【対談】 天木直人(元駐レバノン大使)×木村三浩(一水会代表): ウクライナ危機の今こそ「新大アジア主義」が必要だ
国際・西側メディアが報じない事実
天木:木村さんがウクライナ情勢についてまとめた、紙の爆弾4月号「バイデンが煽ったウクライナ危機」を読みました。
日本のメディアは、米国のダブルスタンダードについては一言も触れず、ひたすら米国の言い分を無批判にコピーして報じている。その結果、「日本で日米安保を批判的に検証する土壌は失われた。その意味で、現在のウクライナ危機は日本が迎えた岐路だ。ウクライナ問題に関する、いわば世界の大政翼賛会的状況にどう対処していくか」、それが大問題だと木村さんは警鐘を乱打されました。
全く同感で、よくぞ書いてくれたという思いです。今回の対談は、その魂の叫びに応えるべく、「これからの日本はどうあるべきか」について語ろうと、私が申し入れたものです。それを受け入れてくれた木村さんと紙の爆弾に感謝します。
対談に入る前に、木村さんが前回記事で日本人に訴えたかったことを、もう一度語っていただけませんか。
木村:今回のロシアの軍事行動には大きな背景があります。表面だけ見ていると、「ロシアが侵略した」「ウクライナがかわいそうだ」というメディアスクラムに頭を撃ち抜かれますが、ロシアの行動には地政学的なスラブ民族共同体の防衛があり、NATOの直接の脅威を取り除く自衛手段をとらなければならなかったということです。
ウクライナでは2014年、当時のヤヌコビッチ大統領追い落としクーデターなど西側からの攻勢強化をはじめ、ルガンスク・ドネツクなどに定住するロシア系住民を狙った排外武装組織「アゾフ大隊」等による殺害・殺戮行為が8年間も続いていました。加えて現ゼレンスキー政権は、ウクライナの公用語はウクライナ語に限る、ロシア文化とロシアに愛着を持つ者は出ていけという国民棄民政策も行なっています。さらにロシアが今回の軍事行動に入る直前の2月19日には、ミュンヘン安全保障会議で、ウクライナのこれまでの国是を破る、核保有の可能性に関する研究開発作業をスタートするという発表もしています。
ロシアは1990年の東西ドイツ統一に際して、ワルシャワ条約機構軍の解体を進めました。これは、米国のベーカー国務長官の「NATOは一インチたりとも東方拡大しない」という言葉を信じてのものです。
しかし民主主義国家・米国の約束は脆くも口約束のまま崩れ、ネオコン・グローバリストがロシアの脅威として迫ってきている。これらの圧迫に対抗するため、プーチン大統領は先の2月24日にルガンスク、ドネツク両人民共和国との友好条約に基づき、ウクライナを建国当初の姿勢に戻す「非軍事化・非ナチ化」を掲げて軍事行動に入りました。ロシアはスラブ共同体を守るという背景があることを理解すべきです。メディアスクラムではそのあたりが一切消されてしまうので、紙の爆弾で強調したのです。
・米国の次の標的は習近平の中国である
天木:ウクライナ危機がどう展開していくかはわかりませんが、はっきりしているのは、米国がプーチンのロシアを潰した後は、習近平の中国潰しに向かうということです。ウクライナの後は台湾なのです。
私は、覇権国家と新興国の間で戦争が生じる、いわゆる「ツキジデスの罠」にはまった米国の最終目標は、自らの覇権を守るため、中国との戦争に突き進み、日本にどちらにつくか踏み絵を迫ると思います。北朝鮮の危機を煽り、南北朝鮮の融和を妨げるのもその意図するところは同じです。つまり日本と中国・南北朝鮮を分断させる、それが米国の一貫した戦略だと思います。だから逆にいえば、今こそアジアは連帯しなくてはいけないと思うのです。いかがでしょう。
木村:アジアにおいても中国・台湾の両岸問題の緊張が高まってくると、私も見ています。米バイデン政権は西においてはウクライナの緊張を煽り、東においては台湾の緊張を煽るという戦略をとっています。南北朝鮮問題においても、融和よりも対立を煽るでしょう。これらで緊張が高まれば、いや、すでに自民党などの国会議員が安全保障上の脅威を訴え、従米改憲による自衛隊の米軍補強・一体化を訴えていき、敵基地攻撃をぶち上げようと立法準備をしています。
自分の国を自分で守るのは当たり前ですが、米国に突き動かされ、その先兵として中国・南北朝鮮と敵対的になることは米国覇権の後押しであり、対米従属の極みであって、独立国家の所業とはいえません。自分の足元を顧みられない状況だと思います。
・新大アジア主義の必要性
天木:私と木村さんの共通のテーマは「対米自立」です。それは、裏を返せばアジア連帯の実現、つまり「大アジア主義」です。
大アジア主義といえば、頭山満の玄洋社を思い起こします。そして玄洋社といえば、日本の右翼組織の原点ですよね。歴史的先達にあたるわけですが、頭山満や玄洋社をどう評価していますか。
木村:頭山翁らの大アジア主義の姿勢は、欧米からのアジア解放という理念を実践しようとした点で高く評価しています。玄洋社の理念は皇室を敬愛し、伝統文化を守り、国益を重んじ、弱者を救う義侠の精神に尽きるのではないでしょうか。当時のアジアの状況は、被圧迫民族として西欧による植民地化が続いており、これらの解放を助ける意味では重要な理念を示しています。
しかし、対支21カ条などの要求を支持する立場などは、わが国がアジアの中における解放者を目指すというより、盟主化路線の担い手となっていった側面があるのも事実です。
天木:頭山らが、アジア主義の実現のためにテロを重ね、結果的には軍部のアジア侵略を助けた危険な国家主義団体だったことは否定できません。しかし頭山が、中国の孫文や韓国の金玉均などの民主革命を支援し、欧米からアジアの植民地化を防ごうとした人物であることはあまり知られていません。
同時に、頭山の朋友には、中江兆民や植木枝盛から始まって、宮崎滔天・犬養毅・緒方竹虎・広田弘毅など、いわゆる民権派と見られる人物が多くいたことに注目すべきです。マッカーサーが真っ先に玄洋社を解散させたのも、そして玄洋社に関係のあった広田弘毅を文人でただ一人、死刑という極刑にしたのも、大アジア主義を恐れたからだと私は思っているのです。
残念ながら頭山らが唱える大アジア主義は当初の志から離れ、日本の軍部が中国や韓国を植民地化することを許してしまった。そこに大きな失敗と限界がありました。しかし、当初は玄洋社から出発し、正しい大アジア主義を唱えた鈴木天眼という人物がいたことを、私は最近『鈴木天眼 反戦反骨の大アジア主義』(高橋信雄著、あけび書房)という本で知りました。彼の唱える、対等で互恵的な大アジア主義こそが、これからの日本が主張すべき正しい大アジア主義、“新大アジア主義”だと思います。
木村:明治後期以降の日本は、アジアの中で先行して欧米列強に対抗できる国力をつけたうえで、欧米をアジアから排除する立場に変わっていったともいえます。日露戦争以降の情勢においても、鈴木天眼が日本の台頭に対して慎重であったことは、その後の時代の暗い部分を見通していたという点で先見の明があったと思います。
ただし、大東亜戦争に至る昭和期の頭山翁については、蒋介石や汪兆銘、インドのチャンドラ・ボースとの繋がりを、日本とアジアの連帯と解放のために最大限に活かそうとしたという点で、日本の軍部中心の国策と一定の関係はありつつも、それぞれ異なる役割・目的意識を持ったものとして、整理して捉えるべきだと私は思います。
・新大アジア主義に立ちふさがる歴史認識問題
天木:以前(「紙の爆弾」2021年2月号)の対談でも触れましたが、中国や南北朝鮮と日本の大同団結を妨げるものは、日本人の意識の中にあるアジア蔑視だと思うのです。その一方で、明治維新の指導者から始まり今日に至るまで、日本人には欧米崇拝、特にアングロサクソン崇拝が強固に染みついています。
すなわち、日本は中国や南北朝鮮より優れているという根拠のない優越感と、その延長線上にある、彼らを植民地化しようとしたことについて今でも反省はなく、一方で対米従属はどんどん進む。この二つを克服しない限り、日本は新大アジア主義を実現することは難しいと思います。
木村:われわれ日本人、あるいは他の集団にとって、自身の民族や国家としての誇りは、帝国主義やグローバリズムが席巻する近現代世界において、自主独立を恢復し、堅持するために必要不可欠なものです。しかし、その根拠となる基準が外から与えられたものであっては、それは国家の自主独立をむしろ妨げ、日本の日本たる所以を逆に忘れさせてしまうでしょう。
近年の保守論壇について特に気がかりなのは、韓国には恨(ハン)の伝統があるからとか、中韓は儒教に支配されているからといって、日本が彼らと決して理解し合えないかのように断定する言説がよく見られることです。
もちろん、歴史認識問題があるとはいえ、日韓の国際合意をいかに確定させるか、満洲事変や支那事変、大東亜戦争に至る歴史は本当に日本側だけの『鈴木天眼 反戦反骨の大アジア主義』(あけび書房、2021 年)責任かといった議論は、タブーなく自由に行なわれるべきです。しかし、同じ東洋の国として長らく文化的に交流してきた国々について、その歴史や文化まで否定することは、回りまわって現在に至る日本文化を形成してきた先人の営みを忘却し、現代日本を覆う西欧化・アメリカ化・グローバル化の風潮から立ち返るための足場を失うことに繋がります。
それは、さかのぼれば鹿鳴館に象徴される明治日本の欧化政策が出発点であり、この風潮が、朝鮮独立の志士・金玉均の支援者でもあった福澤諭吉翁の「脱亜論」が生んだ悪い側面、つまり近代化した日本と近代化できない支那朝鮮は違うという、悪い意味での優越感を育ててきたと思います。そこでは、どれだけ西欧的に近代化できているかが国同士の優劣を測る尺度になってしまっており、その尺度は日本自身の歴史や文化に根差したものではありません。特に米国占領下の戦後日本では、天木さんがおっしゃったアングロサクソン崇拝が、その近隣諸国に対する優越感と結びついて、G7もそうですが、いびつな「名誉白人」意識を育ててきたといえるでしょう。
天木:アジア蔑視とアングロサクソン崇拝は相互に一体であると。
木村:それを米国から見ればどうなるかというと、トルーマン政権の下で、国務長官顧問や国務長官として昭和26(1951)年の日米安保条約締結などの対日政策に関わってきたジョン・フォスター・ダレスは次のように述べています。
「他のアメリカ人と同様、占領によって改革されたとはいえ、約6~7年前まで熾烈な戦争をした相手の日本人を信頼できるか疑っていた。アメリカと交渉する裏で、共産主義国だが同じ黄色人種でアジア人の中華人民共和国と通じているのではないかと疑っていた。他のアジア人の国々に対して日本人がしばしば持っていた優越感と、『エリート・アングロサクソン・クラブ』のアメリカやイギリスなどの共産主義国に対抗している西側陣営に入るという憧れを満たすことを利用して、西側陣営に対する忠誠心を繋ぎ止めさせるべきだ。日本を再軍備させ、自分たち西側陣営に組み入れるということと、一方、日本人を信頼し切れないというジレンマを日米安全保障同盟、それは永続的に軍事的に日本をアメリカに従属させるというものを構築することで解決した」(ジョン・ダワー著、猿谷要監修『容赦なき戦争 太平洋戦争における人種差別』平凡社)。
このような、日本と他のアジア諸国の離間を意図してきた米国の占領政策を認識したうえで、対米自立の実現と自主国防、および防衛政策と両立する戦略的なアジア諸国の連帯を日本は進めていくべきです。
株式会社鹿砦社が発行する月刊誌で2005年4月創刊。「死滅したジャーナリズムを越えて、の旗を掲げ愚直に巨悪とタブーに挑む」を標榜する。