「知られざる地政学」連載(59):企業レベルからみた監視資本主義(上)
国際本連載(55)において、「国家による監視と地政学」(上、下)について論じた。今回は、企業レベルにおける監視について考えたい。いずれも、世界統治にかかわる最重要問題の一つだから、地政学上の課題と言える。
実は、私はいま、『「戦前」を生きる私たち:広がる「意図的無知」』(仮題)という本を執筆している。その第六章において、この問題についてすでに考察済みだ。ここでは、その出来上がったばかりの拙稿をもとに、おそらく世界最先端の議論を紹介してみたい。
「監視資本主義」
議論の出発点となるのは、2019年に刊行された、ハーバード大学ビジネススクールのショシャナ・ズボフ著「監視資本主義の時代」(Shoshana Zuboff, The Age of Surveillance Capitalism: The Fight for a Human Future at the New Frontier of Power, PublicAffairs, 2019)である。同書を読むと、監視資本主義という産業資本主義の変容した得体の知れないものの怖さがみえてくる。
産業資本主義は、①手工業の、標準化・合理化・部品交換可能性に基づく大量生産への転換、②可動式組み立てライン、③工場環境に集中した大勢の賃金稼得者、④専門化された経営上のヒエラルキー、⑤管理上の権威づけ、⑥機能別専門化、⑦ホワイトカラーとブルーカラーの区別といった専門的分業化を特徴としている(Zuboff, 2019, pp. 347-348)。
カール・マルクス流に言えば、「労働力の商品化」によって特徴づけられていることになる。この産業資本主義は国家による「魂」のつくり替えという「全体主義」を一部の国にもたらす。ヒトラーやスターリンは秘密警察による虐殺、プロパガンダの洪水、階級や人種を名目とする残虐行為などを通じて全体主義を広げようとした。
オーウェルの「ビッグブラザー」
オーウェルの『1984』は、こうした全体主義に対する批判として1949年に出版されたものである。このなかに登場する「ビッグブラザー」は単にあらゆる思考や感情を知っているところにその本質があるのではなく、むしろ容認できない内的経験を無効にし、それに取って代わることをねらった無慈悲な執拗さを本質としている。
ここでウンベルト・エーコの興味深い指摘を紹介しておこう(Eco, Umberto, A passo di gambero. Guerre calde e populismo mediatico, Libri S.pA, 2006 =リッカルド・アマデイ訳,『歴史が後ずさりするとき:熱い戦争とメディア』岩波書店, 2013, p. 128)。
「オーウェルの「ビッグブラザー」は、大衆一人ひとりの行動を逐一監視するきわめて限られた特権階級が実現しているものだった。……(中略)……しかし、オーウェルの物語では、「ビッグブラザー」が「ヨシフおじさん」スターリンのアレゴリーだったのに対し、今日われわれを見つめている「ビッグブラザー」は顔を持たず、しかも一人の人間ではなく、グローバル経済の全体なのだ。それは、フーコーの「権力」と同じように、認識できる実体ではなく、ゲームを承認し合い、互いに支え合う一連の中心の総体なのだ」というのがそれである。
オーウェルのビッグブラザー自身は監視の対象になりえないのだが、エーコの指摘する顔をもたない「ビッグブラザー」は、ある場所では自身が監視しながらも別の場所では自身が監視対象となっている。これを、冒頭で紹介したズボフの監視資本主義では「ビッグアザー」と呼んでいるように思われる。偏在するデジタルな仕掛け(アルゴリズム)という媒介物を通じて実体のない総体の意志を強いるのだ。
別言すると、ズボフのいう監視資本主義は、天然資源や労働力を搾取することで利益を得る産業資本主義とは異なり、監視資本主義は、「道具主義的」手法によって、行動データを取得し、レンダリング(何らかのデータをもとにして表示内容を作成)し、分析することで利益を得ている。
ズボフの「ビッグアザー」
その仕掛けこそビッグアザーであり、人間行動を表示・監視・計算・修正する、五感によって知覚され、コンピューターによって結びつけられた「操り人形」なのだ。このビッグアザーには操り人形といっても顔はなく、「権力に顔がなくなると、その権力は無数の力をもつ」という事態を引き起こす。人間行動を数量化することで、コンピューターによって結びつけられたビッグアザーに委ねることで、人間行動そのものが大きく変化してしまうのである。
このビッグアザーを中核に据えて、その行動を予測して利益につなげるという「行動余剰」(behavioral surplus)が得られるようになる。たとえば、系列の店でなければ修理できないように顧客をロックインして儲けたり(ジョン・ディアのブランドで知られる農業機械メーカー、ディア・アンド・カンパニー)、古いバッテリーのiPhoneの動作を故意に遅くして買い替えを促したりする(2017年のアップルによる隠密裏の行為)方法がそれである。操り人形の行動を精緻化して儲ける仕組みを優先するのだ。
この行動余剰を得るには、人間の経験のすべての局面を行動データに「翻訳する」新しいマシーン過程が必要とされている。そのためには、修正・予測・マネー化・コントロールに向けた行動の道具化という現象が起きる。いわばこの道具主義に基づく権力は人間の経験を計量可能な行動に矮小化し、そうした経験に対する「ラディカルな無関心」(radical indifference)を呼び起こすことになる。
わかりやすく言えば、この現象は交通信号機の普及によって、ドライバーが対向車のドライバーを見なくなったことに似ている。機械および機械的計算がすべてに優先し、人間には無関心になってしまうのだ。実は、監視資本主義は、この「ラディカルな無関心」、すなわち、「目撃者なき観察の形態」を育成するために考案されたもので、この無関心こそ、「望ましくない意図的無知」なのである。なぜなら、信号と同じように、このアルゴリズムの指示に何も考えずに従うことで、人間はこのアルゴリズムを利用して金儲けにはしる者の手に落ちてしまうからだ。
監視資本家たちは、自社サービスが内部分析やプログラミングのために収集している情報の未開拓の貯蔵庫を発見し、その「データの排出」を広告主に売ることができるという好機を見出した。 彼らにとって、そのデータに付随する人間は付属品にすぎない。つまり、人間という付属品はどうでもよいものであり、当の人間は「ラディカルな無関心」を前提に自分たちの置かれているみじめな状況に気づくこともできないのだ。
この無関心のために、数十億、数兆ものコンピューターの「目」や「耳」が行動余剰の広大な蓄えを観察・表示・データ化・道具化できているかぎり、ビッグアザーは人間の思考や感情を気にかけなくなる。ズボフは、「ビッグアザーは合法的契約、法の支配、政治や社会信頼を新しい主権形態(a new form of sovereignty)やその私的に統治された、補強物からなる統治形態(regime of reinforcements)に代替させる」と書いている(Zuboff, 2019, p. 514)。この指摘はきわめて重要だ。そして、ここに監視資本主義が誕生する。
監視資本主義を実践するグーグルやフェイスブック
ズボフはしばしば、監視資本主義の道具主義を、ハンナ・アーレントが『全体主義の起源』で描いた全体主義と比較している。ズボフは、監視資本家によるサイバースペースの図式化と、全体主義の先駆けとしてのイギリス帝国主義についてのアーレントの分析を結びつけている。最終的に彼女は、全体主義は国家で発生するのに対し、道具主義は企業で発生するため、両者の等価性を否定している点に留意しなければならない。
その結果、ズボフは政府による監視よりも企業による監視のほうを重視している。 彼女の監視企業に対する批判は、しばしば専制的で権威主義的な国家に似てくるというものだ。
グーグルという独占企業
具体的な企業としては、グーグルやフェイスブック(メタ)などの超国家企業がイメージされている。ズボフがインタビューに答えたところでは、グーグル(アルファべートが運営)は個人情報をビジネス対象としており、人々の検索を通じて生成する大量のデータを収集し、インデックス化できるようになる。ゆえに、グーグルの実践する「監視資本主義とは、個人の経験を無限の無料原材料として一方的に秘密裏に盗むことを基盤とする経済論理であり、その無料原材料はゼロコスト資産となる」、つまり、「初期費用を除いては、生産コストは無料である」という。それは行動データに変換でき、その行動データは現在、専有資産として主張されており、新たな複雑なサプライチェーンの生態系に集められている。それは、オンラインで行うことだけでなく、携帯電話で行うことすべて、携帯電話のアプリすべて、そして、ページが予測したように、すべてのカメラとセンサーがデータを収集しており、そのアウトプットは、「人間の行動を予測する計算上の製品であり、豚バラ肉先物や原油先物のような市場で取引される」のだという。
コロンビア特別区連邦地方裁判所のアミット・メータ判事は2024年8月5日、判決のなかで、グーグルは検索ビジネスにおいて独占を乱用してきたと指摘、グーグルによる取引がたしかに反トラスト法に違反していると認定した。司法省と各州は、グーグルがアップルやサムスンのような他社に年間数十億ドルを支払い(2021年には総額で260億ドルに達し、そのうち200億ドルはアップルに支払われた)、スマートフォンやウェブブラウザの検索問い合わせを自動的に処理させることで、その支配力を違法に強化しているとして、グーグルを提訴していたのである。同年10月8日には、司法省が、過去の罪を償い、生成型AIにおける将来の乱用を防止することを目的とした是正措置案を提出する予定だ(本稿は10月6日に時点に脱稿した)。
その詳細は不明だが、司法省は裁判所にグーグルの検索エンジンとクローム(Chrome)ブラウザ、アンドロイド(Android)OSを切り離し、グーグルを分割するよう求める可能性もある。
アルファベートは判決を不服として控訴する意向を表明しており、このプロセスは何年も続く可能性がある。
フェイスブックのビジネス
フェイスブックについては、人々がこれからどう行動するか、何をこれから購入するか、何をこれから考えるかに基づいてターゲットを絞る機能を提供している点に注目している。「フェイスブックのAIハブでは、毎日何兆ものデータポイントが取り込まれ、毎秒600万もの行動予測が生成されていることが明らかになった」という。この機能は、自己改善型の人工知能搭載予測エンジンによる成果であり、フェイスブックは2016年に初めて「FBLearner Flow」と名づけたものに基づいている。位置情報、デバイス情報、Wi-Fiネットワークの詳細、動画の利用状況、類似性、友人関係の詳細(ユーザーが友人とどの程度似ているかなど)などのデータはすべてFBLearner Flowに送られ、ユーザーの生活の一側面をコンピューターでシミュレーションするために使用され、その結果は企業顧客に販売されるというのだ。
いわば、フェイスブックは、単に情報をモニタリングするだけでなく、予測・発見を通して獲得した「知」を人間や社会に新しい価値として還元するための技術、「知のアクチュエーション」へとシフトさせていることになる。この背後には、機械システムについて実際に十分な知識を持ち、遠隔操作や自動化ができるようになったことがある。アクチュエーションを監視するシステムについて、多くの情報を入手できるようになったため、パラメータを変更したり、リモートで必要な操作を実行したりすることができる。これが、サーベイランス・キャピタリズムの軌跡である。すべてを知り、それを予測に利用するだけでなく、人間の行動、社会の行動、個人の行動を促し、収益に最適な方向に導くことも可能になったというのである。
「知られざる地政学」連載(59):企業レベルからみた監視資本主義(下)に続く
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1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。