【連載】知られざる地政学(塩原俊彦)

「知られざる地政学」連載(57):テレグラム騒動からみた地政学(上)

塩原俊彦

フランス検察当局は2024年8月28日、「テレグラム」(Telegram)の最高経営責任者であるパーヴェル・ドゥロフ(下の写真)を数々の犯罪で起訴した。彼は24日の夜、バクーから飛んだパリのル・ブルジェ空港で拘束された。検察当局はその後、児童ポルノ画像の配布への加担、組織犯罪への加担、法執行機関への情報提供を命じた合法的な命令を拒否した容疑で起訴したのである。

ドゥロフは500万ユーロ(約560万ドル)の保釈金を課され、フランス国外への出国が禁止された。捜査が続く間は週に2回警察に出頭しなければならない。

2017年のテレグラム創設者兼CEOのパーヴェル・ドゥロフ。(Tatan Syuflana/AP)
(出所)https://www.washingtonpost.com/world/2024/08/26/telegram-founder-pavel-durov-what-to-know/

8月28日付の「ワシントン・ポスト」によると、検察官からの情報として、パリ当局は2024年2月に予備調査を開始していた。これは、未成年者保護局が、テレグラム・ユーザーに関する情報の法的開示要求に対して、当局やその他の機関から回答が得られないことに苛立ちを募らせたことがきっかけだった。7月には、国家サイバー捜査官と詐欺対策当局が主導する本格的な司法調査が開始されたという。なお、容疑のひとつである「組織犯罪による違法取引を可能にするプラットフォームの運営」には、最高10年の実刑判決が科される可能性がある。

ドゥロフ兄弟

今回の不可思議なドゥロフへの逮捕・起訴劇を理解するには、彼が経営するテレグラムについて知ってもらう必要がある。そのためには、ドゥロフ本人についても紹介しなければならない。

ドゥロフは1984年にレニングラード(現サンクトペテルブルク)で生まれた。彼が4歳の時に家族はイタリアに移住したが、家族はソ連崩壊後にロシアに戻る。父親がサンクトペテルブルク国立大学の学部長就任のオファーを受けためだった。彼と兄ニコライは数学やデザインに秀でており、大学在学中にはすでにウェブサイトを作成していた。

その才能をいかした、兄弟のソーシャルメディア企業「フ・コンタクチェ」(VKontakte, VK)の成功により、「ロシアのマーク・ザッカーバーグ」と呼ばれるようになる。だが、2011年に反体制派のアカウントを閉鎖することを拒否し、2014年にはウクライナの民主化デモ参加者の個人情報をロシア政府に引き渡さなかったことで、ロシア政府の怒りを買う。他方で、兄弟は2013年8月、クラウドベースのメッセンジャーの技術システムに基づくテレグラムを立ち上げた。

結局、彼らはVKを4億ドル前後で売却、その一環として、2014年に取締役会によって解任された。その後、ドゥロフはセントクリストファー・ネービスの市民権を取得し、テレグラムでの仕事を本格的にはじめたのだ。その後、ドゥロフは最終的にドバイに落ち着く。

世界第8位のプラットフォーム、テレグラム

テレグラムは、ユーザーが大規模なオーディエンスにメッセージを配信するためのチャンネルを作成できるメッセージングアプリである。単なるメッセージングサービス提供会社ではない。下図は、2024年8月現在の「月間ユーザー数上位10ソーシャルネットワーク」を示したものだが、このなかで、テレグラムの利用者数は約9億人で8位であった。

月間ユーザー数上位10ソーシャルネットワーク(単位:百万人, 2024年8月現在)
(備考)*2024年4月現在、InstagramとFacebookのソーシャルネットワークはロシア領内で禁止されている。
(出所)https://expert.ru/tekhnologii/telegram-mirovogo-znacheniya/

つぎに、各国別のテレグラム利用状況をみると、テレグラムはアジア、ヨーロッパ、ラテンアメリカで人気がある。毎日1670億以上のメッセージがテレグラム経由で送信されている(2024年9月4日付「エクスペルト」を参照)。テレグラムのユーザー数はアジア諸国に集中しており、ユーザー・シェアは38%である。アジア市場でのユーザー数とアプリケーションのダウンロード数では、インドがトップだ。

ただし、テレグラムの普及率は地域や現地のメッセンジャー市場の特殊性によって異なる。国によっては当局による検閲規制の対象となっている。このような規制の主な理由は、逆説的ではあるが、その高い水準のセキュリティと暗号化にあるとされる(後述するように、テレグラムの暗号化の水準には疑問がある)。反対派にとって魅力的であるため、情報の拡散をコントロールしようとする当局の恐怖心を煽るのだ。

たとえば中国では、テレグラムは中国のファイアウォールによってブロックされている。イランでもテレグラムはブロックされているが、人気があり、約4000万人のユーザーがいた。2017年、テレグラムは過激派コンテンツの拡散を理由にインドネシアで部分的にブロックされ、同年にはパキスタンでブロックされた。インドでは、政情が不安定な時期には、一部の地域(ジャンムー、カシミール)でテレグラムが一時的に制限されたことがある。

テレグラムの不可思議な歴史

テレグラムはかつて、イスラム国などの非合法武装集団に人気のメッセージング・プラットフォームであった。専門家は、競合他社がこうした集団をプラットフォームから追放するために用いる攻撃的な措置を採用しなかったことが、その理由の一部であると指摘している。しかし、2015年のパリのバタクラン劇場襲撃テロ事件の後、実行犯たちが、テレグラムの非公開チャットで犯行を調整していたことが判明、テレグラムは同グループに関連するチャンネルを閉鎖する措置を取った。

実際、テレグラムはイスラム国の好むアプリであり、2024年3月にモスクワ近郊のクロッカス・シティ・ホール・コンサートホールを襲撃したテロリストを含め、この運動に新たなメンバーを勧誘するために繰り返し使用されてきた。

2023年10月7日にハマスがイスラエルを攻撃した後、テロ集団によるテレグラムの使用が再びニュースの見出しを飾った。ハマスはテレグラムを使ってプロパガンダや反ユダヤ主義的な資料を配信しており、ハマスの公式チャンネルがブロックされたのは、攻撃から17日後の10月24日になってからだった。

ロシアでのテレグラム人気

ロシアでは、テレグラムは月に8500万人に利用されており、これは同国の総人口の半分以上である(前述した「エクスペルト」を参照)。したがって、同国におけるコミュニケーションと情報発信の主要なチャネルとみなすことができる。ロシアのインターネットユーザーの4分の3がテレグラムを利用している(下図を参照)。

国別インターネットユーザーに占めるテレグラム・ユーザーの月平均割合(2024年第2四半期)
(出所)https://www.economist.com/business/2024/08/27/the-arrest-of-telegrams-founder-rattles-social-media

ロシアの場合、前述したように、2011年や2014年に反骨的な姿勢を政府にとったことに加えて、2017年7月、ロシア連邦保安局(FSB)から直接、「暗号キー」の提供を求められたテレグラムがこれを拒否したことも人気の背景にある。

この開示請求の理由は、FSBが2017年4月にサンクトペテルブルクで起きた自爆テロで16人が死亡した事件で、テロ側がテレグラムを利用して、攻撃を計画したとみていたためだった(2015年11月にパリで起きたテロ事件でも、テロリスト間でテレグラムが利用されていたとみられている)。ところが、同年10月16日、モスクワの裁判所はFSBが求めた利用者の暗号キー提供拒否に対してテレグラムに80万ルーブル(当時のレートで約1万4000ドル)の罰金を科す。これに対して、テレグラム側は同年12月、FSBに対する訴訟を起す。2018年3月20日、ロシア最高裁判所は暗号キーを求めるFSBの命令の合法性を認めた。

しかし、15日以内にテレグラムがFSBに暗号キーを提供なかったため、監督する行政機関(Roskomnadzor)はこのサービスの遮断を裁判所に申請した。その結果、同年4月13日、裁判所はテレグラムの遮断を決定する。16日から実際にブロックが開始されたが、Roskomnadzorのトップ、アレクサンドル・ジャロフによると、1週間後の機能低下は30%ほどにすぎなかった。他方で、大統領府は報道関係者との情報交換で、テレグラムに代えてICQ(イスラエルのMirabilis社によって開発され、1998年にAOLに売却後、2010年からロシアのMail.Ru Groupに所属)への転換を推奨した。その後、4月23日には、名誉・威厳・ビジネスの評判を毀損する情報伝播を防ぐため、裁判所の命令後1日以内にインターネットへのアクセスを遮断できるようにする法改正が成立した。

ただ、ヴァーチャル・プライヴェート・ネットワーク(VPN)や、匿名性をインターネット上で確保するために米海軍研究所(U.S. Naval Research Laboratory)と国防高等研究計画所(Defense Advanced Research Projects Agency)が開発したソフトウェアの「トーア」(Tor)のようなネットワークを利用すれば、匿名性を確保した情報交換が可能である。いわば、利用者の名札であるIPアドレスを偽造して、ウェブ上の居場所を外国にしてしまうわけだ。テレグラムは2017年6月の段階で、「言論の自由」という機能を提供して、こうした匿名確保のためのサービスもしていた。ただし、Roskomnadzorは2017年にVPNを禁止した。といっても、利用が全面的にできなくなったわけではないようで、現に、この騒ぎを機に、米国のTorGuard VPNと有料契約を結んだロシア人は2018年4月から1000%も増加した(「コメルサント」、2018年5月21日)。さらに、テレグラムはこうしたツールを使用しなくてもすむように、Amazon Web ServicesやGoogle Cloudのクラウドサービスから新しいIPアドレスを入手してRoskomnadzorによる遮断をかいくぐるサービスも開始したため、すぐにテレグラムによる情報交換がすべて停止したわけではない。

ただ、不可思議なのは、テレグラムが反政府的な姿勢を一貫してとっているわけではない点である。2014年5月の情報・情報技術および情報保護法改正で、同年から、電子メール、メッセンジャー機能などのサービス提供者は「情報拡散組織」(ORI)として登録し、Roskomnadzorに名称、登録国、税認証番号などの情報を提供したり、音声情報・メーセッジ・イメージ・ビデオやその他のコミュニケーションの受信・送信・処理データのロシア国内で6カ月間保存したりすることが義務づけられた。このORIリストには、Mail.Ruグループ、ヤンデクス、Vkontakte(VK)、「テレグラム・メッセンジャー」(テレグラム)などは登録済みとなっている。これに対して、2018年3月現在、Telegramと同じく「ライン」のようなサービスを提供しているバイバー(Viber)はあえて登録しなかった。

前述した「エクスペルト」の記事によると、他のメッセンジャーのなかでテレグラムが際立っているのは、そのITソリューションの柔軟性により、使いやすさと高度なセキュリティが保証されているからだという。第一に、テレグラムで使用されている独自のMTProtoプロトコル(暗号システム)は、攻撃への高い耐性とリソース効率に特徴があり、これによりテレグラムは低レベルのインターネット接続でも迅速に動作するらしい。第二に、このメッセンジャーで使われているソリューションにより、最大20万人の参加者を持つスーパーグループや、加入者数無制限のチャンネルを作成することができる。このため、このプラットフォームは、多くの聴衆に情報を配信するのに理想的であるという。第三に、このプラットフォームは2GBまでのファイル送信をサポートしており、これは他のメッセンジャーよりもはるかに大きい。また、音声メッセージからビデオ、文書、ステッカーまで、さまざまなメディア形式をサポートしており、テレグラムはさまざまな種類のコンテンツを扱うのに便利なツールとなっている。

「知られざる地政学」連載(57):テレグラム騒動からみた地政学(下)に続く

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。一連のウクライナ関連書籍によって2024年度「岡倉天心記念賞」を受賞。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。

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