戦争報道・対米報道・対日報道 中国は世界をどう報じているか
社会・経済政治取材・文◉黒薮哲哉
ジャーナリズムの国境は薄れている
1月23日から26日まで、およそ200人からなる日中経済協会の一団が、4年ぶりに中国を訪れた。
メディア関係者よりも、経済人の方がはるかに中国の変化に敏感だというのが、かねてからの私見である。
これは米国の経済人についても該当する。
昨年10月から12月末までの3カ月間、私は中国東北部の遼寧省に滞在した。
この機会に、中国の公共放送局CGTN(China Global Television Network=中国国際電視台)の報道に接して、国境の意識が薄れはじめている同時代のジャーナリズムについて考えた。
同局が展開する報道のスケールは、日本の“公共放送”であるNHKに比べて格段に大きい。
発言するコメンテーターの国境もなくなっている。
初めて私が中国を訪れたのは2010年。それから約14年、街から旧世代の車両は消え、都市部にも郊外にも近代化の波が押し寄せていた。
テレビは、大型壁掛け式が庶民に普及している。
チャンネルは無数にあり、このうちCGTNの外国語放送は5局あった。
英語・フランス語・スペイン語・ロシア語・アラビア語である。
ニュースの発信を主体とした番組構成で、特に英語放送にその傾向が著しい。
ドキュメンタリーに特化したチャンネルもあり、ここでも半分ぐらいの番組が英語放送になっていた。
CGTNはこれらの外国語放送を、国内はいうまでもなくインターネットで世界へ配信している。
もちろん日本でも、それを視聴できる。
特定の番組をユーチューブなどで配信する試みは、すでに世界の主要メディアが実施しているが、CGTNはテレビのようにリアルタイムに番組を放送する。
しかも、NHKの国際報道とは異なり、どのようなコンテンツを海外へ発信しているのかを、中国国民は言うまでもなく、誰もがモニターできる。
私が中国で検証したのは、英語とスペイン語のチャンネルである。
それを前提としてCGTNの戦争報道、対米報道、対「第3世界」報道、そして対日報道について、個人的な見解を述べてみたい。
ガザからの戦争報道
私が中国に滞在した3カ月の間に、世界にとっても中国にとっても重要な出来事が重なった。
まず、10月7日にイスラエルが、ガザへの軍事進攻を開始した。
CGTNは、ただちに戦場のガザから実況中継を開始。私が中国を離れるまでの約3カ月間、1日も欠かさずに現地からの映像と特派員の声を届けた。
しかも、トップニュースの扱いが多かった。これはおそらく、パレスチナの人々に対する強い連帯の表れである。CGTNの方向性を象徴していた。
特派員は、ヌール・ハラジーンというパレスチナの女性で、空爆が始まったころは、鉄かぶとをかぶってマイクを握り、戦場となった街に立っていた。
彼女は、ラテンアメリカで影響力を持つベネズエラのテレスールTVにも現地の声を届けている。
英語による報告を、スペイン語字幕が伝えていた。
北京のスタジオからは、中国人のニュースキャスターがスカイプを通じて世界の識者の声を紹介していた。その中には、米国の専門家や市民団体代表も含まれている。
イスラエルとパレスチナの問題を日本人同士が論ずる日本のメディアとは全く様相が異なっていた。
番組が網羅する地理的な広がりと情報の範囲が、ネットを駆使していとも簡単に国境の壁を超えていた。
対米重視と第2のCIA
次にCGTNの対米報道を紹介しよう。結論を先に言えば、露骨な米国批判は避ける傾向が見うけられた。
2023年11月から12月にかけて、中国にとって重要な政治日程が続いた。
まず、11月15日に米国のジョー・バイデン大統領と中国の習近平主席が、サンフランシスコ郊外で会談した。
CGTNは、赤と黄の五星紅旗を振って熱烈に習首席を歓迎する中国系アメリカ人らをクローズアップした。三十数年前に習主席が初めて渡米した際に親交を結んだ米国の人々を、当時の写真を交えて紹介した。
看板キャスターの劉欣(リウシン)が渡米して、流暢な英語で首脳会談についての街の声を紹介した。また、彼女は中国系の自動車工場(バスを生産)を訪れて、ビジネスパートナーとしての米国をリポートした。
CGTNの英語チャンネルが連日放送するビジネス系の番組には、欧米の事業家らが当たり前に登場する。時系列は前後するが、今年に入って実業家のビル・ゲイツのインタビューを放映した。
こうした報道の傾向から、日本のメディアが描く激しい米中対立の構図にずれが生じているのを実感した。
中国は、日本が想像しているほど米国を敵視していない。「ウィンウィン」が基本的なスタンスなのである。
このような傾向は、ヘンリー・キッシンジャー元国務長官の死をめぐる報道で顕著に確認できた。米中首脳会議から2週間後の11月29日、キッシンジャーが100歳で他界した。
キッシンジャーの評価は極端に2分されている。
否定派にとって彼は、ワシントンの黒幕でしかない。たとえばラテンアメリカの左派は、1973年のチリの軍事クーデターへの関与を忘れない。
世界で初めて選挙で合法的に成立したチリの社会主義政権を武力で倒し、サルバトール・アジェンデ大統領を殺害した人物として記憶している。
一方、中国にとってキッシンジャーは、1979年の米中国交回復への道を水面下で準備した大変な功労者である。
実際、CGTNは訃報を受けて、この政治家の生涯をたどり、業績をたたえる番組を放送した。ここにも米国を重視する中国の姿勢が表れていた。
米国と台湾の関係をCGTNはどう報じているのか?
これは私にとって重要な関心ごとだった。
米国による対外戦略の重要な柱のひとつは、NED(全米民主主義基金)を使った工作である。
NEDは米国の価値観を世界に広げ、最終的に親米政権を樹立させることを目的とした政府系基金で、1983年に当時のロナルド・レーガン米大統領が設立した。
「第2のCIA」とも呼ばれる。その戦略を日本のメディアはほとんど報じていないが、米国の対外戦略を語る上で欠くことができない組織にほかならない。
NEDは、外国の「市民運動」やメディアに食い込み、資金面や技術面を支援することで、世論誘導の装置を張り巡らし、他国民をアメリカ流の価値観に染め上げ、最後にクーデターへと煽動するなどの戦術を採用してきた。
たとえばNEDは、香港の「雨傘運動」へ約204万ドル(約3億円。2020年)の資金援助を行なった。一部の報道によると、香港の新聞社もNEDの資金を受けていた。
新疆・東トルキスタンの「市民運動」に対しては、約258万ドル(2021年)を支出した(出典はいずれもNEDの年次報告書)。
ベネズエラやニカラグアの「民主化運動」で混乱と暴力を引き起こしたのもNEDである。
キューバの反政府組織やロシアの反プーチン勢力にも資金援助をしている。
NEDは、台湾にも深く入りこんでいる。
NEDの幹部はしばしば台湾を訪問しており、2022年10月には、「第11回 世界の民主主義運動のための地球会議」を台北で開いた。
2023年7月には、NEDのデイモン・ウィルソン理事長が蔡英文総統に民主化功労賞を授与した。
台湾のIT大臣であるオードリー・タン(唐鳳)は、NEDの設立40年に際し、賞賛のメッセージを発信している。台湾政府とNEDはずぶずぶの関係にある。
ベネズエラのテレスールTVやキューバのプレンサラティナ紙などは、NEDを繰り返し批判してきた。しかし、私が中国に滞在した時期に、NEDについての直接的な報道に接することはなかった。私が見落とした可能性も多分にある。
以上の着目点から、私はCGTNが対米報道には慎重になっている印象を受けた。
薄い日本への関心
昨年12月7日、欧州連合(EU)のウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員長とシャルル・ミシェルEU大統領(欧州理事会議長)が北京を訪れ、習近平主席と会談した。
対EUについても中国は、協調路線を選択している。
EUにとっても中国は無視できない存在になっている。
しかし、欧米を重視するからといって、アフリカやらラテンアメリカ諸国を軽視しているわけではない。
CGTNの英語チャンネルはワシントンDCやロンドンのほか、ケニアのナイロビにも番組の制作拠点を設けて、そこからアフリカに特化したニュース番組などを放送している。
また、ラテンアメリカについては、スペイン語チャンネルのロゴに同地域の地図が使用されていることからも、この地区を重視する方針が推測される。
さらに中国のドラマや中国語会話のレッスンも放送している。
一方、CGTNは日本をどう報じているのだろうか? 印象に残っている報道のひとつに福島原発についての英語チャンネルのリポートがある。
リポートは、汚染水の海洋投棄を疑問視していたのは言うまでもなく、汚染された残土についても解決の目途が立っていないと報じていた。
日本のメディアは被災地・福島の復興をアピールする傾向があるが、CGTNは事故から10年を経ても郷里に帰還できない人々がいる実態を伝えていた。日本の「市民メディア」の視点に近い。
旧日本軍による戦争犯罪の問題は、CGTNのドキュメンタリー・チャンネルがシリーズで報じていた。当事者の証言や中国が保管している資料に基づいた報道だった。
その中には、731部隊の湯浅謙医師が日本語で綴った手記もあった。これは軍事大国化を進める日本に対する警鐘である可能性が高い。
ちなみに、日本のネット右翼による中国への誹謗中傷に対する反撃報道は皆無だった。
相対的に日本に対する関心が薄い印象を受けた。
英語教育への力点
キャスターやコメンテーターなど番組の出演者の大半は、流暢に外国語を使いこなす。コメンテーターの職業が学者からビジネスマンまで広範囲に渡っていることから察して、特に中国人の若い世代の外国語能力は相対的に向上していることが推測される。
それが多言語放送の地盤を固めているのだ。
中国では、小学校の低学年から英語が必須科目に組み込まれている。好都合なことに子どもたちは、入学するとすぐにピンイン(中国語の発音記号で、そのほとんどがアルファベットで構成されている)を習得するので、アルファベットに対する抵抗感が少ないらしい。しかも、中国語と英語の構文は近いので、中国人は日本人よりも、はるかに有利な学習条件に恵まれている。さらにCGTNによる多言語放送が語学を習得する環境を提供している。
こうした好環境が功を奏しているのか、たとえばTOEFL(米国の大学入学のための英語検定)のアジア・ランキングで、中国は30カ国のうちで6位だ(2022年度)。
ランキングの1位から5位までは、インドやシンガポールなど英語圏の国が占めており、非英語圏では、中国の成績が最も優れている。
ちなみに日本は28位で、OECD加盟38カ国のランキングでは最下位。世界ランキングでは173カ国中で146位である。
グローバリゼーションが進めば、ジャーナリズムの国境は消滅していく。それにより国民が享受できる情報量も増える。
しかし、その前提として、世界の共通語である英語が十分に普及していることが条件となる。
だが言葉の壁は、メディア関係者の努力だけでは超えられない。
その意味で、中国政府の政策は日本よりも遥かに先を走っているといえる。
1月11日、国際司法裁判所は、南アフリカが提訴したイスラエルによるジェノサイドの審理を開始した。そのニュースをCGTNは、現地から特派員の報告で伝えた。
1月20日、CGTNの特派員ヌール・ハラジーンが、自分の子どもたちをエジプトに避難させ、自らは再び戦火のガザへ戻った。
殺されたジャーナリストはすでに100名を超えた。が、時代が変わっても報道の原点は変わらない。現地に立つことがそれなのである。
(月刊「紙の爆弾」2024年4月号より)
黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
フリーランスライター。ウェブサイト「MEDIAKOKUSYO」主宰。著書に『新聞と公権力の暗部』(鹿砦社)など。
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