東アジア共同体形成の意義と課題をめぐる考察 ―木村朗氏との対話を手掛かりに―(中)

西原和久

2.木村朗氏と東アジア共同体「研究会」のこと

はじめに、木村朗氏その人自身について簡潔に記しておこう。木村氏は1954年、北九州・小倉の生まれで、九州大学法学部で学んだ後に九大大学院に進み、「社会主義とナショナリズムの相克というテーマ」を――具体的にはチトー時代のユーゴスラヴィアとソ連との間の紛争の問題を通して――研究した(11)。

大学院博士課程時代には、約1年半、ユーゴに留学をし、そこでも多くの知見を得たようだ。そして九州大学法学部助手を経て、1988年に鹿児島大学法文学部に赴任し、2020年3月まで主に平和学・国際関係論を教授してきた。そしてその間に、平和学者・政治学者として、日米安保や沖縄問題を研究すると同時に、PKO活動問題、原爆投下・核問題、9.11後のアメリカと世界秩序の問題などを主な研究テーマとしてきた。

単著は『危機の時代の平和学』ほか、共著と編著は『核の戦後史』ほか多数あるが、最近の共編著では、すでに本書で言及してきた『沖縄自立と東アジア共同体』や『中国・北朝鮮脅威論を超えて――東アジア不戦共同体の構築』などで、積極的に「東アジア共同体」を論じている。

木村朗氏

 

さて、木村氏が、高良鉄美共同代表とともに「東アジア共同体 琉球(沖縄)研究会」を立ち上げたのは、2016年であると先に述べた。そこで、この「研究会」の目的や組織などに焦点を当てて、検討してみたい。

まず、その趣意書にあたる「設立宣言」(12)では、「研究会」設立の背景が、いくつかの議論の段階を経ながら述べられている。まずは、大きな前提である。

東アジア共同体・沖縄(琉球)研究会の設立宣言

 

「2009年夏の政権交代で登場した鳩山民主党政権は、新たな東アジアの経済秩序と平和・協調の枠組み作りに資する構想として『東アジア共同体の構築』(アジア重視)を、『対等な日米関係の樹立』と並んで5つの外交課題の一つに掲げ、日中韓三極協力事務局設立からアジア総合開発計画など、一連の構想具体化を推し進めた。

また普天間飛行場移設問題で、沖縄の民意を尊重して『できれば国外移転、最低でも県外移転』を掲げ、その実現に向けて努力したものの、結局は日本内外の壁・圧力に屈するかたちで挫折し、自民党政権時代の辺野古案に回帰する結果となった」。

この「設立宣言」では、まず日本の「政局」がらみの記述が導入部となっていた。

次に、東アジア共同体と沖縄との関係が問われ始める。その際のキータームは「平和」である。そもそも、「東アジア共同体構想は、アジアにおいてEU型の地域統合が起きることを前提としていると同時に、現行の日米安保体制の縮小・廃棄といった将来的展望を含むものである。

それは当然『自発的従属』を本質とする現在の非対称的かつ主従的な日米関係の根本的見直しにもつながるものである」が、「今日の東アジア地域では、米日韓による軍事的脅威とそれに対抗する中国と北朝鮮の軍拡という緊張関係が高まる一方で、中国を軸にしてアジア諸国との経済的依存関係は急速に強まっている」という現状認識が語られる。

そうして、「その中で、東アジア地域における平和の実現にとって、大きな鍵を握っていると思われるのが沖縄の存在である。この沖縄をこれまでの『軍事の要石』から『平和の要石』へと転換し、東アジア共同体の構築を進める中で東アジア地域の統合と連帯の拠点とすることが喫緊の課題として浮上している」として、沖縄が着目されるのである。

そこで、いうまでもないことだが、「沖縄は、戦争による犠牲をアジアの中で最も強いられた地域の一つであり、戦後も他国軍隊による異民族支配を27年間受け、土地や財産を奪われ、人権を蹂躙され、民主主義から見放された経験をし、『共生』の思想の重要性を最も強く認識してきた地域である」。

だが、ひるがえって、「戦後日本は、アジア・太平洋地域への歴史的加害の忘却と沖縄への過重負担の一方的押しつけという構造的差別を前提として成り立ってきたと言っても過言ではない」ので、「いまこそ日本は脱植民地化の道を進めると同時に、日本人の内なる植民地主義を克服しなければならない」と述べられていく。

つまり、日本(本土)・沖縄・アジアなどとの関係が語られ、戦争、植民地化、構造的差別、などが重要なキータームとして挙げられる。こうした認識に関しては、筆者としてもまったく異論はない。

そうして「設立宣言」は最後に、「本研究会は、『永続敗戦構造(戦後レジーム)』の中で際限のない対米従属を続けてきた日本の真の独立を実現し、沖縄と日本本土を含む東アジア地域における平和の実現と人権の確立のために東アジア共同体構想を深めるとともに、『米国と日本本土(ヤマト)による二重の植民地支配状態』に置かれ続け、日米両国政府によって翻弄され続けてきた沖縄の独立を含む自己決定権のあり方を多角的視点によって研究することを目的として設立する」と宣言されるのである。

この引用の論点に関しては、筆者は若干の違和も感じる部分があるので、その点に関しては後に触れてみたい。だがいまここでは、上記の文章で「日本の真の独立」や「沖縄の独立」なども語られていた点にのみ留意を促しておこう。

なお最後に、以上の「設立宣言」への主要な呼びかけ人について、触れておきたい。呼びかけ人はまず、政治にも深く関わる大田昌秀(社会学者で元琉球大学教授、元沖縄県知事、沖縄平和研究所所長、2017年没)と鳩山友紀夫(元内閣総理大臣、東アジア共同体研究所理事長、なお政権後には「由紀夫」ではなく、この表記の名前を一貫して使用しているようだ)の名が連ねられている。

その他には、この研究会の一つの核となる沖縄の歴史や思想に関して積極的に発言してきている人びと、とくに石原昌家(沖縄国際大学名誉教授)、仲地博(沖縄大学学長)、比屋根照夫(琉球大学名誉教授)、新垣誠(沖縄キリスト教学院大学)、松島泰勝(龍谷大学教授)、島袋純(琉球大学教授)、高里鈴代(「基地・軍隊を許さない行動する女たちの会」共同代表)などの沖縄関係の人びとの名前が掲げられている(肩書は「設立宣言」に記載されているものである)。

また沖縄外では、軍事・政治史的な面でも知られている、前田哲男(軍事評論家)、前田朗(東京造形大学教授)、孫崎享(元外務省国際情報局長)の諸氏の名前が挙げられており、さらに東アジア共同体を積極的に検討してきた、進藤榮一(筑波大学名誉教授)、羽場久美子(青山学院大学教授)などの研究者の名前も見ることができる。

さらにまた、SEALDs琉球の活動学生たちやピースボートの共同代表、政治学者の白井聡やジャーナリストの高野孟、金平茂紀、新垣毅の名前も確認できる。そして、(共同)代表の木村朗や高良鉄美のほかに、(共同)副代表には、前田朗と松島泰勝が就任している。

なお、「会則」によれば、この研究会の目的は、「東アジア共同体と沖縄(琉球)に関する研究成果の発表と知識の拡大」であると簡潔に述べられており(第3条)、そしてその目的達成のために、研究会および講演会の開催、ホームページ「東アジア共同体・沖縄(琉球)研究会」の開設、会誌『東アジア共同体・沖縄(琉球)研究』の発行が掲げられている(第4条)。そこで次に、研究会の主たる活動に絞って、その様子を見ておきたい。

この「研究会」は、シンポジウム形式を含む数多くの研究集会を開催してきた。特筆すべきは、この研究集会のテーマだけでなく、その回数の多さである。以下に、この期間のシンポジウムを含む研究集会の主要題目(13)を掲げておく(第1回から21回までの開催年月:主要題目:開催地の順に表記している)。

東アジア共同体・沖縄(琉球)研究会シンポジウムの様子

 

1:2016年 9月:東アジア共同体と沖縄の未来:沖縄
2:2016年 10月:東アジア共同体と沖縄の未来:東京
3:2016年 11月:高江・辺野古の今を問う:沖縄・名護
4:2016年 12月:中国・北朝鮮脅威論の内実を問う!:東京
5:2016年 3月:沖縄問題とは何か:東京
6:2017年 6月:反差別・反ヘイト・自己決定権を問う:札幌
7:2017年 9月:東アジア地域の平和・共生を沖縄から問う!:沖縄
8:2017年 11月:中国・北朝鮮脅威論の虚構性を問う:東京
9:2017年 11月:県外移設論と脱植民地主義・沖縄差別:香川
10:2017年 12月:東アジアにおける琉球人遺骨返還問題:京都
11:2018年 1月:日本の植民地主義と中国・北朝鮮脅威論を問い直す!:沖縄
12:2018年 2月:反レイシズムの作法:東京
13:2018年 3月:沖縄の抵抗運動を問い直す!:東京
14:2018年 8月:朝鮮半島和解と東アジア新秩序の模索:東京
15:2018年 9月:沖縄、済州島から問う東アジアの平和と共生!:沖縄
16:2018年 10月:なぜ、琉球人遺骨返還請求訴訟を闘うのか――学知の植民地主義を問い、琉球人の尊厳回復を目指して:京都
17:2018年 12月:東アジアにおける戦時性暴力・再考:沖縄
18:2019年 5月:日本の民主主義を問う〜日本は本当に独立国家・民主国家なのか:沖縄
19:2019年 6月:脱植民地化運動としての琉球民族の遺骨返還運動:沖縄
20:2019年 8月:沖縄から発信する東アジアの平和と共生!:沖縄
21:2020年 11月:ポストコロナにおける新世界秩序と東アジア・沖縄

さて、以上のリストを一瞥してすぐに気づくことは、2020年以後は新型コロナウィルスの影響もあって1回しか開催されていないが、2016年から2019年の4年間には実に20回、ほぼ年に5回ほど、沖縄、東京、京都ほかでシンポジウムが開催されている点だ。

毎回、複数の報告者がいるので、登壇者の数も多数に上る(14)。そして、その会合を毎回のように組織するリーダーとそのリーダーシップも特筆すべきことであろう。そしてそれは、間違いなく、毎回欠かさず参加している木村氏の「能力」であろう(15)。

なお、この研究会のこうした活動と筆者自身のかかわりについても補記しておく。筆者自身は、移民問題から、とりわけハワイ-沖縄の移民研究・トランスナショナリズム研究から東アジア共同体論に強く関心を持つようになり、自著『トランスナショナリズム論序説――移民・沖縄・国家』(西原 2018a)刊行時の2018年春からこの研究会に関わるようになり、研究会誌への寄稿や研究集会(シンポジウム)での報告なども行っている。こうしたプロセスのなかで、木村朗氏個人とも親しく接する機会を持つことになって現在に至っている次第である。

ただし、筆者自身は、東アジア共同体をどのような道筋で構築していくのか、そのための「人際関係」的なネットワークの形成はいかにしてなされるのかに当初から関心があった。その点からみると、この研究集会のテーマ設定には――その重要性は大いに認めつつも――多少の違和感もある。

なぜなら、こうした研究集会は、たしかに日本を中心して歴史および現状への批判を通してきわめて重要な論題を検討しているのだが、「いかにして東アジア共同体は可能か」という問い自体に正面から向き合っているのかどうかという点が、なかなか見えてこない印象があったからである。

とはいえ、そうした「違和感」は、実はまだ内情を知らない段階の「印象」に過ぎない面もあったかもしれない。というのも、共同代表者である木村朗氏個人は、この間にも着々と人的ネットワークを広げつつ、「東アジア不戦共同体」構想を固めつつあったからである。次に、その点に集中的に言及してみたい。

 

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西原和久 西原和久

砂川平和ひろばメンバー:砂川平和しみんゼミナール担当、平和社会学研究会・平和社会学研究センター(準備会)代表、名古屋大学名誉教授、成城大学名誉教授、南京大学客員教授。著書に『トランスナショナリズム序説―移民・沖縄・国家』、新泉社、2018年、などがある。

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