見果てぬ夢を次代につなぐ(前)
安保・基地問題木村朗氏との縁により、〝いつの日か米国から独立したい〟という強い思いをいだく1955年生まれの人間として、この『終わらない占領との決別』という大きなテーマの出版企画に参画することになってしまった。鳩山元首相をはじめ錚々たる人たちが執筆する本に原稿らしきものを書くなど、素人としては恐懼(きょうく)の至りというしかない。
いわゆる言論人ではなく〝ただの怒れる生活者・企業人〟であるため何かと表現がストレートで身も蓋もない言い方が頻出すること、資料や出典の明示も完全ではないこと、また、いわゆる〝陰謀論(私にとっては事実論、少なくとも口をつぐむことなく論じられるべきことだが)〟とされる事柄に触れていることについてもご容赦願いたい。
1.米軍による日本統治のシステム
30年ほど前から「日本はどうやら米国から独立できていないのではないか」という、漠とした感じを抱いていた。その感覚は、ジョン・G・ロバーツ+グレン・デイビスの『軍隊なき占領』を読んで「日本は戦争終結後も内政・外交・防衛のすべてが米国の管理下で行われることになっていた」ことを知り、またそれと相前後して「9.11同時多発テロ」の虚構を知って確信に変わった。たしか、どちらも2006年の秋頃であったかと思う。
その後、矢部宏治氏の名著『本土の人は知らないが、沖縄の人はみんな知っていること』を読んで敗戦後の歴史に引き込まれ、そのまま氏の企画による「戦後再発見双書」の数々(外務省情報局長をつとめた孫崎享氏の『戦後史の正体』など)を読み進んで、戦後日本における米軍統治メカニズムを知るに至った。
1952年に独立したと教えられて生きてきたのに、実態がまったく異なることを知ったときは当然ながらショックだった。戦後日本の状況は、対米従属や属国などという生やさしいものではない。完全な〝軍事占領継続中〟である。それも隠れた占領であるぶん、タチが悪い。
以下に米軍による統治システムの骨子をあげてみる(参考資料:本書吉田敏浩氏原稿、矢部氏著書ほか)。詳しくは「戦後再発見双書」の著者をはじめとする優れた研究者・著者の労作や調査資料を読んでほしい。
∇1952年4月28日の「対日平和条約」および「日米安全保障条約」の発効によって、占領軍による基地使用・物資調達・占領経費の供出・関係者の出入国管理・軍用機の飛行等に関する米軍の特権を定めた占領管理法体系は、すべて安保法体系に引き継がれた。ちなみに、日米安保条約の内容を前年(51年)に知らされていたのは当時の吉田茂首相ただ一人であり、安保条約の調印の場にいたのも吉田首相だけであったという。
∇日米安保と同時に発効・発足した日米地位協定(当時は日米行政協定)と日米合同委員会は、その安保法体系の要である。地位協定には、国有地を無償で米軍基地に提供する「国有財産管理法」、民有地を強制的に収用できる「土地等使用特別措置法(駐留軍用地特措法)」、米軍の最低高度・飛行禁止区域・夜間飛行の灯火義務などを適用除外とする「航空法特例法」、同じく保安技術基準や乗車定員や積載量の遵守などを適用除外とする「道路運送法等特例法」、軍用品・軍用販売機関による輸入品の関税を免除する「関税法等臨時特例法」、米軍事機密の探知や基地への許可なしの立ち入りなどを禁じた「刑事特別法」など、米軍の特権を保障する一連の特例法・特別法がすべて含まれている。まさに現代のさまざまな問題の原点である。
∇米軍基地に関する規定である地位協定を管理するのは日米合同委員会。構成員は、次ページの図にあるように米軍の高級将校と日本の高級官僚で、米側の文官は駐日米国大使館公使のみ。まさに米軍による占領継続の象徴である。前出の矢部氏によれば、日本側の上位メンバーである法務省大臣官房長経験者の多くは、法務省のトップである事務次官をへて検事総長になっているという。日米関係の本質と実態を知らなければ、法務権力のトップには就けないということだ。
∇委員会は2週間に1度(発足当時は毎週)、外務省または米軍施設(現在は東京都港区南麻布にあるニュー山王)で開催されているが(1952年から70年が経過しているため、休暇休日を除き年25回として1800回前後か)、その決定事項は国会の承認を受ける必要がない。国会議員はもちろんのこと、首相・閣僚にも知らされない。内容は原則非公開のため、すべて密室の合意、つまり密約である。米軍と日本の関係を勘案すれば、事実上は〝合意という名の指示〟だ(密約だから合意文書は廃棄隠蔽されているらしい。公文書・政府文書のデタラメはいまに始まったことではない。この国の根幹はとっくに壊れていたのだ)。
∇米軍が日本の国土を〝望む場所に望む期間だけ〟基地として使用できるという今や有名な「基地権」も、有事には日本の軍隊を自由に使えるといういわゆる「指揮権」も、有名な横田空域も、米軍人に対する裁判権放棄なども、すべて合同委員会で決まった密約である。日本の当局には、駐留米軍に対する基地の管理権・立入権・訓練規制・航空機事故の捜査権等が一切ない(英・独・伊・ベルギーなど、米軍基地のある諸外国の当局は、当然のこととしてそれらの権利を有している)。
∇したがって同じく矢部氏によれば、構図ないし優先関係としては[日本国憲法《日米安保条約《日米地位協定《日米合同委員会]ということになる。まさに画に描いたような〝逆さ絵〟だ。
∇本書にも書いている末浪靖司氏が米国機密解除資料中に発見した資料によれば、合同委員会のこの異常な構図については、さすがに米国の国務省(日本の外務省に相当)も1972年に指摘しているが、軍部に「合同委員会はうまく機能しており、日本政府が変更を求めている事実はない」と撥ねつけられて今日に至るという。日本政府の従属度も米政府の管理能力も相当なものだ。
∇近年よく目にするFMS(Foreign Military Sales:対外有償軍事援助)というのもかなりひどい。納期も金額も米政府の言いなりらしい。〝援助〟という名の押売りである(詳しくは本書木村三浩氏の論考を参照)。
キリがないのでこの辺にしておくが、完全な軍事占領下という以外、言葉が見当たらない。マスコミはまったくといっていいほど伝えない、というか言わせてもらえない。なお本稿には「マスコミ」というワードが頻出するが、これは「マスコミに載る国際情報分析や国内外の政治状況解説」のことである(社会・文化・スポーツ面の多くは本当のことだろう)。
2.米中関係と台湾問題の現実
その〝言わせてもらえない〟マスコミだが、欧米の軍産複合体が敵視する(というか、戦争商売陣営として飯のタネにする)中国・ロシア・北朝鮮の問題は煽りたてる(北朝鮮問題に対する日本政府の対応や対中同盟に関する積極的な姿勢については、猿田佐世氏がこの本の原稿で驚くような状況を教えてくれているので、ぜひ読んでみてほしい。本当にビックリする)。実際のところ、米中・中台関係の状況や背景はどういうことになっているのだろうか。
21世紀中国総研(http://www.21ccs.jp/)の「海峡両岸論」によれば「バイデンは2021年4月の日米共同声明に日中国交正常化以来はじめて台湾問題を盛り込み、日米安保を中国抑止の『対中同盟』へと変質させることに成功した(同じく猿田氏の解説によると、受身的従属ではなく日本主導!)。日本の大手メディアも『台湾の脅威は日本の安全保障にとって死活問題』と焚きつけるが、これは日本の外務省を中心とする政府発表の垂れ流し」である。
「台湾統一は『社会主義共和国の実現』という中国の戦略目標にとって欠かせない課題だが、武力統一は中国に何のプラスももたらさないだけでなく、一党支配自体を動揺させる危険な選択であるから、外国勢力が戦争を仕掛けてこないかぎりあり得ない」とする。長くなるが、その2021年から2022年にかけての分析の要旨はつぎのとおりだ。
∇バイデン政権は「北京五輪後の2022年以降が台湾にとって最大の危機」「(2021年からみて)6年以内に中国が台湾に侵攻する可能性あり」とするが、2027年が人民解放軍誕生100年にあたること以外、具体的な根拠があるわけではない。
∇中国の対応はあくまでも「受け身」。台湾海峡をめぐる軍事的緊張は、米中双方が「互いの戦闘意思と能力をテストするため」のものである。
∇習近平が2019年に「30年以内(注:2049年は中華人民共和国成立100年)の統一をめざすが急がない」として提起した「習5点」はつぎのとおり。中国の台湾政策は現在もこの「5点」に基づくものである。
(1)民族の復興を図り、平和統一の目標を実現する。
(2)「一国二制度」の台湾モデルを、台湾の各党派・団体との対話を通じて模索する。
(3)「武力使用の放棄」は約束しないが(武力行使の)対象とするのは、あくまでも干渉してくる外国勢力と台湾独立分子だ。
(4)(中台の)融合発展を深化させて、平和統一の基礎を固める。
(5)中華文化の共通アイデンティティを増進し、とくに台湾青年への工作を強化する。
つまり「武力使用の放棄は約束しないが、行使の対象はあくまでも干渉してくる外部勢力と台湾の独立勢力であるということだ。
∇中国は、米中の国交が正常化し改革開放政策を導入した1979年(注・米中国交樹立年)に、台湾政策(注:国共内戦の解決方針)を「武力解放」から「平和統一」に大転換し、平和統一の方法として「一国二制度」を提起している。
∇「習5点」の発表後に解放軍系の台湾専門家が語ったところによれば、「平和統一および30年以内の統一実現にくわえ、台湾は『一国二制度』による統一後も、社会制度・生活様式・軍隊・警察・行政・司法システム・通貨を維持する。指導者も選出できる。台湾と香港・マカオは異なる。台湾は植民地ではなく、中国内部の問題によって(中華人民共和国へと)歴史的に引き継がれたものである。大陸は台湾に軍隊を駐留させない。しかし、台湾はあくまでも内政問題であるから、外国勢力の干渉は容認しない」。
∇「外国勢力」の干渉にくわえ、中国が台湾への武力行使を厭わない条件は、①台湾の分裂勢力が台湾を中国から切り離す事実の発生、②台湾の分離をもたらしかねない重大な事変の発生、③平和統一の可能性の完全な消失、の三つである。
∇台湾問題に「外国勢力」が干渉することは「レッドライン」。日本政府は台湾有事を煽って南西諸島の軍備強化・日米共同行動を進めるが、「日中平和友好条約」「国交正常化共同声明」に明記されている「一つの中国」政策および中国の決意に反してこの「レッドライン」を越える覚悟はあるのか。
∇安全保障とは、共通の敵をつくって包囲することではない。外交努力を重ねて地域の安定を確立することが本来の目的である。
長くなったが、以上が21世紀中国総研「海峡両岸論(2021年5月10日)」の要旨だ。事実と現実に基づく良質の記事だと思う。
独立言論フォーラム・代表理事。1955年京都市生まれ。横浜の全寮制(当時)、山手学院中・高等学校を経て、早稲田大学商学部卒。翻訳・編集・広告制作で修行ののち、1987年、32歳のときに独立創業し、現在はIT関連事業(東京)および自然放牧場(岩手)を運営。嘘にまみれたマスコミ情報空間、歪んだ対米関係・国際関係、壊れゆく組織、当たり前の理屈が通らない世の中等々に憤りつつ、負けっぱなしの日々を送る。事実好きの酒好き。