【連載】知られざる地政学(塩原俊彦)

「知られざる地政学」連載(23) :再論「ウクライナ支援」:なぜ戦争をつづけるのか?(下)

塩原俊彦

 

ウクライナの根深い腐敗

欧米諸国や日本は、「ウクライナ支援」なるものを行ってきた。だが、その一部は確実にウクライナの「腐敗」という闇のなかに飲み込まれている。2024年1月27日付の「ウクライナ・プラウダ」は、「ウクライナ国防省の元部長と現部長、リヴィウ工廠の取締役2名、国際企業の代表1名が、砲弾購入に充てられた約15億フリヴニャ(約3900万米ドル)の横領事件で疑惑の告発を受けた」と報じている。拙著『ウクライナ戦争をどうみるか』でウクライナの腐敗状況については詳述したが、その状況はいまでも変わっていない。

笑止千万なのは、「ウクライナ保安局(SBU)は声明で、横領されたのは国の金であり、外国からの援助ではなかったとのべた」と、WPが報じていることだ。この記事の前半部分で考察したように、ウクライナの予算は外国政府の資金援助なしには成立しえず、横領されたカネは外国からの援助資金の一部であったと断言できるからだ。

もう一つ、読者に注意喚起したいのは、容疑者であるリヴィウ工廠のトップ、ユーリイ・ズビトネフが「2013年から2014年にかけてのマイダンに積極的に参加し、とくにキエフ市長室を襲撃した人物の一人だった」ことである。「似非専門家」が指摘しない、いまのウクライナの最大の問題点がこれでよくわかるのだ。

どういうことかというと、アメリカが支援したクーデターによって2014年2月に当時のヴィクトル・ヤヌコヴィッチ大統領を追い出すことに成功したが、新しく誕生したペトロ・ポロシェンコ大統領は、武力でロシア系住民を死傷させたり、市長室を襲撃したりした者の大多数の罪を問わなかった。彼らの多くは、ウクライナ西部で就職することもできずにくすぶっていた若者で、そんな連中をアメリカ政府がクーデターに駆り立てたのである。辛辣な言い方をすれば、「ハングレ集団に属する暴力団員のような人物がポロシェンコ以降、ゼレンスキー政権になっても政府の要職や国営企業の幹部におさまり、ハングレ構成員ネットワークを使ってやりたい放題やっている」という疑惑が濃厚なのである。

 

ゼレンスキー政権の「ロシア侵略構想」

欧米諸国や日本のマスメディアが報道しない、ゼレンスキーの「ロシア侵略構想」についても紹介しておこう。ゼレンスキーは、2024年1月22日の「民族統一の日」(1919年にウクライナの土地が単一の独立国家に統一されたことを初めて宣言したことを記念する日)に際して、「歴史的にウクライナ人が居住していたロシアの領土について」という大統領令に署名したのである。「ウクライナ閣僚内閣は、国際的な専門家、世界ウクライナ人会議の代表者、学者、一般市民の参加を得て、ロシア連邦におけるウクライナ人の民族的アイデンティティを維持するための行動計画を策定し、ウクライナの国家安全保障・国防評議会に提出する」として、「歴史的にウクライナ民族が居住していたロシアの領土(下図参照)に住んでいたウクライナ人に対して行われた犯罪、強制ロシア化政策、ウクライナ人の政治的抑圧と国外追放、歴史的記憶の回復と保存に関する事実と証拠の収集と研究(これらの問題のためのセンターの設立を含む)を行う」ことを決めたというのだ。

1914年、サンクトペテルブルク科学アカデミーの資料に基づく、20世紀初頭のウクライナ民族の土地地図。赤線は1991年の国境を示す

(出所)https://www.kyivpost.com/analysis/27284

 

この地図からわかるように、ゼレンスキー政権は現在の領土を無視して、ロシア領内におけるウクライナ人への犯罪を調査するというのだ。これは、ロシアによって領土を侵略されたウクライナが今度は、自らロシアへの侵略を宣言するような内容といえなくもない。これでは、ウクライナ自身が「侵略国家」に成り下がると宣言しているようなものではないか。少なくとも、「領土不可侵」という精神にゼレンスキー政権は欠けている。

 

ウクライナ支援は必要か

ここで説明したようなウクライナになぜアメリカやヨーロッパ諸国、そして日本は支援する必要があるのだろうか。他方で、「国内投資」としてウクライナを支援しているバイデン政権は、2024年11月の大統領選を前にして、国内雇用増のために「ウクライナ支援」をしているだけであり、自分の選挙のために「ウクライナ支援=戦争継続」を主張しているにすぎない。

バイデン政権は、ウクライナへの「追加支援」として、1060億ドルの補正予算を要求しており、そのうちの610億ドル(正確には614億ドルか)はウクライナ向けで、残りはイスラエルやその他の国家安全保障優先事項向けだ。ウクライナ向けの約610億ドルのうち、約110億ドルは金融支援、残りは武器や人道支援として計画されている。

共和党はウクライナへの援助を、メキシコとの国境を越える移民を抑制するための厳しい措置と結びつけている。関係者によれば、両者の溝はまだ深い。ゆえに、「ウクライナ支援」=「国内への投資」とあると喧伝しているのである。実際、610億ドルのうち、現在の戦場を対象としているのは約半分だけで、残りは欧米の大規模な援助なしにウクライナが安全な未来を築くための支援に向けられることを政権当局者は、議員との対話のなかで強調している。

2024年1月26日、バイデンは突然、不法入国者が圧倒的なレベルにまで急増した場合、南部国境を「閉鎖」すると宣言した。これが意味しているのは、ウクライナやイスラエルへの支援を実現するためであれば、厳しい移民抑制策もやむをえないということだ。もちろん、大統領選を控えたバイデンは、支援か移民抑制かを天秤にかけて、支持者をより減らさない方法として前者を選び、移民抑制に傾いたことになる。だが、それは、ユダヤ系富豪からの寄付金ほしさではないのか。

 

ウクライナ戦争長期化計画

現在、バイデン政権はウクライナ戦争の長期化をにらんだ新しい戦略を練っている。「戦闘」「構築」「回復」「改革」という四つの段階を念頭に書かれているという(WPを参照)。バイデン政権は、ウクライナにおける昨年の反攻作戦の失敗の反省を生かし、領土の奪還に重点を置かず、その代わりにウクライナがロシアの新たな侵攻を食い止めるのを支援することに重点を置きつつ、長期的な目標である戦闘力と経済の強化に向かう新戦略をまとめようとしているのだ。

この新戦略計画は、ウクライナを支援する約30カ国が長期的な安全保障と経済支援を約束する多国間活動の一環である。この約束とは、2023年7月、リトアニアの首都ヴィリニュスで開催された、NATOサミットで合意したコミュニケおよび、同サミットに合わせて開かれた主要7カ国(G7)の「ウクライナ支援共同宣言」を指している。すでに、2024年1月12日、イギリスのリシ・スナク首相はキーウを訪問し、ゼレンスキー大統領との間で、「イギリス・北アイルランド連合王国とウクライナの安全保障協力に関する協定」に署名した。昨年7月の約束をもとに、イギリスはウクライナのNATO加盟実現までの間、同国のウクライナの安全保障を約束する内容が合意された。有効期間は10年だが、延長可能とされている。

バイデン政権もまた、同じような協定の締結に迫られており、それが新戦略計画の策定を促しているわけである。フランスやドイツも同じであり、日本もまたいま、「ウクライナ支援」の練り直しを迫られている。その課題の一つがロシアの公的資産を没収できないかという問題だ。

 

ロシアの公的資産没収問題

米政府は約610億ドルの追加支援要請について議会承認を阻まれ、「ウクライナ支援」に暗雲が立ち込めたままの状態にある。このため、バイデン政権は、昨年12月、西側諸国に保管されている3000億ドル以上のロシア中銀資産について、先進7カ国(G7)加盟国と協調して対処する目的で、既存の権限を使えるのか、それとも資金を使うために議会の措置を求めるべきなのか、同加盟国に検討するよう求めた。具体的には、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、カナダ、そして日本に対し、侵攻2周年にあたる2月24日までに戦略を打ち出すよう迫っている。米国としては、没収して「ウクライナ支援」に回すことで、戦争継続につなげようとしている。

これに対して、EUは2024年1月29日になって、ロシア中銀の資産凍結から生じる数十億ユーロの利益を、ウクライナの復興に使用する可能性に向けた第一歩として確保する計画を支持した。具体的には、証券取引の決済や証券資産の保管サービスを専門とするベルギーの金融会社ユーロクリアに預けられていた、ロシア中銀保有の資産から生み出される利息などの利益は別に計上される。これについては、冒頭の合意にあるように、「ウクライナ・ファシリティ」向け収入として使用される可能性が生まれている。

なお、EU首脳会議の最終決定の前夜、ユーロクリア金融グループ(同名の預託機関とユーロクリア銀行を含む)の純利息収入が55億ユーロに達したことが明らかになった。このうち44億ユーロは、2022年2月に凍結されたロシアの資産からの利息である。ユーロクリア銀行のバランスシートに現金が蓄積されたことで、2023年末の残高は前年比380億ユーロ増の1620億ユーロとなるという。

他方で、2024年1月21日、ロシアのRIAノーヴォスチは、「中銀準備没収で西側は2880億ドル失う可能性」という記事を公表した。ただし、この数値は、2022年末時点のEU、G7、オーストラリア、スイスのロシア経済への直接投資の合計であり、これらの国々の中央銀行の外貨準備といった公的資産の合計ではない。同記事の説明では、計算に使用した直接投資とは、「株式または資本金の少なくとも10%を支配する企業への投資」であるという。つまり、民間投資が含まれている。

いずれにしても、米国政府はウクライナ戦争の継続のために、ロシア側の公的資産を「窃盗」することさえ厭わない状況にある、とロシア側はみなしている。

 

プーチンの動き

2024年1月25日、ブルームバーグは、プーチンが間接的なチャンネルを通じてアメリカに対し、ウクライナの将来の安全保障に関する取り決めも含め、話し合いに応じる用意があることを示唆していると報じた。プーチンはウクライナの中立的地位へのこだわりを捨て、最終的にはNATO加盟への反対を放棄することも考えているらしい。問題は、プーチンが2年前の侵攻開始後に占領した土地を含め、ウクライナの約18%にあたる、近年占領するようになった領土に対するクレムリンの支配を受け入れるよう要求している点にある。

ゼレンスキー大統領はこの条件を受け入れないだろう。もちろん、戦争継続を大統領選の切り札としようとしているバイデン大統領もまた、この条件を無視するに違いない。この条件を受け入れてしまっては、トランプにバイデンの無能を非難されるだけだろう。戦争にアメリカ人の税金を1000億ドル以上も「ウクライナ支援」に使いながら、そのウクライナが戦争前よりも領土を奪われてしまっては、バイデン政権を「能無し」呼ばわりするに違いない。

 

能天気な岸田首相

他方で、岸田文雄首相は2023年12月6日、G7首脳テレビ会議において、日本として新たに人道および復旧・復興支援を含む10億ドル規模の追加支援を決定した旨のべ、今後この追加支援と世銀融資への信用補完を合わせて総額45億ドル規模の支援を行っていく用意がある旨表明した。バイデン大統領の再選のために日本国民の税金を使ってウクライナを「支援」し、結果的にウクライナ戦争を継続させて、さらに多くの死傷者を出す側に味方するというのである。

ここで紹介した「長期的な安全保障と経済支援を約束する多国間活動」は日本にも大いにかかわっている。ところが、日本のマスメディアは、いま日本政府が置かれている状況について報道しない。おそらく、日本の読者のなかで、ここで私が紹介した「ウクライナ支援」の現状を知る者はだれもいないだろう。とくに、日本の国会議員のなかには、だれもいないと断言できる。なぜなら私に教えを乞う議員が皆無であるからだ。

「ウクライナ支援」という美名のもとに、だまされてはならない。「ゴキブリ政治家」ばかりの国会議員だが、なかには一人や二人、まともな人物がいてほしい。私は、亡くなった仙谷由人と30年以上の付き合いがあった。しかし、残念ながら、彼の死によって、親しい政治家はもはやだれもいない。仙谷と菅直人に、極秘文書を渡し、国会で質問させたこともあったが、もうそんなつき合いのある議員はいない。どうか、「ゴキブリ政治家」ではない、気概をもった政治家がいるのであれば、国会でここに記したような内容の質問を行い、米国べったりの日本の追随外交を糾弾してほしい。

 

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。

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