【連載】知られざる地政学(塩原俊彦)

「知られざる地政学」連載(23) :再論「ウクライナ支援」:なぜ戦争をつづけるのか?(上)

塩原俊彦

いわゆる「ウクライナ支援」をめぐっては、連載【16】「「米国内への投資」を「ウクライナ支援」と呼ぶバイデン政権」()において論じたように、アメリカの「ウクライナ支援」はアメリカへの国内投資にすぎない面がある。その国内投資が米下院の混乱で追加支援分の議会承認が遅れているために、アメリカ政府はいま、凍結しているロシア中央銀行の外貨準備を没収し、支援にあてようようと目論んでいる。この問題については、連載【20】「カナダの挑戦をどうみるか:ロシア資産の押収・没収問題を再論する」()で解説した。ここでは、「ウクライナ支援」によってウクライナ戦争を長期化させようとするバイデン政権と、それに従属するG7加盟国の情けない現実を糾弾したい。日本もその一角を占めているからだ。

 

EUの「ウクライナ支援」

欧州連合(EU)の欧州首脳は2024年2月1日、12月の会合で合意できなかった、2021-2027年の多年度財政枠組み(MFF)の中期的な見直しについて協議した。このなかでEU首脳は、限られた優先分野に対し、新規資金と既存資金を組み合わせて追加資金を提供することに合意した。その内容は、①2024年から2027年までの「ウクライナ・ファシリティ」を設け、その上限は500億ユーロを超えない(融資の形で330億ユーロ[358億ドル]、返済不要の支援の形で170億ユーロ[185億ドル]。潜在的な収入は、固定化されたロシア中銀の資産に直接由来する、民間団体が保有する特別収入の使用に関する、関連する連邦法に基づき発生する可能性がある)、②防衛投資能力を強化するため、欧州防衛基金(EDF)に15億ユーロが追加的に割り当てられる――などである。

昨年12月の首脳会議では、ハンガリーのヴィクトル・オルバン首相の反対で合意できなかった「ウクライナ支援」だが、今回は首脳会議に先立って、ハンガリーに対して多くの脅迫がなされた。EUでの投票権をはく奪する可能性や、「ハンガリー経済を崩壊させる」試みについてまであったとされる。この結果、オルバンはやむなく賛成に回った。それでも、欧州委員会のウクライナ・ファシリティの実施に関する年次報告書に基づき、欧州理事会は毎年、ファシリティの実施に関する討議を行い、必要があれば、欧州理事会は2年以内に、欧州委員会に対し、新たなMFFとの関連で見直しの提案を行うよう要請することになった。なお、今回の合意内容は欧州議会で承認される必要がある。万一、今年6月に予定されている欧州議会選前までに承認されなければ、選挙後、「ウクライナ支援」に懐疑的な勢力の増加が見込まれるため、承認に暗雲が漂う事態も予想されている。

 

ウクライナの財政状況

EUによる「ウクライナ支援」といっても、その具体的な内容はあまり知られていないのではないか。ウクライナは四半期ごとに支援を供与されることになる。ウクライナ側は3月に45億ユーロの第一弾を受け取ることを期待している。というのは、支援される資金が年金、戦争で家を失った人々への支払い、教師や医師の給与などの日常的な支出に充てられるからだ。つまり、ウクライナはこうした「支援」なしに国家を運営することができない状況に置かれている。逆にいえば、ウクライナ戦争を止めるように促すには、「支援」を打ち切るという手段が有効ということだ。

実は、アメリカおよび欧州連合(EU)からの追加支援の見通しが崩れたため、ウクライナのデニス・シュミハル首相は2023年12月、ウクライナ、EU、G7諸国、国際金融機関の高官が集まってウクライナ支援を調整している「多機関ドナー調整プラットフォーム」に対して書簡を送り、「2024年1月から、十分かつ迅速で、予測可能な外部資金を受け取ることが不可欠だ」と訴えた。

ウクライナ経済は外国からの支援なしには立ち行かないらしい。ウクライナ財務省は2023年12月29日、そのサイトにおいて、「ウクライナの国家予算の財源は、戦時国債、国際金融機関(IFI)融資、二国間融資と助成金である」としたうえで、下図のような実績を公表した。これからわかるように、外国および国際通貨基金(IMF)や世界銀行などの国際機関からの支援が減れば、ウクライナ政府は国債発行に頼らざるをえなくなる。

 

 

(左図)2023年国家予算(一般会計)で受け取られた国・機関別の資金供与額(助成金、保証など):20231229日現在

(右図)20222月以降に国家予算(一般会計)で受け取られた2022年と2023年の国・機関別資金供与額

(出所)https://mof.gov.ua/en/news/ukraines_state_budget_financing_since_the_beginning_of_the_full-scale_war-3435

 

2023年の国家予算の場合、その約半分は国防費に使われ、対国内総生産(GDP)比で30%を超えていたとみられている。ウクライナ自身の税収と関税収入は、すべての予算支出を賄うには十分ではないから、その差額は、海外からの資金援助と軍事債の発行によってまかなわれてきたわけだ。

2024年1月17日に、米シンクタンク、経済戦略センター(CES)が発表した「2023年のウクライナ経済概要」によると、2023年の国家予算の追加資金需要は、財政赤字のための479億ドルと債務返済のための119億ドルを含め、合計で599億ドルに達し、「外国からの援助がこれらのニーズの71%をカバーし、残りは主に国内国債の発行によって賄われた」と説明している。ただし、2023年の援助のうち、返済不要の助成金として供与されたのは27%だけであり、残りは融資であった。下図からわかるように、米国による助成金が突出している。EUは、金額は多いが、融資にすぎず、将来返済を迫られる。

2023年に国家予算で受け取られた外国からの資金供

 

(出所)https://ces.org.ua/en/economy-tracker-special-edition/

 

ただ、2023年までは、外国および国際金融機関からの資金供与により、ウクライナの外貨準備高は2023年末時点で、405億ドルに達した。これは、2011年4月に外貨準備高がそれまでのピークであった384億ドルに達した本格侵攻前の歴史的記録を上回るものである。つまり、当面、2024年予算で見込まれた援助が多少、減少しても、この外貨準備を取り崩すことで対応可能ということになる。

ウクライナは2023年に、国債発行により5660億フリヴニャを調達した。これは2022年の2倍以上にあたる。同年、古い国債の返済を借り換え、さらに1960億フリヴニャを調達することもできた。しかし、その年の新規国内国債発行による収入と、国内国債の債務返済費用および債務返済のための予算支出を比較すると、その差は依然としてマイナス(30億フリヴニャ)であった。

ウクライナは2024年予算において、400億ドル以上の財政不足に直面している。米国とEUからの資金は、そのうちの約300億ドルをカバーすると予想されていた。この資金は政府の運営を維持するために必要で、給与、年金、国民への補助金などにあてられる。もし海外からの援助が予算通りに入ってこなくなると、ウクライナ政府は国債発行を増加せざるをえなくなり、それが国内の消費者物価の上昇を招くリスクがある。

たとえ欧州議会での承認が多少遅れたとしても、前述した外貨準備などの余剰資金を活用し、給与やその他の重要でない支出を延期し、国内借入を増やすことで、ウクライナは80億ドルを調達し、2024年最初の3カ月の予算を均衡させることができるとの見方もある。ドイツをはじめとする一部の国々は、いまだ多くの軍事・財政援助を二国間で行っているから、二国間援助も期待できる。

 

いまこそウクライナ支援を停止してゼレンスキーに停戦を迫れ!

いずれにしても、ここでの説明からわかるように、ウクライナは海外からの援助なしには戦争を継続できない。ウォロディミル・ゼレンスキー大統領自身、2024年1月、「「アメリカの支援がなければ、我々は生き残れない」と語っている。あるいは、1月29日にゼレンスキーから解任を伝えられたとされるザルジニー総司令官は50万人近い兵士を動員することを提案していたが、ゼレンスキーは、軍服、銃、訓練施設の不足、兵士募集に関する潜在的な課題を考慮すると、この数字は非現実的だと考えた。この対立の背後には、「新兵に給与を支払う資金がない」という財政問題がある。30日に、政府はいったん提案を途中で撤回していた動員に関する法律案の新しいヴァージョンを議会に提出した。ザルジニーの処遇は2月2日現在、不透明なままだ。

一刻も早く停戦協定を結び、戦争を終結すべきであると考える私からみると、海外諸国や国際金融機関は支援を停止し、ウクライナに停戦を迫るべきであると思う(休戦が実現してはじめて復興支援が課題となる)。ゼレンスキーは戦争を継続することで、大統領としての権力を堅持しようとしているだけで、戦争を一刻も早く停止して国民の生命と財産を守ろうという意志があるようにはみえない。

そんなことをすれば、ロシアの侵攻を認めたことになるとか、中国の台湾侵攻を誘発するとか、いろいろなことを挙げて、反対する人も多いだろう。しかし、そういう人たちに尋ねたい。「いったい、いつまで戦争をつづける気か」、「戦争への明確な勝算はあるのか」、「戦争の長期化に伴う負担をなぜ他国が背負わなければならないのか」、「戦争を継続したがっているのはバイデン政権とその掌の上のゼレンスキー政権だけではないのか」、「そもそも戦争継続はウクライナ国民の総意なのか」――といった疑問に答えられるのかと。

明確に答えられないのであれば、少なくともウクライナへの援助は停止すべきだろう。戦争継続は、死傷者を増やし、インフラなどの被害を膨らませ、国土を破壊するだけであり、そんなことに援助する理由を見出すことはできない。休戦協定を結ぶチャンスなのだ。

 

好戦的なバイデン大統領

ここに書いたことは、私だけの意見ではない。ランド研究所のシニア政治学者サミュエル・チャラップは2023年7月、「ウクライナはロシアと交渉すべきか?」において、彼の「フォーリン・アフェアーズ」論文(Samuel Charap, An Unwinnable War: Washington Needs an Endgame in Ukraine, Foreign Affairs, July/August 2023)への反論に対して再反論し、つぎのように書いた。

「米国とその同盟国は、紛争を終局へと導く努力を始めるべきである。話し合いは必要だろうが、平和条約は問題外であるため、もっとも妥当な結末は休戦協定である。休戦協定とは、政治的な紛争に対処しない、基本的には永続的な停戦協定であり、紛争を終わらせることはできないが、流血を止めることはできるだろう。」

こうした真っ当な意見そのものが日本ではほとんど報道されない。バイデン政権べったりの言説がテレビや新聞を通じて垂れ流されているだけだ。そして、それは日本がアメリカの介入主義によって戦争に巻き込まれてゆくことを意味している。すでに、バイデンは大統領選モードに入っており、ウクライナ戦争の休戦など眼中にない。むしろ、弱腰批判を恐れて、2月2日には、ヨルダンでの米軍兵士殺害と中東全域での暴力の急増を理由に、米軍は長距離爆撃機を含む航空機を使用し、イランの強力なイスラム革命防衛隊(IRGC)のクッズ部隊と、同隊が支援する現地の民兵組織(司令部、諜報拠点、ドローン保管場所など)に所属する85以上の標的を攻撃した。攻撃が断続的につづく見通しだ。一方で、イスラエルを支援しながら、報復と称して武力を行使する姿勢には、軍事優先の好戦的な覇権国アメリカの本性が現れている。

 

休戦協定を求める声

「自由・民主主義体制の堅持のためには、プーチン政権を打倒するまで戦争をつづけるべきだ」という声もあるかもしれない。しかし、そういう人にはつぎの記述を熟読してほしい。

そもそも、2014年2月21日から22日のクーデターを支援したのは米国政府であり、これをきっかけにロシアによるクリミア併合を招いたのも米国政府のウクライナ介入が発端だった。ミンスク合意の実現を妨げたのもアメリカである。何よりも、2022年3~4月の停戦協議を邪魔して戦争継続を促したのも米英であった。そして、ジョー・バイデン大統領は、2022年11月のマーク・ミリー統合参謀本部議長(当時)の政治解決を求める発言を無視した。こうした一連の結果として、戦争は継続されているだけであり、戦争継続に大義名分があるとは思えない。ここでの主張は拙著『プーチン3.0』、『ウクライナ3.0』、『復讐としてのウクライナ戦争』、『ウクライナ戦争をどうみるか』のすべてにおいて一貫している。関心のある方はどうか、これらの書物を熟読してほしい。

 

報道されないゼレンスキー政権のひどさ

ウクライナ支援を停止すべき別の理由がある。ゼレンスキー政権が専制的で、まったく「自由・民主主義」とかけ離れているからである。何よりも、戒厳令をつづけることで、憲法上の規定により、大統領選を延期している。ゼレンスキーが大統領である正当性に大きな疑問符がつくのだ。

ほかにも、数々の暴挙をゼレンスキー政権は行っている。2024年1月18日、ウクライナの国家捜査局(SBI)は、投資会社コンコルド・キャピタルの創設者であるウクライナ人実業家イゴール・マゼパを、ウクライナとポーランドの国境を通過中に拘束した。SBIは、キーウ地方の土地区画の違法私有化事件で彼を拘束したとしているが、事件は2014年に起きたものであり、本当の理由は別のところにあるとみられている。

マゼパは、ウクライナ憲法第42条が「だれもが企業活動を行う権利を有し、法により禁じられることはない」としている規定を守るために創設された公共運動『マニフェスト42』の共同創設者の一人だ。この運動は2023年11月17日現在で17人の企業に圧力をかけるための権力濫用者をリストとして公表している。そのなかには、地方検事や警察の捜査官などが実名や写真入りで紹介されている。

その手口は、法執行機関が、間接的な規範や曖昧に解釈できる規範を用いて、捜査裁判官の命令なしに捜索を行うものだ。一時的に、通信手段、コンピューター機器などを差し押さえ、業務を妨害する。一時的な差し押さえは1年以上つづくこともある。この結果、刑事事件となったもののうち、最大75パーセントが起訴に至らないという統計まである。

こうしたことから、今回の拘束事件について、「キーウ・インディペンデント」は、「この事件は、ウクライナのビジネス界によれば、抜き打ち捜査、資産の差し押さえ、拘留など、国家による組織的な圧力の最新のものにすぎない。本格的な侵攻が始まって以来、その圧力は増すばかりで、企業への嫌がらせが潜在的な投資を遠ざける」と指摘している。

こうした現実に対して、ゼレンスキー大統領は大統領就任後、彼は2021年3月22日になって、ウクライナの国際的なパートナーの支援を受け、法執行機関からの圧力から経済プロセスを保護するための制度的条件を整備するために、経済犯罪対策に責任を持つ唯一の政府機関として経済安全保障局(BES)を設立する法律案(第1150-IX号)に署名した。しかし、BESは機能せず、2023年12月、ゼレンスキーは「関連法(BESの再起動)が採択されれば(企業への圧力という問題は)解決する」と説明した。だが、現実は悪化の一途をたどっている。2024年1月26日になって、ゼレンスキーは起業家とのコミュニケーションのための新たなメカニズム「ウクライナ経済プラットフォーム」の設立を発表した。しかし、これが実際に機能するかどうかはまったく未知数だ。

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。

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