【連載】紙の爆弾

マスコミが報じない朝鮮半島情勢 核ミサイル開発よりも危うい「白頭山大噴火」の現実味

浜田和幸

取材・文◉浜田和幸

「対日融和」の内情

朝鮮半島情勢が怪しい雲行きです。元日に発生した能登半島地震では、北朝鮮の金正恩総書記が岸田文雄首相宛てにお見舞い電報を届けました。
また、2月には妹の金与正労働党副部長も「岸田首相がピョンヤンを訪問したいのなら条件次第で歓迎したい」とまで、日本への融和姿勢を見せています。
一方、韓国に対しては「最大の敵対勢力」であると名指しで批判し、南北統一に向けての話し合いや協力の道を全て遮断してしまいました。

実は、このところ北朝鮮内では前代未聞の事故や災害が頻発しています。
厳重な情報統制が行なわれているため、本来はそうしたニュースは外部にはほとんど伝わってきません。
その代わり、ミサイル発射実験に成功したとか、韓国との統一は反故にし、核兵器を使ってでも併合する、といった強硬な発言のみが報道されています。

しかし、北朝鮮内では、食料や医療品の不足が深刻化し、国民の間では不満が相当鬱積している模様です。
そのため、脱北者も急増しており、北朝鮮内部の実情が明らかになることが増えてきました。

昨年末にはピョンヤン発の列車が電力不足で急こう配を登り切れず脱線し、数百人の乗客が命を失ったとのこと。
去る1月16日に行なわれた金正恩氏の年頭演説でも、わざわざ「列車の安全運航に万全を期す必要がある」と言及しました。
もちろん、列車事故を認めたわけではありませんが、国民の間にくすぶり続ける「民生軽視の軍備増強」への不信感を意識しての発言と思われます。

脱北者によれば、大洪水など自然災害の影響で、電力不足は言うに及ばず、食糧生産が滞り、栄養失調者や餓死者も急増しているようです。
中でも「電力の地域間格差」は深刻さを増しています。
首都のピョンヤンは恵まれていますが、それ以外の地方では電力供給は1日数時間といった具合です。今年の正月でさえ、電気が使えたのは6時間以下だったといいます。

工場や病院をはじめ政府の主要機関には優先的に電力が供給されているため、一部の住民はワイロを払って産業用の配線から個人宅への電気の横流しを受けているとのこと。
そこで、北朝鮮当局は取り締まりを強化し始め、ワイロを受け取った政府職員や支払った住民は強制収容所に送られる事態となっています。

現実味を帯びてきた「白頭山大噴火」

金正恩氏は「経済改革、特に民生部門の強化」を打ち出し、「大半の国民が食糧や基本的な生活物資を得られるようにしなければならない」と訴えていますが、今のところは掛け声倒れの感が否めません。
ミサイル発射や地下核実験には成功しているようでも、国民の日常生活を安全で豊かにするという目標は絵に描いた餅。
このままでは、この1月に40歳になったばかりの金王朝3代目の先行きは怪しくなる一方です。
流れを変え、国民の気持ちをつなぎ止めるため、「アメリカが後ろ盾となって、南をたぶらかし、我らが祖国に攻撃を仕掛けようとしている。今こそ一致団結して、南を解放しなければならない」と、「敵を外に見出す」作戦に舵を切ったようにも見えます。

そんな中、「金正恩氏は10歳の娘を自らの後継者に決めた」といった韓国政府の分析が話題を呼んでいます。
名前も正確な年齢も確認されていない「ジュエ」なる少女を跡継ぎに決めることなど、本当にあるのでしょうか。
これこそ、北朝鮮の得意とする「かく乱工作」の一環のようにも思えます。
「可愛い娘を大切にする父親が戦争などを引き起こすことはない」と世論を誘導しているのかもしれません。

そもそも男系社会の北朝鮮で娘を4代目に据えてしまえば、5代目は「金王朝」から外れてしまいます。
しかも、公にはなっていませんが、金正恩氏には2人の息子がいるともいわれており、そのどちらかを後継者にするため密かに帝王学を教え込んでいると見るのが順当ではないでしょうか。
それでなくとも、北朝鮮には様々な076危機が迫っています。
その1つが中国との国境に聳える朝鮮半島最高峰の白頭山(ペクトゥサン2744メートル)の噴火です。

民族の聖地とされ、日本でいえば富士山のような特別な存在ですが、100年に1度の小噴火と千年に1度の大噴火を繰り返してきた活火山にほかなりません。
最近、周辺では月に300回以上もの群発地震が観測されるようになっています。
近年、北朝鮮が繰り返す地下核実験の影響との指摘もあります。
日本で3年前に公開された韓国映画「白頭山大噴火」が現実のものとなるのでしょうか。
北朝鮮と中国は万が一に備えて白頭山の地表の変化を観察し、合同の避難訓練も実施しているほどです。韓国や日本も気象衛星を使い、24時間体制で監視を強化しています。
とはいえ、最も気にしているのは金正恩本人でしょう。

何しろ、建国の父である金日成氏は、この白頭山を根城とした抗日パルチザンという神話の持ち主で、その息子の正日氏も孫の正恩氏も「白頭山の血統」を政権維持の錦の御旗にしているからです。もし、白頭山の大噴火という事態になれば、過去の記録からも明らかなように、朝鮮半島のみならず日本の日本海側は火山灰で覆われ、壊滅的な被害を受けかねません。

思い起こせば、岸田首相は外務大臣の時、「白頭山噴火の場合には、北朝鮮・韓国に限らず、中国・ロシアとも協力し、日本の知見も活かしたい」と述べていました。であるならば、このところもミサイルの発射訓練を繰り返し、韓国への核攻撃を示唆するような金正恩氏に対して、大噴火の引き金となるような核実験を止めることを条件に、北朝鮮の求める災害救援計画に協力するといった交渉を始めるチャンスかもしれません。

北朝鮮・最大の武器

いずれにせよ、北朝鮮が核ミサイルを韓国に向けて発射する可能性は低いはず。
なぜなら、そうした暴挙に出れば、たちまちアメリカ軍の反撃を招き、北朝鮮そのものが消滅することは火を見るより明らかですから。
そもそも、金王朝は初代でもある日成政権の1980年代から核ミサイル開発に力を注ぐ一方で、生物化学兵器の研究開発に本腰を入れています。

米国防省の分析によれば、北朝鮮は既に5000トンほどの生物化学兵器を備蓄しているとのこと。
国防総省の専門家いわく「炭疽菌を巧妙にばら撒けば、地上から人類全てを絶滅させることも可能となる。それだけの破壊力を持つ生物化学兵器を所有する北朝鮮であれば、あえて核ミサイルに頼る必要はないだろう」。
言うまでもなく、北朝鮮にとっては秘密のベールで自国の現状を明らかにしないことが最大の武器となっています。
そのため、金正恩氏の真意や北朝鮮の現状はなかなか伺い知れないわけです。
結果的に、北朝鮮に対する韓国、アメリカ、そして日本の対応にも相違があることは否めません。

日本は朝鮮統治時代に半島に眠る未開発の資源に関する独自の調査を行ないました。
アメリカはもちろん北朝鮮も喉から手が出るほど欲しがっている情報ですが、これまで有効に活用されることはありませんでした。
トランプ前大統領からは催促があったようですが、日本政府は突っぱねてきています。
なぜなら、北朝鮮との交渉にとって切り札になり得るからです。
とはいえ、肝心の拉致問題ひとつをとっても、なぜか日本政府はこうしたお宝の交渉材料を効果的に使うことはなく、北朝鮮を一方的に非難糾弾するばかりでした。
たとえば、北朝鮮が横田めぐみさんの遺骨だと日本側に引き渡した際にも、日本でDNA鑑定を行なった結果、「めぐみさんのものではない」と断定し、「北朝鮮は信じられない」と突っぱねたものです。

そのため苦しい立場に陥った金正日総書記は最側近の洪善玉氏(最高人民会議副議長)を通じて、新たに3点の提案をしてきました。
第1に、問題の遺骨に関して、再度の分析を日本と北朝鮮、そして第三国の科学者が合同で行なう。第2に、日本の拉致被害者の家族全員が北朝鮮を訪れ、被害者を一緒に探す。
第3に、それでも被害者の行方が判明しない場合は北朝鮮が国家賠償を行なう、というものでした。
その洪氏を団長とする北朝鮮の交渉団が訪日ビザを取得し、北京から日本へ向かう飛行機に搭乗しようとした際に、搭乗が拒否されたのです。理由は「日本の官邸(小泉政権)からの指示」とのこと。
こうした日朝間のすれ違いは、2019年9月に訪朝した日本の参議院協会に説明がなされ、初めて明らかになりました。

元参院議員で現在、参議院協会の宮崎秀樹会長いわく、「北朝鮮は拉致問題で、日本にそれなりの誠意を示した。
しかし、日本は全く応えず、それどころか、訪日しようとした北朝鮮代表団を拒絶。これでは北朝鮮が交渉断絶を宣言したのも無理はない」。残念ながら、今日に至るも、日本政府は「知らぬ存ぜぬ」の姿勢を貫いています。

南北ディオールバッグ・スキャンダル

そんな中、岸田首相は来たる3月20日、韓国を訪問し、尹錫悦大統領と北朝鮮問題を協議する「シャトル外交」を行なうと表明。拉致問題の解決に道筋をつけ、支持率の回復を目論んでいるようですが、韓国との連携は上手くいくのでしょうか。
実は尹大統領は4月の総選挙を間近に控え、かつてない危機に直面しています。
それは、大統領夫人が世界的な有名ブランド「ディオール」の高級バッグをコッソリ受け取っていた「ディオールバッグ・スキャンダル」です。

これまでも、経歴詐称・株価操作・占星術(シャーマン)疑惑などで、大統領の足を引っ張ってきたのが金建希夫人。
確かに、美人経営者としてアート展示ビジネスで大成功を収め、「夫は自分がいなければ何もできない」と豪語し、大統領選挙の期間中から、その存在感は圧倒的でした。
しかし、アメリカ系韓国人牧師から高額のディオールバッグをプレゼントされ、その一部始終が腕時計の隠しカメラで撮影されていたのです。

韓国では政府高官やその配偶者は750ドル以上の金品を受け取ることは法律で禁止されています。ところが、金夫人は2200ドルのブランドバッグを受け取っていたのでした。
このプレゼントを持ち込んだ牧師いわく「尹大統領の当選祝いの際にシャネルの化粧品を持参した時、彼女が政府の人事に口を挟んでいる様子を垣間見た。これはまずいと思い、大統領を操る夫人の実態を世間に知らしめるために、隠しカメラを使った」。とはいえ、これが撮影されたのは昨年9月のこと。

公開されたのはごく最近で、4月10日に予定されている総選挙において、与党の失墜を狙った可能性も否定できません。
そのため、尹大統領は「明らかな政治工作だ」と夫人を弁護していますが、有権者の多くは納得していません。
ただ、興味深いことに、ディオールブランドは北朝鮮でも大人気とのこと。
冒頭に紹介した金正恩氏の妹は7000ドルのディオールバッグを持ってロシアを訪問し、娘は2500ドルのディオールのジャケットを身に着けています。
もちろん、正恩夫人もディオールのバッグが大のお気に入り。北朝鮮は国際的な経済制裁を受けていますが、抜け道だらけのようです。

岸田首相は北朝鮮との秘密交渉を昨年2度行なっており、できるだけ早く日朝首脳会談を実現し、拉致問題の解決を目論んでいます。しかし、北朝鮮の狙いは日本からの大規模な経済支援です。それなくして金王朝は存続できません。
また、韓国の尹大統領は北朝鮮を信用せず、米日との軍事的連携によって抑止力を高めたい意向です。
要は、岸田首相・金正恩総書記・尹大統領は国民の支持を失いつつあるという点で共通するものの、思惑の違いが歴然としています。北朝鮮はその状況を踏まえた上で、日米韓の切り崩しを図ろうとしているに違いありません。

日本には北朝鮮の生殺与奪権ともいえる地下資源のデータと開発技術という強力な武器があります。その伝家の宝刀をいかに抜くか、岸田首相の外交手腕が問われる時です。
(月刊「紙の爆弾」2024年4月号より)

浜田和幸(はまだかずゆき)
国際政治経済学者、元参議院議員。国際未来科学研究所を主宰。メルマガ「ぶっちゃけ話はここだけで」はまぐまぐ大賞(政治経済部門)を連続受賞。

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浜田和幸 浜田和幸

国際未来科学研究所代表、元参議院議員

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