【連載】知られざる地政学(塩原俊彦)

「知られざる地政学」連載(41)国際法の地政学(下)

塩原俊彦

 

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ICJ判決

5月24日には、ICJは、イスラエルはガザ南部の都市ラファでの軍事攻撃を直ちに停止しなければならないとの判決を下した。13対2の判決は、戦争遂行をめぐるネタニヤフ政権へのプレッシャーになる。ガザ当局は、戦闘員と民間人を区別することなく、少なくとも3万5000人が殺害され、数十万人が、飛び地の大部分を荒廃させたイスラエルの砲撃を避けるために何度も逃げることを余儀なくされたとしている。

ただし、イスラエル政府は、ガザのパレスチナ人に対する大量虐殺の非難を「虚偽であり、言語道断であり、反乱的である」とはねつけた。

判決は、イスラエルに対し、ラファでの攻撃を「直ちに停止」し、調査官のガザへのアクセスを確保することや、ガザ南部への援助を促進するためにラファ国境を開放することなどの措置をとるよう命じている。ICJの命令は、イスラエルは1カ月以内にすべての措置について裁判所に報告書を提出しなければならないとしている。イスラエルが命令を無視したとしても、ICJにはそれを執行する手段はない。理論的には、国連安保理がこの問題に関する決議を出すことができるが、イスラエルにとってもっとも強力な同盟国であるアメリカは、安保理常任理事国であり、イスラエルに対するいかなる措置にも拒否権を行使することができ、また、そうするだろう。

つまり、ICJの裁定には法的拘束力があるが、その執行には困難が伴う。したがって、裁定が無視されることもある。たとえばロシアは、2022年のウクライナに対する戦争停止命令を拒否した。同じように、イスラエルも停止命令を拒否するだろう。しかし、そうであるならば、イスラエルに対して、対ロ制裁並みの制裁を科すことが求められる。それが真っ当な人間の判断というものではないか。しかし、私利私欲で動くアメリカはそんなことをさせない。

実は、2023年末、南アフリカがイスラエルを提訴した後、ICJは1月26日にイスラエルに対し、ガザでの大量虐殺行為を防止し、疑惑の犯罪に関連する証拠を保全するよう命じた。裁判所はイスラエルに対し、ジェノサイド条約を遵守し、ガザへの援助を増やし、その努力を裁判所に報告するよう命じたのである。ICJはまた、パレスチナ人に基本的なサービスを提供するための「即時かつ効果的な措置」を求めた。ただし、このとき、ICJは、ガザ地区での戦闘の停止を命じず、南アフリカが提起した裁判の是非について裁定を下そうとはしなかった。

この判決から数カ月、さらに数千人のパレスチナ人が殺され、援助団体はガザ北部で飢饉が起きると警告している。南部では、イスラエル軍がラファの一部を攻撃し、エジプトとの国境を占拠したため、ここ数週間、多くの人々がラファから避難し、人道援助物資の流通が滞っている。このままでは、イスラエルはこのまま民間人殺しをつづけるだろう。

ヨーロッパ3カ国によるパレスチナ承認

5月22日、スペイン、ノルウェー、アイルランドの3カ国は5月22日、パレスチナの独立国家を承認すると発表した(5月28日、正式に加盟)。例によって、イスラエルの外相は、この3カ国の決定を「歪んだ一歩」と非難したが、もはやイスラエルの声を真に受ける国はアメリカくらいだろう。アイルランド、スペイン、ノルウェーの声明を受けて、パレスチナを承認する国の数は、国連加盟193カ国のうち146カ国となった(下図を参照)。

3カ国のなかで、ノルウェーだけはEUに加盟していないから、独自の判断がしやすい。スペインとアイルランドはEU加盟国だが、1995年にEUに加盟したスウェーデンが2014年にパレスチナの承認に踏み切っていたから、これに追随したかたちになる。EU諸国では、スウェーデン、ブルガリア、キプロス、チェコ、スロバキア、ハンガリー、マルタ、ポーランド、ルーマニアがパレスチナを承認しているが、スウェーデン以外の国はEU加盟前に関連する決定を下していた。すでに、スロベニア、マルタ、ベルギーの当局も、パレスチナを国家として承認する必要性について話し始めたとの報道もある。

 

図 最近、パレスチナ国家承認を表明した3カ国と承認済み国(ピンク)
(出所)https://www.economist.com/the-economist-explains/2024/05/22/what-does-it-mean-to-recognise-palestinian-statehood

パレスチナの歴史

オスマン帝国の一部であったパレスチナは、第一次世界大戦中の1917年にイギリスによって占領される。その年、イギリスはバルフォア宣言を発表し、パレスチナにおけるユダヤ人の「祖国」への漠然とした支援を約束する。戦後、パレスチナはイギリスに統治され、19世紀後半から始まったシオニストによる移民が増加する。ユダヤ系住民とアラブ系住民の間に緊張が高まり、1936年にはアラブ系住民が反乱を起こす。1939年までに蜂起は鎮圧されたが、イギリスはこの問題を国連に丸投げし、国連は土地の分割を決議する。イギリスはすぐに撤退し、1948年、イスラエルが誕生するのである。そこには、ヘゲモニーを握ったアメリカの後押しがあった。

アメリカは表面上、パレスチナ住民の死者を減らすように努力しているかのように装っている。しかし、「イスラエル軍のパレスチナへの地上攻撃を決してするな」と恫喝しているわけではない。事実上、民間人の殺戮を認めているのだ。他方で、米国政府はロシア軍によるウクライナの民間人への殺戮を厳しく非難してきた。まったくの「ダブルスタンダード」である。そんなことができるのも、国際法を無視できるヘゲモニー国家アメリカだからなのだ。

国家承認のルール

ここで、国際法上の国家承認ルールについて復習しておこう。ある国が他国を承認する時期について拘束力のある規則はないが、国際法はいくつかのガイドラインを示している。1933年に南北アメリカの20カ国が署名した「国家の権利と義務に関するモンテビデオ条約」は、「国家は①永続的な人口を有し、②政府を有し、③国境を定め、④他の国家と関係を結ぶ能力を有する」という4基準を定めている。しかし、国家として承認されている多くの場所は、必ずしもこれらの条件を満たしているわけではない。たとえば、リビアのように二つの政府が存在する国さえある。

国家によっては、民族運動が独立を宣言し、国際的な承認を求めた後に誕生するものもある。1988年、パレスチナ解放機構(PLO)の指導者であるヤーセル・アラファトは、1967年の6日間戦争前夜にアラブ諸国が支配していた土地を国境線とするパレスチナの国家樹立を宣言した。1988年末までに、国連加盟国の約半数がパレスチナを承認した。

アメリカ、イギリス、フランス、ドイツはすべて、イスラエルとパレスチナの2国家解決策を支持しているが、パレスチナ国家を承認するのは、双方が合意した場合に限られるとしている。イスラエルは一方的な動きをすべて拒否している。公式には、パレスチナはイスラエルと最終的な地位について直接交渉しなければならないとしているが、イスラエルのネタニヤフ首相は繰り返し2国家解決策を否定している。

多くの国がいまだにパレスチナの国家としての地位を認めていないため、国連自体もパレスチナを部分的にしか承認していない。1974年、PLOは国連のオブザーバー機関となった。2012年の国連総会でパレスチナは非加盟のオブザーバー国に格上げされた。正式加盟には国連安全保障理事会の承認が必要で、米英仏が拒否権をもつ常任理事国となっている。

パレスチナの国連加盟を阻むアメリカ

現在理事国の一角を占めるアルジェリアは4月、パレスチナの国連加盟国としての正式加盟を認めるよう、より広範な国連加盟国に投票を行うよう総会に勧告する決議案の採決を安保理にもち込んだ。18日、フランスを含む15カ国中12カ国がアメリカは拒否権を行使した(イギリスとスイスは棄権)。アメリカの国連大使は、パレスチナ人は「自分たちの国家であるはずのもの」を完全にコントロールできていないと主張した。

老婆心ながら、あえて書いておくと、最近、ロシアもえげつない拒否権行使が目立つ。2023年7月、ロシアはシリア北部への国境を越えた援助物資の輸送を9カ月間更新することを認めるはずだった安保理決議に拒否権を行使した。この拒否権によって、2014年以来、国連と援助機関が85%の援助をシリア国内に届けるために使用していたバブ・アル・ハワ交差点の運用が停止され、人道支援をますます切実に必要としている何百万人ものシリア人にとって、深刻な人道的結果をもたらしたとされる。さらに、同年8月、マリの和平を妨害する勢力に対する安保理の一定の措置を更新する決議案にロシアが拒否権を行使したため、危機的状況にある同国からの国連プレゼンスの撤退が求められた。加えて、2024年3月、ロシアは、北朝鮮の核・弾道ミサイル開発に対する国連制裁の実施を監視してきた専門家パネルの年次更新に拒否権を発動した。このパネルは14年間、国連安全保障理事会によって毎年更新されてきたにもかかわらず、ロシアははじめてこのパネルの妨害に踏み切ったのである。この結果、パネルの任期は4月末で終了した。アメリカもひどいが、ロシアはそれ以上に悪辣非道となってしまったと指摘せざるをえない。

国連における「パレスチナ国家」

パレスチナ人にとって、承認のメリットは主に象徴的なものだが、実際的な意味合いもある。パレスチナは、国家として承認された国に大使館を開設することができる。しかし、イスラエルが承認しない限り、パレスチナの人々は国家としての完全な恩恵と自由を享受することはできない。前回の直接協議は2014年に決裂した。現在の状況では再開は不可能に見える。しかし、再開は大いに必要である。

5月10日、国連総会は、今度は、「パレスチナ国家」にオブザーバー国としての権利をアップグレードする決議を圧倒的多数で可決した。決議案は143対9の賛成多数で採択されたのだ。アメリカが拒否権を行使する安保理だけが与えることのできる特権である投票権を除く、ほぼすべての権利がパレスチナ代表団に拡大されることになった。アメリカは、イスラエルとともに決議案に反対票を投じた9カ国のうちの2国である。アルゼンチン、チェコ、ハンガリーも反対した。カナダ、ドイツ、オランダ、スイス、スウェーデン、ウクライナ、イギリスなど25カ国は棄権に回ったが、日本やフランスは賛成した。

なお、ハマスとパレスチナ国家との関係については、大いに改革することが必要であると書いておこう。エドワード・ニコライ・ルトワックが『フォーリン・アフェアーズ』(1999年7/8月号)に公表した「戦争にチャンスを」という有名な論文について書いたことがある。この問題については、拙著「「知られざる地政学」連載【14】「リアルな戦争」について」()を読み直してほしい。

外交問題を国会できちんと議論せよ

前述したように、日本政府は賛成に回った。そうであるならば、なぜスペイン、ノルウェー、アイルランドのようにパレスチナ国家の承認に踏み出さないのか。

私が国会議員であれば、ここで紹介した国際法をめぐるアメリカの横暴と、それに盲従する「属国」日本の外交について、根掘り葉掘り質問するだろう。

上川陽子外務大臣は5月18日、静岡市で行った静岡県知事選挙の自民党推薦候補の応援演説で、「この方を私たち女性がうまず(ママ)して何が女性でしょうか」との発言をしていたことを共同通信が報じた。全国紙も同発言を「問題発言」として報じたらしい。

私は、こんな外務大臣がどの程度、国際法の知識をもっているのか知らない。地政学上の知識の程度についても知る由もない。だからこそ、尋ねてみたいのだ。

本当に、こんな人物に外交を任せられるのだろうか。まず、高い識見を養うには、拙著『知られざる地政学』〈上下巻〉を読むことが最低条件だと書いておこう。そして、この連載を読破するくらいの勤勉さも必要最低限の素養であると強調しておきたい。最後に、新著『帝国主義アメリカの野望』まで読了できれば、やっと地政学を論じることが可能となるだろう。

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。

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