【連載】知られざる地政学(塩原俊彦)

「知られざる地政学」連載(31)「デジタル帝国」をめぐる地政学(下)

塩原俊彦

 

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DMA

DMAは反競争的とみなされる「デジタル・ゲートキーパー」による特定の商習慣を制限することで、市場競争を強化することを目的としたデジタル規制の主要部分である。DMAの規制対象は主としてゲートキーパー・オンライン・プラットフォームだ。ゲートキーパー・プラットフォームは、重要なデジタルサービスの企業と消費者の間の関係をゲートキーパー(門番)のようにして結びつける機能を果たしている。これらのサービスのなかには、DSAの対象となるものもある。

わかりやすくいえば、この規制は主にアマゾン、グーグル、メタ、マイクロソフトといった米国の大手ハイテク企業に適用される。DMAは、これらのゲートキーパーの事業行動を規制する権限をEUに付与し、ゲートキーパーが特定の事業慣行に従事することを禁止すると同時に、他の慣行(ライバル企業が開発した技術との相互運用性の確保など)に従事することを要求する。もっとも重要なことは、DMAでは、欧州委員会は、そのような特定の慣行が違法と推定され、それゆえ禁止されているため、そのような慣行が消費者に損害を与えることを示す証拠を集める必要がないということである。

こうしたことから、アメリカには、DMAがアメリカの大手ハイテク企業だけをターゲットにした規制であるとの懸念が広がっている。

DMAは2022年11月1日に発効し、大部分は2023年5月2日から適用された。欧州委員会がゲートキーパー指定を行い、指定後、ゲートキーパーは6カ月以内にDMAの要件を遵守し、遅くとも2024年3月6日までには遵守する必要があるとされていた。このため、前述の司法省による提訴の前に、アップルはヨーロッパにおいて、自社製品のユーザーが第三者のアプリストアからアプリをダウンロードできるようにすることを余儀なくされていた。

 

アルファベート、アップル、メタへのEUによる調査

2024年3月25日付NYTによると、アルファベート、アップル、メタの3社は同日、EUの規制当局から、同地域のDMAにかかわるさまざまな違反の可能性について調査を受けていると告げられた。EU調査官は、アップルや、グーグルの親会社であるアルファベートが、ライバルを締め出すために自社のアプリストアを不当に優遇していないか、とくにアプリ開発者がセールやその他のオファーについて顧客とコミュニケーションする方法を制限していないかどうかを調査したいとのべたという。グーグルはまた、ヨーロッパにおける検索結果の表示についても調査を受けており、メタは新しい広告なしの購読サービスと広告販売のためのデータ使用について質問される予定だ。

実は、欧州委員会は2024年3月4日、アップルに対し、アップストアを通じてiPhoneおよびiPadユーザーに音楽ストリーミング・アプリを配信する市場における支配的地位を乱用したとして、18億ユーロ(20億ドル)を超える制裁金を科した。このように、すでに、ヨーロッパでは、垂直的闘争において、テック企業に対する風当たりが急速に強まっている。たとえば、2023年5月22日には、EUはフェイスブックの親会社であるメタが欧州から米国にユーザーデータを転送することでプライバシーに関する法律に違反したと認定し、12億ユーロ(13億ドル)の罰金を科した。

裁判所の判決をみても、2022年9月、ルクセンブルクの一般法廷において、グーグルが自社の検索エンジンの主導権を固めるために、アンドロイドのスマートフォン技術とその市場での優位性を利用し、反トラスト法に違反したと認め、2018年にグーグルに対して出された記録的な罰金を承認した。43億4000万ユーロ(2018年51億ドル相当)の罰金は41億2500万ユーロ(2022年の為替レートで41億3000万ドル)に若干引き下げられた。

 

注目されるアメリカ国内の動き

興味深いのは、EUの権利主導型規制によって米系のテック企業が罰金などを受けることに対して、アメリカ国内の世論が猛反発していない点である。州レベルでみると、テック企業に対する規制を強化する動きが広がっている。EUの権利主導型規制が米国内にも影響していると考えられる。

たとえば、フロリダ州のロン・デサンティス知事(共和党)は3月25日、安全上の懸念から未成年者のオンライン・プラットフォームへのアクセスを取り締まろうとする全国的な動きのなかで、共和党が主導する他の州に続き、子どものソーシャルメディア利用に対する強い制限に署名した。13歳以下の子どもがソーシャルメディアのプロフィールを作成することは禁止され、14歳から15歳の子どもについては親の同意が必要となる。新法では、ソーシャルメディア・プラットフォームは14歳以下の子どもの既存のアカウントを削除することが義務づけられる。もしプラットフォームが「故意または無謀にも」この法律に違反した場合、1回の違反につき最高5万ドルの民事罰が科せられる。

3月25日付WPには、子どもたちのソーシャルメディア利用を抑制しようとする140以上の法案が30州で審議中という情報が紹介されている。

 

コミュニケーション品位法230条をめぐる問題

アメリカの市場主導型規制をリードしてきた法律として、コミュニケーション品位法第230条が知られている。米国の場合、性表現が青少年に与える悪影響に対処する目的で、1996 年のコミュニケーション品位法(Communications Decency Act, CDA)、1998 年の児童オンライン保護法、2000 年の児童インターネット保護法というかたちで、徐々にインターネット規制に舵が切られることになる。ほかにも、1998 年には、デジタル・ミレニアム著作権法(Digital Millennium Copyright Act, DMCA)が制定され、2000 年10 月から施行された。これらの米国の連邦法がその後、界中でインターネットなどのサイバー空間への国家規制に道を拓いたことになる。その後、欧州評議会が2001 年になってサイバー犯罪条約を採択するに至る。

なかでも、CDAにある、「双方向のコンピューター・サービスの提供者ないし利用者を、出版業者ないし別の情報内容提供者によって供給された情報の話者とみなしてはならない」という条項は重要だ。これによって、第三者である利用者が供給する情報を広めるだけの双方向のコンピューター・サービス提供者および利用者は、中身に関する法的責任を、出版業者などと異なり、免れることができたのだ。これが、合衆国法典第47 編第230 条、通称CDA230 条と呼ばれるものである。たとえば、ユーザーが暴力を助長するビデオをアップロードしてもユーチューブは責任を問われないし、フェイスブックのユーザーがだれかを中傷するコメントをプラットフォームに投稿しても、メタは名誉毀損で訴えられることはない。同時に、ユーチューブが違法な動画を削除したり、メタが中傷的な投稿を削除したりすることを選択した場合、これらの企業は、ユーザーの言論の自由を侵害する恐れがなく、自由にそれを行うことができる。

連邦議会が第230条を制定したのは、1995年にニューヨーク州最高裁判所がストラットン・オークモント対プロディジー事件で、オンライン掲示板を主催するインターネット・サービス・プロバイダーであるプロディジー社が、掲示板への中傷的な投稿に対して責任を負うという判決を下した際に生じた懸念に対応するためである。当時、プロディジーには200万人の加入者がおり、1日に6万件の投稿があった。しかし、コンテンツ・モデレーション(適正化)を行い、多くの攻撃的なメッセージを削除したことで、裁判所は、プロディジーが「発行者」の役割を引き受けたと判断し、同社はそのサイトに掲載された中傷的な投稿に対して責任を負うことになった。連邦議会議員の何人かは、この判決に警鐘を鳴らした。プロディジーが行っていたようなモデレーター・ツールを含む、新しく革新的で有益なサービスを開発する技術系企業のインセンティブを維持するために、議会はこれらの企業を責任から保護するよう動いた。

ストラットン・オークモントの判決は、1995年に米国議会がCDAを制定するきっかけとなった。この法律は、わいせつとわいせつ行為を規制し、未成年者を故意にそのようなコンテンツにオンライン上でさらすことを違法とした。この法案の審議中に、クリス・コックス下院議員とロン・ワイデン下院議員は、最終的に第230条となるCDAの修正案を提出する。超党派のコックス-ワイデン修正案は、とくにストラットン・オークモント対プロディジーを覆し、インターネット・サービス・プロバイダーが第三者コンテンツの出版者として扱われないようにすることを目的としたもので、これによりオンライン・サービスを、印刷したコンテンツに責任を負う新聞のような出版物と区別することになったのである。

 

CDA230条の見直し

免責特権を受けたテック企業のなかから、アマゾン、アップル、フェイスブック(メタ)、マイクロソフト、グーグル(アルファべート)などの「テック・ジャイアンツ」とか「ビッグ・テック」と呼ばれる超国家企業が育つ。だが、2023年1月、バイデン大統領はWSJに「共和党と民主党、結束してビッグ・テックの乱用に対抗せよ」という意見を掲載するまでになっている。「ビッグ・テック企業は、アメリカ人を自社のプラットフォームから離さないために、ユーザーの個人データをしばしば利用し、極端で偏向的なコンテンツに誘導している」と指摘している。ゆえに、「民主党と共和党が協力して、ビッグ・テックの責任を追及するための強力な超党派法案を可決するよう強く求める」と主張している。これは、具体的にCDA230条の見直しを意味している。

ただし、2024年3月末現在、CDA230条は存続している。それでも、いまのアメリカが市場主導型規制の核心部分をなすCDA230条を修正しようとしているのは事実であり、それは、アメリカ自体の権利主導型規制や国家主導型規制への傾きを示している。

 

デジタル帝国の闘争に注目せよ

ここで紹介した三つの視角からながめることによって、いまの地政学上の権力闘争がより深く理解できるようになるのではないか。その証として、中国というデジタル帝国について、近く論じてみたい。

 

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。一連のウクライナ関連書籍によって2024年度「岡倉天心記念賞」を受賞。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。

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