「特別寄稿」プーチンへのカールソンインタビューを解説する:和平を拒否させた米英、事実を報じない西側メディア
国際2024年2月6日に収録され、2月8日に公開されたウラジーミル・プーチン大統領へのインタビューは、公開から17時間後のモスクワ時間9日19時25分現在、ソーシャルネットワークX(旧ツイッター)で約1億2200万回、YouTubeで620万回以上視聴された(「ヴェードモスチ」を参照)。インタビューしたのは、元Foxニュースの司会者タッカー・カールソンである。プーチン大統領が西側メディアと行った最後のインタビューは2021年10月、CNBCの司会者ハドリー・ギャンブルのインタビューに答えた時だった。2年以上が経過したなかで、いわゆる「特別軍事作戦」がはじまって以来、はじめてのアメリカ人とのインタビューとなる。
興味深いのは、世界中のマスメディアの報じ方だ。アメリカのジョー・バイデン大統領寄りの報道しかしない西側の主要マスメディアは、相変わらず、偏向報道を展開している。加えて、一知半解で皮相な「似非専門家」がバイデン政権やウォロディミル・ゼレンスキー大統領寄りの見解を垂れ流している。
「ロシア・ウクライナ問題の第一人者」として読み解く
日本の場合、小泉悠、佐藤優、廣瀬陽子、東野篤子といったディレッタントがテレビや新聞に登場し、偏向報道を支えている。そこで、ジャーナリストの岩上安身が「ロシア・ウクライナ研究の第一人者」と評してくれた私自身がこのインタビューを直接解説することにした。
なお、ここで私が参照したのは、インタビューを英語に翻訳しているYouTube版と、ロシア語に翻訳しているクレムリン版である。後者はロシア語ですべて読めるので、こちらをより多く活用している。
イスタンブールでの和平協議をめぐって
おそらく、私が読んだマスメディア論評のなかで、もっともまともだと感じたのは、トルコの「ヒュッリイェト」の報道だ。プーチンの語った内容として、2022年3月、イスタンブールで交渉が行われている間にウクライナが協定に署名したが、「ロシアと戦う方がよい」としたボリス・ジョンソン英首相(当時)の圧力で引き下がったという内容が紹介されている。このイスタンブールでの協議については、プーチンはインタビューの4カ所でふれており、イスタンブールという単語は5カ所に登場する。
たとえば、「特別軍事作戦」の目的の一つ、「非ナチ化」(もう一つは「非軍事化」)が「昨年初めにイスタンブールで終了した交渉プロセスでも議論された問題のひとつだ」と、プーチンはのべた。この「昨年はじめ」というのは、間違いで、本当は2022年3月の協議を指している(バイデンが耄碌していることは、公表されたばかりの特別報告書に書かれているが、プーチンもまた確実に老いている)。
私は、拙稿「「知られざる地政学」連載(16) 「米国内への投資」を「ウクライナ支援」と呼ぶバイデン政権」(上、下)においてすでに関連情報をつぎのように紹介しておいた。
「第一の和平の契機は、2022年3月から4月であった。ウクライナとロシアとの第1回協議は2022年2月28日にベラルーシで行われ、第2回協議は3月29日にイスタンブールで行われた。ここで課題となったのは、①ウクライナの非同盟化、将来的に中立をどう保つのか、②ウクライナの非軍事化、軍隊の縮小化、③右派政治グループの排除という政治構造改革、④ウクライナの国境問題とドンバスの取り扱い――である。第2回会合の後、双方が交渉の進展について話し、とくにウクライナは外部からの保証を条件に非同盟・非核の地位を確認することに合意した。たしかに和平に向けた話し合いが一歩進んだのである(なお、プーチン大統領は2023年6月17日、アフリカ7カ国の代表に18条からなる「ウクライナの永世中立と安全保障に関する条約」と呼ばれる文書を見せた。TASSによれば、文書のタイトルページには、2022年4月15日時点の草案であることが記されていた。保証国のリストは条約の前文に記載されており、そのなかには英国、中国、ロシア、米国、フランスが含まれていた。つまり、相当進展した条約が準備されていたことになる)。
しかし、2022年4月9日、ボリス・ジョンソン英首相(当時)がキーウを訪れ、ゼレンスキー大統領と会談、英首相はウクライナに対し、120台の装甲車と対艦システムという形での軍事援助と、世界銀行からの5億ドルの追加融資保証を約束し、「ともかく戦おう」と戦争継続を促した。この情報は、ウクライナ側の代表を務めたウクライナ議会の「人民の奉仕者」派のダヴィド・アラハミヤ党首が、2023年11月になって1+1TVチャンネルのインタビューで明らかにしたものだ。もちろん、ジョンソンの背後にはバイデン大統領が控えており、米英はウクライナ戦争継続で利害が一致していた。
それは、ゼレンスキー大統領も同じである。戦争がつづくかぎり、大統領という権力は安泰であり、2024年3月に予定されていた選挙も延期できる。だが、戦争継続は多くの市民の流血を意味する。そこで、和平協定を結ばないようにするには、理由が必要であった。」
この私の説明で大切なことは、和平協議においてウクライナ代表だった人物が交渉から1年半後になって、ウクライナのメディアに「真実」を語ったと思われる点だ。この点を踏まえて、インタビューでのプーチンの発言を熟読してほしい。
「我々はイスタンブールでウクライナと交渉し、合意した。しかも、交渉グループのトップであるアラハミヤ氏は、たしかその名前だったと思うが、今でも与党の派閥のトップである。彼はまた、ラーダ(ウクライナ議会)で大統領の派閥を率いている。この文書にも署名している。」
私がはじめて知ったのは、このイスタンブール協議において、合意文書の署名まで至っていたという話である。ところが、フランスとドイツから、「こめかみに銃を突きつけられて、どうやって条約に署名するのか想像できるのか。キエフから軍隊を撤退させなければならない」といわれて、「我々はキエフから軍隊を撤退させた」のだという。ところが、ロシア軍が撤退すると、「すぐに、ウクライナの交渉担当者たちは、イスタンブールで合意した内容をすべて破棄し、米国と欧州のその衛星の助けを借りて、長い武力衝突の準備をした」と、顚末を説明した。この部分もはじめて知った内容である。
このインタビューでは、ロシア軍撤退後、「ブチャ虐殺」なる話が急に沸き起こり、いつの間にか和平の話が雲散霧消したことについて、プーチンは何もいわなかった。ただ、前述の拙稿でも書いておいた通り、「ブチャ虐殺」が事実であるとしても、その犯人はいまだにわかっていないと書いておこう。
西側マスメディアのひどさ
もう一つ興味深い話を紹介しよう。それは、「ノルドストリームを爆破したのはだれですか?」からはじまるカールソンの質問に答えるなかで、プーチンが「プロパガンダ戦争で米国に勝つのは非常に難しい。なぜなら、米国は世界中のメディアと多くのヨーロッパのメディアを支配しているからだ」と発言したことだ。興味深いのは、カールソンが「なぜドイツ人はこの問題について何も言わないのでしょうか?」と尋ねたことである。実は、私もこの問いかけをずっと心に秘めていた。これに対して、プーチンはつぎのように答えた。
「私も驚いている。しかし、今日のドイツの指導者たちは、国家の利益ではなく、西側の集団の利益に導かれている。そうでなければ、彼らの行動や不作為の論理を説明することは難しい。」
たしかに、ドイツのマスメディアはアメリカおよび日本と同じように、アメリカにひれ伏している。その証拠は、このカールソンによるプーチンへのインタビューに対するドイツメディアの報道に顕著に現れている。「シュピーゲル」は、「プーチンとのインタビューでは、鋭い質問はほとんどせず、ウクライナ攻撃に関する大統領の発言や言い訳を長々と聞いていた」と書き、「ディー・ツァイト」は、「プーチンはアメリカの視聴者へのアクセスポイントとしてカールソンを利用した」とした。たしかにそうかもしれないが、プーチンの発言が100%嘘であるかのように印象づけようとするのは不誠実だ。「敵」であっても、その意見に耳を傾ける誠実さが必要だろう。
バルト海海底に敷設された「ノルドストリーム」というガスパイプラインの爆破をめぐっては、このサイトでも詳述した(拙稿「ノルドストリームを爆破させたのはバイデン大統領!?」を参照)。拙著『ウクライナ戦争をどうみるか』や『知られざる地政学』〈下巻〉でも解説した。要するに、バイデン大統領が命じてノルドストリームを爆破させたのである。アメリカ政府はこの事実をひた隠しにしているが、2022年2月7日に行われたドイツのショルツ首相との共同会見において、ドイツ人記者の質問に対して、「もしロシアが侵攻すれば、つまり戦車や軍隊が再びウクライナの国境を越えれば、ノルドストリーム2はなくなる。私たちはそれを終わらせます」と答えたときのバイデンの表情をぜひじっくりと見てほしい(YouTubeの1分30秒前後の部分)。
不誠実きわまりない日本のマスメディア
日本のマスメディアは、性加害者ジャニー喜多川の「悪」をまったく報じることができないまま、BBCや『週刊文春』に促されるかたちでしぶしぶ喜多川の本性や、ジャニーズ事務所の「悪」を報道するようになった。だが、強い影響力をもつようになった者や組織に対する追求の姿勢は、まったく手ぬるいという「長い物には巻かれろ」気質はまったく変わっていない。
だからこそ、アメリカ合衆国の「悪」に対して、その「悪」を報道することすらできない。それが意味するのは、最悪の状況、つまり、多くの国民が政府とマスメディアによってだまされているという状況が発生しているということだ。それは、アメリカだけでなく、ヨーロッパの多数の国でも起きている。そんな国々が民主主義を守ると称して、ウクライナ戦争に介入し、ウクライナを支援しているというのはまさに「ブラックジョーク」の世界ではないか。
私は、ソ連時代、ソ連の報道が信用できないことに気づいて、多くの人々がBBCなどの西側のマスメディアにアクセスしようとしていたことを知っている。ソ連のテレビを観ても、彼らはその内容に半信半疑であった。つまり、彼らはだまされにくかった。ところが、現在、西側の主要マスメディアのほぼ100%はウクライナ戦争について平然と「嘘」を流しつづけている。そして、のんきな西側の人々はその内容を信じて疑わない。つまり、彼らはだまされている。
プーチンが「プロパガンダ戦争で米国に勝つのは非常に難しい」とのべたことは正しい指摘である。この独立言論フォーラムからみると、「日本の主要マスメディアに勝つのは非常に難しい」。それでも、誠実でありたいと思う人は、どうか、ウクライナ戦争について誠実に考えてほしい。そして、不誠実なマスメディアを批判し、もっともっと独立言論フォーラムでの言論を日本中に広めてほしいと思う。
(出所)http://kremlin.ru/events/president/news/73411
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1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。