【連載】知られざる地政学(塩原俊彦)

「知られざる地政学」連載(30) 宇宙戦争をめぐる地政学(上)

塩原俊彦

 

2020年12月30日付で「論座」において、「宇宙空間の地政学:その覇権争奪」という論考を公開したことがある。この記事から3年以上が経過した。ここでは、宇宙戦争について地政学の観点から分析してみたい。

 

「宇宙での戦争はもはやSFではない」

The Economistは2024年1月31日付で「War in space is no longer science fiction」(宇宙での戦争はもはやSFではない)という記事を公表した。ここでは、この記事の内容を紹介するところからはじめたい。

まず、下図に示したように、宇宙戦争にかかわる衛星は主に三つの軌道上で宇宙戦争に備えている。物体が公転する速度は、その物体がどれだけ遠くにあるかによって決まっており、38 万km の距離にある月は、地球を1周するのに1 カ月かかる。約400km 上空の国際宇宙ステーションは1 時間半で1周する。その中間の高度約3 万5786km(図の水色部分)には、人工衛星が1 日に1周するスイートスポットがある。この軌道にある衛星は「静止軌道」(GEO)衛星と呼ばれ、特定の場所の上空で静止しているように見える。衛星は1日1回赤道を一周するため、空に固定されて見え、放送やミサイル警報などに有利だ。

赤色で示されたのは、「地球低軌道」(low-Earth orbit, LEO)である。地球上空160km から2000km の範囲にある地球低軌道(LEO)では、イーロン・マスクが設立したロケット会社スペースX によって構築されたスターリンクが地上とのインターネット利用を支えている。それがウクライナ戦争でウクライナ軍を支えていることはよく知られている(詳しくは、拙著『知られざる地政学』〈下巻〉を参照)。GEOとLEOとの中間には、中軌道(MEO)があり、全地球測位システム(GPS)に使われている。北極および南極といった極地では、約4万kmの高度楕円軌道(Highly elliptical orbit)がもっとも観測に適している。

なお、さらに先の宇宙空間として「シスルナ」(Cislunar)空間があり、「地球と月の半径で作成される領域」とされる。シスルナ空間には、二つの天体系からみて第三の天体が安定して滞在し得る位置座標点、すなわち、ラグランジュ・ポイントがあり、そこでは地球と月の重力の相互作用によって、衛星は少ない燃料で安定した位置を保つことができる。ラグランジュ・ポイントに配置された宇宙船は、ステーションキーピング用の燃料消費量が格段に少なくなり、コスト削減と寿命の延長につながる。だからこそ、米大統領府科学技術政策局(OSTP)は2022年11月、初の国家シスルナ科学技術戦略(National Cislunar Science & Technology Strategy)を発表した。

図 3種類の衛星軌道
(出所)https://www.economist.com/international/2024/01/31/america-china-and-russia-are-locked-in-a-new-struggle-over-space

 

宇宙軍

宇宙戦争は宇宙軍によって展開される。そのため、米国は2019年に宇宙軍を発足させた。米空軍の32万2000人に対し、米宇宙軍はわずか8600人だが、2024年は9%拡大する見込みである。ロシアの場合、2011年にロシア空軍とロシア航空宇宙防衛軍が統合され、2015年8月1日に再統合されて、現在のロシア宇宙軍が誕生した。中国では、2015年12月、人民解放軍戦略支援部隊(PLASSF)が設置され、そこに、宇宙、サイバー、電子戦などの部隊が含まれている。日本では、2020年5月に航空自衛隊「宇宙作戦隊」が発足し、人員を増やして、2022年3月に「宇宙作戦群」として本格始動している。

宇宙の安全保障のためには、脅威の探知、攻撃の抑止、敵の撃退という三つを行う必要がある。The Economistの記事によれば、米国の宇宙軍は米戦闘司令部(インド太平洋、ヨーロッパ、その他の地域での軍事作戦を担当する司令部)内に専門部隊を配置して、宇宙軍司令部は海抜100kmから理論的には無限遠までの「天体観測」領域を監督している。とりわけ、長距離ミサイルに対する防衛や、他の司令部のための衛星サービスの管理などを行っている。この際、人工衛星は通常、発見されやすく、ほとんど無防備である。

米国の主要な宇宙監視システムは、冷戦の遺産として長い間北半球に集中していた。宇宙司令部は、地球の南半分をカバーするため、オーストラリアにさらに多くのセンサーを設置し、データを共有するために同盟国と協力している。米国はほかにも、GSSAPと呼ばれる5つの衛星を運用し、GEOをさまよいながら天体を監視している。

脅威となる動きを探知した場合に備えて、対衛星(ASAT)兵器として知られるASATミサイルが存在する。米国が最後に衛星を破壊したのは2008年で、米海軍が改良型SM-3ミサイルを発射し、故障した国家偵察局の衛星USA-193を迎撃した。その前年の2007年、中国は弾道ミサイルで古い気象衛星を破壊することに成功し、ASATミサイル開発競争に参入した。2019年3月27日、インドが予想外の対衛星ミサイル発射実験を行った。ついで、ロシアは2021年11月15日、自国の衛星1基に対して直撃型対衛星ミサイルの破壊実験を行った。ヌードル(PL-19)ミサイル迎撃装置を介して、旧ソ連時代の衛星コスモス1408を部分的に破壊したものである(「宇宙脅威評価2023」を参照)。これを機に、2022年4月18日、カマラ・ハリス副大統領は、対衛星ミサイル実験の廃止を約束し、他国にもそれに倣うよう促した。

ほかにも、地上からレーザー、高出力マイクロ波、高周波ジャマーなどを放出して、衛星に打撃を与えることもできる。

The Economistの記事は、「アメリカの情報機関によれば、中国は地上のレーザーやASATミサイルを実戦配備している」と報じている。

2024年3月14日には、小型宇宙船の打ち上げも手がけるロシアのIT企業シトロニクス・グループと、ドローンメーカーのPteroおよびAeromaxは、人工衛星からドローンを監視する実験を年内にも実施すると報道さられた。
もちろん、最初に紹介した宇宙空間での核兵器使用についても、北朝鮮が宇宙空間で核爆弾を爆発させるという想定で、商業衛星を電磁パルスに対して強化する必要性が語られるなどの動きもある。

 

「知られざる地政学」連載(30)宇宙戦争をめぐる地政学(下)に続く

 

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。

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