「知られざる地政学」連載(35)「自衛隊機が民間機をミサイルで撃墜した」はディスインフォメーションか(上)
国際
前回の「ディスインフォメーションの地政学」につづいて、具体例を挙げながら、わかりやすくこの問題についてさらに論じたい。日本が「まずい」状況にあり、注意喚起を早急にしなければならないと考えたからである。
国際大学のシンポジウムを批判する
危機感をもったのは、総務省の「悪だくみ」を看過できないと思ったことがきっかけだ。2024年4月16日、日本ファクトチェックセンター(JFC)を運営する一般社団法人セーファーインターネット協会(SIA)は、「偽情報」対策を議論するシンポジウム「広がる偽情報にどう対抗するか-検証・教育・規制を考える-」を開催し、YouTubeでライブ配信した。開会挨拶をしたのは湯本博信という総務省大臣官房総括審議官(情報通信担当)という肩書をもつ人物である。この事実から、このシンポジウムがいかに「偏向」したものであるかがわかるだろう。政府がどのように情報統制をしたがっているかがこのシンポジウムをつぶさに観察すればよくわかる。
シンポジウムでは、SIAの委託研究として実施された国際大学グローバル・コミュニケーション・センターによる報告書『偽・誤情報、ファクトチェック、教育啓発に関する調査』が報告された。SIAはIT業界中心の組織だが、ここでは、この問題は割愛する。心あるジャーナリストはSIAをめぐる自民党議員、総務官僚、NHK職員、IT会社の関係を徹底的に調べてほしい(ついでに、国際大学も「うさん臭い」においがぷんぷんすると書いておこう)。
前回の連載で、SIAが2020年6月に「Disinformation対策フォーラム」を設立し、2022年3月にディスインフォメーションに関する報告書を公表した話を書いておいた。今度は、SIAのJFCなるわけのわからない組織がシンポジウムを開催し、日本で拡散する「偽情報」について2万人超を対象とした大規模調査を実施し、誤った情報をそれぞれ約半数が「正しい」と捉えており、その影響は深刻だとする報告書を公表したのである。そして、対策が必要だとして、チェックの制度化をめざそうとしているようにみえる。
前回は「Disinformation対策フォーラム」なるものを設立し、悪意に満ちた報告書を出したわけだが、今回もまた悪辣な内容の報告を刊行している。黙殺できないのは、今度は「教育啓発」として、教育を通じて情報統制を正当化しようとしている点にある。総務省は着実に情報統制を強化することで、日本の軍事国家化を推進しようとしているように映る。
やや脱線すると、私はシンポジウムの開催をまったく知らなかった。15日朝のNHKニュースをみて、はじめて知ったにすぎない。問題の核心はNHKがなぜこのシンポジウムを報道したかにかかっている。「国の広報機関」に成り下がったNHKは、シンポジウムを通じて、誤った情報を「正しい」とする人の割合が増えているから大変だと警鐘をならし、「ファクトチェック」の必要性を説こうとしているようにみえる。ゆえに、「このシンポジウムを報道する必要があったのではないか」、と私はにらんである。
シンポジウムの「パネル討論」には、飯田香織NHK報道局ネットワーク報道部長が参加した。総務省べったりのNHKの現状を物語っていると勘繰りたくなる。要するに、ファクトチェック機能をNHKが担い、ディスインフォメーション工作にNHKを利用しようとしていると推察できるのだ。
報告書『偽・誤情報、ファクトチェック、教育啓発に関する調査』のひどさ
つぎに、報告書『偽・誤情報、ファクトチェック、教育啓発に関する調査』を批判したい。前回の連載と同じように、ディスインフォメーションをめぐる定義から論じてみよう。まず、気づくのは、この報告書が不誠実である点だ。
「偽・誤情報の定義」の箇所に書かれている内容がまったく不誠実なのである。書かれている内容は、長迫智子笹川平和財団研究員が2021年2月15日付で書いた記事「今日の世界における「ディスインフォメーション」の動向――“Fake News”から”Disinformation”へ」によく似ているのに、彼女の記事についてはまったく無視されている。これでは、この報告書が「盗用」であると指摘されても仕方がないだろう。
残念なのは、元になった長迫の記事自体が不勉強である点だ。私が指導教官であれば、「ディスインフォメーションについて研究したいのなら、まず、過去の先達による業績を徹底的に調べ上げよ」と命じただろう。しかし、彼女が2020年1月刊行の『現代地政学事典』の「ディスインフォメーション」を読んだとは思えない。連載34に書いたように、この項目を書いたのは私であり、日本におけるディスインフォメーション議論はここから出発すべきであると、私は信じている。過去の先達の業績を無視して、優れた研究などできるはずがない。
真偽・正誤のチェックをしたがる権力当局
要するに、出発点において、ディスインフォメーションへの理解がまったく足りないと指摘せざるをえない。その結果、misinformation(誤情報)、disinformation(偽情報)、malinformation(悪意ある情報)に分けてディスインフォメーションを論じるという、Claire Wardle & Hossein Derakhshan, Information Disorder: Toward an interdisciplinary framework for research and policymaking, 2017の皮相な論文と同じ誤りに陥っている。
前回書いたように、ディスインフォメーションが情報受信者を騙したり欺いたりする意図があったかどうかという第一義的な問題を無視して、報告書も長迫も、「Information Disorder」を参照しながら、正誤、真偽、悪意の有無に切り分けた議論を展開するのである。
ただし、この論文を参考しながらも、報告書と長迫のディスインフォメーションの定義は異なっている。報告書は、正誤、真偽、悪意の情報が重なる部分に注目して、「重なり合う 2(disinformation)は虚偽であり悪意のある情報といえる」と書く(下図参照)。
(出所)『偽・誤情報、ファクトチェック、教育啓発に関する調査』, p. 14.
それに対して、長迫は、「害意を以て故意に広められ、真なる情報と偽の情報の双方を含むものの、それが誤った文脈や詐欺的な内容、でっち上げや操作された内容に組み合わされることで、攻撃対象を認知するプロセスを歪ませる情報の集合体、およびそうした情報を拡散するオペレーション」というディスインフォメーションの定義を提案している。
「害意を以て故意に広められ」という条件が、ディスインフォメーションを定義する優先的条件とされている点で、長迫の定義のほうが報告書よりもずっと真っ当だ。「真なる情報と偽の情報の双方を含む」場合があるとすれば、素直に考えれば、私がいうように、正誤や真偽の問題は「二義的」な意味しかもたない。おそらく、この「真なる情報と偽の情報の双方を含むものの」という記述が気に入らない報告書は、長迫の記事を無視したのだろう。
というのも、報告書では、つぎのように書いている。
「欧米では特に disinformation に注目した議論が多い。しかしながら、日本におけるフェイクニュースの社会的影響などの実態を考える際に、disinformation のみに絞るのが妥当かどうかには疑問が残る。なぜならば、現実には故意ではなく誤った情報を基に公共的な被害が発生した場合も、社会に与える影響はそれが故意であった場合と同様と考えられるためである。実際、OECD では、disinformation と misinformation 双方が民主主義にとって脅威であり、対策が重要であると述べている(OECD, “Reinforcing democracy”)。さらに、実際にはこの disinformation なのか misinformation なのかといった点は、人々には当然判断がつかず、それを観察する筆者のような研究者からしても極めて判別が難しいものである。」
紹介した引用部分は日本の権力当局の「悪だくみ」が満載である。まず、なぜ日本だけディスインフォメーションに絞った議論を避けるのかという大きな疑問が湧く。おそらく真っ当にディスインフォメーションを議論すれば、私や長迫が指摘するように、あるいは、数多くの外国文献が主張しているように、「騙そうとする意図」や「害意の故意」の有無が最大の問題点となるはずだ。しかし、そうした議論をあえて避けて、真偽と正誤についてだけ問題視することで、この部分を当局の監視下に置きたいというのが日本の権力当局の「悪だくみ」そのものなのではないか。
その証拠に、報告書『偽・誤情報、ファクトチェック、教育啓発に関する調査』には、「以上より、情報障害の中から malinformation を除いた、disinformation と misinformation を合わせたものを偽・誤情報と本稿では定義する」と書かれている。
どうして真偽と正誤だけを問題にするのだろうか。malinformationをあえて除く理由がわからない。malinformationのなかに含まれている「害を与えることを目的として意図的に共有された事実の情報」を流しつつ、別のもっと重要な情報を流さないことで国民を騙すというのが、国家が行うディスインフォメーションの典型例であることを考えると、この定義はまったく受け入れられない。ただし、騙そうとする意図の有無は判別しにくいのは事実である。それは、カントの主張を思い起こせば理解できる(この問題は紙幅の関係で割愛する。関心のある方は拙稿「カント生誕300年を迎えて想うこと」を参考にしてほしい)。
他方で、真偽と正誤だけを問題の対象範囲とすることで、「上」からの息のかかった真偽・正誤の判断を行い、国家に都合のいい情報だけを大量に流し、国家に不都合な情報はそもそも伝播されないように弾圧しようとしているのではないか、と勘繰ることができる。ディスインフォメーション自体を問題にするのではなく、自分たちに都合のいい、真偽と正誤にかかわる情報だけを取り上げるのはまったくおかしいのだ。
もちろん、真偽や正誤をチェックする行為そのものを否定するわけではない。問題はだれがどんな根拠でどのような判断基準でチェックするのかにかかっている。そして、その背後でカネを出したり、口を出したりする人物の有無にまで透明性を確保しなければならない。
見え透いた論理
報告書の論理はまったく見え透いている。偽・誤情報を正しいと信じている人の割合が高いのは危険だから、ファクトチェック手法、たとえば、検索エンジンでのキーワード検索結果一覧の上位にファクトチェックサイトを表示されるようにする工夫や、プッシュ通知を利用したファクトチェックへの誘導などを推奨している。同時に、教育啓発の重要性を指摘して、「上」からの教育を推奨しようとたくらんでいるようにみえる。
つまり、この報告書はディスインフォメーションの定義をあえて総務省の都合のいいように解釈して、真偽や正誤の判断基準を曖昧にしたまま、「真情報」や「正情報」なる、わけのわからない情報、すなわち国家に都合にいい情報だけを優先的に流布させるための報告となっている、と私には思えるのである。
なお、少しだけ専門的なことを書いておくと、報告書では、「偽・誤情報の真偽判断行動には多くの要素が影響を与えていると考えられるため、回帰分析によってその影響を明らかにする」として、回帰分析の結果を示している。回帰分析は因果関係を説明するものではないのだから、そもそも回帰分析をする意味がまったくわからない。もっともらしく見せかける「子供騙し」のように私には思える。
大切な引用文献も明記せず、私の書いた『現代地政学事典』の項目「ディスインフォメーション」について言及しないまま、こんな報告書がよく書けるものだと慨嘆せざるをえない。こうした行為そのものがディスインフォメーション工作だと断じておこう。
ついでに、私が国会議員なら、総務省が税金を使って、こんな悪辣で低レベルの委託研究にカネを出している事実について追及するだろう。「専門家」とは名ばかりの連中を使って、国民を情報操作する方法を編み出そうとしているのであれば、言語道断だろう。党派を問わず、国会議員の不勉強をあえて指摘しておきたい。「もっと勉強しろ」に尽きる。
「知られざる地政学」連載(35)「自衛隊機が民間機をミサイルで撃墜した」はディスインフォメーション(下)に続く
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1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。