【連載】横田一の直撃取材レポート

知事辞職の川勝氏、リニアと闘う姿を伝えないメディアに反発(後)(データマックス2024.4.13)

横田一

写真:川勝平太・静岡県知事

この本のコピーを手渡そうとしたのは、言葉狩りが大好きな偏向メディアに抗して静岡県民有志が動き出す可能性があると思ったからだ。直に川勝知事に渡せなかったものの、あとで知事室に寄って職員にコピーを手渡すことを頼んではおいた。

実は、「泉前市長」と叫んだのはこの日が初めてではなかった。訓示翌日(2日)の囲み取材で辞意を表明した後、翌3日にその理由を詳しく説明する臨時会見を開いたのだが、その時も追いかけて「メディアに屈して(知事職を)投げ出してもいいのか。知事、だらしなさすぎるのではないか。もっと闘ってくださいよ」と声をかけると、エレベーターに乗り込んだ川勝知事はなぜか微笑んだ。そのときにも私は「泉(房穂)前市長は(市長続投を求める)署名が集まって辞任を撤回しましたよ」と大声を張り上げたのだ。

川勝知事と泉前市長の共通点はいくつもあるが、1つは、実績をきちんと伝えないマスコミのネガティブキャンペーンの標的になったことだ。総理待望論が高まる泉前市長は参院徳島高知補選で応援演説をした後の囲み取材で、衆院選出馬の可能性について聞かれると、次のように否定した。「私が1人、国会議員になっても仕様がない。1人、総理大臣になったところで、どうせマスコミがネガティブキャンペーンをやって引きずり降ろされるから。マスコミなんて、すぐそういうことばかりするのです」(「政治に大きな変革は起こせるのか泉・明石前市長の『救民内閣』構想(前)」)。

4月10日の会見でも、ネガキャンは大好きだが、実績は伝えないメディア特性を実感した。今回の辞め方について聞かれた川勝知事は「丹那トンネル」というキーワードを発しながら、リニア計画の危険性について次のように説明したのだ。
「水の問題、これは取り返しがつきません。丹那トンネル(東海道本線のトンネルで工事中に大量湧水による水枯れ発生で水田農家が大打撃)もあったので、今回(リニア計画の南アルプストンネル)はもっと大きい。しかも国立公園です。しかもユネスコパークです。しかも多くの人たちがそれによって生きているわけです。これは何としてでも守らなくちゃならない」「粉骨砕身、全力を投じてきたつもりです」

言葉狩りが大好きなメディアの弊害は、「暴言は吐くものの、仕事はする首長」を辞職に追い込む結果、暴言は吐かないが仕事をあまりしない首長だらけになることだ。

元朝日新聞の鮫島浩氏も泉前市長への“インタビュー本”のなかで、こう問いかけている。「泉さんが出直し市長選挙で圧勝したことは、自らの身を守ることを優先して既得権との激突を避ける風潮が広がる今の日本社会に、とても大事なことを教えてくれる気がします。政治家にとって一番大事なことは、『クリーンでフェアに見せる』ことなんかじゃなく、何かを成し遂げるために闘うこと。そこを市民はしっかり見ているんだけど、政治家が自己保身に走り、反撃されることを恐れて無難に収めようとすることが多い。不退転の決意で闘い、実現してみせる政治家がいないことに、政治不信の原因があるような気がします」(泉房穂著「政治はケンカだ」のP44 より。聞き手は鮫島氏で、この部分のコピーも先の手渡し資料に同封)。

メディアの川勝知事叩きに対抗するべく、昨年7月4日に「川勝平太がんばれキャンペーン」を始めた林克氏(静岡県地方自治研究所事務局長)は、明石市と同じような続投要請署名を始めようとする動きがあることを教えてくれた。

「リニアの関係八団体で『平太がんばれキャンペーン』をやってきたが、本当に今回の辞任は残念で残念で仕方がない。川勝知事が敷いたレールは水と環境を守る上で大事で、これを継承することが求められているのではないかと思う。私たちの会のなかでも『川勝さん、辞めるな』という声を挙げる人がいる」「川勝県政の評価についてはきちんとまとめて、何らかのかたちで継承できる県政にしていきたいと考えている」。

「丹那盆地の悲劇を繰り返すな」と訴えてリニア計画に対峙してきた川勝知事の奮闘ぶりを伝えないメディアについても聞いてみた。

 ──「職業差別」という報道があるが、第一次産業、農業を支えるのに(川勝知事が)頑張ってきたと。

林克氏(以下、林) そうですね。川勝さんは本当に地場の農業をいかに振興させるのかで奮闘してきた方かなと思う。ただ非常にサービス精神が旺盛なので、目の前にいる方を本当に持ち上げるためにいろいろな比喩を使って、私からしても「ちょっとマズイかな」というのはあるが、そういうサービス精神がゆえのことなのかなというふうには思う。

──サービス精神で、リップサービスで失言も出るが、(知事として)やっている。4月10日の会見でも「丹那盆地」の話が(川勝知事から)出ていたが、(農家の)水不足、トンネル工事で大量の水が出てしまうことをちゃんと分かっている。

林 かつて(東海道本線の)丹那トンネルを掘るとき、丹那盆地は非常に豊かな水田だったわけです。トンネルを掘ったら水が抜けてしまって、そこで田んぼができなくなってしまった経緯があって、これは川勝さんだけではなくて、静岡県の人ならみんな知っていることで、そこを本当に重視したリニアの政策ではなかったのかなと思う。

──「丹那盆地の悲劇を繰り返すな」ということで農家のために頑張ってきたのが川勝さんだったと。

林 そうです。あとは草原にしかならなくなり、牛を育てるしかなくなった経緯を(川勝知事は)ご存じで、農業のために頑張ってきたのは本当にいえるかなと思います。

──失言はするけれども農家のためにやってきた川勝さんを「辞めないでほしい」という署名活動を始めようとする(農家の)方がいらっしゃると。

林 そうですね。声を挙げる方もいるので、そういう声は大事にしていきたいと思う。

静岡県知事選の告示は5月9日で投開票は26日に決まったが、泉前市長が続投要請署名を受け取ったのは市長選告示の1週間前。市民に背中を押された泉前市長は不出馬を撤回、出直し選で圧勝したのだ。

「明石の奇跡」が静岡でも起きるのか。静岡県民有志の続投要請がどこまで盛り上がるのかが注目される。

(了)

【ジャーナリスト/横田 一】

 

本記事は「知事辞職の川勝氏、リニアと闘う姿を伝えないメディアに反発(後)(データマックス2024.4.13)」の転載になります。

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横田一 横田一

1957年山口県生まれ。選挙取材に定評をもつ。著書に『亡国の首相安倍晋三』(七つ森書館)他。最新刊『岸田政権の正体』(緑風出版)。

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