第22回 「亡国日本」へ導く司法の異常事態
メディア批評&事件検証そもそも栃木県警は学習能力がないみたいだ。1990年5月に栃木県足利市内で保育園児の松田真美ちゃん(4歳)が殺害された「足利事件」でも、栃木県警の信じがたい捜査が当初から行われていたのだ。今市事件は、その足利事件の反省から学び、成長した捜査を国民が期待した事件だったといえなくもない。
栃木県足利市内では、足利事件の前に79年8月に福島万弥ちゃん(5歳)、84年11月にも長谷部有美ちゃん(5歳)が殺害されるなど2件の未解決事件が発生していた。栃木県警は元幼稚園バス運転手で冤罪被害者の菅家利和さんを一連の幼女殺害事件の犯人としてマークした。菅家さんがゴミ出しした中にあったティッシュペーパーと被害者の肌着に付着していた精液のDNA型が一致したとして、91年12月1日早朝に栃木県警は初めて借家にいた菅家さんに任意同行を求めた。
この際に家宅捜査を始めた。翌日実家でも家宅捜索を行い、この2日間でビデオ計240点、レーザーディスク17点を押収した。菅家さんが十数年駆けて集めたもので、そのうちの7割は、中古のポルノビデオだった。このほか「若大将」や「座頭市」、「男はつらいよ」など昭和の邦画シリーズや「インディ・ジョーンズ」などの外国映画もあった。
しかし、警察が特に興味をもって押収したポルノビデオの中にロリータ系はなかった。同ビデオのタイトルは「巨乳一番しぼり」や「胸も尻もでかい女」などのタイトルでほとんどが巨乳モノだった。
また当時、足利市内にはレンタルビデオ店が10店あった。そのうちの2店を菅家さんは利用していたが、どちらの店でもロリータ系のレンタル利用は確認できなかった。そのことは、菅家さんが幼女に性的興味を持っていないという重要な情報で、冤罪を見破るチャンスだったが、活かせなかった。
しかも栃木県警は任意同行の際、いきなり菅家さんの胸に暴行を加えていたのだ。17年ぶりに刑務所を出てきた菅家さんに私がインタビューした際に「どうしてやってもいない殺人を自供したの?」との質問に「任意同行の時からいきなり暴行を受け、取り調べの時は否定すると暴行を受けるから認めるしかなかった」と語ったのを覚えている。
実は、今市事件の勝又受刑者も同じことを話していた。栃木県警と宇都宮地検の取調べの内容は何の反省もなく繰り返されているということを証明している。
正義が聞いてあきれる。約40年もの間記者をしてきて大半を事件記者としてならしてきた私には、これまでに多くの素晴らしい刑事たちやそのOBらと交流を続けている。
連絡を取ってその内容を話したらみんなこぞって「それ本当か?いきなり冗談はよしてくれよ」と信じない。それはそうだろう。この人たちは、まかり間違っても人を陥れるような人たちではないからだ。それで丁寧に説明すると「そんなバカな警察があるのか。信じられない。一昔前の捜査を今でもやってるのか。信じられない。
特に殺人事件における捜査の基本を警視庁の殺人事件の特捜班に指導してもらったほうがいいかもしれない」という。それにしても、私が信頼を寄せている刑事たちも驚きを隠せないほど捜査の質が落ちるどころか、犯罪を犯してでも有罪を狙う恐ろしい時代に突入しているんだと肌で感じるのは私だけなのだろうか。
裁判官人生の中で30以上の無罪判決を出した元裁判官の木谷明さんは「今市事件の捜査を見ると栃木県警は先の、足利事件での失敗で何を学んだのか、全く反省がいかされていないし、検察も同じことがいえる。さらに言えば、裁判所が公平な立場であったか疑問に思える。裁判員裁判の崩壊にもつながる控訴審での高裁の自判はその最たるものだ」と指摘している。
連載「データの隠ぺい、映像に魂を奪われた法廷の人々」(毎週月曜、金曜日掲載)
https://isfweb.org/series/【連載】今市事件/
(梶山天)
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独立言論フォーラム(ISF)副編集長(国内問題担当)。1956年、長崎県五島市生まれ。1978年朝日新聞社入社。西部本社報道センター次長、鹿児島総局長、東京本社特別報道部長代理などを経て2021年に退職。鹿児島総局長時代の「鹿児島県警による03年県議選公職選挙法違反『でっちあげ事件』をめぐるスクープと一連のキャンペーン」で鹿児島総局が2007年11月に石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞などを受賞。著書に『「違法」捜査 志布志事件「でっちあげ」の真実』(角川学芸出版)などがある。