日中関係を破壊し日本を滅ぼす新・暴支膺懲決議 ―衆愚議員たちは中国非難決議の帰結を予見できないのか―
政治2022 年 2 月 1 日、第 208 回通常国会は、空前の愚劣な<決議第 1 号>を超党派の「多数」で可決した。衆院ホームページによると、審議時賛成会派は、「自由民主党、立憲民主党・無所属、日本維新の会、公明党、国民民主党・無所属クラブ、日本共産党、有志の会」であり、審議時反対会派は「れいわ新選組」のみだ。
しかしながら「れいわ新選組」の反対理由は、決議の主題自体への反対ではない。それゆえこの零細政党を含めて、衆議院のすべての会派が新・<暴支膺懲>決議に賛成した。本会議に出席しながら「棄権することによって反対の態度を示した議員」がどれほどか、また「本会議への欠席によって事実上反対の意志を示した議員」がどれほどか、公表されていない。
ズバリいえば、衆院議員には自らの信条を表明する自由さえ欠如しているように見える。これを<令和ファシズム>大政翼賛会と称さずして、何と呼ぶべきか。これは<新・暴支膺懲>決議であり、日中戦争時の近衛声明 21 世紀版と評して過言ではない。
半世紀前の 1972 年田中訪中によって、辛うじて成った日中共同声明は、いまや反故同然であり、この声明によって行われた日中戦争の敗戦処理は行方不明になった。終戦処理が反故にされた事実の論理的帰結は、何か。20 世紀後半の日中戦争が 21 世紀の今日も継続している、という重大な帰結にならざるを得ない。共同声明の核心は、日華平和条約を<名存実亡>としたことであり、それは尖閣問題を棚上げすることによって成った。<台湾有事>によって日華条約を甦えらせ、尖閣国有化によって棚上げを否定することは、日中共同声明を反故にすることだ。
念のために見ておくと、決議のタイトルは「新疆ウイグル等における深刻な人権状況に対する決議」で、全文は以下の通りだ。
近年、国際社会から、新疆ウイグル、チベット、南モンゴル、香港等における、信教の自由への侵害や、強制収監をはじめとする深刻な人権状況への懸念が示されている。人権問題は、人権が普遍的価値を有し、国際社会の正当な関心事項であることから、一国の内政問題にとどまるものではない。
この事態に対し、一方的に民主主義を否定されるなど、弾圧を受けていると訴える人々からは、国際社会に支援を求める多くの声が上がっており、また、その支援を打ち出す法律を制定する国も出てくるなど、国際社会においてもこれに応えようとする動きが広がっている。そして、日米首脳会談、G7等においても、人権状況への深刻な懸念が共有されたところである。
このような状況において、人権の尊重を掲げる我が国も、日本の人権外交を導く実質的かつ強固な政治レベルの文書を採択し、確固たる立場からの建設的なコミットメントが求められている。本院は、深刻な人権状況に象徴される力による現状の変更を国際社会に対する脅威と認識するとともに、深刻な人権状況について、国際社会が納得するような形で説明責任を果たすよう、強く求める。
政府においても、このような認識の下に、それぞれの民族等の文化・伝統・自治を尊重しつつ、自由・民主主義・法の支配といった基本的価値観を踏まえ、まず、この深刻な人権状況の全容を把握するため、事実関係に関する情報収集を行うべきである。それとともに、国際社会と連携して深刻な人権状況を監視し、救済するための包括的な施策を実施すべきである。右決議する。
決議の主題は「新疆ウイグル、チベット、南モンゴル、香港等」の「深刻な人権状況」とされているが、ここで列挙された諸地域がすべて中華人民共和国の一部であることは明らかだ。「香港等」の「等」に何を含むかは明らかではないが、原案の起草者が台湾と書き込み、「台湾有事」はさすがに挑発的な議員間で議論があり、「香港等」とぼかされたものか。原案の「深刻な人権侵害」挑発的とを「深刻な人権状況」と変え、中国の 2 文字を削除したところで、中国非難決議という内政干渉を、田中訪中半世紀後の衆議院が決議した事実に変わりはない。
・逆立ち全体主義としての<令和ファシズム>
関西学院大学の浜野研三教授という未知の哲学者から『「ただ人間であること」が持つ道徳的価値』(春風社、2019年)という新刊書の寄贈を受けたのは、3年前だ。浜野教授は「尖閣国有化」以 後の日本の政治を「逆立ち全体主義」の一例として、矢吹の一連の尖閣論に触れて、次のように論じている。長いが引用しよう。
中国ウォッチャーとして名高い矢吹晋による著作を見ると、日本のマスメディアが取り上げていない様々な事実が資料を挙げて説明されている。それによると、日本政府の現在の立場は、事実と異なる前提に立ったものであり極めて危険な立場である。彼が挙げている事実をいくつか挙げてみ る。たとえば、まず、地理的には尖閣列島は台湾の附属島嶼にあたり、琉球王国の領土ではなかった。そして、何よりもアメリカが尖閣列島に関する日本の領有権を認めていない。
矢吹によると、沖縄返還の際、アメリカは尖閣列島の日本への返還を強く批判する蒋介石の動きに対して、領有権 と施政権を区別して、日本に対して施政権のみを認め、領有権に関しては、中立の立場を保つという立場をとったのである。しかし、その事実は、当時の佐藤内閣によって国民に知らされることは なく、そのような事実は今も隠蔽されている。
さらに日中国交正常化時に田中角栄・周恩来会談で、尖閣列島の帰属問題に関する棚上げの合意が存在し、その後の園田直・鄧小平会談においてそ の再確認がなされている。これに加えて、国際法上日本の主張は正しいという意見もあるが、頼み のアメリカが中立を保ち、軍事的な援助に及び腰である状況で、核を持つ軍事大国である中国と事を構えることが本当に出来るのか。また、それは真に日本が取るべき道なのかは、今一度真剣に問 い直されねばならない。
このような事実を踏まえると、尖閣列島問題については、もっと慎重な検討と対応が要求されることが分かる。日本政府のように、領土問題は存在しない、の一点張りでは、事態が険悪になるだけである。以上のような矢吹の指摘は当然幅広く報道され、その是非や、 それを踏まえていかに振る舞うべきかについての議論がマスメディアを通じてなされるべきである と思われるが、残念ながらそのようなことは起こっていない。
1938年生まれ。東大経済学部卒業。在学中、駒場寮総代会議長を務め、ブントには中国革命の評価をめぐる対立から参加しなかったものの、西部邁らは親友。安保闘争で亡くなった樺美智子とその盟友林紘義とは終生不即不離の関係を保つ。東洋経済新報記者、アジア経済研究所研究員、横浜市大教授などを歴任。著書に『文化大革命』、『毛沢東と周恩来』(以上、講談社現代新書)、『鄧小平』(講談社学術文庫)など。著作選『チャイナウオッチ(全5巻)』を年内に刊行予定。