【連載】知られざる地政学(塩原俊彦)

「知られざる地政学」連載(60):海底ケーブルをめぐる地政学(下)

塩原俊彦

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ヨーロッパの現状

同じようなことは、ヨーロッパでも起きている。2024年7月11日付のThe Economistによると、ヨーロッパは17本の海底ケーブルでアメリカとつながっており、そのほとんどがイギリスとフランスを経由している(下図を参照)。

ヨーロッパにおいて海底ケーブルの切断に注目が集まったのは、2023年10月にフィンランド湾でバルト・コネクター・ガスパイプラインとその近くの通信ケーブルが被害を受けたことがきっかけだった。それから9カ月が経ち、フィンランド当局は、この事故はおそらく本物の事故であったと考えているが、他の西側当局は、ロシアの不正行為を疑い続けている。

こうした疑いが生じるのは無理もない。ロンドンのシンクタンク、ポリシー・エクスチェンジが2024年2月に発表した報告書によると、2021年以降、欧州大西洋地域で「無責任だが疑わしい」ケーブル切断事件が8件発生し、「重要な海上インフラの近くで異常な行動をとる」ロシア艦船の目撃情報が70件以上公に記録されているというのだ。ノルウェーの諜報機関は同年2月の年次報告書で、ロシアは何年も前から国内の重要な石油・ガスインフラをマッピングしていたと記している。

北大西洋条約機構(NATO)諸国はすでに、ケーブル・ルートを含む重要インフラ付近の航空・海軍パトロールを強化している。NATO加盟国は2024年5月、政府間およびケーブルを運用する民間企業間でより多くの情報を共有することを目的に、新たな重要海底インフラ・ネットワークを初めて招集した。欧州連合(EU)欧州委員会も同年2月、ケーブルの安全保障について勧告を出し、対策強化を訴えた。また、2023年10月に発表された「デジタル海洋コンセプト」では、脅威を特定するための「海底から宇宙まで、地球規模のセンサーネットワーク」が構想されている。EUの構想では、海底に「海中ステーション」のネットワークを構築し、ドローンがバッテリーを充電したり、見たもののデータを送信したりできるようにすることが考えられている。

最新の情報では、ドイツ政府は連邦内務省に直属するテロ対策部隊であるGSG 9をバルト海にも駐留させる。これにより、バルト海の水中インフラ保護を強化する。

ヨーロッパの海底ケーブル敷設状況
(出所)https://www.economist.com/international/2024/07/11/how-china-and-russia-could-hobble-the-internet

紅海でも海底ケーブルが損傷

この問題は中国近海やヨーロッパの近海に限ったことではない。2024年2月には紅海を走る3本の海底ケーブルが損傷し、東アフリカ全域のインターネットが3カ月以上にわたって中断した。これは、2月18日夜、イエメンのフーシ派が発射したとみられる弾道ミサイルが肥料を輸送中の貨物船ルビマー号を直撃、それから2週間、乗組員たちは陸に上がったまま、「幽霊船」の状態で漂流し、やがて沈没した出来事のなかで起きた。

ルビマー号が漂流している間に、3本のケーブルが損傷したのである。東アフリカを縦断し、インドともつながっている長さ1万5000kmのシーコム/タタ・ケーブル、ヨーロッパと東アジアを結ぶ2万5000kmのアジア・アフリカ・ヨーロッパ-1(AAE-1)、インドとイギリスを結ぶ1万5000kmのヨーロッパ・インディア・ゲートウェイ(EIG)であった。この結果、タンザニア、ケニア、ウガンダ、モザンビークを含む東アフリカの国々に影響を与えた。さらに、ベトナム、タイ、シンガポールにも影響をおよぼした。

これ以外にも、同年3月、西アフリカのコートジボワール沖で重要なケーブルシステムが切断され、同様の混乱が起きた。

盗聴対策

懸念されるのは破壊工作だけでなく、盗聴も含まれる。1970年代、アメリカは海底に装置を設置・回収できる特殊装備の潜水艦を使って、ソ連の軍事用ケーブルを盗聴する大胆な作戦を行ったとされる。インターネットがグローバル化するにつれ、水中スパイの機会は急速に増えた。2012年、イギリスの信号諜報機関である政府通信本部(Government Communications Headquarters, GCHQ)は、電話やインターネットのトラフィックを運ぶ200本以上の光ファイバーケーブルを盗聴し、その多くが手際よくイギリスの西海岸に上陸したという。また、オマーンと協力してペルシャ湾を通る他のケーブルも盗聴したと報じられている。ケーブルのルートと所有権が国家安全保障に不可欠になりうるという教訓は、他国にも伝わった。

そのため、中国による海底ケーブルの盗聴に対する警戒感も高まっている。実際、中国のスパイ活動への懸念は、アメリカが急速に成長するアジアのケーブル・インフラに強い関心を寄せる理由のひとつとされる。2010年から2023年の間に、西ヨーロッパではわずか77本であるのに対し、アジアでは約140本のケーブルが新たに敷設された。中国は、以前はファーウェイ・マリン・ネットワークスとして知られていた、前述したHMNを通じて、ケーブル乱立の重要なプレーヤーとなった。同社は、134のプロジェクトで9万4000km以上のケーブル敷設実績を誇っている。

そう考えると、2020年、この傾向に危機感を抱いた米国政府がシンガポールからインドと紅海を経由してフランスに至る6億ドルのケーブル計画(SeaMeWe-6として知られる)へのHMNの参加を阻止したのは当然かもしれない。ロイター通信の最近の調査によると、これは2019年から2023年の間に米国によって妨害された、アジアにおける少なくとも六つのケーブル取引のうちの一つだったという。つまり、本当は、米国政府による形を変えた妨害も、中国政府に負けず劣らず頻繁に行われているのである。

北極圏での海底ケーブル

いま注目されているのは、北極圏経由でヨーロッパとアジアやアメリカをつなぐルートである。2022年10月には、ヨーロッパ、アメリカ、日本の3社が、最初の北極ケーブルを建設する会社、ファー・ノース・ファイバー(FNF)を設立した。日本、北米、アイルランドとスカンジナビアを直接結ぶ、より高速で安全な海底ケーブルのルート構築を目指している(下図を参照)。これは、同年2月にフィンランドのシニア(Cinia)と日本のアルテリア・ネットワークスの間で締結された覚書に続き、アラスカのファー・ノース・デジタル(FND)がグループに加わった結果である。FNFは、2026年末までの開通を計画している。

海底ケーブルの北極圏ルート
(出所)https://www.capacitymedia.com/article/2asxxw7z17tspayiso7i8/news/arctic-cable-plans-warm-up-as-japan-us-european-group-is-formed

実は、数年前、前述のシニアはロシアの事業者メガフォンと、北極圏を逆回りでロシアの領海を通る海底ケーブルについて協議していた。ロシアのウクライナ戦争と、西側諸国における安全保障上のリスクの増大により、もはや実現不可能となったため、シニアはFNFに乗り換えたことになる。

こうした北極圏への関心の高まりから、2024年7月11日、「砕氷船協力活動」(ICE Pact)と呼ばれる、カナダ、フィンランド、米国3カ国間のパートナーシップ強化(「ICE Pactに関する共同声明」)が発表された。その内容は、①ICE Pactを通じて、3カ国政府は長年にわたる関係をさらに発展させていく、②ICE Pactに基づく最初の取り組みとして、3カ国は、専門知識、情報、能力を共有することで、それぞれの国において最高クラスの北極海および極地砕氷船やその他の北極海および極地対応能力を継続的に構築するための協調努力に尽力する、③今後6カ月間、3カ国はまた、この協力関係の実施計画を共同で策定し、北極海および南極地域に利害と責任を有する同盟国およびパートナー諸国のために、これらの極めて複雑かつ重要な船舶を建造する――などである。

新たな共同声明

2024年9月26日、第79回国連総会に際して、アメリカ、オーストラリア、カナダ、EU、ミクロネシア連邦、フィンランド、フランス、日本、マーシャル諸島、オランダ、ニュージーランド、ポルトガル、大韓民国、シンガポール、トンガ、ツバル、英国は、「グローバルにデジタル化された世界における海底ケーブルの安全性と回復力に関する共同声明」を発表した。

「海底ケーブルネットワークの拡大は、相互接続と相互依存を強化する国際社会の基盤であり、各国はネットワークデータと情報の流れのために、効率的で堅牢、冗長性、弾力性、安全性の高いインフラを実現する政策を採用すべきである」という共通認識のもとで、三同国は、海底ケーブル・インフラの敷設、修理、保守におけるセキュリティ、信頼性、相互運用性、持続可能性、回復力を確保するための共有されたグローバルなアプローチの必要性を訴えている。

ここで紹介したような海底ケーブルをめぐる対立の激化から、こうした国際協調の体制整備が喫緊の課題となっているのである。それだけ、地政学上、この海底ケーブルの敷設問題がより重要になっていると言える。どうか、この問題にも関心を寄せてもらいたい。

 

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。一連のウクライナ関連書籍によって2024年度「岡倉天心記念賞」を受賞。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。

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