選民意識とガザの大量虐殺
国際●暴走が続くイスラエル軍
虐殺である。国際法を無視したイスラエル軍の暴走が続く。パレスチナ自治区ガザ地区への攻撃は、彼我の力を見せつけて今日に至る。今回の紛争の発端は10月7日、イスラム組織ハマスによる奇襲。イスラエルにとって1000人を超える死者と200人以上の人質という、これまでにない被害だったこともあり、その報復もすさまじい。ガザ市民の死者はイスラエルの10倍を優に超えている。
ガザとは、どんな所か。福岡市と比べてみよう。面積は少し広い程度の365平方キロメートル。人口は1.5倍近い約220万人である。とはいえ、具体的なイメージが湧かない。そこで、第七藝術劇場(七藝)=大阪市=で臨時上映されていたドキュメンタリー『ガザ 素顔の日常』(2019年、アイルランド・カナダ・ドイツ)を見ることにした。地中海に面し温暖な気候に恵まれ、サーフィンに興じる若者たちや明るいカフェの店主と陽気に語らうタクシー運転手など、表情豊かな人たちが登場する
しかし、イスラエルから予告なく飛んでくるミサイルや絶え間ない圧政はガザに暮らす人びとの心身を痛めつける。ガリー・キーン、アンドリュー・マコーネル両監督のカメラは、人々の生活と同居する崩れたビルを映し出す。「信念と言葉は銃弾より強い」と力を込める若いラッパーは車椅子姿だ。撃たれた時は16歳。4時間、地面に動けないままでいるとイスラエル兵から「立てるか」と問われ否定すると今度は胸を撃たれたと話す。心臓をわずかに外れていたため、命だけは助かった。年配の男性は「ここでは5分後に何が起こるか分からない」と遠くを見つめる。ここは戦場なのだ。
ガザにないのは「希望」といわれる。イスラエル軍の方針は、ガザに住む人々の反抗心を抑え込むことなのだろうか。だとしたら、逆効果でしかない。だが、「周囲は敵に囲まれている」という被害者意識が抜けない限り、安心できる時はイスラエルにも訪れない。確かに、ユダヤ人の歴史的悲劇はナチス・ドイツの迫害で600万人が犠牲になるなど教訓として語り継がれる。そこから少しさかのぼっても、第一次世界大戦中にパレスチナのユダヤ人国家の建設を認めたバルフォア宣言と、アラブ人のパレスチナでの居住を同様に認めたフサイン・マクマホン協定など、イギリスの二枚舌を高校の教科書で学んだ気がする。
●「民主主義」の美名で圧殺
2007年からガザを実効支配するハマスをどう捉えたらいいのか。『ガザ 素顔の日常』ではハマスに対する市民の不満の声も聞かれたが、それは同年からイスラエルによって完全封鎖され、生活が困窮することへの恨みの反映だろう。さりとてハマスがいなければイスラエルの封鎖が解かれ暮らしも上向くのか。そう信じる人は極めて少ないだろう。ゆっくり殺されるか、一気に殺されるかのような現実に、やるせない絶望の感情が高まっているように思える。
欧州連合(EU)のフォンデアライエン欧州委員長は、ハマス奇襲の報復としてガザへの水、電気、食料の供給停止に踏み切ったイスラエルに対し抗議をしなかった。ちょうど1年前にロシアがウクライナへインフラ攻撃をした際は「戦争犯罪だ」と非難したにもかかわらず。そこには明らかなダブルスタンダードがある。主要7カ国(G7)のうち日本を除く6カ国はイスラエルの自衛権を支持する共同声明を発表し、ハマスの攻撃を「テロ」と非難している。国連のグテレス事務総長が安全保障理事会で「ハマスによる攻撃は何もないところから突然起こったわけではない。パレスチナの人々は56年間、息苦しい占領下に置かれてきた」と控えめな批判をしたのが目を引いたニュースだった。しかしイスラエルが猛反発し、後に「ハマスによるテロ行為を全面的に非難する」と軌道修正している
イスラエルに連帯する西側諸国は、「民主主義」という美名の下、反対勢力を圧殺していく。
●国民感情の高ぶる復讐心
では、イスラエル兵の心情はどうなのだろう。七藝での『愛国の告白―沈黙を破る・Part2―』(2022年、土井敏邦監督)の緊急上映に駆けつけた。第1部100分、第2部70分のドキュメンタリー。2009年の『沈黙を破る』の続編は、パレスチナ取材34年の土井監督の集大成とされる。
映画は、元イスラエル兵が占領軍となってパレスチナ人を蹂躙した自己を省みて、倫理的に告発するNGO「沈黙を破る」のメンバーのインタビューを中心に進む。理性的に語る彼らは、しかし国家の裏切り者として家族をはじめイスラエル社会から強く指弾され、さまざまな攻撃を受ける。良心が歪んだ「優秀な兵士」だった彼らが人間性を取り戻した証言と、映画に挟み込まれるガザなどの悲惨な映像は、正視できない箇所もあり、緊張感あふれる事実を見る者に突きつける。こうした「国家的プロジェクト」を推進する極右化したイスラエル社会こそモラル崩壊の危機と感じる彼らは、今回のハマス急襲を受け、どう発言していくのだろう。土井監督は、さらに続きを撮らねばなるまい。
元イスラエル兵で現在、日本女性と結婚し埼玉・秩父に暮らすダニー・ネフセタイさんは武力による「平和」の幻想を説く。それは近著『イスラエル軍元兵士が語る非戦論』(集英社新書)に譲り、『週刊金曜日』(2023年12月1日号)のインタビューでの次の箇所を紹介したい。ここまで選民意識に毒されたユダヤ人もいるのだ。
「神様が一番上。次がユダヤ人。ほかは皆動物で、パレスチナ人も動物」
だから、ガザでの惨劇で死んでいるのは人間ではなく、痛みは感じない。ハマスの攻撃で殺された同胞の死だけを悼み、復讐心をたぎらせている。ネフセタイさんのおいもハマス戦闘員の銃撃を受けながらも何とか逃れ、ミカン畑に半日隠れて生き延びたという。しかし、殺されたり拉致されたりした親友や知人は数十人に上る。ネフセタイさんの心情も穏やかではないはずだ。周囲でも、これまで理解があると思われた人たちまで「ハマスとの対話はありえない」と言われ、異論は「非国民」扱いされるほど、イスラエルの国民感情は高ぶっている。
●シオニズムの完結の先は
イスラエルの無差別の暴力が続けられるのは、武器と爆弾が西側諸国から供給されるからである。米国の世界戦略上、イスラエルが必要不可欠の存在であるため、バイデン大統領はイスラエル支持を変えない。
1967年の第3次中東戦争でヨルダン川西岸とともにガザはイスラエルの軍事占領下となり、陸海空の境界が決められている。グテレス氏が「56年間」と言った意味はここにある。だから、民衆蜂起のインティファーダが1987年から繰り返し起こるのは必然なのだ。1993年のオスロ合意もパレスチナに与えられた自治権は名目に過ぎなかった。PLO(パレスチナ解放機構)を自治政府としてイスラエル国家を承認するオスロ合意とは、欧米とイスラエルにとって好都合の枠組みで、ユダヤ人の入植地の問題をはじめ難民の帰還権や国境管理、水利権など一切を棚上げした和解案である。ハマスは、その欺瞞に満ちたオスロ合意に反旗を翻して台頭した組織だ。アラビア語で「イスラム抵抗運動」の略称がハマスなのである。2006年、パレスチナの議会選挙でハマスは勝利した。しかし、イスラエルと対話による和平を目指すPLO主流派のファタハがヨルダン川西岸の自治を維持するクーデターを起こしたため、ガザを支配するハマスにイスラエルの弾圧は集中する。失業も貧困も日常化し、難民が8割を占めるガザの危機には、こうした歴史があり、それらを一切捨象して「ハマスのテロ」と非難する勇気を私は持たない。イスラム思想研究者の飯山陽(あかり)氏は『WiLL』1月号の論考「なぜハマス善でイスラエル悪なのか」でハマスについて「パレスチナ人を武力で押さえつけ、パレスチナ人を人間の盾として利用し、パレスチナ人から搾取し、自分たちの私腹をこやす……そういう存在です」と、やや扇情的に断じているが、「沈黙を破る」についての言及はなかった。土井監督の映画は見ていないのかもしれない。
イスラエルの短期的目標はネタニヤフ首相が言うように「ハマスを殲滅し、すべての人質を取り戻す」ことにあろう。しかし、殲滅は不可能である。圧政に対抗して生まれた組織なのだから、それを続ける限り形を変えて姿を現す。それでも「安全・安定」のために目の前の敵をたたき、国民感情を慰撫しようとする。むしろ今回のハマスの奇襲はイスラエルにとって自己を正当化できる〝好機〟となったのではないか。もし予期せぬ不意打ちだったとすればその諜報活動に問題があり、攻撃させておいての報復が狙いだったとすれば2001年の「米同時テロ」を思い出す。そして中長期的目標は、ガザ同様にヨルダン川西岸を占領してユダヤ人国家建設運動のシオニズムを完結することにあるだろう。迫害されてきたユダヤ人が、迫害する側に回り、世界の異端児となる。それで保たれる「平和」は一時的なものに過ぎない。「沈黙を破る」の創設者、ユダ・シャワールが言うように、何百万人ものパレスチナ人の人権を奪って「平和を得られると考えるなら、正気ではない」。
『ガザ 素顔の日常』に登場した彼らは無事だろうか。ガザで起こされている大量虐殺を止める方法を見つけたい。
(2024年1月15日『九州から9条を活かす』第37号=原発もミサイルもいらない 9条を活かすネットワーク編より転載)
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1959年、北九州市生まれ。明治大学文学部卒業。毎日新聞校閲センター大阪グループ在勤。単著に『戦争への抵抗力を培うために』(2008年、青雲印刷)、『それでもあなたは原発なのか』(2014年、南方新社)。共著に『不良老人伝』(2008年、東海大学出版会)ほか。