアメリカからの投資や貿易関係の拡大が欠かせないことは自明の理であり、アメリカへの譲歩や優遇策をチラつかせる姿勢を随所に見せたものです。と同時に、米中首脳会談が終わるやいなや、中国軍は台湾周辺に12機の戦闘機や5隻の軍艦を派遣し、台湾への威嚇を続けていました。
アメリカはロシア・ウクライナ戦争やイスラエル・ハマス戦争に直面し、ウクライナやイスラエルへの軍事・経済支援を余儀なくされています。国内的にはアメリカ史上最悪の財政赤字33兆ドルを抱えており、かつての「超大国アメリカ」のように無制限な援助を提供できなくなりつつあるわけです。
しかも、中国は徐々に減らしてはいますが、アメリカの赤字国債を8600億ドルも保有しています。これはアメリカの生殺与奪を握っていると言っても過言ではありません。
今回、習主席は直接、バイデン大統領の立ち居振る舞いを観察し、それなりの判断を下したに違いありません。安全保障や先端技術に関する協議ではバイデン大統領の限界を感じ取ったものと思われます。それゆえ、習主席はバイデン大統領との首脳会談ではなく、アメリカのシリコンバレーやウォールストリートの経営トップとの夕食会と懇談にエネルギーを注力したわけです。
また、習主席はフィジーやブルネイなどの小国やフィリピンなど対立する国々との首脳会談も積極的にこなす柔軟性を見せていました。
では、日本はどうするのか。私は今こそ東シナ海のガス田開発をめぐる2008年の日中合意を活用する工夫をすべきと思います。条約交渉には至っていませんが、日中両国が中間線で暫定水域の設置に合意した現実的なもの。中国にもメリットがあり、東シナ海の安定化促進のきっかけとなるはずです。
そうした建設的な提案がなければ、中国も日本からの水産物の輸入禁止を解除することはあり得ないでしょう。岸田首相には、想像力を逞しくし、創造的な外交を展開してほしいものです。
(月刊「紙の爆弾」2024年2月号より)
著者:浜田和幸
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国際未来科学研究所代表、元参議院議員