【特集】終わらない占領との決別

〝対米自立〟はなぜ世論の大勢にならないのか(前)

松竹伸幸

しかし、対米従属の現実に変化はないどころか、冷戦時代と比べてもどんどん深まっているようだ。なぜなのだろうか。

一つの事例をあげて検討してみよう。最近の日本は、首相が代わったり、あるいはアメリカの大統領が代わる度に、尖閣諸島が日米安保条約第5条の対象であることを確認しようとする。中国が島を奪いに来たら、アメリカが守ってくれるでしょうね、と念押しするわけだ。そしてOKと言われて安心する。それをくり返している。

当たり前のことのようにも思えるし、実際、それで安心する国民も少なくないのかもしれない。しかし、何かおかしくないだろうか。だって、じゃあ、ソ連が仮想敵であった時代、日本政府はそんなことをしていただろうか。アメリカの大統領が代わったら、日本の首相が電話をかけて、「北海道は日米安保第5条の対象ですよね」と確認していただろうか。そんな話は聞いたことがない。

なぜ日本政府の対応は変化したのか。それは、かつての冷戦時代と現在とでは、アメリカの戦略が大きく変わったからに他ならない。日本政府もそれに対応しようとしているのである。

・アメリカが同盟国を守ることが自明ではなくなった

冷戦時代のアメリカにとって、ソ連とは政治的に和解し合えない敵であり、経済面でも投資をするような対象ではなかった。滅びても構わない相手だったので、軍事面でも、壊滅をよしとする抑止戦略をとることになった。

Russia confrontation United States America concept Cold War. Concrete textured. Flags on gears

 

そしてアメリカは、自由主義を標榜して西側の国々を結束させ、ソ連を先頭とする社会主義の影響力が広がるのを何としてでも阻止しようとした。西側のどの国であれソ連の影響下に入ることは、自由主義とアメリカの敗北を意味すると考えたから、西側諸国の防衛のために必死だったのである。

だからこの時代、日本政府にとっては、アメリカが日本を守ってくれるのは自明のことのように思えた。わざわざアメリカに真意を確かめるようなことではなかったのだ。

正確にいえば、これはアメリカがただ日本を守るという動機で生まれた関係ではなかった。例えば中東で米ソ戦争が起きたとしたら、日本はそこに向けて出動する極東ソ連軍の出動を阻止するため3海峡を封鎖することが求められたのであり、日本は自国が攻撃されてもいないのにソ連と戦争することになったのである。

つまり、アメリカは日本を守るというより、自由主義陣営全体を守るために自由主義陣営全体を動員するという戦略をとっていたのである。

しかし、それにしてもその世界規模の戦争において、ソ連が北海道から上陸するなど日本の存立が脅かされれば、日本を拠点とするアメリカの戦略全体が打撃を被ることになることもあり、アメリカがその拠点を守るために必死になることは自明だったのである。

そこが現在と異なるところだ。現在の中国も、社会主義を掲げているし、政治的・イデオロギー的にはアメリカと相容れる存在ではない。しかし、少なくとも経済的にはお互いを必要とする関係が築かれている。

さらに決定的に異なるのは、冷戦時代の世界では、ソ連の社会主義というものに対して、それなりに魅力を感じる人々がいたことだ。西側諸国にも強力な共産党が存在した。だからアメリカにとって、社会主義の影響が西側に及ぶことはリアルな問題であった。

一方、現在の中国は、経済面で世界に影響を及ぼす力を持っている。しかし、中国の政治体制やイデオロギーに魅力を感じる人々は、世界ではほぼ皆無である。中国がどんなにがんばっても、アメリカやその同盟国のなかで、中国の仲間になろうという国が出てくることは考えられないのだ。

そんな新しい時代だから、アメリカは、尖閣のような無人の岩の行方には関心がない。尖閣に中国が攻めてきたとして、アメリカが日本を支援するために兵力を送らなければ、日本から怨みを買うことになるだろうが、だからといって資本主義・自由主義が浸食される恐れはない。それどころか、共産主義の恐ろしさを世界に示すことになって、アメリカは万々歳というところだろう。

・自発的に見えるのも従属の枠内だから

日本政府はそれを敏感に感じ取っているから、センシティブになるのだ。事あるごとに「守ってくれますよね」とお伺いを立てるようになったのだ。

それでも不安はなくならない。ただお願いするだけでは不安が解消しない。そこで日本政府は、専守防衛の建前を投げ捨て、日本自身が血を流す方向に舵を切る。

2003年のイラク戦争を受けて、小泉内閣が自衛隊を派遣したが、その理由は、いざという時に日本を守ってくれるのはアメリカだからというものだった。安倍内閣が集団的自衛権の一部容認に踏み切ったのも、日本自身がアメリカを守るために自衛隊を投入すること抜きに(例えば米艦防護のために敵の艦隊と戦う)、アメリカが日本を守ることはないと判断したからである。

この変化に伴い、抑止力概念も変わっていく。もともと抑止力とは、アメリカが核兵器を保有することで相手を圧倒する戦力を持ったことから生まれた概念であり、だから防衛大学校の校長をしていた五百旗頭真氏も、「日本は専守防衛だから、抑止力はもてない」と語っていたのだ(「読売新聞」2010年6月1日)。

けれども現在、日本の役割の拡大につれて、政府は「日米同盟の抑止力」として、日本もまた抑止力の一翼を担っていると位置づけるようになった。

こうして、日本自身が自発的に積極的な役割をみずから果たすようになっているから、「従属」という用語は場違いなように見えてくる。しかし、その積極性も、アメリカが日本を守らないという不安から生まれたものであり、アメリカに守ってもらう大原則が揺らいでいない点では、やはり従属的な安全保障戦略に起因するのである。

※「〝対米自立〟はなぜ世論の大勢にならないのか(後)」は5月30日に掲載します。

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松竹伸幸 松竹伸幸

「自衛隊を活かす会(代表=柳澤協二)」事務局長、編集者・ジャーナリスト、日本平和学会会員。近著に『〈全条項分析〉日米地位協定の真実』(集英社新書)、『対米従属の謎─どうしたら自立できるか』(平凡社新書)など。

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