【連載】知られざる地政学(塩原俊彦)

「知られざる地政学」連載(50):独裁者バイデンを非難せよ(上)

塩原俊彦

 

今回は、独裁者ジョー・バイデン米大統領が支配する世界の「現実」について論じたい。こんな風に書くと、違和感をもつ人が少なからずいるかもしれない。しかし、これから説明するように、つい最近の「囚人交換」によって、まさに独裁者バイデンによる世界支配の実態が明らかになったのだ。

思い出すべき論文

本論に入る前に、「現代ビジネス」において、2024年7月24日付で公表した記事「トランプを断罪できないリベラル派の犯罪行為バラします!」を是非とも読んでもらいたい。そこに、「何十年もの間、アメリカの大統領は違法な戦争を行い、外国の指導者の暗殺を企て、人々を不法に拘束し、拷問し、民主的な政府を倒し、抑圧的な政権を支援してきた」と書いた。そして、オーナ・ハサウェイ・イェール大学ロースクール国際法教授が7月16日に公表した論文のタイトル「世界の他の国々にとって、米大統領は常に法の上にある」通りの状況がいまでもつづいていると指摘しておいた。

それにもかかわらず、米大統領のやっている専横を真正面から非難する言説がほとんど見られない。本当に情けない状況にある。だからこそ、拙著『帝国主義アメリカの野望』のなかでアメリカを徹底批判したのだ。

もう一つ、思い出してほしいのは、このアメリカが主導するG7の「嘘八百」についてだ。2024年6月にイタリアで開催されたG7サミットのコミュニケは、「我々は、民主主義の原則と自由な社会、普遍的人権、社会の進歩、多国間主義と法の支配の尊重に対する共通の信念を改めて表明する」とのべている。さらに、「我々は、世界のあらゆる地域において人間の尊厳と法の支配を支持するというコミットメントを再確認する」とも念押ししている。

だが、8月1日に実施された「囚人交換」は、ここでいう「法の支配」(rule of law)、すなわち、法が万人に等しく適用されるという最低限のルールを破ることによって成り立ったものであった。しかも、このルール破りを命じたのは、バイデン大統領だった。「世界の他の国々にとって、米大統領は常に法の上にある」からこそ、こんな離れ業ができたのだ。別言すれば、独裁者バイデンだからこそ、こんなことが可能だったのである。

それにもかかわらず、国際法なる分野が普遍性をもっているかのように誤解している人が実に多い。「連載【41】国際法の地政学」(上下)も読み直してほしい。

「囚人交換」

この交換を主導したのは、バイデン大統領であった。バイデンはロシアのウラジーミル・プーチン大統領との間で、ロシアに囚われているアメリカ人と、アメリカやその他の国に囚われているロシア人とを交換するために、プーチンがもっとも帰国させたがっている人物に目をつけた。そして、ドイツのオラフ・ショルツ首相に対して、同国に亡命を求めていたチェチェンの分離主義者司令官ゼリムハン・ハンゴシヴィリを殺害した罪で2021年に終身刑を宣告されたヴァディム・クラシコフ(下の写真)の釈放に同意させたのである。

ロイターが入手したロシアの殺し屋ヴァディム・クラシコフの写真
(出所)https://www.bbc.com/news/articles/c6p2p4e43lro

なぜこの釈放が重要であったかというと、プーチンは、クラシコフの釈放を囚人交換の絶対条件として要求していたからである。だが、クラシコフはドイツの法律によって裁かれた人物であり、本来、アメリカ大統領が口出しできるはずもない問題であった。
ドイツとしても、「政治家は裁判の判決に干渉しない」というのが「法の支配」を貫徹するための大前提であり、司法が決めた刑期を無視して釈放するなど、もってのほかだった。しかも、この「法」はドイツ国民が定めたものであり、アメリカ人にその法の適用停止を強制されるようなものでは決してないはずのものだ。

各国の「法の支配」を踏みにじったバイデン政権

しかし、独裁者バイデンはドイツのショルツを説得し、ドイツの法を無視して、殺し屋で終身刑となっていたクラシコフを釈放させることに成功したのである。それだけではない。バイデン政権は、スロベニアにおいてスパイ行為と文書偽造の罪を認め、2024年7月31日にそれぞれ禁固19ヶ月の判決を受けたアルチョム・ドゥルツェフと妻アンナを囚人交換の対象とすることも説得した。ここでも、「法の支配」を無視するよう迫ったことになる。

さらに、米政府はノルウェー政府を動かし、2022年、ノルウェーの諜報機関がロシアのスパイ容疑として逮捕したブラジル国籍のミハイル・ミクシン(ノルウェー北極大学で客員講師を務めるため、2021年末にジョゼ・アシス・ジャンマリアという名前でノルウェーに渡った人物で、すべての容疑を否認しながらも、自分が本当にロシア市民であることを認めた)も交換対象とした。
ほかにもいる。バイデン政権はポーランドにも圧力をかけ、2022年2月、国境を越えてウクライナに入ろうとしてポーランドで拘束された、パブロ・ゴンサレスという名前で活動していたパベル・ルブツォフ(ロシア人の血を引くスペインのジャーナリストで、ロシア軍情報機関の諜報員である疑いが持たれている)もロシアに帰国させる対象としたのである。

これらの事例が教えているのは、まさに、「世界の他の国々にとって、米大統領は常に法の上にある」という「現実」である。バイデンという世界に君臨する独裁者が望めば、各国の「法の支配」は蹂躙され、たとえ殺し屋であっても釈放せざるをえないのだ。

独裁者プーチンも同じ

他方で、独裁者であるプーチン大統領もまた、ベラルーシの独裁者アレクサンドル・ルカシェンコに圧力をかけ、ドイツ国籍の元赤十字職員リコ・クリーガーを赦免させ、ドイツ帰還の対象者に組み込んだ。クリーガーは、ウクライナ保安局のために鉄道沿線に爆発物を仕掛け、軍事施設の写真を撮影した疑いで、2024年6月にベラルーシで死刑判決を受けていた。

プーチンやルカシェンコは独裁者として有名だ。自国の「法の支配」を無視して、好き勝手にふるまっていると、欧米諸国や日本の人々は教え込まれている。だが、本当はバイデンも「同じ穴の貉」であることに気づいてほしい。いや、独裁者と気づかれないまま独裁者に居座っているバイデンこそ、もっとも唾棄すべき恐るべき存在と言えるかもしれない。独裁者プーチンが独裁的に影響力を行使できる国はベラルーシなど数カ国にすぎない。それに対して、独裁者バイデンはヨーロッパや日本、韓国などに絶大な圧力を加えることが可能だ。それだけ世界の独裁者として君臨しているのである。

政治ショーのための囚人交換

なぜバイデンは自国だけでなく、ドイツ、スロベニア、ノルウェー、ポーランドといった国の「法の支配」を揺るがす行為を平然とやってのけたのだろうか。理由は簡単だ。弱体化しつつあるとはいえ、「世界の他の国々にとって、米大統領は常に法の上にある」からだ。

なぜバイデンはそこまでやるのか。その理由は、囚人交換を政治利用するためにほかならない。囚人交換を実現できれば、それは政治的な宣伝につながるのである。とくに、11月に米大統領選を控えているアメリカでは、民主党候補が勝利するためなら何でもやるという強い意志が働いていたのである。

そのヒントは下の写真をみれば、わかるだろう。8月1日、メリーランド州アンドリュース空軍基地に到着したポール・ウィーラン元米海兵隊員を出迎えたジョー・バイデン米大統領とカマラ・ハリス副大統領が映っている。アメリカという国家のために尽力した者を釈放させた「実績」を誇示するために、アメリカの二大権力者がわざわざ出迎えたのだ。まさに、政治ショーであり、大統領選を戦うハリスにとって大いに宣伝になったに違いない。

アメリカに帰国した「囚人交換者」を出迎えるバイデン大統領とハリス副大統領(EPA-EFE / ケン・セデノ / POOL)
(出所)https://novayagazeta.eu/articles/2024/08/02/the-great-escape-en

独裁者プーチンも政治ショー

独裁者の考えることはよく似ている。プーチンもまた、交換対象となった人物らを空港で出迎えた(下の写真)。興味深いのは、レッドカーペットまで敷かれた歓迎ぶりである。プーチンはこの場所で、「軍務に直接関係のある皆さんに挨拶したい。誓いへの忠誠、義務への忠誠、そして祖国への忠誠に感謝したい。そして、ここに君達は家にいる。君たち全員に国家栄誉賞が贈られる。また会い、将来について話し合おう」とのべた。

どうやら、プーチンはバイデンに一泡吹かせることに成功したと考えているらしい。なぜなら、自分たちにとって重要な諜報員と無作為の人質を交換し、殺し屋クラシコフを手に入れることに成功したからだ。プーチンは、「国家のために人殺しをしても、ロシアという国家は必ず守る」という力強いメッセージを発することができたと確信しているのである。こんなバカげた「教訓」をプーチンにもたらしたバイデン主導の「囚人交換」の罪深さを理解してもらえただろうか。

解放されたロシアの諜報員アンナ・ドゥルツェワとその家族をモスクワのブヌコボ空港で出迎えるプーチン大統領(2024年8月1日)。写真Mikhail Voskresensky / Sputnik / AFP / Scanpix / LETA
(出所)https://novayagazeta.eu/articles/2024/08/03/swap-meat-en

 

「知られざる地政学」連載(50)独裁者バイデンを非難せよ(下)に続く

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。

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