【連載】安斎育郎のウクライナ情報

歴史は韻を踏む(◆平和友の会会報連載「世相裏表」2024年5月号原稿)

安斎育郎

 

安斎育郎(立命館大学名誉教授/元国際平和ミュージーアム館長)

アメリカ球界で活躍する大谷翔平選手は確かに天才的な稀有の選手で、日本の報道番組でもその活躍ぶりが毎日のように伝えられています。先日彼が所属するロサンゼルス・ドジャースのダイアモンド・バックスとの試合が、球場のバックネットの高いところに押し寄せた蜂の大群のために駆除業者が処置するまで1時間55分も遅れました。しかし、洒落ていたのは、この試合開始遅延の間に場内に流された音楽です。それはビートルズの「レット・イット・ビー」でした。蜂は英語でbee(ビー)。ビーのために試合開始が遅れた時間帯に流した音楽がビートルズの「レット・イット・ビー」。どうです、この洒落っ気は?韻を踏んでいるのです。

NHKの歴史番組によく登場する歴史家の磯田道史さん(国際日本文化研究センター教授)は、「歴史は繰り返さない。しかし韻を踏む」と言っています。時代が違えば社会を取り巻く状況も違うので、歴史がそっくりそのまま繰り返されることはないが、似たようなことは起こるという意味ですね。

私は地元の宇治市で、「詩人尹東柱記念碑建立委員会」の代表を務め、苦節12年余にしてやっと宇治川の畔に「詩人尹東柱・記憶と和解の碑」を建立しました。尹東柱(ユン・ドンジュ)は大日本帝国の植民地だった韓国から1942年に日本に留学し、翌1943年5月頃、同志社大学の学友たちとともに、帰国を前にした尹東柱の野外送別会で宇治川の河畔を訪れました。治安維持法に反対する活動で右翼に刺殺された山本宣治(ヤマセン)の実家「花やしき」のそばの「天ケ瀬の吊り橋」近くの岸辺で飯盒炊爨し、アリランを歌うなどして青春のひと時を過ごしました。

ところが同年7月、尹東柱は、朝鮮独立運動への関与を疑われ、従兄弟の宋夢奎(ソンモンギュ)ともども治安維持法容疑で逮捕され、京都地方裁判所で懲役2年の判決を受けて福岡刑務所に収監されて、1945年2月16日、不審な状況の中で獄死しました。弱冠27歳でした。

来年は2025年、「昭和100年」に当たるこの年は、治安維持法制定100周年でもあり、治安維持法廃止80周年でもあります。もちろん、第二次世界大戦・太平洋戦争終結80周年でもあり、核兵器開発・原爆投下80周年でもあります。

歴史家・磯田さんの「歴史は繰り返さないが、韻を踏む」という言葉はなかなか不気味な言葉で、近年、「忖度全体主義」と私が名づけている状況下で、だんだん自由にものが言いにくくなっている状況が、私にはまるで治安維持法前夜のような響きに聞こえます。それは私たち個人の言論の自由の面だけでなく、マスメディアがどの局も似たり寄ったりの情報を流しているような状況にも危うさの匂いが感じ取られます。

私が館長を務めている福島県双葉郡楢葉町の宝鏡寺境内にある平和博物館「ヒロシマ・ナガサキ・ビキニ・フクシマ伝言館」では、来年は特別展の一つとして尹東柱を取り上げ、治安維持法制定100年・廃止80年の意味を改めて考える縁(よすが)としたいと考えています。

ところで、「知の巨人」と言われた故・加藤周一さんからは、「詩は原語で味わうべし」と言われました。加藤さんが立命館大学国際関係学部の客員教授だったころ、毎月加藤さんと夕食を共にしながら加藤さんに何でも質問し、加藤さんの豊かな蘊蓄を楽しむ会が催されていました。その内容はやがてかもがわ出版から『居酒屋の加藤周一』1,2として出版されましたが、そんな対話の中で加藤さんが「詩は原語で味わうべし」と言ったのは、詩は原語で声を出して読まないと「韻」が理解できないからでした。この欄でも取り上げたカリブ海出身の歌手ハリー・ベラフォンテの「ジャマイカ・フェアウェル」にしても、“Down the way where the nights are gay/and the sunshine daily on the mountain top/I took a trip on a sailing ship/And when I reached Jamaica, I made a stop/But I’m too sad to say I’m on my way/want to be back for many a day/my heart is down, my head is turning around/I had to leave a little girl in Kingston town”のように随所に韻が踏まれています。だからこの歌は英語で歌うととても気持ちがいいのです。

翻って地元宇治市での尹東柱記念碑建立委員会の活動を振り返るとき、集会では必ず尹東柱の詩をハングルと日本語の両方で読み合わせているとは言いながら、少なくとも私は尹東柱の詩の韻律を十分原語で味わっていないなあとつくづく反省しています。

 

安斎育郎 安斎育郎

1940年、東京生まれ。1944~49年、福島県で疎開生活。東大工学部原子力工学科第1期生。工学博士。東京大学医学部助手、東京医科大学客員助教授を経て、1986年、立命館大学経済学部教授、88年国際関係学部教授。1995年、同大学国際平和ミュージアム館長。2008年より、立命館大学国際平和ミュージアム・終身名誉館長。現在、立命館大学名誉教授。専門は放射線防護学、平和学。2011年、定年とともに、「安斎科学・平和事務所」(Anzai Science & Peace Office, ASAP)を立ち上げ、以来、2022年4月までに福島原発事故について99回の調査・相談・学習活動。International Network of Museums for Peace(平和のための博物館国相ネットワーク)のジェネラル・コ^ディ ネータを務めた後、現在は、名誉ジェネラル・コーディネータ。日本の「平和のための博物館市民ネットワーク」代表。日本平和学会・理事。ノーモアヒロシマ・ナガサキ記憶遺産を継承する会・副代表。2021年3月11日、福島県双葉郡浪江町の古刹・宝鏡寺境内に第30世住職・早川篤雄氏と連名で「原発悔恨・伝言の碑」を建立するとともに、隣接して、平和博物館「ヒロシマ・ナガサキ・ビキニ・フクシマ伝言館」を開設。マジックを趣味とし、東大時代は奇術愛好会第3代会長。「国境なき手品師団」(Magicians without Borders)名誉会員。Japan Skeptics(超自然現象を科学的・批判的に究明する会)会長を務め、現在名誉会員。NHK『だます心だまされる心」(全8回)、『日曜美術館』(だまし絵)、日本テレビ『世界一受けたい授業』などに出演。2003年、ベトナム政府より「文化情報事業功労者記章」受章。2011年、「第22回久保医療文化賞」、韓国ノグンリ国際平和財団「第4回人権賞」、2013年、日本平和学会「第4回平和賞」、2021年、ウィーン・ユネスコ・クラブ「地球市民賞」などを受賞。著書は『人はなぜ騙されるのか』(朝日新聞)、『だます心だまされる心』(岩波書店)、『からだのなかの放射能』(合同出版)、『語りつごうヒロシマ・ナガサキ』(新日本出版、全5巻)など100数十点あるが、最近著に『核なき時代を生きる君たちへ━核不拡散条約50年と核兵器禁止条約』(2021年3月1日)、『私の反原発人生と「福島プロジェクト」の足跡』(2021年3月11日)、『戦争と科学者─知的探求心と非人道性の葛藤』(2022年4月1日、いずれも、かもがわ出版)など。

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