【連載】知られざる地政学(塩原俊彦)

「知られざる地政学」連載(24) :ロシア崩壊というシナリオをめぐって(上)

塩原俊彦

急遽、論考の内容を変更して、ロシア崩壊の可能性について論じる前に、アメリカ合衆国の崩壊の可能性について簡単に紹介することにした。ここ数カ月、メキシコとの国境に位置する南部テキサス州当局と連邦政府との間で大規模な対立が勃発しているからだ。

グレッグ・アボットテキサス州知事と連邦政府との対立は2021年3月に始まった。州境1930キロを共有する隣国メキシコからの移民や麻薬の不法侵入を防ぐため、アボットが中央当局と連携しない作戦(コードネームは「ローン・スター」[テキサス州は州旗の星からローン・スター・ステートとも呼ばれる])を開始したのだ。

2023年の夏、テキサス州当局は、リオ・グランデ川の305メートルの区間に浮体式バリア(ブイの鎖)を設置した。この地域の不法越境者数が2021年から2022年にかけて3倍に増え、2022年から2023年にかけては56%も増加したためだ。米司法省は州に対し、バリアの設置は河川・湾岸法違反であるとして提訴する。

2023年12月1日、連邦裁判所はブイの撤去を命じたが、アボットは有刺鉄線設置を擁護しつづけた。2024年1月になると、テキサス州兵と警察が問題地域近くの公園一帯を制圧し、連邦国境警備隊の車両の横断を阻止する。同月14日、米国土安全保障省はテキサス州政府に書簡を送り、国境のその区間への連邦政府のアクセスを直ちに回復するよう要求する。しかしテキサスはこれに従わなかった。1月22日、連邦最高裁判所は連邦政府に味方し、有刺鉄線の撤去を命じ、連邦捜査官がメキシコとの国境に以前から設置されていた有刺鉄線を切断することを許可する。それでも、アボットは24日、国境を越えて流入する移民を「侵略」であると宣言し、その地位は連邦政府の義務に優先すると主張した。

1月25日、ドナルド・トランプは深夜に声明を発表し、国境の状況を国家安全保障、公共安全、公衆衛生の大惨事であるとするアボットの見解を支持し、テキサス州の国境警備のために州兵を動員・配備するよう各州に呼びかけた。フロリダ州のロン・デサンティス州知事は2023年にすでに、州兵1100人以上と法執行官をテキサスに派遣したし、サウスダコタ州のクリスティ・ノーム知事とオクラホマ州のケヴィン・スティット知事も昨年、州兵をそれぞれ約50人ずつ国境に派遣した。ほかにも、アラバマ州、アーカンソー州、ジョージア州、アイダホ州、アイオワ州、ルイジアナ州、モンタナ州、ネブラスカ州、ノースダコタ州、オクラホマ州、サウスカロライナ州、テネシー州、ユタ州、ウェストバージニア州、ワイオミング州など、共和党が主導する全米の州から連帯のメッセージが寄せられたという(「USニュース」を参照)。

もちろん、アメリカ合衆国がすぐに分裂し、テキサス州が独立する可能性はゼロに近い。だが、南北戦争中、テキサスは合衆国から脱退し、南部連合に加盟した経験をもつ。1月26日には、退役した米陸軍中佐が、メキシコから米国に渡る移民を追い詰めるため、テキサス州との国境に武装した車列を組織するというニュースが報じられた。テレグラムの「Take Back Our Border」チャンネルには現在1000人以上のメンバーがおり、そのうちの何人かは新たな内戦を呼びかけているというのだから、相当に「やばい」状況にある。

ついでに、テキサス州は水不足で、リオ・グランデ川の水資源をめぐってメキシコと問題をかかえていることも指摘しておきたい。

 

アメリカの外交戦略

ここから、ロシア崩壊の可能性について論じてみたい。

いまでも覇権国アメリカの外交戦略の根幹をなしている、ジミー・カーター大統領時代のズビグニュー・ブレジンスキー元国家安全保障担当補佐官は、その著書(The Grand Chessboard: American Primacy and Its Geostrategic Imperatives, 1997)のなかで、つぎのような記述をしている(この話は拙著『ウクライナ2.0』[164頁]に詳しい)。

「緩い連合のロシア─ヨーロッパ・ロシア、シベリア共和国、極東共和国からなる─は、ヨーロッパ、中央アジアの新しい国々、そしてオリエントとより近い経済関係を培うのがより容易になると気づくだろし、それによってロシア自身の発展が加速されるだろう」というのがそれである。同じ年に刊行された上記の論文でもほぼ同じ表現がある(Brzezinski, “A Geostrategy for Eurasia,” Foreign Affairs, September/October, 1997)。つまり、彼自身、中央集権的なソヴィエト連邦(ロシア連邦)が解体されロシア連邦が解体され、三つほどの緩やかな共和国を統合した緩やかな連邦国家になると予想していたのだ。

 

必読の本『シベリアの呪い』

彼の主張は、私が地政学をまじめに勉強したい人の必読書であると考えている『シベリアの呪い』の結論とよく似ている。先に紹介した拙著『ウクライナ2.0』の「第3章 世界秩序の混迷:「剥き出しのカネ」と「剥き出しのヒト」」、第1節「米国の地政学的アプローチ」において、つぎのように記しておいた(161~162頁)。

 

「ロシア研究者であれば、だれもが読まなければならないほど興味深い本が2003年に刊行された。タイトルは、『シベリアの呪い』(The Siberian Curse)という(Hill & Gaddy, 2003)。著者は、フィオナ・ヒルとクリフォード・ガディである。後者はヴァリー・イクスとの共著、Russia’s Virtual Economy(2002)で有名な超一流のロシア経済学者である。前者はガディの務めるブルッキングス研究所の同僚だ。

そこに書かれているのは、極寒のシベリア・極東の開発は、経済的にみて、ロシアの大きな負担であり、人口のヨーロッパ地域への移動を促す政策をとらなければ、ロシアの経済発展は難しいというものだ。ロシアにとって、シベリア・極東地域の存在は、「ユーラシア主義」という主張に結びつきやすく、その豊富な資源を根拠に、長年、シベリア開発への巨額の投資が当然視されてきた。その結果、経済性をまったく無視した人工的な地方都市が数多く建設された。しかし、経済性を無視できたソ連が崩壊して以降、シベリア・極東のこうした都市を維持するには、巨額の財政資金が必要で大きな負担となっている。このため、シベリア・極東開発を継続することが難しい状況に陥っている。シベリア・極東をこのまま維持するにはコストがかかりすぎる。したがって、長期的には、シベリア・極東の都市の縮減を促す必要があると主張している。

…… 〈中略〉 ……

この本を紹介したのは、長期的にみて、ロシアという国がかかえている巨大な国土が必ず問題化するという視点を米国の一部の人々がもっていることをわかってほしいからだ。ヒルとガディが示したのは、経済的にみて、この広大な土地がいわば「呪い」をかけられたようにロシア全体の負担となっており、ロシアという国家の疲弊につながってきたし、今後もこのままではそれは変わらないということである。率直に言えば、ロシアという国土は広大すぎるから、その分割を含めた新しい統治が必要であるということだ。」

 

このように、広大な領土をもつロシアは、覇権国アメリカからみると、「分割して統治せよ」というターゲットになりつづけている。ソ連を構成した15共和国はすでにバラバラになった。つぎのターゲットは、ロシア連邦を構成する自治共和国などである。

 

中国の華夷思想

ついでに、中国について書いておくと、中国はいまでも華夷思想に縛られているとみなせるだろう。拙著『官僚の世界史』において、つぎのように書いておいた(107頁)。

 

「宋は五代のあとの再統一に成功したとはいえず、それが屈折した感情となって華夷思想となって結実した。広大な領土を支配下に置いた唐は華夷の区別に厳格ではなかったが、西方や北方に領土をもたなかった宋は遼を夷とレッテルづけることで、自らの優越感を醸成しようとしたのだ。あくまで、自らを世界の中心(中華)であるとするためである。この華夷思想は天の思想に立脚して生まれた。天は全世界を覆っており、中華は地(=天下)の中心であって、四方の夷狄に優越する地位を占めるとみなす(小島, 2007, p. 119[これは、『中国思想史』東京大学出版会、引用者注])。」

 

華夷思想については、つぎのように説明しておいた(100頁)。

 

「華夷思想は中心から周縁へと序列を形成した。それはつぎのようになっている(大澤, 2014, p. 541[これは、『〈世界史〉の哲学 東洋篇』講談社、引用者注])。

皇帝(中心)-中華-朝貢-互(ご)市(し)-夷狄(いてき)(化外(けがい))

皇帝への朝貢に対してはお返しの品(回賜)が与えられると同時に、正朔(せいさく)(皇帝の定めた正統な暦)の使用が義務づけられた。朝貢は皇帝を中心とする空間に位置づけられるだけでなく、皇帝と同期する時間のなかにも入ることを意味する。互市は限定的な交易だけが許可される関係で明の時代、日本はここに位置づけられた。夷狄は互市の外部にあって皇帝による感化がおよばない領域(化外)にあり文明の外部にある。」

 

これからわかるように、この華夷思想に基づく、中華人民共和国が存在するかぎり、中国の分裂を楽観的に見通すのは難しいことになる。自らを世界の中心(中華)に位置づける以上、それは確固たる存在でありつづけようとするからだ。ゆえに、中国の分裂をねらって、ブレジンスキーらが数十年にわたってソ連・ロシア連邦を構成する「諸民族」のナショナリズムを駆り立ててきた戦略を中国に適用しようとしても、それは簡単には通用しないだろうと考えることができる。中国を弱体化させるには、内部からの「革新」によるしかないように思えてくる。

 

米国の外交戦略:ナショナリズムを煽動する

米国の外交戦略と柱として、旧ソ連圏に適用されたのは、各地域のナショナリズムを煽ることであった。その際、大義名分として「民主主義」の輸出が掲げられた(下表を参照)。米国政府は、世界に民主主義国が増えれば、覇権国アメリカと利害が一致するようになり、自らの覇権維持に役立つと本気で考えてきた。

だが、その民主主義の輸出の裏で、多くの場合、ナショナリズムを煽動し、各国内部にくすぶる「民族対立」や「宗派対立」に火をつけたのである。

 

表 米国による民主主義の輸出
時期 概要
1999年 セルビア セルビア(当時、新ユーゴスラヴィア連邦)のミロシェヴィッチ大統領は、1998年セルビア治安部隊を派遣して、コソヴォ解放軍の掃討作戦を実施。国連が仲介する事態となり、その過程でミロシェヴィッチ政権がアルバニア系住民に対する虐殺行為を容認したとして、国際社会から厳しく非難される。セルビアがNATOによる治安維持という調停案を拒否し、アルバニア系住民に対する虐殺行為を続けると、1999年3月、クリントン大統領は米軍を含むNATOによるコソヴォ空爆に踏み切った。NATO軍の空爆は国際連合の承認なく行われ、しかも創設以来初めての、加盟国域外への攻撃であった
2001年 アフガニスタン 10月7日、米英など有志連合による軍事活動開始。タリバン政権が国際テロ組織アルカイダを匿っているとしてその壊滅にあたる。2021年8月15日、タリバンが国土の大半を制圧し、ガニ大統領はカブールを脱出、事実上政権は崩壊した
2003年3月 イラク 3月20日、ジョージ・W・ブッシュは、イラクが大量破壊兵器を保持しているとして空爆および地上軍によって侵攻し、そのサダム=フセイン政権を倒壊させた
2003年11月 グルジア(ジョージア) 11月 2 日の総選挙は、開票作業が難航し、選挙結果改竄に対する大衆の抗議行動は次第に大きなうねりとなり、1992 年以来グルジアを率いていたシェヴァルドナゼを同月23日、政権の座から追いやった。2004年1月24日、サアカシュヴィリが大統領に就任した。この政権交代劇は「バラ革命」と呼ばれている
2004年11月 ウクライナ 11月21日の選挙の結果、ヤヌコーヴィチが勝利したが、野党は大規模な選挙違反があったとして選挙のやり直しを訴え、広範囲なデモや集会を繰り返す。ヤヌコーヴィチとロシアは反発したが、結局抗議行動に押され再選挙が行われた結果、12月26日の開票でユシチェンコが勝ち、大統領に就任。「オレンジ革命」と呼ばれている
2005年2月 キルギス 2月の選挙でアカエフ大統領の与党による不正行為が発覚、国民の不満が一挙に爆発する。野党に率いられた市民が首都ビシュケクの政府機関を占拠、アカエフ大統領は国外に逃亡して権力が崩壊。「チューリップ革命」と呼ばれている。新大統領には野党指導者だったバキエフが就任
2011年 チュニジア 1月3日、首都チュニスで民衆暴動、同月14日まで独裁的な権力をふるっていたベン=アリ大統領を辞任に追い込む。「ジャスミン革命」と呼ばれる
エジプト 2月11日、ムバラク大統領は辞任に追い込まれた
シリア 3月18日、南部ダラアで市内の壁に「アサド体制打破」と落書きした学童15人が逮捕され、それに抗議する市民集会に治安警察が発砲して3人が死亡し、翌日の葬儀に市民2万人が参加、「自由と民主主義」を叫んで決起し、政府機関や与党本部、アサド大統領の従兄弟が経営する携帯電話会社などを襲撃し、運動は全国に広まった
リビア カダフィ大佐は、10月20日に出身地のシルト郊外で拘束された後、殺害された
イエメン 1月18日、首都サヌアの大学生たちが反政府集会を開き、市民も同調、南イエメンのアデンにも反政府デモが広がる。サレハ大統領は、12月に退陣を表明、副大統領ハディが暫定的にその地位につき、翌年、正式な大統領選挙で選出された

 

こんな米国の外交戦略がもたらしたのは、各国の混乱であり、内戦であり、戦争であった。つまり、この外交戦略は大失敗の連続であったと総括できる。ただし、各国の国力を徹底的に弱体化させるという意味では、大いに成果をあげた。各国の国民が死亡することで、各国の国力は衰退したのである。

ウクライナ戦争も2004~2005年、2013~2014年の米国による支援やクーデター煽動の延長線上でなければ決して理解できない。2000年代の相次ぐ大失敗にもかかわらず、米国政府はまったく無反省のまま2014年のウクライナ危機や2022年のウクライナ戦争をもたらしたとみなすこともできる。今度は、ロシアの弱体化をねらっており、ウクライナのことなど眼中にないと考えるべきだろう。

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。 著書:(2023年9~10月に社会評論社から『知られざる地政学』(上下巻)を刊行する) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。

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