【連載】知られざる地政学(塩原俊彦)

「知られざる地政学」連載(32)米共和党を論じる(上)

塩原俊彦

 

地政学上、2024年11月の米大統領選の行方はきわめて重要である。その大統領選を占うためにも、共和党の推す大統領候補となるのが確実となったドナルド・トランプ周辺の人々について、いまのうちから知っておかなければならない。そこで、今回は、「神に定められた」(Ordained by God)トランプと、その彼に寄り添う「聖パウロ」や「聖ヨハネ」の役割を果たしそうな人物について考察する。さらに、「ワシントン・ポスト」(WP)に掲載されたコラムニスト、ロバート・ケーガンの論考を紹介し、共和党をめぐる歴史的変遷についても考えたい。

 

「神に定められた」トランプ

まず、共和党の主たる構成員である福音派(エバンジェリカルズ)について説明するところからはじめよう。

「アメリカの福音主義者たちは、“What would Jesus do”(イエスならどうするか)というWWJDの文字で飾られたブレスレットを身に着けている」というがある。聖書を重んじる彼らは、一説には、2014年の福音派プロテスタントの成人の数は約6220万人で、2007年の約5980万人から増加している。この推計が正確かどうかはわからないが、少なくとも共和党の大統領候補者選びに大きな影響力をもつといわれる福音派の多数がWWJDを座右の銘としているとすれば、彼らは日常生活においても一種の宗教的経験に出合い、そこで信念を見出していることになる。

トランプは、共和党内に多くいる福音派の多くの人々の支持を集めている。なぜ彼らはトランプを支持するのか。理由は簡単だ。それが、「神の定め」である、と多くの福音派の人々がみなしているからだ。「不十分な証拠」がなくても、自分のなかで「イエスならどうするか」と自問自答したときに得られる答えは、「神に定められた」トランプを支持することでなければならないのだ。

2024年1月14日付のWPの記事に登場する、アイオワ州でのトランプ党員集会のキャプテンを務めるポール・フィギー牧師は、トランプが司法制度や民主党に酷使されているとみてきたことを指摘し、前大統領を殉教者(martyr)になぞらえたという。彼は他の候補者の可能性を否定し、より高い力がトランプを再び大統領に戻すと確信しているとのべた。

 

トランプの聖書ビジネス

当のトランプは、「神に定められた」という神話を利用して、聖書の販売でも金儲けをしようとしている。3月26日、彼は「God Bless the USA Bible」と名づけられた、欽定訳聖書と憲法、権利章典、独立宣言などが含まれた本の購入を支持者に求めた。価格は税・郵送料抜きで59.99ドルだ。

トランプは、キリスト教的価値観を左翼から守るための十字軍として大統領選を位置づけている。だからこそ、彼による聖書販売は、「神に定められた」というトランプの「神的」(gody)さをより印象づけようとするねらいも透けて見える。

だが、4件の刑事事件と多数の民事訴訟と闘う一方で、弁護士費用が膨らむばかりのトランプの窮状を知っていれば、トランプの「あざとさ」にあきれるばかりだろう。そういえば、トランプは、2月にフィラデルフィアで開催されたスニーカー大会で、399ドルのスニーカー、「ネバー・サレンダー」(決して降伏しない?)を発表した。

2020年、ワシントンのセント・ジョン教会の前で聖書を手にするドナルド・J・トランプ前大統領
(出所)https://www.nytimes.com/2024/03/26/us/politics/trump-bible.html

 

聖パウロとしてのヴァンス

新たなトランプ政権が誕生するとき、「神に定められた」ドナルド・トランプの横で聖パウロの役割を果たすべく寄り添うのは、おそらくジェームズ・デイヴィッド・ヴァンスであろう。こう、第一期トランプ政権下で主席戦略官を務めたスティーブン・バノンは示唆している(「ポリティコ」を参照)副大統領リストに収載されたという話もある。

 

2024年2月7日、連邦議会議事堂の上院会議室で投票に向かうヴァンス/Anna Moneymaker/Getty Images
(出所)https://www.politico.com/news/magazine/2024/03/15/mr-maga-goes-to-washington-00147054

 

ヴァンスってだれ?

ヴァンスは1984年8月2日生まれで、現在、39歳。作家、政治家で、2023年1月からオハイオ州選出の連邦上院議員を務めている。2016年に出版した回顧録『ヒルビリー・エレジー』(写真)は、ベストセラーに仲間入りし、NYTは「トランプの勝利を理解するのに役立つ6冊のベストブックのうちの1冊」に選んだ。

2016年の米大統領選で、ヴァンスは共和党候補のドナルド・トランプを率直に批判した。だが、2020年になって、トランプを明確に支持するようになる。2021年7月、トランプを「非難されるべき」と呼んだことを謝罪し、2016年の自身のTwitterアカウントからトランプに批判的な投稿を削除した。2022年4月、トランプはヴァンスを上院議員に推薦し、11月の選挙での勝利につながったのである。

聖パウロがローマ市民権をもつユダヤ教徒であったことを考えると、ヴァンスも回心によってトランプなる、神に定められた人物に帰依する道を選んだのかもしれない。

 

「正直言って、ウクライナがどうなろうと知ったことじゃない」

ウクライナ戦争が勃発した2022年2月の段階で、ヴァンスは、「正直に言うと、ウクライナがどうなろうと知ったことじゃない」と発言していた。彼の考えはその後、トランプ政権下の2017年から2018年まで国防副次官補(戦略・戦力開発担当)を務めたエルブリッジ・コルビーや、ミズリー州選出の共和党・ジョシュ・ホーリー上院議員の国家安全保障アドバイザーだったアレクサンダー・ベレス=グリーンなどによって、対中国対策優先の主張として共和党内に広がった。

この二人は、2023年5月、「中国との戦争を回避するには、米国はウクライナよりも台湾を優先しなければならない」という意見をWPに掲載している。ホーリー議員も同年2月、ヘリテージ財団で行った「中国とウクライナ」という演説のなかで、「ナショナリストの外交政策は、アメリカの利益を第一に考える。そして、中国による台湾の占領を阻止することが、アメリカの最優先事項であるべきだ」と語っている。つまり、国防支出は太平洋における抑止力に集中すべきであるというわけだ。

ただし、ヴァンスはウクライナに対し、戦争を終結させるための取引の一環として、ロシアに領土の一部を割譲するよう求めている点で、彼らとは立場が違う。ウクライナに対する彼のこのスタンスは、「潜在的なロシアびいき」と受け取られかねない。しかし、自由市場原理主義と外交介入主義に基づく「リベラリズムの水で薄めたヴァージョン」(a watered-down version of liberalism)を全体として抜本的に改めようとするヴァンスの主張は、ウクライナ支援といった「ちっぽけな」問題よりも、アメリカの国内問題から解決しなければならないという使命感につながっている。

 

ヴァンスを取り巻く知恵袋

ヴァンスは将来、ポスト・トランプとしてアメリカ大統領選に立候補するかもしれない。そんな彼だからこそ、すでに、彼には複数の取り巻きやブレーンが存在する。

たとえば、彼は、共和党支持者によって2021年に設立された「ロックブリッジ・ネットワーク」(Rockbridge Network)を支援している。このグループは、デジタルメディア、訴訟、有権者への働きかけ、草の根活動を通じて、共和党右派のアジェンダを推進しようとしている。この運動には、ハイテク起業家のピーター・ティール、共和党の大口献金者レベッカ・マーサーらが含まれている。とくに、ティールは、ヴァンスが上院議員選に出馬する前に勤めていたベンチャーキャピタル会社のオーナーであり、「ニューライト」への資金提供者であった。

ヴァンスは、強い家族、主権国家、万人の繁栄を支える公共政策を実行する若いアメリカ人を発掘し、教育し、資格を与えるために、2022年に設立された「アメリカン・モーメント」(American Moment)の創設理事を務めた。

ヴァンスは、トランプ主義右派の主要な学術拠点であるクレアモント研究所にも積極的にかかわっている。

「知られざる地政学」連載(32)米共和党を論じる(下)に続く

 

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。

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