【連載】安斎育郎のウクライナ情報

ロシアの特別軍事作戦開始から2年に思う

安斎育郎

 

安斎育郎(立命館大学名誉教授/元国際平和ミュージーアム館長)

私は、世にいう「ウクライナ戦争」の性格をめぐっては、日本の多くのメディアを含めて、いわゆる西側情報には重大かつ深刻な偏向があると感じてきた。まるで当たり前のように「ロシアによる軍事侵攻」とか、「ロシアの国連憲章違反の侵略」といった言葉が飛び交っている。平和研究者としての筆者は、この紛争が始まるに至った歴史的経緯の中でのアメリカの対ウクライナ外交戦略の展開や、ウクライナの極右民族主義者集団の暴虐の実態を見るにつけ、また、この紛争に関する西側報道がフェイク・ニュースに塗れている実態を目の当たりにするにつけ、そして、西側では報道されないままに毎日国際社会を飛び交っているYouTubeやX(ツイッター)の情報をつぶさに収集・分析するにつけ、この紛争の性格については「親ウクライナ・反ロシア」一辺倒の世論とは殆ど180度異なる見解をもつに至った。

私は、ウクライナ戦争を誘発した原因は、「アメリカによるウクライナのNATO加盟への勧誘」と、「親ネオナチ系ウクライナ政権によるロシア語話者への民族浄化的軍事弾圧」にあると確信している。私はこの紛争は、2008年にNATO首脳会議でジョージ・ブッシュ大統領がウクライナのNATO加盟を提案し、2009年に発足したオバマ政権のもとでジョー・バイデン副大統領とヴィクトリア・ヌーランド国務次官補(後の国務次官、すでに退任)を中心にウクライナへの親米政権樹立を企て、50億ドルの巨費を投じて2014年のユーロ・マイダン・クーデターによって親米傀儡のポロシェンコ政権をつくり、極右民族主義者集団(ネオナチ)を正規軍に編入して東部ドンバス地方のロシア語話者に民族浄化まがいの軍事弾圧を加えた結果起こった戦争だと、深く信じている。

アメリカは、ウクライナのNATO加盟問題をテコにロシアを戦争に引きずり込んで国力を疲弊させ、NATO諸国を対ロ制裁に誘い込んで、ドイツをはじめとしてロシアの天然ガスなどのエネルギー資源に依存してきたヨーロッパ諸国の経済を混乱に陥れ、エネルギー資源の対ロ依存を対米依存に転換させてアメリカ一人勝ち状態をつくる─これこそが、アメリカが世界戦略の一環として10年以上にわたって周到に準備してきたウクライナ戦争の本質であると考えている。この紛争は、決して「ロシアによる侵略戦争」ではなく、「アメリカによる戦略戦争」であると確信している。

私は、2023年4月、『安斎育郎のウクライナ戦争論』を発行し、❶ウクライナ戦争の原因を作ったのはアメリカ政府とウクライナ政府だ、❷西側メディアのフェイク・ニュースにだまされるな!❸反ロシア・ウクライナ擁護の世論は極端に偏向している、と訴えた。この冊子は筆者の予想を超えるスピードで普及され、現在は2024年1月28日発行の増補改訂第9版(108頁、フルカラー、図版満載、1冊300円)で、すでにトータル8,500部を超えて普及されつつある。この冊子はできるだけ事実に即して書かれているため、誤字脱字の指摘はあっても、筆者のスタンスに関する読者からの基本的な批判はない。総じて読者は、普段接している西側情報では見たことも聞いたこともない情報に仰天し、この紛争の性格に関する理解を再考するようだ。

❶については、アメリカのシカゴ大学のジョン・ミアシャイマー教授も開戦当初から言っているように、この紛争は、2008年4月にルーマニアの首都ブカレストで開かれたNATO首脳会議で、アメリカ大統領ジョージ・ブッシュがウクライナとジョージアのNATO加盟を提案した時点に源流があるので、本書は、その翌年に発足したオバマ政権以来のウクライナ政権傀儡化の過程をつぶさに解説している。そして、この紛争の発火点は2022年ではなく、2014年のユーロ・マイダン・クーデターを機に発足したアメリカの傀儡ポロシェンコ政権による東部ロシア系ウクライナ人に対する軍事弾圧の時点にこそあることを明らかにしている。そして、開戦後1か月余りで実りつつあった和平交渉をぶち壊したのは米英のウクライナへの戦争継続圧力だったことも事実に基づいて明らかにしている。

❷に関しては、①マリウポリ小児科‣産科病院爆撃事件、②マリウポリの劇場爆撃事件、③ブチャの大虐殺事件、④ロシア兵による少女レイプ事件、⑤クラマトルスク駅爆撃事件、⑥クレメンチュク・ショッピング・センター攻撃事件、⑦ノルドストリーム(ガスパイプライン)爆破事件、⑧クリミア大橋爆破事件、⑨ポーランドへのミサイル着弾事件、⑩カホフカ・ダム決壊事件、⑪ロシアによる子ども連れ去り事件、などについての西側報道のフェイクぶりをかなり徹底的に暴いている。この部分は本書の大きな特徴と言っていいだろう。筆者は1990年代にオウム真理教事件などのオカルト・超能力・占い・予言・疑似宗教・自己啓発セミナーなどが流行った時期に“Japan Skeptics”(超自然現象を科学的・批判的に究明する会)という学会を立ち上げてその会長を務めた経験があり、その経験がフェイク・ニュースの解明にかなり重要な役割を果たしたように思われる。

❸については筆者は日本の世論が政党や市民運動に関係している人々も含めて挙って西側情報に身を寄せ、まるで自ら考えることをやめたように「悪魔のプーチン、英雄ゼレンスキー」とか、「反ロシア、ウクライナ支援」とかいった流れに呑み込まれていく様を見て、極めて深刻な危機感にとらわれている。人々はこのようにして戦争政策に引きずられていくのだと、この上ない危うさを感じている。

拙著『ウクライナ戦争論』は、もしかすると自らの信念を覆されるかもしれないと感じて「読みたがらない人」や「読むのが怖い人」もいるやに側聞しているが、是非読んでほしい。著者としては、本書は「現代の歴史認識」に関する重大な問題提起を含むものと確信している。
※『安斎育郎のウクライナ戦争論』の申し込みは、jsanzai@yahoo.co.jpへのメールでどうぞ。名前・郵便番号・住所・(差し支えなければ)電話番号・冊数を明示して下さい。

安斎育郎 安斎育郎

1940年、東京生まれ。1944~49年、福島県で疎開生活。東大工学部原子力工学科第1期生。工学博士。東京大学医学部助手、東京医科大学客員助教授を経て、1986年、立命館大学経済学部教授、88年国際関係学部教授。1995年、同大学国際平和ミュージアム館長。2008年より、立命館大学国際平和ミュージアム・終身名誉館長。現在、立命館大学名誉教授。専門は放射線防護学、平和学。2011年、定年とともに、「安斎科学・平和事務所」(Anzai Science & Peace Office, ASAP)を立ち上げ、以来、2022年4月までに福島原発事故について99回の調査・相談・学習活動。International Network of Museums for Peace(平和のための博物館国相ネットワーク)のジェネラル・コ^ディ ネータを務めた後、現在は、名誉ジェネラル・コーディネータ。日本の「平和のための博物館市民ネットワーク」代表。日本平和学会・理事。ノーモアヒロシマ・ナガサキ記憶遺産を継承する会・副代表。2021年3月11日、福島県双葉郡浪江町の古刹・宝鏡寺境内に第30世住職・早川篤雄氏と連名で「原発悔恨・伝言の碑」を建立するとともに、隣接して、平和博物館「ヒロシマ・ナガサキ・ビキニ・フクシマ伝言館」を開設。マジックを趣味とし、東大時代は奇術愛好会第3代会長。「国境なき手品師団」(Magicians without Borders)名誉会員。Japan Skeptics(超自然現象を科学的・批判的に究明する会)会長を務め、現在名誉会員。NHK『だます心だまされる心」(全8回)、『日曜美術館』(だまし絵)、日本テレビ『世界一受けたい授業』などに出演。2003年、ベトナム政府より「文化情報事業功労者記章」受章。2011年、「第22回久保医療文化賞」、韓国ノグンリ国際平和財団「第4回人権賞」、2013年、日本平和学会「第4回平和賞」、2021年、ウィーン・ユネスコ・クラブ「地球市民賞」などを受賞。著書は『人はなぜ騙されるのか』(朝日新聞)、『だます心だまされる心』(岩波書店)、『からだのなかの放射能』(合同出版)、『語りつごうヒロシマ・ナガサキ』(新日本出版、全5巻)など100数十点あるが、最近著に『核なき時代を生きる君たちへ━核不拡散条約50年と核兵器禁止条約』(2021年3月1日)、『私の反原発人生と「福島プロジェクト」の足跡』(2021年3月11日)、『戦争と科学者─知的探求心と非人道性の葛藤』(2022年4月1日、いずれも、かもがわ出版)など。

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