【連載】福島第一原発事故とは何であったのか(小出裕章)

第5回 原子力の未来(完)

小出裕章

・核分裂反応は爆弾に最適

人間が、原子核のエネルギーを解放したのは、原爆によってであった。その強烈な威力を見て、人類は原子力に未来のエネルギー源としての夢をかけるようになった。1kgの石油や石炭が燃えると約1万kcalのエネルギーが発生する。1kgのウランが核分裂すると999gの死の灰ができ、1g分の質量が消滅する。その消滅した質量がエネルギーに代わり、200億kcalのエネルギーが発生する。つまり、同じ重量で比べれば、化石燃料の燃焼の200万倍のエネルギーを発生する。

TNT火薬の発生エネルギーは低く、1kg当たり1000kcalしかない。火薬と言えば、巨大なエネルギーを出すと思いがちだが、同じ重量で比べれば、普通のものが燃える場合の10分の1しかエネルギーが出ない。普通のものが燃えるためには酸素が必要で、酸素の供給量に見合うスピードでしか燃えない。でも、火薬は一度燃え始めたら酸素の供給などなくても一気に燃えなければならない。そのため、同じ重さ当たりに発生できるエネルギー量を大幅に犠牲にしたうえで、火薬は開発され、爆弾として威力を発揮した。

ウランあるいはプルトニウムの核分裂反応は、以下のように進む。

U-235 (あるいはPu-239)+1個の中性子→核分裂生成物(死の灰)+エネルギー+2個か3個の中性子

この反応で大切なことは、まず、発生するエネルギーが通常の化学反応に比べて膨大であることである。しかし、それに負けず劣らず重要なことは1個の中性子を吸収して反応するたびに、2個か3個の中性子が新たに発生することである。もし、そのうちの2個の中性子を次の反応に結び付けることができれば、火種が倍々ゲームで増えていき、反応が爆発的に進行する。つまり、火薬が燃焼効率を大幅に犠牲にして手に入れた爆弾としての性質を、核分裂反応は本来の性質として持っていたのである。

核分裂反応を利用する原子力が原爆として始まったことを不幸であったかのように言う人たちがいる。しかし、そうではない。原子力はまさに爆弾としての性質が十分に開花して原爆として姿を現したのである。

広島の原爆では800gのウランが核分裂した。同じ重さ当たりではTNT火薬に比べて2000万倍のエネルギーを出すので、結局TNT火薬換算で1万6000トン分の爆発力となった。

・石油がなくなることにおびえた世界

18世紀半ばに産業革命が起きて以降、人類は膨大なエネルギーを使うようになった。初めは木を燃やし、次に石炭を燃やし、やがて石油を燃やすようになった。過剰な商品を抱えた世界は1929年に大恐慌を起こし、世界の列強は生き残りをかけて戦争の時代に落ちていった。石油権益を守ることが国家の至上命題とされ、石油がいつ枯渇してしまうのか、多くの国や人々の注意がそれに向けられた。当時、石油の可採年数はあと20年とされた。それからすでに90年の歳月が流れたが、もちろん石油は枯渇していない。石油の可採年数推定値の推移を図8に示す。

図8 石油可採年数推定値の歴史的変遷

 

大まかにいえば、1930年から50年までの20年間は、石油はあと20年でなくなると脅かされた。しかし、1950年代から80年代には、石油はあと30年でなくなるとなった。そして1980年代から今日に至る40年間は、石油はあと50年あると言われるようになっている。

石油可採年数は、その時点で技術的・経済的に採掘できると考えられる石油の量を、その時点で使用した石油の実績量で割って求める。しかし、「技術的・経済的」に採掘できる石油の量はもちろんその時点での技術の力量に依存するし、さらに、その時の世界の政治状況にも大きく依存する。そのため、石油可採年数推定値は、時がたてばたつだけ、減るのではなく逆に増ええてきてしまっている。

人類は、化石燃料の枯渇におびえて原子力に夢をかけたが、そもそもそれが間違っていた。

・貧弱なウラン資源

広島原爆では800gのウランが核分裂したと記した。一方、今日標準になった100万kWの原発を運転しようとすると、1年ごとに1トンのウランを核分裂させなければならない。優に広島原爆1000発分を超える。

化石燃料の枯渇におびえ、人類が夢をかけた原子力の燃料はウランである。化石燃料ももちろん使えばなくなっていく、でもウランだって使えばなくなる。地殻中に存在していると考えられているウランの埋蔵量は現時点で約800万トンである。

しかし、ウランと一口で言っても、ウランには質量数238のウランと235のウランの2種類があり、このうち核分裂する能力を持っているのはウラン235で、ウラン238には核分裂する力がない。そして、核分裂する、つまり原爆や原発の材料になるウラン235は全体のわずか0.7%しか存在しない。

ウランの大部分99.3%を占めるウラン238は核分裂する能力を持たず、原爆材料にも原発の燃料にもならない。つまり、ウランが800万トンあると言ってもウラン235は6万トンしかない。それを原発で燃料にする場合も、加工段階、燃焼段階などのロスの為、実質的には4万トン程度しか利用できない。

現在世界には約400基の原発が動いているがその一つ一つが1年ごとに1トンのウラン235を燃やすとすれば、ウランはせいぜい100年しか持たない。その上、現在の世界で原子力が担っているエネルギーの割合は10%程度しかない。全部のエネルギーを原子力が受け持つことなどもともとできないが、仮に化石燃料がなくなり、後はウランしかないというのであれば、原子力など10年で枯渇してしまう。

・核燃料サイクルはできない

ウラン235を使うだけでは意味のあるエネルギー源にならないことは、原子力を推進する人たちももちろん知っていて、彼らは当初から役立たずのウラン238をプルトニウム239に変換して利用しようとした。

人類初の原子炉は1942年12月に動き始めた。多くの日本人は原子炉と言えば、原子力発電と頭に浮かべるであろう。しかし、人類初のこの原子炉は発電を目的に作られたのではない。原子炉とはウランの核分裂反応を持続的に起こさせる装置である。

核分裂反応が起きれば、反応に使った中性子の2倍から3倍の中性子が新たに生み出され、そのうちの1つだけを次の連鎖反応に利用すれば、反応は持続的になる。余った中性子を、核分裂する能力を持たないウラン238に吸収させると、プルトニウム239が生じる。プルトニウム239は天然には存在しないが、長崎原爆の材料であり、原子炉とはもともとプルトニウム239を作り出すための装置だった。

今日利用されている原発でも、それが原子炉である限り、プルトニウム239が生み出される。しかし、プルトニウム239を意味のあるエネルギー資源にできるほど作り出すためには、今日利用さている原発ではなく、プルトニウム239を効率的に生み出すことができる原子炉が必要で、それが高速増殖炉と呼ばれる原子炉である。世界で初めて発電に成功した原子炉はEBR-Ⅱと呼ばれる高速増殖炉だった。

原子炉を一定時間運転すると、燃料は使用済み燃料となる。その中には核分裂によって生じた核分裂生成物(死の灰)、燃え残りのウラン、そして新たに生み出されたプルトニウム239が混然一体となって存在している。

原爆を作ろうとすれば、そのプルトニウム239だけを分離して取り出す必要がある。そのためには固体のままの燃料では作業ができないので、燃料を高温、高濃度の硝酸で溶かし、混然一体となった3者を化学反応を使って分離することになる。その作業が「再処理」と呼ばれる作業である。膨大な死の灰の中にあるプルトニウム239を取り出す作業で超危険な作業である。

役立たずのウラン238をプルトニウム239に変換して燃料にするためには、高速増殖炉と再処理工場が必須であり、それらを「核燃料サイクル」と呼んできた。日本では、「もんじゅ」と呼ばれた高速増殖炉の原型炉を作ろうとした。しかし1兆円を超える資金を投入しても完成できず、廃炉となった。

再処理工場は青森県六ケ所村に建設中だが、本来は1997年12月に運転を始める予定だったものが、いまだに稼働できない。結局、核燃料サイクルは原子力推進派の夢想であり、実現できない。つまり原子力などもともとエネルギー源にならないのであった。

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小出裕章 小出裕章

1949年生まれで、京都大学原子炉実験所助教を2015年に定年退職。その後、信州松本市に移住。主著書は、『原発のウソ』(扶桑社新書)、『原発はいらない』『この国は原発事故から何を学んだのか』『原発ゼロ』(いずれも幻冬舎ルネッサンス新書)、『騙されたあなたにも責任がある』『脱原発の真実』(幻冬舎)、『原発と戦争を推し進める愚かな国、日本』(毎日新聞出版)、『原発事故は終わっていない』(毎日新聞出版)など多数。

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